瞬きのうちに
「ちょっとずつ、索敵事情改善されつつあるかも」
「ホントか?」
郊外を走り、飛びつつマーリンちゃんとセタンタ君は言葉を交わしました。
「多分、円卓会が魔物の群れに斬り込んで除去してくれてるんだろうね。その辺、改善されていけば本命のテウメッサも見つけやすくなるはず――」
「今回ばかりは円卓会に感謝だ、なッ!」
セタンタ君が槍を振るい、魔物の目を骨ごと横一文字に切りました。
ギャア、と叫んでのたうちまわる小者はそのままに二人は森を進んでいきます。
索敵事情が改善されつつあるとはいえ、未だ阻害されている状態。腕利きの索敵手であるマーリンちゃんの手を持ってしても周辺の把握しか出来ていません。
未だ魔物の群れの全体像はわからず、当然、テウメッサの居場所もわからず、把握出来ている近場でさえも十全な索敵とは言い難い状態です。
そんな場所で姿を消したライラちゃんを探すのは難題ではありましたが――。
「でも、雨で地面がぬかるんでる」
「足跡は、多少残ってるみたいだな」
「ちっちゃくて見逃しそうだけどね! まあそっちは任せて」
「魔物は俺が始末する」
「お願いね。そしてさっそく団体さんのお出まし、後方10体!」
「足跡追いながらだと、撒ききれねえか……!」
群れの中からセタンタ君達の存在に気づき、走ってくる魔物の姿が迫りつつありました。足が長く毛深い狼のような魔物達です。
数的不利に立ち、なおかつ単騎の性能もそれなりの魔物だけにセタンタ君は舌打ちし、迫る交戦の対応に思考を巡らせました。
「マーリン、久しぶりにアレいけるか?」
「平時の性能の五割減ぐらいだけど――」
「お前が俺ならやれると思ってくれるなら、いける」
「そんじゃおまかせ」
マーリンちゃんはライラちゃんの痕跡を追いつつ、セタンタ君の額を触って視覚支援の補助魔術をかけ、さらに別の魔術を起こしました。
まず、虚空から白煙が二人の後方に向けて流れていきました。
それは進み続けるマーリンちゃんの後ろに飛行機雲のように続き、後ろに迫る魔物達を覆い隠すように動きましたが、殆どの魔物がそれを避けました。
当たったところで死に至るものではありません。
死は、その煙の中から現れた白刃が届けてくれました。
「――――」
ひゅん、と音を立てて宙を切った槍の切っ先は不意を打たれた魔物の顔の3分の1を切り飛ばし、脳の削り、手傷を追った一匹は脱落していきました。
槍の担い手は少年冒険者・セタンタ。
煙幕に隠れて一気に後方に下がり、魔物を一体仕留めたのです。
他の魔物達は当然、少年冒険者に噛み付こうと襲いかかりましたが、煙の中にフッと消えていった彼を追い、仲間の魔物と激突。
体勢を崩したところに頭上から素早く突き出されてきた突きに傷を負わされ、脱落していきました。これで残りは7体です。数の上では、魔物の方がまだ有利。
少年冒険者を追い、煙の中に入った魔物達の目は一瞬、木と大地を蹴りながら縦横無尽に跳ね回る少年の姿を見ました。
しかし、一瞬見ただけで追い切る事は出来ませんでした。
対して少年は少女に煙の中でも十全に見えるように魔術をかけてもらった事もあり、敵も地勢も完璧にとらえていました。
空切り肉断つミスリルの切っ先が煙の中で煌めき、瞬く光のように血煙を散らし、白い闇を重く染めましたが、一瞬の事でした。
白煙の中から抜け出した魔物もいました。
疾駆して、少女に向かって駆けました。
勢い良く駆け、浮遊する少女の存在に視界を上に上げさせられ――足元が疎かになり――木々に張られたワイヤートラップに気づかず、それに思い切り引っかかって跳ね転び、槍の一突きで絶命。
かくして10体の魔物による追跡は絶えました。
「へへっ! 楽勝だったね」
「そうだな」
二人は一時、勝利に酔って笑みを交わしました。
一時ではありますが、気が緩みました。
「えっ――」
「なっ――」
音もなく飛んできた一矢がありました。
それは少年が横たわった木を――飛び越える事を見込んでつい先ほど意図的に切り倒されていた木を――飛び越えようと、飛んだところに飛んできました。
矢の飛来に気づき損ねた少年は、隣を飛んでいた少女に突き飛ばされ――代わりに少女の胴体を矢が貫通し、少年の方は一命を取り留めました。
危機はそれだけではありませんでした。
少年が突き飛ばされた先にも、矢が飛んできていたのです。
それは胴体には当たらずとも、少年の右腕を切り飛ばし、射線上にあった木に突き刺さり、赤と紫色の液体を滴らせつつ、びぃぃんと音を立てました。
片や腹部貫通、片や右腕断絶。
勝利に酔った二人は、一瞬で窮地へと叩き落されました。
それをやってのけた狐面が、雨中で追撃の手を打ち始めました。