奇妙な計画
遠征部隊の本隊、アスティ市街跡滞在二日目の早朝。
初日は市街跡に到着し、野営地を整え、周辺の魔物の排除ぐらいしか出来なかったものの、二日目からはいよいよ採掘開始です。
とはいえ、まだ早朝。
クアルンゲ商会が派遣してきた料理人さん達が起こす朝食の芳しい匂いを嗅ぎつつ、起床し始めた冒険者さん達はまだちょっと眠そうです。
都市郊外で行軍し、野営までしている疲れもあるのでしょう。最もそれは治癒魔術で取り除けるものなので、「体調悪いかな?」とちょっとでも思った方は治療担当の方々に直ぐ相談に行っています。
「ふにゃ……」
マーリンちゃんも寝床からゴソゴソと出て、ぐぐっと伸びを一つ。
寝ぼけ眼をこすりつつ、隣を見るとアタランテさんがぐぅぐぅと眠りこけています。寝坊ではなく夜回り当番だったので寝ているだけのようです。
アタランテさん含め、マーリンちゃん達はあくまでクアルンゲ商会に雇われた身です。商会に兵站管理を任せているカラティンと必要に応じ、協調はするものの、採掘の手伝いまでは業務の範囲には含まれていません。
なので遠征の帰路はともかく、アスティ市街におけるマーリンちゃん達の仕事はのんびりとしたものです。仕事無ければゆっくり寝る事も出来るでしょう。
マーリンちゃんは少し惰眠を貪りたかったものの、起きる事にしました。
採掘のための準備をしているカラティンのメンバー。クアルンゲ商会の朝食作りの手伝いをしているパリス少年やガラハッド君を見つつ、自然な風体を装いつつ、目的の人物を探し求めました。
起きてきた冒険者達で賑やかになってきた野営地内でしたが、マーリンちゃんは一分とかからず探し人を見つけました。
「おはよー」
「あら、おはようマーリンちゃん。お寝坊せずに起きれた?」
「よゆーだよ。もう子供じゃないんだから……朝ごはん、ここで食べていい?」
「どうぞどうぞ」
マーリンちゃんが探していたのは冒険者クラン・カラティンに所属する冒険者さんでした。おっぱいの大きいお姉さん冒険者さんです。
今回の遠征は先遣隊として先に現地入りしていた方です。
マーリンちゃん達と同じく赤蜜園出身の元孤児でもあり、孤児院時代からの知り合いだけあって自然に親しげにお話をしています。
二人はしばし、取り留めのない雑談をしていましたが、マーリンちゃんが何気ない様子で別の話題を切り出しました。
「今日から採掘開始だけど、どこ掘るの?」
「ふふん……それは秘密よ」
「え~。まあ、皆の動きで大体の位置のわかるけどね」
そう言ったマーリンちゃんは野営地内で試運転している採掘用ゴーレムを指差しました。野営地周辺の土を取り込み、既に人型になっているゴーレムです。
「ここでゴーレムを形成してるって事は、この近所でしょ? 採掘用のゴーレムだから足そんな早く無いだろうし、野営地から離れたところを掘るならその直ぐ近くで形成した方が移動の手間省けるし」
「まあね」
人々が土木や運搬作業に使用しているゴーレムは、元は魔物です。
魔物のゴーレムの心臓部――コアを抜き出し、人間が使うための道具として再調整する事で重労働だけではなく対魔物の戦闘に使用する事が出来ます。
ゴーレムの良いところは労働時間を気にしなくていいところ……もとい、重機として使えるのに持ち運びが便利、という点があります。
コアさえあれば身体は現地の土や岩で形成する事が出来るためです。子供でも抱える事が出来る大きさのコアで大型重機以上の力を発揮する事も可能です。
ちなみに一番需要があるゴーレムのコアは土塊を媒体にするもの。
比較的安価なうえに、土は陸地であればそこら中にある事もあり、形成作業も場所をあまり選びません。
戦闘においても各部位が欠損したところでコアさえ無事なら周囲の土を吸い上げ、自動修復も可能。安価とはいえタフさを買われ、冒険者でも土塊系のゴーレムを使う人は珍しくありません。
今回の採掘でも土塊系のゴーレムを使います。
掘りたい場所の土を身体に取り込み、地上に歩いて行かせ、そこで身体を崩せば掘りながら土の運搬までこなしてくれる便利な子達です。
「ちなみに掘るのは近所というか、野営地の真下よ」
「え、真下? そんなの都市があった頃で調べ尽くしてるんじゃ……」
