7/8 悪夢
それは質の悪い悪夢のようでした。
実際、悪夢ではありましたが、幻ではありませんでした。
「あ……」
一人の少年の視線の先で、彼の弟が消し飛んだのです。
剣撃によって起きた燐光に全身を晒された弟の体は――最初からそこに存在しなかったように――露の如く消えていったのです。
少年はその光景を殴られ、腫れた顔で見送りました。何かの悪い冗談だと、白昼夢だと、自分の弟が死んで消えていったはずが無いと思いながら見送りました。
悪夢のような光景でした。
でも、夢幻では無かったからこそ、現実だからこそ、彼は怒ったのです。
「何で……何でだよ……!」
「…………」
少年は怒り狂い、声を震わせ、立ち上がりました。
立ち上がり、剣を持ったまま黙って佇んでいる一人の男性のもとに駆け寄り、「何で、何で殺したんだ!」と掴みかかって怒りました。
掴みかかられた男性はポツリと、「いまのは……そうか、キミの弟だったのだな」と呟きましたが、それは少年の怒りに火を注ぐだけの言葉でした。
少年は泣きながら怒りました。
自分が掴みかかっている相手が、つい先程、自分の大事な弟を消した相手であっても躊躇せず、消した相手だからこそ訴えました。
何で殺したんだ、と。
「おれたちが、何したって言うんだよ……! 家族三人で、ふつーに暮らしてただけなのに……! もう、わけわかんねえよ……! 返せ、返せよ……返してくれよ! なんで、おれの弟を殺したんだよ……!」
「……キミには私に復讐する権利がある」
男性は剣を地面に刺しつつ、少年に向けて跪きました。
しかし、頭は垂れず、ただ真っ直ぐに少年の顔を見つめ返しました。
「だが、それでもなお、私はいまキミに殺されてやるわけにはいかんのだ。悪いが、どうしても殺したいなら今は私に従ってくれ」
「ふざけんな……ふざけんなよッ! ウソつきの、クソ野郎ッ!!」
少年は男性の頬を思い切り殴りました。
殴って、男性が地面に刺した剣を手に取ろうとしましたが……それは少年の手に余るほど大きな大剣で、歯噛みしても、泣きわめいても、いまの彼には自身が抱く復讐心のために振るう事は叶いませんでした。
「殺してやるッ! お前を、ぜったい! 殺してやるからなッ!!」
「…………」
男性は刃を素手で掴み、無理やり大剣を振るおうとしていた少年の手を解し、相手が喚いても手当をし、「少し大人しくしていてくれ」と縛り上げました。
縛り上げてもなお騒ぐ少年を置いたまま、手早く遺品を袋にまとめた男性は剣を少年を持ち、その場を去ろうとして足を止めました。
身を屈め、殴られた拍子に落ちた黒いサングラスを拾い上げ、黒と金色の目玉をそれで隠したオークの男性は少年を連れ、バッカス王国へと向かっていきました。