復讐に捧げた私の一生 前編
思ったより長くなってしまったので前編後編に分けました。
それでは、どうぞ!!
知らせを聞いて急いでやってきたのだろう。私と会うときにはキチンと整えられている髪は乱れているし、皺なく綺麗にアイロンが掛かっているはずの服は今やぐちゃぐちゃに崩れている。
「それは………それはどういうことだ、クレア!!」
絶望感漂う表情を浮かべる彼に向かって私は嗤う。
「どういうこと、って? 見た通りよ。可愛いでしょう? 私の赤ちゃん………」
ふふっと嗤う私を、まるで信じられないとでもいうような顔で見詰める彼に、私は更なる絶望を与える。
「まさか………裏切られたと思っているの? そんなこと無いわよね? だって………裏切るも何も、貴方は私のことを何も知らないんですもの。知ろうとしなかったんですもの。私の過去も。私の気持ちも…………私の憎しみも」
「!?」
ビクッと震える彼────オスカーに私は更なる嗤いが込み上げてくる。
「あはは………あー、おっかしい。可笑しいったらありゃしないわ。貴方………本当に自分の信じたいこと、信じていたいことしか見ようとしないのね? ホンット、バカバカしいったら…………貴方のような男の妻になったエリザベス様も気の毒よね。貴方の妻にさえならなければ、今頃は不名誉な罵倒も一生懸命に築き上げてきた栄誉も失わずに済んだのに………ああ! それから………大切な子ども………もね」
「お前………お前が言うのか!? お前が私を誑かさなければそんなことには………そんな、馬鹿なことなんて…………!!!」
「貴方………ホントのホンッッットに! 自分しか大事じゃないのね。私は別に貴方を唆したりなんてしてないわよ? 私だって、まさか貴方が裏取りもしないで………単なる邪推の時点で行動に移すとは思わなかったわよ。分かっていたら………流石の私でも貴方を止めたわよ。まぁ、もっとも……」
どちらにしろ。孕んだ子は見逃すつもりはなかったけれどね。
憎悪の昏い陰の差す瞳に怯えて言葉も発せずに突っ立っているオスカーに変わって王太子とその妃シンシアが険しい顔をして部屋の中へと入ってきた。
「あら? こんにちは王太子殿下、王太子妃殿下。こんな姿で失礼します」
「よくもヌケヌケと………この、女狐が」
「流石は、王家の血をたばかろうとする方ですわね。随分と図太い神経をしていらっしゃるようで」
王太子と妃が見るのは生まれたばかりの可愛らしい赤ちゃん。新しい命を疎むことが分かるアリアリとした視線に私は嘲笑うかのように鼻で嗤った。
「たばかる? うふふ………あ、はははは!! たばかるのがお得意なのは其方の方でしょう!? この国の、アナン王家の人間は揃いも揃って自分勝手な持論を述べて自己保身ばかりする!! その結果………起こった惨事をまるで人事のように語って……さも、自分達は関係ないとばかりに笑っていられる!! でもね………貴方達が忘れても………忘れられやしないのよ。受けた側はね! どんなに時間が経っても、どんなに周りが忘れていっても! 忘れやしないっ!! むしろ時間が経つごとに恨みも憎しみも怒りも! 積み重なる雪のように積もっていくだけなのよ!!!」
爛々と輝く怒りの炎に呑まれたのか、王太子もシンシアも絶句する。
「貴女は………いったい…………」
喘ぐようにシンシアはクレアに問う。二人の様子に気を良くしたのか………クレアは胸を張り、何時も見せていたか弱い雰囲気を全て捨て去り堂々とした佇まいで高らかに名乗った。
「私は────わたくしの名はクレアナ。クレアナ・ローティ・ナ・アルガルベ。アルガルベ国現王の孫娘にしてローティ・ナ公爵家唯一の後継者。そしてシシュタル国現王の姪姫に連なる者よ」
「「「!?」」」
絶句………オスカーも王太子もシンシアもクレア────クレアナの本来の身分に息を飲んだ。
「馬鹿な………その姫は十数年も前に不慮の事故で亡くなったはず………! 嘘を吐くのも大概にさはなさい!!」
「嘘ではないわ。シンシア王太子妃殿下? わたくしがクレアナ・ローティ・ナ・アルガルベその人であるのは正真正銘の事実!! ふふっ………恐らく、今頃は国王陛下達もわたくしの正体を知っている頃ではないかしら?」
「それはいったい………」
どういう意味かという言葉を続けることは出来なかった。王太子達の下に早足で掛けてくる一人の文官。慌てふためいた様子で王太子に耳打ちする。文官の言葉を聞いてどんどんと青ざめる夫の姿に、シンシアの顔色も悪くなっていった………まさか、本当に? クレアはクレアナ姫なのか?
