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少年冒険者の生活  作者: ▲■▲
一章:採油遠征と酒保商人
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神と王の陣取り合戦



 雪山での採油遠征が終わり、一週間が経ちました。


 セタンタ君はよく働いたので遠征明けのお休みを取り、それを堪能しました。


 休みを取るといっても好き勝手に一ヶ月ぐらい休んでてもいいんですけどね。命の危険にさえ目をつぶれば気楽な稼業です。


 じっくり装備の点検を行ったり、一日寝て過ごしたり、寮母に着ぐるみ着せられ抱きまくらにされて抱きまくらにされて真顔になったりしつつ、今日は「明日からがんばる」と思いながらフェルグスさんのとこに行きました。


 六本腕の魔物・モールリーゼを狩った際に採取した油をわけてもらうためです。


 遠征に参加した報酬とボーナスは貰ったのですが、それとは別に槍やナイフの手入れ用に魔術的な加工がほどこされた油の注文をしていたのです。


 が、残念ながらまだ出来上がっておらず、フェルグスさんのとこの商会――クアルンゲ商会の方が「すみません、サンムラマート様が納期ギリギリまで引っ張って遊んでいるみたいで」と説明してくれました。


 セタンタ君も「あればいいな」程度に思いながら来たので、別に催促するつもりもありません。小ロットの注文なので入ったら取りにくるからと言いつつ、帰ろうとしていたら半裸のフェルグスさんが出てきました。



「お、セタンタ。稼いでいるか?」


「休みだよ。オッサンは働いてるのか?」


「いや、ここ数日は家族のために激しい運動をしていてな。息子やその妻達も入り乱れ、皆で大運動会といった感じだ。ハハハ!」


 セタンタ君は察しました。


「んもー、オッサン達は相変わらずだなー」


「いや、どのムスコ達も正直なものでな」


「もう150歳になるんだから、いい加減落ち着けばいいのに」


「まだ150にはなってない。まあ、時間の問題だが」


 バッカスのオークの寿命は200歳ほどです。


 セタンタ君は「いまも最高に盛り上がっているが、お前も来るか」と誘われたものの断り、冒険者ギルドに行く事にしました。


 次の仕事の下調べをするのです。ギルドは魔物絡みの情報を積極的に収拾し、冒険者に公開しているため、その辺の知識をちゃんと仕入れていれば「いまどこが荒れていて、どこが稼げるか」は大体わかります。


 そうやって情報を収集し、ある種の相場師の如く稼げる場所ならどこでも問わずに現れる冒険者もいれば、一つところで専門的に活動する人もいます。


 冒険者のライフスタイルも色々です。


 稼げると言えば聞こえは良いですが稼げるところは危険も付きまとい、しかも度々狩場をかえると危険度は上がります。


 同じ魔物、同じ地形で戦い続ければ慣れていき、勝率と生存率は上がりますがフワフワとあっちこっちに行けばどこかに特化しづらくはなります。


 上がるのは勝率と生存率ばかりではなく、狩り慣れる事で効率も上がり、金銭収入も安定して上がっていく事になります。相場師的に広域で活動すると、読み違えた時が下手すると大赤字を叩き出す事もあります。


 無難で健全とされるのは一つ、二つの地域に特化するタイプの冒険者です。


 一部では「職業冒険者」と俗称されています。堅実な方が多めです。


 逆に広い範囲で獲物を選ばず転戦するタイプの冒険者は「浪漫冒険者」と言われ、酒場などで自慢出来るのは浪漫冒険者です。ただし、ちゃんと稼いで成功している人に限ります。


 場所を選びさえすれば、職業冒険者の方が安定して無難に稼げます。


 職業冒険者は無難過ぎて「臆病者チキン」と馬鹿にされる事もあります。ただし、それなり以上に強い魔物を専門で狩る者――例えば竜狩り専門の職業冒険者でも敬意を評されます。


 要するに「オレが強え」「オレの方が稼いだ」で競い合っているわけです。


 そうやってチキンレースした果てに死んでしまっては元も子もないですが、多くの冒険者が「自分の上には雷が落ちるわけがない」と過信しているのです。


 セタンタ君は浪漫冒険者寄りですね。


 それをやっていけるだけの実力はあり、実力ある冒険者達のパーティー等に誘われたりはしているのですが、半ば一匹狼を気取りつつ、恩義もあるフェルグスさんの誘いに乗って仕事をしていたりするのです。


