深夜行
救援隊として出てきたレムスさん達は暗視の魔術を起動しました。
松明でも使った方が魔術行使のリソースを使わずに済みますが、救援に急行しないといけない以上、目立って不必要な交戦は避けたいのでしょう。
「パリス、お前はそのライラの鳴き声捉えるのに集中しろ」
「わかった!」
パリス少年を案内役とし、少年を背負ったレムスさんが先頭を突っ走りました。
暗い森の中は目視だけではどこから魔物が飛び出してくるか把握しづらく、不意打ちされやすい状況。魔物にとって非常に有利な状況です。
ただ、それにはマーリンちゃんが対応してくれました。
索敵魔術を行使しているマーリンちゃんが魔物達を早期に発見し、交信魔術を使いながらレムスさんとセタンタ君に位置を知らせ、必要に応じて二人にだけ見えやすいように魔術によるマーキングも施しています。
そのおかげもあって一行は止まる事なく、つむじ風のように木々の間を縫い、進み、かまいたちの如く魔物達を一瞬で倒しています。
パリス少年は三人の息の合った行動、そして練度の高さに驚きつつも――いま自分がやるべき事をよく考え――耳をそばだてました。
「…………そこ、右! いる、やっぱりアイツがいる!」
「あいよ。マーリンちゃん、どうだ」
「んー……あ、こっちでも捉えた。ただ、んんっ!? なにこれ……?」
「どうした?」
「あ、いや、ワンちゃんらしき反応あったよ。ただ、もうかなり弱ってるうえに、魔物に襲われてる。下級だけど悪魔が一体いる」
マーリンちゃんの索敵網には言葉通り、悪魔の姿がありました。
頭にだけ骨の被り物をした四本腕の魔物は、立ち向かおうとしている――弱った――小型犬に対し、容赦なく蹴りを入れ、蹴り飛ばしていました。
蹴られた小型犬は木の幹に身体を打ち付け、「ぎゃんっ」と鳴き声を上げた後はうずくまって動かなくなり――それを見た悪魔は小躍りしていました。
小躍りしながら、キィキィと耳障りな声で鳴いています。
『バーキ! ウネガチトテウトクチナサワデヌアゲアシミヌキトレキラ、トサズリソユガット……』
まるで犬を虐待して喜ぶ人間のような仕草です。
沈痛な鳴き声をあげただけに、音の魔術で位置を必死に探っていたパリス少年もそれを聞きつけてしまい、息を飲み、青ざめていました。
「マーリンちゃん、位置情報くれ」
「はい、どうぞ」
「うん、あそこか」
ブン、とレムスさんが手を振りました。
振られた手から放たれた投げナイフは回転しつつ――闇の中でもレムスさんの眼だけによく見えるよう蛍光色になった――悪魔に向かって飛んでいき、その胴体に刺さり、突き抜け、上半身と下半身をパックリと別けてしまいました。
倒れた魔物に対し、走り込んできたセタンタ君が槍を一閃。
『エタユワ――――!?』
断末魔の叫びをあげ、悪魔はサラリと灰になっていきました。
パリス少年はその様子に目もくれず、「ライラプス!」と叫び、青ざめた顔でレムスさんの背から飛び降り、急いで小型犬のもとへ駆け寄りました。
小型犬――ライラちゃんは息をしてません。
パリス少年はそれに気づき、涙ぐみましたが横合いから差し伸べられたマーリンちゃんが観測魔術でライラちゃんの様子を探り、診断しました。
「瀕死だけど生きてる。何とか蘇生魔術無しでも間に合いそう」
「ホントか!?」
「ちょっとここで応急処置していこう。皆ごめん、ちょっと代わりに周辺警戒してて。パリスはちょっと手伝って」
皆、マーリンちゃんの言う通りにしました。
セタンタ君はレムスさんは揃ってホッと息を吐き、あまりにも揃った仕草だったのでお互いに笑い合い――次いで、おかしな事に気づきました。
「レムスの兄ちゃん、これ」
「ああ……魔物の死体、だな」
二人が倒した悪魔の死体ではありません。
先ほど倒した悪魔は既に灰と化していましたが、それとは別に無数の魔物の死骸が少し離れたところに転がっていたのです。
森狼の群れがでしょうか? 10や20どころではない数の死体が闇の中にひっそりと横たわっており、多くのものが原型を留めていませんでした。
何か重いものに身体を砕かれたように潰れているものもおり、傷口には血混じりの土らしきものがべったりと張り付いてもいました。
土の拳に殴られたようにも見えます。
倒し、殺されて時間は然程経っていないようです。
となると、その惨状を作り出したのは……。
レムスさんとセタンタ君が無言で治療を受けるライラちゃんを見つめました。
それから2、3分ほどが経った後、マーリンちゃんが額の汗を拭って「これで、よし……」と呟き、治療魔術の行使をひとまず終えました。
終えて、隣で不安げな顔で泣きそうになっているパリス少年の肩をポンポンと叩き、「大丈夫。一命は取り留めてるから」と言い、笑いました。
「でも、とりあえず骨とか内臓とか血管を修復した程度。野営地に戻って、もっと治癒魔術が得意な人に預けよう。そしたら完治するよ」
「わかった……マーリンも皆もありがとう、ライラを助けてくれて……」
「へへっ、持ちつ持たれつだよ。……それより、パリス」
「ん?」
「何でパリスが、この子の名前を知ってるのかな?」
「あっ……そりゃ、出発前に……」
「出発前に聞いたのはライラ、というものだけだったよね」
ライラプスとは呼ばれていません。
猫背のエルフの冒険者さんはそこまで名前を覚えてはいませんでした。
ライラちゃんを大事にそうに抱っこしたまま、押し黙るパリス少年に対し、マーリンちゃんは「この子のご主人と知り合いなんだね?」と告げました。
パリス少年は、しばし俯いていましたが……やがて、ぎこちなく頷きました。
「ライラの主人……ケパロスさんは、オレの恩人なんだ。
どうしようもないオレの恩人なのに……オレは、あの人を裏切ったんだ……」
二度と顔向けできない事をした。
そう呟いたパリス少年は押し黙り、俯きました。