「シンシア………たった今、火急の知らせが入った。どうやら………本当にクレアはクレアナ姫であるらしい。アルガルベとシシュタル両国から正式な書状がクレアの出産祝いと称して届いた。両国とも、クレアをクレアナ姫として認める認印を付けてな……」
「!?」
「なんですって………」
だが、王太子の話はまだ終わっていなかった。
「それからもう一つ、大叔父上が捕らえられた…………ローティ・ナ公爵家夫妻の殺害及び隠匿の罪を問われて今父上と高官達が両国の対処に回っているとのことだ」
「「!!」」
オスカーもそうだがそれ以上にシンシアの顔色が変わった。だがその顔は驚愕ではなく─────隠しようのない憎しみの色。
「そう……そういうこと。また、あの男の仕業なのね……………」
「そうよ。あの、人の皮を被った獣が………わたくしの運命も貴女の運命も狂わせた本当の害獣よ。でも、だからって被害者ぶらないでね? シンシア王太子妃殿下? 貴女が……貴方達がもっとしっかりしていればわたくしもお父様もお母様も…………こんな…………あんなことにはならなかった!!」
クレアナは嗤った。誰もがうっとりとするような妖艶で────魅入られるような陰のある微笑で。
「教えてあげましょうか? あの獣がわたくしと、わたくしの両親に何をしたのかを………」
クレアナは語り出した。ここまでの経緯を、ここまでの────おぞましく、絶望と憎悪と嘆きに満ちた人生を。
あれはそう。わたくしがまだ幼く、両親と幸せに暮らしていた優しい時間だった。
わたくしは両親に付き添ってこの国との国境線近くに存在するワインの生産地に向かっていた時の話よ。あの時、貴方達の国では高官達がクーデターを起こしてそこにいらっしゃるシンシア王太子妃殿下のご両親であられる先代国王が討たれたのよね。でもそんな事を知らなかったわたくし達は何の危機感も無く領地の視察に行っていたの。わたくしは………その領地で取れる葡萄ジュースがとても大好きで、楽しそうにはしゃいでいるわたくしを見て両親は慈しむように微笑んでくれていたわ。
両親は政略結婚だったけれど同時に恋愛結婚であった。幼い頃からの幼馴染みで。物心付いた時から二人は既に恋仲であったそうよ。子どものわたくしから見ても、お父様もお母様も本当に仲の良い夫婦だった─────そんな幸せに暮らしていたわたくし達を、あの男は引き裂いた!!
領地に向かう途中で急な土砂崩れが起きた。数日前に雨が降っていたからその所為で地盤が緩んでいたのだろうと。
「………残念だけど。今日はこの付近にある街に向かうしかないようた」
「地崩れだなんて…………後少し前に進んでいたらわたくし達も巻き込まれてしまっていたわね。でも誰にも怪我が無くて良かったわ。この道はわたくし達以外には通っていないのよね? アナタ」
「ああ。幸いにして今日は商人も通っていなかったらしくてね。領民にも被害者は出ていないよ」
「おとうさま、おかあさま。きょうはブドウのりょうちにはいけないのですか?」
「そうねクレアナ。残念だけど今日は近くの街に滞在することになりそうよ」
「えぇええ~~~」
「そう膨れないでおくれ。私の可愛いクレアナ。土砂崩れもそう酷くは無さそうだし………恐らく明後日ぐらいにはブドウの領地に行けるよ。それまで我慢しようね?」
「むう~」
「あらあら……。可愛らしいお顔がまん丸になってしまったわ」
クスクス笑う両親に、わたくしはむくれてお母様に抱きつきながら………何時の間にか眠ってしまっていた。目を覚ました時には全て一変することになるとは知りもしないで。