 ただ、しばらくは一人旅かな、などとセタンタ君が考えていた時でした。


「あにゃっ!?」


「うおっ、と」


 あっちこっちよそ見しながら歩いていた女の子が、立ち止まって店の品物を見ていたセタンタ君の背中にぶつかって尻もちをつきました。


 そのまま「ふぇぇ」と泣き始めたので、セタンタ君は「大丈夫か?」と言いながら優しく抱き起こしました。孤児院時代、年少の子達の面倒も見ていたので慣れたもんです。



 尻もちついていた女の子は人見知りするタイプなのか、しばし「んにゃぁ……」とモゴモゴと喋っていました。


 ただ、セタンタ君が飴をあげると餌付けされてしまったらしく、「あんにゃはね? あんにゃだよ!」と元気に喋りだしました。悪いオジサンに楽々さらわれてしまいそうな女の子ですねぇ。


 女の子はショタなセタンタ君よりさらに幼い子でした。


 白くふわふわの獣の尻尾を餌付けしてくれたセタンタ君相手にブンブン振ってます。ワンちゃんみたいですね。頭にも白い犬のような耳を生やしている幼女です。


 犬の獣人セリアンなのでしょう。


 あるいは狼の獣人です。


 バッカス王国の狼の獣人は色んな意味で怖い人が多いです。


 女の子はどうも冒険者ギルドに行きたいようですね。


 まだ未成年のちびっ子なので冒険者にはなれませんが、兄が冒険者をやっていて郊外から依頼の報告に帰ってくるのをギルドでお出迎えしたいみたいです。


「あんにゃ、にいたんたちおむかえすりゅ!」


 舌っ足らず過ぎてイマイチなにを言ってるかわかりませんが、概ねそんな感じのようです。尻尾をバサバサ振ってふんすふんすと意気込んでいます。


 ただ、意気込み過ぎるあまり、興奮気味におもちゃの剣を持って家を勝手に飛び出して来たものの、迷子になって「あれっ? ありぇっ?」と不安になり、キョロキョロ辺りを見回しながらトテトテ歩き、セタンタ君にぶつかったようです。


「ごめんなしゃー」


「いいよ。それより家どこだ? 送っていってやるから」


「やだっ。あんにゃ、ふたいてぇんのきゃきゅごで、でてきちゃから」


 表通りはまだいいですが、うっかり路地裏に行こうものなら良い鴨です。


 セタンタ君とぶつかえる前はその危ない路地裏を通ってきたようですが、二人で覗き込むとちょうど「ひぃっ、ひゃっ、ギャッ、ギャッギャッ!」と、どこかのオッサンの断末魔のようなものが聞こえ、複数の狼のような生物の息遣いや肉や骨を噛み砕くような音も聞こえてきました。


