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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
四章:復讐と裏切り
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迷宮への誘い



 冒険者クラン・カラティンの採掘遠征が終わった数日の後。


 少年冒険者のセタンタ君は目を醒ましました。


「…………ハァ」


 額の汗を拭いつつ、自室のベッドから身を起こし、一息ついた後に「嫌な夢、見せやがって……」と呟き、しばしそのままでいました。


 恐怖から早くなった動悸が落ち着くまでベッドの上で黙ったままでいましたが、やがてベッドから下り、着替えて顔を洗って寮の部屋を出ていきました。


 採掘遠征では魔物の襲撃というトラブルはあったものの、野営地を襲ってきたそれらは無事掃討。カラティン側に死者は出ず、紫鉱石も都市まで無事に運び終わった事もあって大黒字。カラティン主催の宴も大いに盛り上がりました。


 遠征の真の目的と結末を知る者達が密かに浮かない顔を見せる宴の席ではあったものの、表裏の二つの目的が無事に達成されたのは、喜ばしい事なのでしょう。


 主を追い、都市郊外を駆け抜けた変わり種の冒険者の目的ねがいだけは達成される事はありませんでしたが……大多数の方が喜ぶ結果には終わったのです。


 遠征から帰ったセタンタ君は、何とも虚しい気分に襲われていました。


 不覚を取った悔しさは直面した出来事でしぼみ、仕事をする気分ではなく、日がな一日を寝て過ごす事もありました。


 寝て過ごしていた事もあり、寝覚めの悪い気分で朝を迎える事もありました。今日も迎えたからこそ、彼は気分転換に寮を出る事を選びました。



「はぁ……どこに行ったもんか……」


 沈んだ気分のまま、少年は溜息をつきつつも、この場に留まっていても何にもならないと思い直し、首都サングリアの街路を歩き始めました。


 誰かと会って、何てこともない馬鹿話をしたい。


 いつもの調子に、いつもの日常に戻りたいと願っていた事もあり、少年の足は自然と友人達がいるであろう場所を巡り、歩きました。


 幼馴染の少女は出かけており、冒険者クランを立ち上げた先輩冒険者は外出先を書き記して事務所を出ており、他の友人達も折り悪く出かけていました。


「皆、仕事とか行ってんのかな……」


 ふぅ、と再び溜息をついた少年はカラッと晴れた青空を見上げました。


 季節はもう夏真っ盛り。


 7月が終わり、8月がやってきました。


 街中には都市間転移ゲートを使い、比較的安全な海に遊びに行く水着姿の人や、厚着をして雪降り積もる大地に涼みに行く人の姿がありました。


 皆さん、夏の太陽のように眩しい笑顔を浮かべています。


 それに引き替え、自分の顔はというと――と思いながら商店の窓ガラスを見たセタンタ君は、そこには眉根を寄せた少年の顔が映っているのを見ました。



「いつまでも、アレコレ考えて考えてるから……脳にカビでも生え始めたのかね」


 そう言いながら苦笑した少年はクアルンゲ商会の商館に行く事にしました。


 繁盛しているだけに商館も賑やかで、知った顔の人々も快活な様子です。抱えている案件が「ヤバイ」としか形容できない状態になってる人が変な笑い声をあげていましたが、セタンタ君は見なかった事にしました。


「おーい、パリス」


「おっ、セタンタか」


 商館の裏口に出たセタンタ君は、パリス少年の姿を見つけました。


 商会の前掛けをつけずに出歩いていたので、「今日は仕事休みか?」とセタンタ君が聞くと、「今日はもう上がりだ」という答えが返ってきました。


「セタンタの方はフェルグスの旦那に用事か?」


「おう、まあ、そんなとこだ」


「旦那なら首都7丁目に出かけて行ったぞ。何か、毒酒の引き取りに行くとか何とか。家の方で待ってれば帰ってくると思うけど」


「あ、すれ違ってたか。まあ、いいや。お前はどっか出かけるのか?」


「うん。ちょっとな」


 パリス少年はどこに行くかは言いよどむ様子がありましたが、直ぐに口を開き、「ちょっとケパロスさんの様子を見に行くんだ」と言いました。


「元気そうか?」


「んー……あんまり元気じゃねえかな……。出歩いてはいるんだけどな、ラインガウとか行ったり……。今日も出てるかもだけど、ちょっと見てくるよ」


「そうか。……ライラプスも行くのか?」


 セタンタ君が視線を下に向けると、パリス少年の足元にちょこんと座っているドワーフマスティフ――ライラちゃんの姿がありました。


 ライラちゃん、今はフェルグスさんの家に居候中です。


 パリス少年が家に戻りたがらないライラちゃんを心配し、自分の服の中に隠してこっそりと部屋に匿ったりしていたのですが――大人達には目こぼしされ――子供達に見つかって玩具にされる騒動もありましたが、元気に生きています。