わたくしが目を覚ましたのは馬車の外が異様にさに気が付いて。馬車の外から聞こえる罵声と怒声にわたくしはびっくりしてお母様にしがみついた。
「アナタ……」
「………どうやら隣国アナンの騎士達みたいだね。あの紋様は………間違いない。アナン王家のものだ」
「!? 何故………アナン国が! あの国とは友好の誓いを立てていたはず………!!」
「分からない………でも彼等が国境を侵し、私達を狙っているのは確かだ。………人数が多すぎる」
「旦那様! 私達が回路を作ります! 早く御逃げください!!」
外で護衛を務めていた騎士達の怒鳴り声が聞こえてくる。お父様は険しい顔をしながらも護衛達にすまないっ! と言ってわたくしとお母様と一緒に馬車で逃げたわ。お父様お一人ならともかく、幼かったわたくしてとお母様を連れての逃避行ではどうしても馬車が必要だったから、仕方がなかったのかも知れない。でも馬車で逃げればどうしても目立ってしまう。街まで逃げきれれば良かったわけだから……問題は無かったのよ、本当は。
「もうすぐ街に着く! ……それまでの辛抱っ!?」
「!! アナタっ!?」
「おとうさま!」
―――馬車を操っていたお父様が急に黙ったかと思ったら、そのまま馬車も急停止したはわ。突然止まった馬車に訝しったお母様が外に出ようとしたら――――――
「出るな! クリスティーナ!! ……がぁっ!!」
「「!?」」
お父様の怒声とくぐもった悲鳴―――。
そして、
「ふんっ……手こずらせおってからに………そこに居るのであろう? クリスティーナ。早く出てこぬとそなたの夫の腕が無くなってしまうぞ?」
「いい!! 出るんじゃ無い! 私には構うな!! っうわああああ!!!」
「!? アナタ!!」
耐えきれなくなったお母様はお父様の静止を破って外に出ていかれた。わたくしは座席の隅にお母様のガウンを掛けられてここにいるように言われてじっとしていたわ。怖くて―――でもお父様も心配でわたくしはお母様を止められなかった。でもね? 馬車の中からでも外の様子はよくわかったわ。だって―――うずくまっていても会話は聞こえてきたから……。
「貴方は……! アナン国のアベル公爵! 何故……貴方が、このようなことを!!」
「久方ぶりだなクリスティーナ……何故かだと? 私はただ………己が花嫁を迎えに来ただけよ」
「!?」
「戯言を! 彼女はっ! クリスティーナは私の妻だ!!」
「黙れ小僧!! 本当ならば! クリスティーナは私のモノになるはずだったんだ!! それを……貴様が横から攫っていったのであろうがぁああ!!!」
「ぁああああああ!!!!」
「いっやぁああああ!!? アナタ!!!」
お母様があの獣に嫁ぐなど、あるわけは無かったわ。お父様とお母様は政略結婚。国同士が決めた婚姻だったから……でもあの獣は!! 外交で訪れた際に夜会でお母様を見初めてお母様の兄君であるシシュタル国現王に婚姻を願い出たけど、お母様には既にお父様と婚約していた。
何よりあの獣とお母様とでは親子ほど年が離れていたから、同じ国力ならばお母様と年が近いお父様の方が国益を考えた点でも良かったし……何よりあの獣の評判はシシュタル国内でも悪かった。お母様を溺愛しているシシュタル国現王はそんなところにお母様をやるつもりはさらさら無かったから当然断ったわ。
でも獣は! あの男はあろうことかお母様が手に入らないのはお父様が居るせいだと逆恨みしたのよ!
そしてあの獣はお母様を捕らえると――――お父様の目の前でお母様を犯したの!!!