「ぴゃっ……こわい!」


「予想以上に危ない事になってて俺も怖い」


「ふぇーん」


「危ないから……自分の親と一緒に来いよ。ちゃんといるんだろ?」


「んにーっ……!」


 女の子は怖がりはしたものの、お家に帰ったら黙って出てきたこと怒られそうで、でもお兄ちゃん達に会いたくて、「ふぇぇ……」と泣いてしまいました。


 セタンタ君は溜息一つつき、女の子をお姫様抱っこしました。


「しゃーねーなぁ……。とりあえずギルドまで連れてってやるよ」


 ギルドは国営で、バッカスは犯罪者にはまったく容赦がありませんが幼女には優しめなので、とりあえずそこで保護してもらえばいいでしょう。


 でも、ギルドは託児所じゃないのでほどほどにしてくださいね。


「あにゃ! あんにゃ、かたぐりゅまがいいっ」


「えぇー」


「かたぐりゅま! かたぐりゅま!」


 ふんすふんすと興奮するので、セタンタ君は仕方なく肩車することにしました。というか、女の子の方がふんすふんすと鼻息荒く頭まで登っていきました。


 魔術で身体性能を強化すれば肩車ぐらいお茶の子さいさいですが、元々少し背の低いセタンタ君に幼女が乗ったところであんまり大きくはなりません。


「しゅつじん!」


「前が見えねえ」


「んにゃ。ごめん、ごめんだよー」


「出来るだけゆっくり歩くけど、ちゃんとつかまってろよ」


「んっ! わかたよ」


 セタンタ君は歩き出しました。


 陰から女の子の護衛達が覗いていましたが、護衛対象が楽しげにキャッキャとはしゃいでいるので、とりあえずは血と脂を拭いつつ静かに見守る事にしました。


 少年と幼女は表通りを歩く事にしました。


 表通りは巨人が肩を並べて余裕を持って歩けるほど広く、ところによっては横に転がりながらでも余裕を持って進めるほどです。


 商店が多く立ち並び、店先には様々な食べ物や道具が販売されています。女の子は肩車されて安心したのか、キラキラと目を輝かせながらお店の様子を――特に食べ物屋さんの様子を見守っています。食いしん坊なのです。


「頭に食べかす落とすなよー」


「わかたよ! ありがとありがとー!」


 セタンタ君は量り売りの金平糖を女の子に買ってあげ、自分も一袋買ってポリポリ食べながら再び歩きはじめました。


 途中、大きなアコーディオンが鳴らされる光景を見たり、互いに100メートルほど飛び合うシーソーの大道芸を見物しつつ、ギルドへの道を進みます。



 ここ、セタンタ君が暮らす街、サングリアはバッカス王国の首都です。


 バッカスはヒューマン、エルフ、オーク、獣人、ドワーフ、巨人などといった種族が暮らす多民族国家で、彼らが暮らす世界では最大の国でもあります。セタンタ君はこれといって特徴のないヒューマン種です。


 首都サングリアは王のお膝元であり、バッカスで最も栄えた街です。主に住宅街で構成されており、様々な商会の商館や王の暮らす城、そしてセタンタ君達が向かっている冒険者ギルドも存在しています。広さは1,000km²ほどの大都市です。


 都市の外縁部は魔物対策の可動式の防壁に覆われ、都市の端から端を徒歩で行き来するのは骨が折れる作業ですが、王が都市内の各所を瞬間移動出来るよう、都市内転移ゲートを整備しているのでゲート使えば一瞬で端から端まで移動できます。


 ただ、それでも入り組んだ街で地下には迷宮地帯も広がっている事から時に迷宮都市と呼ばれる街でもあります。たま~に遭難して餓死する人がいるほどです。


 バッカスは首都サングリアを中心に飛び地で存在する自国の都市を都市間転移ゲートで結び、たくさんの魔物を殺しながらいまも世界を開拓していっています。


 開拓といっても殆どの都市はサングリアほどの広さも無く、市壁を作って魔物に対する砦として点在している状態です。


 都市間転移ゲートですぐさま移動して防衛戦力を展開出来るとはいえ、わりと無茶な開拓をしているのですが、それも魔物対策のためなのです。


 根本的には「神を殺すため」と言うべきですね。


 バッカスの冒険者が戦っている魔物達はそもそも世界を管理している神が創造したもので、生物としてはあまりにおかしな構造を持ちつつ、人を苦しめ蹂躙するために送り込まれている人殺し機達なのです。


 魔物は人類にとって大変危険な存在であるため、バッカスの王は神と殺し合うための協定、ルールを結ぶ事にしました。


 そのルールに則り、バッカス王国は世界各所に存在するレイラインと呼ばれるエネルギーの奔流の要所を制圧し、そこに都市を作っていっているのです。


 要は神と王の陣取り合戦中なのです。


 もう500年近く続いています。


 神にとっての駒は魔物で、王にとっての駒はセタンタ君達のような冒険者であり、バッカスでは貴族に近い位置づけの家々が持つ戦士団も魔物相手に戦い、世界を切り拓いていっているわけです。


 まあ、多くの冒険者は「世界を救う」といった高尚な理由で戦っているのではなく、「お金ほしい」「モテたい」「戦ったり殺すのが好き」「あくせく働かなくていいから」といった手近なところにある幸せを追って戦っているだけです。


 わりと健全な理由なのかもしれません。


 自分の命を賭し過ぎて、死んでしまっては美味しいご飯食べて気ままに暮らす事は出来ませんからね。


 皆が皆、物語の主人公になりたがっているわけではないのです。



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