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愛を信じた私の一生

立ち寄ってくれた読者の皆様に感謝を込めて。











 愛なんて──────くだらない。






 そのことを私に教えてくれたのは、私が何年も愛してやまない貴方だった。誰よりも優秀で、優しくて………思い遣りのある貴方を私は愛してやまなかった。


 私達が出逢ったのは本当に幼い頃。

 仲の良かった私達の両親が結んだ縁談。


 一目で恋に落ちた私は貴方との婚約が本当に嬉しかった。貴方も、私との婚約を受け入れてくれていた。貴方が私のことを、本当はどんな風に思っていたのかは知りはしなかったが…………それでも…………決して悪いようには思っていなかったことは貴方の態度や言葉から察することが出来た。



 ─────それだけで、私は満たされていた。



 今はまだ、妹のようにしか思ってくれていないとは分かっていたけれど。それでも多くの時間を過ごせば、少なくとも、互いを思いやれる夫婦となり………そしていずれは子を為して長い時を共に過ごして往くのだと、信じて疑いはしなかった。



 そんな私の思いが砕け散ったのは私と貴方が国が誇る学園に共に入学してから僅か半年足らずのことだった。私達は婚約者として休みの時間が訪れれば必ずといっていいほど一緒に過ごしていた。それが………………何時からだったのだろう。私と過ごす時間よりも学友達との時間を優先するようになったのは。


 別に────それでも構いやしなかった。学園で過ごす時間は、長い人生の間ではまばたきするに等しい時間でしかないのだろうから。青春という掛け替えのない時間を私と過ごす時間で終わらせるのでは勿体ないと思ったのも事実。私自身も、学園で出逢った友人達と過ごす時間を大切にしていたので、その事は理解しているつもりだった。



 けれど………友人達と過ごす時間の中で耳にする噂。



 貴方が婚約者である私が居るにも係わらず、他のご令嬢と特別親しくしているという話。最初こそ単なる噂だと気にも留めていなかったけれど。噂通りの現場を私自身が目撃してからはそうはいかなくなってしまった…………。



 何故?



 どうして?



 貴方は………私の婚約者であるはずなのに…………。



 驚きのあまり声を失う私を、友人達は倒れぬように支えてくれた。────その後のことは、よく覚えていない。私は気が付いたら学園の寮に戻っていた。翌日、友人達は私を気遣いながらもあの出来事がまるで無かったように振る舞ってくれている。その心遣いにどれだけ私が感謝したか………きっと誰も知らないだろう。


 …………そんな私の心情を知ってか知らずか。貴方は彼女との逢瀬を人目にはばかること無く行うようになっていった。周りから苦言を呈されても………いえ…………苦言を言われれば言われるほど貴方はますます彼女に対する寵愛を深めていったわね…………。


 けれども彼女とではあまりに身分が違いすぎる為…………私は最後まで貴方の婚約者で居続けることが出来た。



 そして学園を卒業して遂に訪れた結婚式。



 私は、幸せだった。

 たとえ貴方の心に私が居なくとも、私は貴方の唯一無二の妻に成れる。在学中は彼女と仲良さ気に過ごしている貴方達を見て嫉妬の渦に何度も呑まれそうになってしまったけれど………貴方の妻に成れる、その事実だけで私は耐えきった。


 貴方は初夜の時、緊急に身を堅くする私を大切に扱ってくれた…………哀しくも、私を抱いたのはその一度限りだったけれど…………。


 けれど私はその一度の契りで貴方の子を身籠もることが出来た。男の子か、女の子か。どちらかは分からなかったけれど私は愛する人の子を宿せた。


 私を憐れんだ神が授けてくださったと、あの時は本当に嬉しかったわ…………。



 でも、そんな幸せは長くは続かなかった。



「────よくも騙してくれたな。この淫売が!!」


「きゃっ!?」



 部屋で静かに過ごしていた私の所に貴方は数人の騎士達と共にやってきた。



「可笑しいと思ったのだ! たった一度で子を孕んだなど………っ! よくも多くの者を騙してくれたな。貴様のような女を妻にしたことが………そもそもの間違いだったのだ!!」


「いいえ……いいえ! 私は不貞など犯してはおりません! 何かの間違いです! この腹の子は間違いなく貴方の子! いったい………私がどうやって不義を働いたと言うのですか!!」


 この場所の警備は堅固である。常備の騎士でさえ女性が務めているこの場所で不義を働くなぞ不可能だ。けれど私の訴えに貴方は耳を貸してはくれなかった。一方的にこの子を不義ゆえの子と責め立て────。そして─────。



「この、裏切り者!!」


「や、何? やめ……あっ、あぁああ!!」



 私を騎士達に抑えつけさせて────私の腹を蹴りつけた! 何度も何度も………腹の子が流れるままで何度も!!