「いっやぁあああああああああああ!!? やめっ、たすけてぇ!!」
「クリス……クリスティーナっ!! やめぇろ、アベル公爵!!!」
「おおっ……これが………夢にまで見たクリスティーナの肌か!? なんと、美味なことか…………」
「いっっっやぁぁぁああああああああああああ」
森中に響き渡るお母様の悲痛な悲鳴を、わたくしはずっと聞いていた。お父様の嗚咽の声も。ずっと。
そしてあの獣は満足したのか……あの獣はお母様の目の前でお父様の首を落とした。お父様の血を全身で浴びたお母様はお父様の目の前で犯されたショックと相合わさって――――――正気を失い、狂ってしまった。
そしてわたくしも、結局は馬車に居たところを見つけてら……狂ってしまったお母様と共にアナン国へと誘拐されていった。
そして――――――お母様とわたくしの地獄の日々が幕を開けた。
お母様は来る日も、来る日も…………あの獣に昼夜問わず犯され続けられた。その様子をわたくしは目の前で見せられ続けた…………獣はわたくしが引いている二カ国の王家の血に目を付けて………自分の手駒の誰かにわたくしを犯せさせて、その子どもを盾に両国と脅しを掛けようとしたのよ。本当に、欲深きこと。
………あの獣はね、わたくしが従順になる為の躾と称しては犯されているお母様を見せ、少しでも反抗的な態度をとれば容赦なく鞭を振ったわ………何より最低なのは、わたくし自身にも自分に対して奉仕を求めてきたことね。
…………気色悪く、どんなに泣こうが許しを請おうが獣を悦ばせる結果に終わったけれど…………。
けれどそんな日々も呆気なく終わったわ。数年に渡って犯され続けられたお母様のお体はボロボロになっていたけど、何よりも最悪だったのはお母様が獣の子どもを身籠もったことね。子どもが出来たことがきっかけで…………お母様は正気を取り戻しだの─────取り戻して、しまったの。
あの獣はお母様の懐妊を喜んでいたわね。自分の跡継ぎが出来たって。あの獣も婚姻はしていたけれどその妻はいくら待ってもその腹に子どもを宿すことなく獣に手打ちにされてしまったらしいし…………あぁ、こんな事、貴方達はとっくに知っていたわね。
………正気を取り戻されたお母様は既に自分の自我を失い、獣に従順となって人形と化していたわたくしを隙を突いて連れて逃げだの。
でも、ね………長い間、犯され続けられたお母様の体と精神的にボロボロになっていたわたくしとではそんなに長くは逃げられなかった。
捕まる直前、お母様はわたくしの首に手を掛けた。そして────、
「ごめんなさい………ごめんなさいクレアナ…………このまま生きていても、貴女はあの獣に利用されて殺される運命しかない………わたくしは、獣に汚されて、子ども…………まで……出来てぇ、 あの人のいる場所にはきっと逝けないけれど…………貴女なら大丈夫。貴女はわたくしとあの人との可愛くて愛しい娘のままだから…………あの人の、下に、逝けるわ……………」
ごめんなさい─────ごめんね、クレアナ。お母様も、すぐに後を追うけれど…………きっと、会えない!!
不思議ね…………人形のようになっていた時の事は殆ど憶えてないのに…………お母様と逃げた。あの時のことだけは、よく憶えているのよ…………。
わたくしの首に掛けられたお母様の手は、けれどわたくしを殺すことはなかったわ。
その前に、あの獣に追いつかれてしまったから。
獣は正気を取り戻したお母様を見て歓喜していたわ。感情の見えない相手を抱いてもつまらないからって………。その言葉に、お母様は憎しみに染まった形相で獣を睨み付けたけど………獣を喜ばせただけだった。
お母様は、せめてわたくしを逃がすか殺すかしたかったのね………これ以上、苦しまないように。
けどそんなお母様の様子を見て獣は何を勘違いしたのか。お母様を拘束して自害しないようにした後、獣はわたくしに言ったの。
「クリスティーナはお前を殺そうとした…………彼女にとってお前はもはや娘では無いのだ! これからは………だから、儂がお前に存在理由をくれてやろう。儂に利をもたらす存在として生きるがいい。その為に生き、儂に尽くして死ね」
身籠もったお母様の体に障らないよう、獣はわたくしを自分の手駒の一つである子爵家の家に渡した。そしてそこで貴族としての教養と振る舞いを身に付けるように言ったの。
仮にもわたくしを孕ます相手は貴族になる。その際には自分の陣営よりも敵対している人間の方が後々自分の有利になるから………なるべく高位の者を狙えるようにですって。
人形になるように散々躾と称してわたくしを痛めつけながら、今度は貴族令嬢としての振る舞いを身に付けろだなんて………案の定、子爵家に預けられたわたくしは中々獣の言う貴族令嬢の振る舞いを身に付けられなかったわ。
