魔物対策の偽装野営地
冒険者クラン・カラティンの採掘遠征一日目。
夕方、一行は予定されていた野営地に問題なく辿り着きました。
行き掛けの駄賃として探す事になっていた小型犬の「ライラなんとか」ちゃんは見つかりませんでしたが、本来目的としていた遠征の方は順調です。
「中々、良い感じだねぇ」
遠征隊長の巨人さん、エイさんを満足げにノンビリと喋りました。
「順調だからオジさん寝ててもいい?」
「隊長、そこ設営の邪魔なんでどいてください」
「敬老精神の無い子達だねぇ……」
エイさんはため息をつきつつも、表情はニコニコと微笑んでいます。
まだ一日目とはいえ、ここまでの道程で特に危機に瀕する事もなく、近づく魔物は的確に排除してのけた部下の皆さんの対応に満足しているようです。
その隣にいたセタンタ君は「カラティンなら余裕でしょ?」と呟きました。
「歴史古いうえに、数だけじゃなくて練度も高い大手クランなんだから」
「いやいや、セタンタ、言っただろう? 今回は若手の――実戦経験が比較的少ない者達の――訓練兼ねての遠征なんだ。この辺は都市郊外としては与し易いところではあるけど、問題なくキチッと対処してやってこれたのは良いことだよぉ」
「ふぅん……うわっ!?」
そんなもんか、と思っていたセタンタ君が急に宙に浮きました。
遠征隊長さんにつまみ上げられたのです。
4メートルを超える巨躯にして、長寿族の巨人。
それにつまみ上げられた150センチほどの少年は――元々そこまで背が高くないのですが――いつもよりもなお小さな身体に見えました。
「ふーむ……お前の背丈、伸びてないなぁ……赤蜜園の頃から変わらんなぁ。成長期終わっちゃったなぁ? 成長しないのは、面白みがない」
「まだまだ伸び盛りだっつーの!」
「ただまあ、メーヴ殿に求婚したというのは、おったまげたぞ」
遠征隊長さんはそう言い、クククとおかしげに笑いました。
セタンタ君の方は掘り返されたくない事を言われたので赤面。巨人さんの手中でジタバタと暴れ、最後はするりと抜け落ちていきました。
「嫌味かオッサン! 孤児院いた時からよくからかわれてたけど……いまのはさすがにブチ切れるぞ! 俺だって掘り返されたくない黒歴史ぐらいあるんだからな」
「ひひひ……すまないねぇ、だが、いまのは嫌味じゃあないよぉ」
「じゃあ何だよ」
「同志に親しみを込めて話しかけてるんだよ」
遠征隊長さんは「オジサンも求婚した事あるんだよ」と言いました。
ムッとしていたセタンタ君も初耳で、なおかつ自分と同じ事をした人に興味をそそられ、思わず耳を傾けました。
「マジか……でもどうせフラれたんだろ?」
「まあねえ。というかセタンタ君よ、メーヴ殿はお前さんもよくご存知の通り美人で身体の具合も最高だから、僕らみたいにフラれた奴らなんてそこらにいるよ?」
「そこらにはいないだろ」
「いやいや、いるよ? ねえ、同志諸君、具体的に名前出していい?」
具体的に名前が挙げられる事はありませんでしたが、野営地にいる方々の何人かが咳払いをしました。場所を変えればもっと増えるかもしれませんね。
セタンタ君、思わず何とも言い難そうな顔をしています。
「だからまあ、セタンタ君も気にせず赤蜜園に顔出しなさいよ」
「むっ……」
「キミと同じ道を歩き、涙を飲んだ若人は沢山いるからねぇ。メーヴ殿は男女問わず色んなヤツと関係持つが、その関係も客か愛し子のどっちかだけさ」
「……でも気まずいんだよ」
「んー……まあ、メーヴ殿も寂しがってるだろうから、自分の気持ちの整理が整ったら顔ぐらい出してあげなさいよ」
「寂しがるようなタマじゃねーと思うけど」
「表向きはね」
遠征隊長さんは頬をボリボリと掻きつつ、少年を諭しました。
セタンタ君とエイさんの付き合いはそこそこ長い方です。
エイさんは赤蜜園出身ではないものの、園に古くから関わっている方です。
それだけに園の方にもよく子供達の稽古ついでに顔を出しており、木剣を振り回すセタンタ君をツンと指で突いて倒したり、小さな頃から少年の――他の孤児の子達も含めて――成長を見守ってきた方でもあります。
