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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
四章:復讐と裏切り
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貴女



「マーリン……?」


「…………」


 返事はありませんでした。


 ただ、セタンタ君の弱々しい声に対し、マーリンちゃんは震える手を何とか動かし、矢が飛んできたのとは別方向を指差しました。


 セタンタ君は痛みを抑えるための薬をツバで急ぎ飲み込みつつ、応急処置として矢で飛ばされた腕を縛り、片手で槍を構えました。


 少女が指差した方向。


 草むらと木陰から音もなく毛むくじゃらの物体が二体、出てきました。


 それを魔物と見たセタンタ君は迎撃のために槍を振るいましたが、片腕という事もあってかいつもよりぎこちないものでした。


 それでもセタンタ君は勝機を伺い――矢による狙撃も警戒しつつ――マーリンちゃんから引き離しつつ、守る形で魔物達の立ち位置を導きました。


 相手の姿はセタンタ君の記憶にない魔物ものでした。


 それでも生物の成りをしているのであれば、急所を切り裂けば無力化出来る。そう信じ、相手の突撃に合わせて槍を突き入れ、脳を直接破壊しようとしました。


 その狙い通り、ミスリルの刃は突き進みました。


 避けられませんでした。阻まれませんでした。


 しかし、少年は致命的な間違いを犯した事に気づきました。


 槍を突き入れ、斬り吹き飛ばした頭部。


 そこから大量の砂煙が出たのです。



「こいつ、ゴーレム……!?」


 相手は毛むくじゃらでした。


 ですが、毛皮の中身――正体は土のゴーレム。


 それを毛皮で覆い隠して獣に偽装したという代物。


 ゴーレムの急所はあくまで心臓部コアであり、頭を壊したところで致命傷どころか手傷にもなりません。


 一手、無駄な手を打たされただけ。


 四足歩行のゴーレムは頭部が壊された事に構わず、突撃しながら立ち上がり、土塊の拳を少年の土手っ腹に打ち込みました。


 少年の耳にはズン、という音と、バキッ、という骨が砕ける音が届きましたが、その事に関して感想を述べる間もなく、少年は吹き飛ばされました。


 空中を綺麗な弧を描いて飛ばされた少年は頭から落ち、ボロ切れのように地面を横転し、吐血。


 ゴーレムは未だ健在。


 二体が少年に向けて走ってきていましたが――何とか意識を保っているセタンタ君の耳には、マーリンちゃんの交信魔術こえが届いていました。



『隙作る。本命を倒して、ゴーレムの後方、300……』



 セタンタ君が返事をする前に、マーリンちゃんは魔術を放ちました。


 それは打ち上げ花火のように空に向かい、パンッと音を鳴らして弱々しい光と化して宙で点滅しました。何かを知らせるように。


 テウメッサはその光の意味がわかりませんでした。


 野営地の射手アタランテは一瞬で意味を理解しました。


 魔物の群れが集中している場所から放たれた一筋の矢は空中で空を埋め尽くさんばかりの量に増加しながら地上に向けて牙を向いてきました。


 着弾地点は、合図を飛ばした少女を中心とした半径100メートルほど。


 そこには少年冒険者もいる場所でしたが――木々も敵も吹き飛びませんでした。


 ただ、空中で炸裂した無数の魔矢は辺りを真っ白に染めるほどの光を放ち、轟音響かせ、備えていなかった者から一時視界と意識を奪いました。


 備えていた少年冒険者は仲間の奮闘に応え、ゴーレムの振り回した土の拳を掻い潜りつつ進み、少女に示された場所に向けて一直線に進みました。


 そこに本命がいると信じて。


 駆け抜ける様は、まるで放たれた矢の如し。


 少年は向かう先に狐面の化け物がいる事を目視し、愛槍を強く握りしめました。


 彼我の距離、残り200メートル。


 必ず仕留めると決意しました。


 矢が飛んできましたが、不意打ちの一矢で無ければ避けようはあり――後背に未だ瞬く光の背負っている事もあり、少年冒険者は見事にそれを掻い潜りました。


 彼我の距離、残り100メートル。


 少年は、狐面の敵が錆に汚れた剣に持ち替えるのを見ました。


 残り50メートル。


 満身創痍の身ではあっても、近づきさえすればこちらのもの。


 勝利を目前と控えた少年は油断無く、全力で走りました。


 しかし、勝敗は既に決していました。



「な――――」



 がくん、と少年の足が力を失いました。


 罠は当然、警戒して走っていました。


 しかし、足の方が少年の意に反して力を失ったのです。


 走ってきたままの勢いで転び、泥の上を滑り転がった少年冒険者の脳裏には最初に受けた手傷――矢に寄って受けた手傷の事がよぎっていました。


 木に突き刺さった矢は赤と紫の液体を滴らせていました。


 赤は少年の血。


 紫は、少年の行動を阻害する――毒。


 毒は既に全身に周っていました。即死させるような猛毒ではありませんでしたが、少年の行動を阻害するには十分過ぎる仕込みと化していました。


 都市郊外では、一瞬の油断が命取りになる事もあります。


 少年はその事を改めて身体で理解しつつ、立つ事もままならない自分に近づいてくる狐面に向けて話しかけました。



「お前が……テウメッサか……」


「…………」



 そこには否定も肯定も、何の言葉も返ってきませんでした。


 ただ、返答代わりに振り上げられた錆で汚れた剣が鈍く光を放ち、断頭台ギロチンの如く少年に向けて降り注いでくるだけ――の、筈でした。



「露と滅せよ――虹式カラド煌剣ボルグ


「…………!」



 横合いから飛んできた詠唱、そして森を薙ぐ剣撃。


 テウメッサと呼ばれた存在は間一髪でそれを躱し、少年を仕留めきる事が出来ずにその場を離れる事を余儀なくさせられました。


 木々が薙ぎ払われ、落ちてくる中、テウメッサは先ほどの攻撃の主を――両目を黒いサングラスで覆った一人のオークの姿を見据えました。



「お初お目にかかる、悪魔殿」


 そう言い、大剣の腹を見せる形で掲げたオークの男性は倒れたセタンタ君を庇いつつ進み出てきましたが――追撃を加える様子はありませんでした。


「クアルンゲ商会所属・冒険者のフェルグス、横やりを入れさせてもらった。生憎の空模様となりましたが、まあ、それを選べる身分ではないのは、理解していらっしゃるだろう?」


「…………」


「そう警戒されずとも、私は貴女を害すつもりはありませんよ」


 フェルグスさんは大剣を、少しだけ横に動かしました。


「私は、ね」


 つい先ほどまで、大剣があった――大剣で隠されていた空間。


 そこを貫く形で――槍が投じられました。


 鋭い一投には渾身の力が込められていました。


 投じたのは一人のドワーフの老人でした。



「…………」



 テウメッサは完全に不意を打たれ、回避も間に合わない状態。


 それどころか、回避という動作を行わず、ただ立ち尽くしていました。


 投槍はそこにあるのが当然のようにテウメッサの胸を貫通。


 致命傷と言っていいでしょう。


 その証拠に、悪魔と呼ばれた存在は雨の中、泥の地面に倒れていきました。



 勝敗は決しました。


 最後は呆気ないものでした。


 呆気なく、決してしまったのです。




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