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カオス  作者: 夢の欠片
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~マッチョで行こう~

「ふっはっはっはっはっ!」

 店内に唐突に男の笑い声が木霊した。

 ”大いなる翼亭”のいつもの食堂いつものテーブル、チャイを除く冒険仲間でランチを楽しんでいた、俺達の目の前に立つ男にランチタイムで賑わう店内の視線が一斉に集中する。

「ふっはっはっはっは~のは~!」

 赤いマントを羽織った男は、自分に向けられた視線を気にする風でもなく、なおも笑い続けている。

 ここ翼亭の店主ハウザーといい勝負の、ゆうに2mを超える身長の剃髪が見るからに凶悪そうな巨漢の男であった。

「アンジェラ! エール酒の追加頼む!」

 俺は男と目を合わさないように、店内を走り回るアンジェラに言うと再び視線を戻し、冒険者の店で受けた依頼について打ち合わせの続きをする。

「誰か俺と勝負するヤツはいないのかぁっ!」

 男は仁王立ちのまま、鋭い眼光で店内を見まわす。

 しかし、あいにくとこの店に来る連中は、変人に対してある程度の耐性があるために、男の叫びは完全に無視される。

 こういった状況には慣れていないのか、それともただ単に見かけ倒しなのか、誰にも相手にされないのが分かると、男はしゃがみ込み、床に指で”の”の字を書き始めた。

 時折、鼻を啜り上げる音が聞こえるところを見ると、どうやら泣いているらしい。

「・・・・・・おいっ!」

 どんな理由にせよテ-ブルの横で、オーガのような男に泣かれるというのも、絵的にさすがに気持ち悪いものなので、仕方なく俺は声をかけてみる。

「おおっ! 何だ。勝負か?」

 嘘泣きだったのか男は、俺の言葉に涙の跡の欠片もない顔をあげると妙に嬉しそうに聞いてきた。

「いや・・・・・・そこで泣かれてると鬱陶しいんで、出来れば店を出て通りを右に進んでいくと、お前みたいなタイプの人種なら問題なく受け入れてくれるヤツがいる冒険者養成学校があるんで、今すぐ向かってもらったら俺的にはかなり嬉しいと思われるぞ」

「ふむ、そこに行けば俺の相手がいると言うのだな?ぐっふっふっふっ・・・・・・」

「・・・・・・ひとつ聞きたいんだが」

 真夜中、路地で出会ったらオーガと間違われて、全力で攻撃されても文句は言えないような、そんな恐ろしい顔に満面の笑顔を浮かべる男に、若干嫌な予感を覚えつつ俺は聞いた。

「さっきから勝負とか言ってるが、いったい何の勝負だ?」

 俺の質問に、男は満足そうに何度も頷き、着ていた真っ赤なマントを脱ぎ去る。

「これだ、これ! 男と生まれたからには、誰しもが一度は必ず憧れる筋肉美!」

 マントと同色のぴちぴちの小さなパンツを一枚だけというスタイルの男は、その凄まじい量の筋肉を見せつけるかのように、次々とポーズを変えながら叫ぶ。

「一片の無駄もないこの肉体を武器に、どこの街や村にも必ず一人や二人はいる筋肉自慢達と、お互いの筋肉の完成度、美しさを競い合うという、全国筋肉同盟の期待のホープ!無敗伝説を誇り『鉄の胸板』の異名を持つ、ガルバディとは俺のことよ!」

 分厚い胸の筋肉を、ぴくぴくと動かしながら、ガルバディと名乗った男は、またポーズを変える。

「ああ・・・・・・またワケ分からんヤツが」

 頭を抱える俺の隣で、すくっと立ちあがる影があった。

「ふん! その程度の筋肉で無敗伝説とは・・・・・・ちゃんちゃら可笑しいわい!」

 自分の身長の倍はある男の目を、真っ直ぐ見据えながらそう言ったのは、他でもないドワーフ族の戦士キールであった。

「完成された筋肉というのは、こういうものを言うんじゃ!」

 言うが早いか、素早く服を脱ぎ捨て、上半身裸になるキール・・・・・・

 実戦で鍛え抜かれたその体には、無数の傷が刻まれた筋肉が盛り上がっている。

「ほう・・・・・・なかなか見事な筋肉・・・・・・よかろう! この勝負受けた!」

 ガルバディはそう言うと、パンツの中から小瓶を取り出し、蓋を開けるとその中身を全身に振りかけ、両手で丹念に伸ばし始めた。

 中身はどうやら香油の一種らしく、全身を覆うぬらぬらとした輝きと共に、店内に異様な臭いが充満していく。

「いざ、勝負!」

 ふんふんといった妙な掛け声を発しながら、ガルバディは次々と己の筋肉を見せつけるようにポーズを取る。

「貴様の筋肉の量はたしかに凄い! 俺が今まで見てきた中でも、間違いなく5本の指に入るだろう・・・・・・しかし! 量だけでは俺には勝てんぞ! 量、バランス、トータル的な美しさ、その全てが揃って初めて全国筋肉同盟主催の、筋肉美選手権で上位入賞が出来るのだ! その程度では予選通過も危ういぞ!」