あぁ……勘違いしないでくださる? 別に教養もマナーもわたくし、完璧でしたわよ? ……わたくしが身に付けられなかったのは――――――表情ですわ。わたくし、笑顔を浮かべることが出来ませんでしたの。いえ、笑顔だけではなくその他のあらゆる表情を繕うことが出来なあったのよ。
まぁ……それも当然よね。獣が、わたくしにした事を考えたら……そうなっても可笑しくは無いのに………。でもそれで困ったのはわたくしを預かった子爵。貴族令嬢にとって、表情は何よりの武器だわ。特に、笑顔はね。そうしたら子爵も何を考えたのか、自分の妻にわたくしの教育を任せたの。
男の自分より、女の方がいいと思ったのね。もっとも、子爵夫人はわたくしを子爵の隠し子と勘違いしてしまったみたいだけど……。怒り狂った夫人は令嬢教育だとわたくしを折檻したわ。食事も満足に与えられず……どんどんみすぼらしくなっていくわたくしに子爵は仰天していたけれど。
子爵からわたくしがアベル公爵からの預かり者だと、教えられた時の夫人の蒼白になっていく顔は、今ならば笑えるわね。それから夫人はわたくしを丁寧に、それはもう大切に扱ってくださったわ。いくらわたくしの事を広めないためとはいえ、夫人にはアベル公爵の事を話さなかった子爵の落ち度ね。夫人は可哀想に……わたくしに表情が無いのは御自分の所業の所為だと途中から心を病んでしまったの。別に夫人の所為では無いのに。
それからまた数年経った頃ね。わたくしが獣に呼び出されたのは。子爵からわたくしに表情が戻らないと聞いたあの獣はわたくしにお母様と会わせてやると言ってきたのよ。
その時のわたくしはもう、お父様のお顔は忘れていたけれど辛うじてお母様のお顔は憶えている程度だったから、今更どうして? と、思ったわ。
わたくしは子爵に連れられて獣の下に行った。無表情のわたくしを見て獣は薄ら笑いを浮かべると、お母様が居るという部屋に案内をした。
────お母様は確かにいらっしゃった。部屋の中で、ベットの上に体を起こしているお母様を。
わたくしは久し振りに会うお母様の下に、まるで惹きつけられるように近付いていったの。………ベットの上に居たお母様は微笑んでいたわ。最初は久し振りに会ったわたくしと再会したからだと思っていたのだけれど………………。
「ふっ、ふふふふ…………あはははははは!!!」
話の最中で突然大声を上げて嗤い出したクレアナに、王太子とシンシア、オスカーがギョッとしながら身を引いた。………今まで聞いたクレアナのあまりに惨く、重い過去に、感情を表に出さないよう処世術を身に付けている彼等は揃って顔色を無くしてた。
その最中にクレアナが嗤い出したのだ。警戒しない方が可笑しい。
「うふふ………お母様は微笑んでいたわ。でもその瞳にわたくしは映っていなかった! お母様はね………獣によってボロボロにされた体では妊娠に耐えられなかったの。わたくしと離されてから僅かひと月足らずで亡くなったのですって!!」
「ちょっと待て………亡くなった? それは可笑しいだろ!? だって……君は、今、母君と再会したと!」
「えぇ………再会したわ。王太子殿下。─────獣の手によって、剥製にされたお母様とね!!」
「「「!!?」」」
もはや………王太子とシンシアの顔色は土色すら越えて白く染まり、硬直した。
「うっ、う゛ぇ゛え゛ぇぇええええ!!」
聞いた直後は理解出来ずに茫然としていたオスカーも、頭がクレアナの言葉を理解した瞬間に吐いた。
「あの獣はねぇ………亡くなったお母様を、手放したくなかったのよ。埋葬というものですら忌避して。本当に………おぞまし過ぎる執念と執着よね。獣に、そこまで魅入られてしまったお母様が、あまりにもお可愛そう過ぎる…………。でも、お母様と会わせることでわたくしの感情を取り戻すという獣の思惑は、見事に当たった」
お母様が剥製にされたという事実は、わたくしに大きな衝撃を与えた。獣はね、見抜いていたのよ。わたくしがお母様と関わる時だけ、感情を僅かに取り戻していたのを。
人の道に外れた畜生の証は呼び水のようにわたくしの奥深くに沈んだ感情を呼び戻したわ。奇しくもそれは………お母様が獣の子どもを身籠もった事で正気を取り戻したのと同じだった。
でもここで、獣の予想だにしない事態が起きた。あの獣はお母様の剥製を見せることでわたくしの感情を呼び戻し、そのまま手駒にすることだったけれど…………わたくしは感情と共に、別のモノも取り戻したの。
幸せだった、お父様とお母様と過ごした記憶を。
わたくしが感情と記憶を取り戻したのは、学園に入る半年前のことだった。
続きます。