孤児院長さんから相談を受け――赤蜜園系の冒険者クランであるカラティンに創立時から関わり合いになっている最古参。
ですが、クラン運営の仕事は「面倒くさ~い」と固辞し、最古参ながらも前線に出て、今も若人達を見守り、時に厳しく窮地に蹴落としていたりします。
他の子供達を見守るのと同じく、ちょっぴり思春期な悩みを抱え悶々とするセタンタ君を見つめる片目は優しげなものでした。
ただ、性格はちょっぴり意地悪な方でもあります。
「まあ、セタンタ君と違って、僕はメーヴ殿とヤッた事あるけどねぇ」
「…………!」
「怒らない怒らない。もちろん、客とバッカス一の高級娼婦の立場での事だとも。メーヴ殿が個人として性的な事をした相手がいるとしたら、まー……妹さんと旦那ぐらいじゃないかねぇ? 実際どうかともかく、可能性があるのは」
「旦那?」
「メーヴ殿の夫だよ」
「…………えっ、結婚してたの?」
「そうだよぉ、知らなかった?」
遠征隊長さんはニヤニヤと笑みを浮かべました。
まるで「良い玩具を見つけた」あるいは「今夜の酒のツマミはコイツだ」と言いたげな笑みでしたが、動揺したセタンタ君はそれに気づきませんでした。
「ま、もう旦那は死んでるけどねぇ」
「そうなんだ……」
「詳しい話を聞きたいかい? 僕の眼をえぐった因縁浅からぬ相手でもあってねぇ……ねぇ、聞きたいかい?」
「べ、別に……? まあ、オッサンが言いふらしたいなら、聞かない事も――」
「じゃあいいや。そんじゃ、野営地設営作業に勤しみたまへ、色ガキ君」
「んなっ……!」
セタンタ君はするり、とその場を後にした遠征隊長さんに罵詈雑言を浴びせかけようかと思いましたが、相手の思う壺になりそうなので控えました。
ですが、結構聞いておきたかった話をお預けくらっただけにちょっとイライラ。それを発散するように「ああ、クソッ!」と呟き、頭を振り、他の人達の手伝いへと向かっていきました。
マーリンちゃんはその様子を見ていましたが、そっとしておきました。
そっとして、自分が担当する作業へと戻っていきました。
セタンタ君達と同じく、遠征に同行しているクアルンゲ商会の護衛としてきたマーリンちゃんですが、同道するだけに野営の作業もカラティンと合同です。
そのため事前にカラティンの方々と打ち合わせしていた通りに、現地で必要なら詳細も詰めつつ、事を進めていきます。
マーリンちゃんはガラハッド君をお供に連れ、仕事し始めました。
「私は何をすればいいんだ?」
「荷物持ちと護衛。何か出てきたら守ってね」
「了解。……で、キミは何を見ているんだ、マーリン」
「この辺の地図だよ」
「ほう……かなり詳細に書かれているな?」
「野営地は定番の場所があるから、そういうとこには野営と防衛しやすいように詳細な地図が作られてるとこが多いんだよ。ここもその一つなのさ」
遠目には単なる郊外の一地域でしかない場所。
ですが、実態は野営しやすく、魔物の襲撃時には防衛しやすいように改造されている場所です。
自分達の姿は隠しやすく木が立ち並び、その周囲には見張り用の丘が盛土によって人工的に作られていたり、堀が掘られています。
ところによっては別の場所に出るための抜け穴が備えられている場所もあり、冒険者ギルドが整備し、同時に詳細な地図も作って「ここはこの辺利用してね~」と野営に役立つポイントも記載されています。
ただでさえ魔物が徘徊している事で危険な都市郊外ですが、最も危険なのは夜。
闇に潜む魔物達の動向は掴み難く、見張りを怠ると奇襲も容易く成功させられます。いくら手練がいても眠ってしまっていては抵抗もままなりません。
だからこそ冒険者ギルドが定番の野営地を整備し、その地図も含めて発行、管理する事で冒険者の活動を助けているのです。
冒険者の皆さんが安心して郊外活動を行い、無事に帰ってくる事でギルドも国も利益を享受する事が出来ます。
「とりあえず、ボク達は周辺の地勢変わって無いか確認ね」
「わかった」
「まあ大丈夫だとは思うけどね――あ、そこの穴の中、小型の魔物が」