「いや、地下に残っている坑道の脇道にね、たんまりと残っててね。既に一部は目視で確認出来ていて、採掘といっても運搬出来るように坑道広げて持ち出すだけだから、作業も夕方までには終わるでしょう」
「ふぅん……」
「気になるのは坑道内に残っている魔物――だったんだけど、先遣隊が見回った限りでは殆どいなかったわ。採掘の邪魔になりそうな坑道も封鎖済み」
「仕事が早いねー」
「坑道の地図があったからね」
「地図……それって正確なものなの?」
「ええ。少し前に市街跡に残留している鉱石が沢山あるって噂が立ち上った件は知ってる?」
「ロムルスさん達……カンピドリオ士族の若様達が採掘に来て、実際に掘れちゃった事で噂に尾ひれ背びれがついちゃって、人が沢山来た時の話?」
「そうそう。その際、ここに都市を構えて採掘していたポンペーイ士族が作成した地図が一般に出回ってね。現地で売られてたそうよ。一番儲けたのはその地図を持ち込んだ人かもしれないわね」
「まー、後から押し寄せた人達が鉱石殆ど取れなかった事を考えると、そうなんだろうねぇ……なんだか虚しくなる話だねー」
二人はちょっと苦笑を交わし、朝食のパスタをすすりました。
「ちなみに、これも噂なんだけど、噂に乗じて地図を売りさばきに来た人が噂を煽った張本人なんじゃないかーって話もあるのよ」
「商売上手というか詐欺師だね……どこの誰だろ」
「確か、ラハブだか、ラハムだか、ラカムだか……そんな名前だったような?」
「まさか、それってエルフ?」
「種族までは知らないけど……知り合い?」
「そうなのかも」
マーリンちゃんは心当たりを簡潔に話し、先遣隊のお姉さん冒険者さんは「ひょっとしたらその人なのかもね」と同意を示しました。
「まさか、今回もその人から地図買ったわけじゃないよね?」
「いやいや……それは無いって。いまウチが使ってるのは当時出回ったものにケパロスさんが見回って、現状に即するように修正されたものよ」
「となると……地図を持ち込んだのはケパロスさん?」
「そうよ? 採掘計画そのものを持ちかけてきたのもケパロスさんだもの。個人でいそいそ運ぶのは難しい量だし、ウチみたいな大手クランに話を持ちかけて、総取りは出来ない代わりに情報料に色つけてもらったんじゃないかな」
「ふーん……カラティンの上層部は計画を妥当と見たわけだね」
「じゃないとクランの一部隊とはいえ、私達をこうして派遣しないでしょ?」
「確かに」
「ただまあ、ちょっと揉めてたみたいだけどね」
肩をすくめて言った冒険者さんに対し、少しだけ目つきが鋭くなったマーリンちゃんが「どういう事?」と詳しい事情を聞きたがりました。
カラティンの冒険者さんは若干話しづらそうにしていたものの、僅かに唸った後、「まあ、マーリンちゃんなら言っていいか」と言葉を続けました。
「ケパロスさんから採掘計画が持ち込まれたのは、半年ほど前の話なのよ」
「それはまた……随分と前の話だね」
半年以上に渡って遠征の計画を練るのは有り得ない事ではありません。
ただ、それは危険や規模が大きい遠征――例えば都市開拓のための遠征――の場合であり、今回の遠征では「随分前」という形容でも過言ではありません。
都市から離れているとはいえ、一ヶ月以上の行程がかかるわけでもなく、魔物も比較的弱いものがいるだけの地域。天候も厳しいものではありません。
地勢、状況的なもので懸念を挙げるとしたら「本当に鉱石が眠っているのか?」というものがあります。他にも有り得る事情はありますが――。
「カラティンって、最近そんなに多忙だったっけ?」
「全員出払うほどじゃあ無かったわ。平常通り」
「まさか、採掘場所の情報料絡みで揉めたとか?」
「そうじゃない? いつの世も、お金の話は揉めるものね」
「うーん……自分で言っておいてなんだけど、ホントにそうなのかな……」
「でも、何か揉めてたのは確かなのよ」
冒険者さんはペラペラと饒舌に喋っていましたが、急に声をひそめてマーリンちゃんに耳打ち気味にコソコソと伝えました。
「ウチの総長がケパロスさんの胸ぐら掴んでたとこ、見ちゃったのよ」
「怒ってたの?」