 元気ですが、ケパロスさんのところには行かないようです。


 仕方無さそうに笑うパリス少年が曲がり角に消えていくまでセタンタ君と見守った後、子供達にちょっかいを出されない昼寝場所へと引っ込んでいきました。


 セタンタ君は自分以上に気持ちの整理がついていないワンコの後ろ姿を見送り、フェルグスさんを待たずに商館を出ていきました。


 目指すは首都郊外――を臨む事が出来る市壁上。


 先輩冒険者のレムスさんが書き置き残し、出かけた先です。



 市壁の傍までやってきたセタンタ君は街の喧騒に阻まれつつも、楽しげな幼女の歌声と楽器リュートの音色を耳にしました。


 そして、市壁上で腰掛けている幼馴染の姿を見つけました。


「よう、何か楽しげだな」


「あ、セタンタ」


「タンタちゃんだっ! にゃんにゃんにゃん♪」


 少年は音楽に合わせて歌い踊っているアンニアちゃんとリュートを鳴らして音楽を奏でるアタランテさんと、それを聴いていたマーリンちゃんに声をかけました。


 女性三人で遊んでいるようですが、レムスさんの姿はありません。


 どこにいるのか問いかけたところ、アタランテさんが足先で市壁下――都市郊外側の大地を指し示し、「そこで稽古中」と言いました。


 見ると、人狼化したレムスさんが戦っています。


 お相手は少し焦げているみずぼらしい甲冑をつけている少年――ガラハッド君のようです。レムスさんが対魔物の戦闘を仕込んであげてるようですね。


「あの子、最近よく来るのよね。ウチの総長アホも『向上心あっていいじゃねえか!』って気に入って、構って、仕事も少し滞ってるという……」


「パリスも相手してもらったり、色々と教えてもらってるみたいだよ」


「そうなのか」


「あんにゃもケイコする~!」


「アンタはダーメ」


「ぷぅ!」


「…………」


 セタンタ君は少し自分が恥ずかしくなりました。


 皆、自分と同じ出来事を経験したというのに立ち止まらず、前に進んでいっています。進めているかどうかはともかく、行動は起こしています。


 何とも言い難そうな顔を浮かべた少年をチラリと横目で見たアタランテさんは、「アスティ市街跡で随分と悔しい想いをしたみたいなのよ」と言いました。


「才能が開花するかどうかはともかく、死ぬ目を見てもなお、折れずに足掻いてるってのは、冒険者として良い素質なんじゃないかしらね」


「……俺も、うかうかしてらんねえなぁ」


 セタンタ君は頭を掻きながら笑いました。


 笑って、稽古の仲間に入れてもらおうとしました。


 ただ、その事を言うより早く、稽古を中断する要因じんぶつがやってきたのです。




「失礼。こちらに、カンピドリオ士族の若君がいらっしゃらないだろうか?」


「ん?」


 かけられた声の方向にセタンタ君達が視線を向けると、一人の男性がいました。


 少し痩せ気味ではありましたが、薄着から覗く肌は引き締まっており、背丈は180センチほどと立派な男性です。顔つきも精悍。


 薄着の隙間から見えている肌はそこら中、傷跡だらけ。傷の痛々しさもありましたが、凛とした佇まいには無数の傷跡が歴戦の戦士のような風格も与えています。


 ちょっと怖そうな雰囲気もあります。それだけにアンニアちゃんは怯え、マーリンちゃんのワンピースの中に顔を突っ込んで隠れてしまいました。


「若君って弟の方?」


「そう。レムスの方だ」


「レムスー、お客さんよー?」


 アタランテさんが市壁の下に向けて呼びかけると、レムスさんが稽古を中断して垂直の市壁を駆け上ってきました。


 駆け上ってきて、やってきたのが知人であったらしく、「おっ!」と嬉しげに声を出し、「久しぶりじゃねえか、巨人殺し!」と呼びかけました。


「元気にしてたか? 冒険者稼業の方は順調かよ?」


「お陰様で順調……と言いたいところだが、まだまだ精進が必要なようだ」


「んー、お前の戦い方は面白いけど、普通より苦労しそうだもんなぁ。ま、その辺はさておき……どうかしたか? わざわざ俺を訪ねてくるなんて」


「仕事絡みで少し相談をしたい。もしくは依頼したい」


「ほう? いいぜ、受けてやるよ」


 レムスさんの言葉にジト目のアタランテさんが「アンタ安請負しすぎ」と文句を言いましたが、「いいじゃねえか」の言葉で退けられました。


 退けられたのでしょう、アタランテさんがリュートを鈍器のように構えましたが、アンニアちゃんが身を呈して「だめだめ~」と止めにいったので。



「んで、何がしたいんだ?」


「俺と同じく、難民としてバッカス王国に来た者がいるのだが……その者が冒険者稼業で出たまま帰ってこない。その捜索について知恵を貸してほしい」


「何日前の話だ?」


「10日だ」


「あー……そりゃ、厳しそうだな」


「最悪の状況は覚悟している。ただ、死んでいるなら死んでいるで、家族に遺品の一つや二つぐらいは持ち帰ってやりたい」


「そうか、なら手伝おう。どこに探しにいくんだ?」


「ここの地下だ」



 傷跡だらけの男性は下を指差しつつ、言葉を続けました。



「首都地下、迷宮区画での行方不明冒険者の捜索を手伝ってくれ」




四章はこれにて終了です。

五章は地下迷宮探索編、11月投稿予定です。

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