ガラハッド君が倒してくれました。
その後は特に魔物もやってこず、担当区域の地勢も特に変わっていなかったので、次は事前に用意してきた物品を仕掛ける事になりました。
「この小石のようなものでいいのか?」
「うん、こっちにちょーだい」
「魔物が踏むと足に破裂して、足に突き刺さる罠か何かか?」
「あはは、そういうのもあるけど、これは索敵用の媒体だよ」
索敵魔術は都市郊外を征く上で欠かせないものです。
その索敵範囲をさらに拡張する事が出来れば危険を事前に察知する事が出来るため、野営時はそのための仕掛けを敷設しておくというのがよくあります。
自分達の担当箇所に仕掛け終えたマーリンちゃん達は動作を確認し、野営地の中心――休憩・宿泊・食事を行う区画へと戻りました。
中心地は周囲を天幕等で覆っています。
出来るだけ野営中の灯りが漏れないための工夫ですね。光は闇を照らす人の味方でもあり、闇で目立つ魔物の味方にもなり得てしまうのです。
マーリンちゃんはガラハッド君を連れて中心地の物見台に上がりつつ、「念のためここからも動作を確認しとこう」と言いました。
ガラハッド君はそれに頷きつつ、自分は動作チェックが出来ないのでキョロキョロと辺りを見回しています。
見回して、中心地から離れた窪地におかしなものを見つけました。
「マーリン、あれは?」
「ん? どれ?」
「向こうの窪地だけ、灯りがいくつか吊るされてるんだが……」
「ああ、あれは囮の野営地だよ」
「囮の?」
二人の視線が向かう先にはガラハッド君の言う通り、灯りが灯されていました。頑丈で安価なランタンや、長く燃え続く工夫の施された焚き火があります。
「郊外で野営してると、どうしても近所まで魔物やってきやすいからねぇ。あえて目立つ偽装野営地を作って、そこに誘き寄せるの」
「そこを注視しておけば、初期対応も早く出来るという事か」
「そゆこと。あ、早速釣られた魔物がやってきたよ。おおい、誰か、射殺して~」
マーリンちゃんの言う通り、囮の野営地に魔物が近づいてきています。
魔物の方は灯りを見て、「人間がいる」と反射的に考えてタッタカ走ってきていますが、人間側の思う壺にハマりつつあります。
囮野営地の使い方は索敵の補助というものもありますが、そこに誘き寄せた魔物を離れた場所から射殺す罠としても使えます。
マーリンちゃんの呼びかけに応え、弓に自信がある――本人は自信があるつもりの――弓使いの方が「私に任せない」とやってきました。
それは獅子系獣人の女性でした。
白狼会のアタランテさんです。
「げえっ、アタランテさん」
「魔物はどこ? あそこね? 私の美技に酔いなさい!」
「待って待って、アタランテさんの弓の腕は――」
マーリンちゃんが止める間もなく、アタランテさんはとても嬉しげに笑いながら囮野営地に向けて矢を放ちました。
燐光を放つ矢――魔術で編まれた魔矢は大気を切り裂きつつ、囮野営地で匂いを嗅いでいる魔物に向かって飛び――見事にその後ろの木に当たりました。
「ほら外れた。アタランテさん、狙撃はド下手糞なのに」
「弓使いなのに……?」
「うん……」
「うるさい、次は当たるわよ!」
「無駄だからやめようよぅ」
マーリンちゃんが呆れ顔で呻き、「どなたか~お客様の中に弓の名手はいらっしゃいませんか~」と別の狙撃手を探しました。
しかし、ムキになったアタランテさんは次矢装填! パッと見事な早業でそれを放ちましたが、またまた見事な素人業で外しました。
「ほら当たらない」
「か、風向きが悪いのよ」
風向きも呼んで当てるのが立派な狙撃手さんです。
二矢も放って仕留められなかったツケは、弾道から魔物がアタランテさん達に気づく原因となりました。猛然と、犬歯むき出しで走ってきます。
「うわ、ガラハッドごめん、迎撃してくれる? アレぐらいならいけるでしょ」
「多分、可能だ。やってくる」
「待った! 私に任せなさい」
「下手くそのアタランテさんはもういいんで――ゲッ!」
アタランテさんがまた矢をつがえていました。
しかし、今度は第三矢どころの話ではありませんでした。