「ふざけんな、とか言って激怒してたわ。エイさんが『まあまあ』って二人の間に入って止めてたけど、ああ、これは珍しく交渉決裂したなー……と思ってたら、今更になって話が進んで、私もちょっと寝耳に水だったってわけなの」
「ふむ……?」
「言っちゃ悪いけど、ケパロスさん側がよっぽど吹っかけた金額を言ってきたのかもね。それこそ総長がキレるほどに」
カラティンの冒険者さんはそれで納得したようにスープをすすりました。
ただ、マーリンちゃんは自分の頬をさすりながら俯き、思案し、「本当にお金の問題だったのかな……?」と心中で呟きました。
報酬の交渉が一度で片付かなければ、何度か協議を重ねてすり合わせるか――もしくは「おたくとは話になりませんわ」と他所に行くのが普通。
ケパロスさんが持ちかけた通り、本当に鉱石があったのであれば飛びつく冒険者組織はカラティン以外にもあります。
商会や士族でも真偽が確かであれば食いつく話でしょう。
どこぞの円卓会総長ならともかく、老舗の大手冒険者クランのカラティンを取り仕切る総長が「お金の問題だけでキレて、相手の胸ぐら掴むかな?」とマーリンちゃんは考えました。
考えましたが、「じゃあ何で怒っていたのか」について他に確たる答えは思い浮かばなかったため、黙ったままでいました。
予想し、懸念し、警戒している答えはあるようでしたが……。
マーリンちゃんは冒険者さんとの話を程々のとこで切り上げました。
そしてセタンタ君の姿を探し求めましたが、野営地では見つかりませんでした。
ガラハッド君、パリス少年、ライラちゃん――ケパロスさんの姿もありません。
「ぐぅ……せめてレムスさんでもいないかな」
「はよー……どったの」
「あ、アタランテさん。おそよう」
「そこまで言うほど日が登りきってないでしょ……ふぁぁ」
起きてきたアタランテさんが口に手を当て、小さくあくびしました。
まだ少し眠そうですが、お腹の方が減ったらしく起きてきたご様子。
マーリンちゃんは「眠そうだからアタランテさん頼るのは止めておいた方がいいかな?」と思いつつ、レムスさん達を知らないか聞きました。
「あー……アイツなら、さっきウサギ狩りに行ったわよ」
「げ、すれ違い」
「相変わらず、アンニアから貰った手紙を見せびらかしながら『一緒に狩りに行こうぜ~』と能天気に誘いに来て、人が寝てるのに起こしにきたのよ。ハァ……まったく、朝から勝手に運動させて……」
マーリンちゃんは対面の女性の首筋に蚊が刺した痕を見つけましたが、そっと見なかったフリをしました。
アタランテさんは乱れた着衣をさり気なく直しつつ、「アイツに用事あったなら代わりに手伝おうか?」と言ってくれました。
「いいの? 二度寝しないの?」
「もう目が覚めちゃったから起きてるわー。最悪、治癒魔術使えばいいし」
「じゃあお願いしよっかな。お願いしまーす、ボクだけじゃ不安なんで」
「はいはい。先にちょっと朝飯食わせてちょうだい」
朝食を貰うべく、去っていくアタランテさんに手をフリフリ。
マーリンちゃんは護衛のアタランテさんが戻ってくるまでの間、準備を整えておこうと自分の商売道具を取りに寝所へ戻ろうとしました。
戻ろうとしましたが、それは阻まれる事となりました。
のんびりとした口調の巨人さんがマーリンちゃんに話しかけてきたのです。
「おーい、マーリン。ちょっと仕事を頼めるかなぁ」
「げぇー……えぇー……ボク、お昼まで仕事無い予定なんですけど?」
「まあまあ、そう言わず」
「そもそもクアルンゲ商会側に話は通ってます? 働きたくなーい」
「それはこれから。まあ持ちつ持たれつでしょ?」
「んー……」
マーリンちゃんは断る口実を探しましたが、「何か仕事したくない理由があるのかな?」と言われ、最終的には押し切られる事になりました。
自分を呼びつけた巨人種の男性について歩きつつ、眉根を寄せていたマーリンちゃんはふと、空を見上げました。
そこには朝の清涼な空気を押しつぶすような雨雲が広がりつつありました。
「これは、一雨くるかな……」
「来てくれるといいねぇ」
マーリンちゃんの呟きに巨人さんが――遠征隊長のエイさんが、のんびりとした様子で答えつつ、鋭い目つきのまま微笑みました。