 あの人は私の足元に血溜まりが出来るまで、蹴り続けつづけた。


 そして子が確実に下りたのを確認すると騎士達に命じて私を離れにへと監禁したのだ。



「貴様の顔なぞ二度と見たくはない!」

 


 そう吐き捨てて貴方は去っていった。


 そして騎士達の手によって連行された私の下に、側仕えの侍女達がやってきた。彼女達はあの人が連れてきた騎士達の手によって拘束されていたらしく、私の血に濡れた下肢を見て悲鳴を上げた。


 そして侍女の内の一人が連れてきた医者の診断を受けた。その結果、私の子は完全に下りており───私自身も二度と子を孕め無い体となっていた。


 幽閉された私は泣き叫び狂った。

 あの人からの愛情を失った悲しみ、子を喪った哀しみに明け暮れる日々。


 そして私が幽閉されてから半年後、貴方と彼女との間に子が出来たとの知らせを聞いた。生まれるのは来年だというのにあの人は喜びにうち振るえているという………。

 

 それを聞いた侍女達は皆が貴方に対しての呪詛を吐いた。私にした仕打ちを忘れ一人幸せを噛みしめる貴方に対する恨みを抱いていたから………。


 でも私は────もう、どうでもよかった。幽閉されてからの日々は私を確実に壊していっていた。


 貴方と彼女の間に子が出来た知らせを受けてから少し経った頃。私の両親が訪ねてきてくださった。



「あの女が懐妊したことで恩赦が出たんだ………やっと、会いに来ることが出来た」


「あぁ! 私の可愛い娘!! なんて、なんてボロボロな姿になってーーー!!」



 私の窶れきった姿を見た母様がベットの上に茫然と横たわる私の元へと駆け寄ってきてキツく抱きしめる。



「………私達は、誰もお前が不貞を働いたとは思っていない。その証拠に外の者達は皆お前の無実を訴えて陛下に奏上している。此度のあの方の行いはあまりに横暴だ。証拠も無い、無実の罪の者を不当に拘束し幽閉するなどと────!!」


 怒りに震える父様に、私はゆっくりと呟いた。



「父様………父様…………ごめんなさい」


「? どうしたのだ? エリー?」



 涙をポロポロと零す娘に、驚いた父親は殊更優しい声でどうしたのかと問うた。



「ごめんなさい………ごめんなさい父様…………私、まもれなかった………あの人の赤ちゃん、まもれなかった────!!」


「「!?」」



 両親の息を飲む声がした。



「お前………子どもが!?」


「まさか………そんな!!」



 娘の言うあの人など、たった一人しかいない。



「子どもが出来たって、侍女頭がおっしゃって………そしたらあの人が部屋にやってきて………私、そんなことしてないのに…………子どもは不義の子なんだろうって…………抑えつけられて…………お腹を…………蹴られて……………!!」


「なんてことを………」



 娘が受けた仕打ちに父親は絶句した。父親が娘の不貞が偽りだと信じているのは何も娘の人格を信用しているだけではなかった。娘が暮らしているこの場所。許可無き者は誰であろうと立ち入ることの出来ないこの場所は一切の男の姿は無く、みな女性ばかりという徹底ぶり。万が一がないように貼り巡られたセキュリティーは何人たりとも人目につくことなく侵入することは不可能。


 徹底的な警備体制を知っているが故に娘が不貞を犯すことは無理なのだと父親は知っていたのだ。いや───この国に在住しているすべての者が知っている常識だ。



「ごめんなさい父様…………私、もう…………子どもは…………子どもが産める体では」


「もう、いい!!」



 聞いてられなかった。こんなこと、あんまりではないか。母親の方は娘が受けたあまりに惨い仕打ちは無言で涙を流し続けている。



「もう、分かった。分かったからエリー………もう!!」



 うなだれている父様を見た私はこの時悟った。嗚呼………私は、父様の、一族の期待はもう無いのだと…………。



「───この事は陛下に必ず奏上する。エリー………お前は私達の迎えがくるまで養生していなさい。分かったね?」


「はい………」



 そう言って父親は泣き崩れる母親を連れて部屋を後にした。


 

「……………」



 私は再び茫然の空を見詰めた。私付きの侍女達は恐る恐る私の様子を窺っているようだけれども。私は………ただ一人でそっとしておいて欲しかった。



 それから数日後の真夜中、私はひっそりと窓辺近くの椅子に深く腰掛けていた。


 テーブルの上には小さな小瓶が、一つ。



 ────もう、疲れた。



 テーブルの上にある小瓶を一気に煽ると私は子どもの為に作っていた精密な刺繍を施した前掛けを持って深くベットの上に沈んだ。この前掛けだけは………持って行こう。産んであげられなかったあの子に、せめて、母親として何かをしてあげたかった。


 子どもを流されてもその一念だけで完成させた前掛け。



「嗚呼………母様が、すぐに側にいってあげるからね…………」



 そして私はゆっくりと目蓋を閉じる。



『エリー!!』











 完全に目蓋が閉じる瞬間、懐かしい貴方が私を呼ぶ声が聞こえた気がしたけれど………きっと気のせいよね──────。











 愛が、尊いというのはきっと嘘ね………だって、愛して愛して…………信じ続けた人はこれほどあっさりと私を切り捨てたんですもの。今まで培ってきたであろう努力と時間を全て対価にして…………。


 あら……? そう考えると愛というものは大したことは無いのね…………いえ……………恋に狂ったあの人を見ていると……………子どもの所に逝こうとしている私のことを考えると……………ロクなものではないわね………………ふふふっ──────。




次回はヒーロー視点で送ります。

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