一度にいくつもの矢を同時につがえ、開いている指にも別の矢を複数持ちつつ、アタランテさんはそれらを闇雲に連射しました。
多くが見事に外れましたが――それでも下手な鉄砲数撃ちゃなんとやらの如く――いくつかの矢が魔物の顔面に突き刺さり、その進行を止め、殺しました。
「あっ! やった! ほらっ! 当たった! 千発百中」
「はいはい、ようございましたね。うわぁ、地面までハチの巣状態……」
「フフン、もう誰も私の事を『矢が当たらんて』とは言えないわね」
「ボクはそこまで言ってないけど、アタランテさん馬鹿みたいに矢を放ってゴリ押ししただけじゃん……いててっ、矢を持つ力で頬ひっぱるのやめひぇ……」
「み、見事な弓術でした」
ガラハッド君が慌ててヨイショすると、アタランテさんは鼻を鳴らしてドヤ顔で「そうでしょう。困ったら任せておきなさい」と去っていきました。
「……ひょっとして、あの人は戦闘はからっきしダメなのか?」
「そんな事は無いんだけどね……むしろ化け物の部類」
ただ、一拍置きつつ、頬をさすったマーリンちゃんが沈痛そうに呟きました。
「ただ、呪われてると言っても過言じゃないぐらい、狙撃が下手くそなんだよ」
「いまの光景見たらよくわかった。大変だな」
「実際は本人がちゃんと狙いつけず、放ってる悪癖の所為なんだろうけどね……」
「色んな意味で大変だな……」
ふぅ、と溜息をつくガラハッド君でした。
その後、周囲を見回し、声を潜めて何やらマーリンちゃんに囁きました。
「マーリン、少し聞きたい事があるんだが」
「野営地関連の質問?」
「いや、パリスの事なんだがな」
「パリス? パリスがどうかしたの?」
「うむ……どうも、元気が無いみたいなんだ」
ガラハッド君はムッツリと、心配そうに呟きました。
マーリンちゃんはセタンタ君達と共に先行して都市郊外を行き、ガラハッド君とパリス少年は隊伍の中央で他のクアルンゲ商会の方々と一緒にいたそうです。
ただ、そうして都市郊外を進んで行く最中も、パリス少年はずっと浮かない顔をしていて、いつもの元気が無かったそうなのです。
「今朝までは元気があったんだ。昨日も『ついにオレ様の冒険が始まるんだな……!』と、今日の遠征を楽しみにしている様子だったんだが」
「うーん……実際に都市離れてくると、不安になってきたとか?」
「そういうのではないと思う。仕事も真面目にこなしてはいるんだ」
「ふーむ」
「なぜか索敵に出たがったりしたり……ああ、そうだ」
そこで一度ガラハッド君は言葉を区切りました。
一拍置いて、「今朝の出来事の影響があるんじゃないか」と言いました。
「ほら、猫背のエルフがいただろう。パリスがラカムのオッサン、と言った」
「ああ、腐肉漁りの」
「あの男が現れた後から、元気が無いのだ」
「あー……それは……」
組んで活動していた事が一応あるからかな、とマーリンちゃんは言いかけましたが、それより早くガラハッド君が喋りました。
「パリスが以前、腐肉漁りをしていた事は本人から聞いている。その時、知り合ったのがあの男なんじゃないのか?」
「そう、その通り。ただ、そこまで元気無くすような相手かなぁ?」
「何かあるのかもしれない。弱みを握られている、とか?」
「ふーむ……ボクはそれ以外に心当たりない、かな? こっちの方でもちょっと気にして、聞けそうな時に聞いてみるよ」
「すまない、頼む」
「というか、手っ取り早く今から聞きにいってくるよ。パリスはどこかな~?」
マーリンちゃんは索敵魔術を起動し、野営地内を探り始めました。
直ぐにパリス少年の居所を掴み、二人で直接問いかけました。
しかし、返ってきたのは「何でもねえよ!」という――怯えたような、苛立ったような――何でもないとは言い難い返事でした。
そわそわとした様子もありました。
あまりしつこく聞くと本当に怒ってしまいそうなぐらい、いつもより荒れた様子なので二人は示し合わせ、ひとまずはそっとしておく事にしました。
そんな事があった後に迎えた、遠征三日目の夜。
パリス少年が野営地にて、騒動を起こす事態になったのです。