真意を語る肉の塊
怪我と毒で苦しみ、倒れたままの少年冒険者。
彼は近づいてきたフェルグスさんに治癒促進用の薬液を飲ませてもらい、さらに魔術による治療を施して貰いました。何とか死なずに済みそうです。
「お、おれより……マーリンを……」
「マーリンの方には我が師が向かった」
「向こう、まだ、ゴーレムいるかも……」
「アレならもう動かんよ。既に治療も開始されているし、一命も取り留めるだろう。それより、すまんな、助けに来るのが遅くなった」
「いいよ……不覚とったのは、おれの落ち度だ……」
セタンタ君はそこで治療により楽になってきた身体から息を吐き、少しだけ黙った後に「オッサンは、最初からこの件を知っていたんだな」と問いました。
「その通りだ。知っていて、お前達を死地に追いやった。しかし、我が師……エレインは今回の仕事を知ったのはつい最近の事だ。私と違い、お前達を向かわせる事には強く反対していた」
「それもいいよ、別に……仕事だろ? 俺がドジったの忘れてくれりゃ、良い」
「いいや、それはよく覚えておこう」
「ちくしょう……」
セタンタ君は思わず渋面を浮かべました。
その時、二人の横を隠者のような深緑色のローブを着た男性が横切りました。
ケパロスさんです。
ケパロスさんは歩きながらローブの頭巾を脱ぎましたが、やはり、髪と髭に覆われた顔から表情を読み取るのは難しいものがありました。
黙って、自分が槍を投げて仕留めたテウメッサに歩み寄っていっています。
「おーい、セタンタ! 大丈夫か!?」
「大丈夫……じゃ、無さそうだな」
ケパロスさんの背を見ていたセタンタ君は声の方向に振り向き、そこにパリス少年、ガラハッド君、エレインさんの姿を見ました。
マーリンちゃんもいます。
一日に二度も致命傷を負ったものの、何とか治療が間に合った事もあり死んではいませんでしたが、ぐったりしたままガラハッド君にお姫様抱っこされています。
ただ、セタンタ君にひらひらと手を振る余裕はあったようで、それを見たセタンタ君はようやく安堵する事が出来ました。
ですが、まだ完全に腰を落ち着ける余裕はありません。
胸に槍が刺さったテウメッサが、まだ消えていなかったのです。
まだ悪魔らしく灰と化して消えてはいませんでした。
「オッサン、俺の方はもういいから……向こうに加勢してやってくれ」
「いや……あちらも、もう動けんよ」
フェルグスさんの言う通り、テウメッサはもうろくに動ける状態ではありませんでした。僅かに身じろぎはしているものの、仰向けに倒れたままでいます。
苦しげに息をしながら、近づいてくるケパロスさんを見つめています。
ガラハッド君は倒れているテウメッサを見て、「あれが例の悪魔か……」と呟き、パリス少年は「ケパロスさんが倒したのか?」と皆に聞きました。
フェルグスさんとエレインさんはその問いに無言のまま答えず、セタンタ君は拾われてきたちぎれた右腕を治癒魔術でつけてもらいながら頷きました。
「ああ、槍を投げて、一撃で……見事なもんだったよ」
「すげえな……赤蜜園の冒険者でも苦戦した相手なんだろ?」
「みたいだな。俺は苦戦したどころか、やられそうになってたけど……」
「へぇぇ……ケパロスさんスゲエぜ。……あっ!」
突如、パリス少年が声をあげました。
この場に近づいてくる者の存在に気づいたのです。
それは四足歩行の存在でしたが、魔物ではありませんでした。
小型犬のライラプスちゃんです。
雨と泥で汚れていたものの、無事に生きている姿にパリス少年は安堵しましたが、ライラちゃんの行動に戸惑いの声をあげました。
ライラちゃんが、ケパロスさんの足に思い切り噛み付いたのです。
「な、何やってんだ、ライラプス! それはお前の御主人様の足だろ!?」
「錯乱、してんのか……?」
パリス少年は叫び、セタンタ君も戸惑い、ガラハッド君は怪訝そうに首を傾げました。大人二人はただ黙ってその光景を見届けました。
一方、ケパロスさんは甘んじて噛みつかれていました。
ただ黙って、愛犬を見下ろしています。
ライラちゃんは髪の奥から覗く主人の目に気圧されたのか、噛み付いていた口は離したものの――戸惑うように後ずさった後、ケパロスさんの前で吠えました。
鳴き続けました。
鳴き声は次第に泣き声となっていき、ケパロスさんはその光景を俯き、立ち尽くしながら見守りました。
悪魔の手が、愛犬に届いても止めませんでした。
「ライラプス……!」
パリス少年は友達を守るために動きました。
クロスボウを構え、テウメッサの狐面に向け、射とうとしました。
射とうとしましたがフェルグスさんが止め、他の少年達に対しても「待て。動かなくていい」と言い、手出しを禁じました。
悪魔と呼ばれたテウメッサの手は、吠え、泣き続ける犬の身体に届きましたが……縊り殺したりはせず、ずぶ濡れの毛並みをただ撫でるだけでした。
撫でられたライラちゃんは泣き止みました。
撫でてきた相手に擦り寄り、「きゅうん、きゅうん」と甘えるように鼻声を出し、必死に――治癒魔術を使いながら――狐面を舐め続けました。
ケパロスさんに抱き上げられ、引き離されるまで舐め続けました。
引き離されたライラちゃんは、また吠え始めました。
人間ならボロボロと泣いてしまっていそうな声で、自分の想いを伝えたくて、必死に鳴きました。やめて、殺さないで、助けてあげて、と訴え続けました。
老人には、その言葉は通じませんでした。
しかし、想いだけは通じていました。
それでもなお、自分の手で終わらせる事を望み、近づいてきたフェルグスさんにライラちゃんを預け、テウメッサに刺さった槍を引き抜きました。
「もういいんだ……もう、眠りなさい……」
引き抜いて、囁き、狐面の首に槍の刃を振り下ろしました。
振り下ろす先には、何の抵抗もありませんでした。
「…………」
「…………」
森の中。
辺りには雨音と、遠くから聞こえる魔物と人間の戦闘音が届いていましたが、セタンタ君達は黙っていました。ライラちゃんですら、もう鳴いていません。
パリス少年に引き渡されたライラちゃんは、その腕の中で俯き、大人しくしていました。微かに、鼻息を漏らし、震えてはいましたが……。
自分が殺した存在の傍に佇んでいたケパロスさんは、深く長い息を吐いた後、しぼりだすように「一人にしてくれ」と生者達に訴えました。
フェルグスさんは皆にその場を去り、周辺が落ち着くまで隠れ潜むように告げつつ、自分は少しだけ離れた場所で老人が死なないよう、見守る事にしました。
老人は長らく、二つに分かたれた肉塊を見つめ続けていました。