「うぬぬ・・・・・・言わせておけば・・・・・・見ておけ・・・・・・」

 歯軋りしながらそう言うと、キールは脱兎の如く厨房の中へと走って行くと、揚げ物用の油が入ったかめを抱えて戻ってきた。

 厨房からはハウザーの怒鳴り声が聞こえてくるが、キールは気にした風でもなくかめを抱えあげ、頭の上から惜しげもなく油を体に注いだ。

「これでどうじゃ!」

 ガルバディと同じようなポーズを決めながら、キールがにやりと笑う。

「なんの、まだまだ!」

「こうか?」

「見せ方が甘い!」

「こうじゃな?」

「少しはマシになったな!」

 お互いの筋肉を誇示するキールとガルバディを横目で見ていたエルマは、壁に立て掛けてあった全面に古代魔法文字の刻まれた杖を手に取ると、目を閉じ大きく深呼吸をして─。

「ファイヤーボール!」

─ ちゅどーんっ

 足元に炸裂した魔法によって、ポーズを取ったままの恰好で、吹き飛ばされるキールとガルバディであった。


「それで? 何なんだ、その全国筋肉同盟とかいうふざけた組織は?」

 まだ魔法の余韻が残っているのか、全身からぷすぷすと煙を上げながら椅子に座ったガルバディに訪ねる。

 宿屋となっている2階からは、むーむーといった唸り声が聞こえてくるが─。

 キールは食用油を振りかけていたために、全身に軽い火傷を負ってしまい、とりあえず俺の回復魔法で応急処置をしておいた。

 ちなみに先ほどから聞こえてくる唸り声は、全身をミイラ男よろしく包帯でぐるぐる巻きにされ、俺のベットで寝ているキールのものだったりする。

「黙っていれば何がふざけた組織だ! 全国とついてるのは伊達じゃないぞ!」

 マントは脱いだままだが、上半身には一応シャツを着た恰好のガルバディは、力強くテーブルを叩きながら叫ぶ。

「度重なる当局の弾圧にもめげず、地下で活動をする俺達の組織の前には、国境などという垣根は存在しないのだ!」

「まあ、だいたいの想像はつくんだが、その当局の弾圧ってのは?」

「ふん! 奴等は俺達が公共の面前で、限りなく裸体に近い恰好で、互いの筋肉美を競い合うのが気に食わないのさ! 『猥褻物陳列罪』とかいう身に覚えもない、ワケ分からん罪状で捕まった同志もかなりの数に昇るが・・・・・・」

「十分立派な罪状だと思うぞ・・・・・・俺的には・・・・・・」

「どこがっ!?」

「気持ち悪いじゃない! そんなモノ見たくもないし」

 エール酒を一口飲むと、エルマはきっぱりと言った。

「気持ち悪いとか抜かすか、この貧弱エルフ族は・・・・・・まったく何も分かってはおらんのだな」

 ガルバディは腕の力瘤を、見せつけるようにしつつうめいた。

「寝食を忘れ、ただひたすらにトレーニングを繰り返し、ついに手に入れた神々しいまでの筋肉・・・・・・全身を映す鏡の前で、己の鍛え抜かれ完成された肉体美に酔いしれる、あの充実しまくった瞬間・・・・・・『マッスルマスター』を目指すものなら誰しも経験する事・・・・・・」

「何だ? その『マッスルマスター』ってのは・・・・・・」

「知りたいのなら教えてやろう!同盟に登録されているいないに関わらず、全国の筋肉自慢達と勝負しまくり、100人抜きを達成した者だけが参加を許されるという、『筋肉選手権世界大会』で優勝した者に与えられる称号のことだ!」

「知らんぞ・・・・・・そんなワケの分からん大会なんか・・・・・・」

 ガルバディみたいな連中が世界中から、わらわらと集まっている会場を想像してしまい、気分が悪くなってしまう。

「100人抜きはすでに達成している俺は、来月王都で開催される第40回大会に参加が決定しておるが、それまでの間もこうして日夜たゆまぬ努力をしているというワケだ」

「・・・・・・はた迷惑な努力だわ」

 枝毛の処理をしながら、エルマが力なく呟く。

「しかし王都で開催って・・・・・・お前等がいうところの当局の、もろお膝元じゃないか・・・・・・根性があるというか、馬鹿というか・・・・・・」

 ここでいう当局とは、もちろん王室警備隊のことである。

 まあ、俺達冒険者にとっても、あまり関わり合いになりたくない組織ではあるのだが─。

「うむ、たまたま他に会場が空いてなくてな・・・・・・今回の大会は現マッスルマスターが、直々に手配してくれたとかで・・・・・・」

「・・・・・・現マッスルマスター? 拳闘のチャンピオンみたいなもんか・・・・・・」

「似たようなだがな・・・・・・俺も実物にはお目にかかったことがないが、何でも第37回大会以降マッスルマスターの座に君臨し続ける男で、全国筋肉同盟の中では『帝王』と呼ばれているらしい・・・・・・が、しかし! それも来月までの話!何故ならばこの俺、ガルバディが参加するからだ! 優勝は俺のものと決まっているのだ! この腹筋に賭けて!」

「・・・・・・い、いや、そんなモンに賭けられても」

 片足をテーブルに乗せ、シャツを捲り上げ腹筋を見せつける、ガルバディに俺は軽い目眩を感じながらうめいた。

「やっぱり、こういう特殊な人種には、特殊な人種で対抗するしかないわね・・・・・・」

 エルマは頷きながらそう言うと、マントの下から金色に輝く小さな笛を取り出し、小さく形のいい唇に当てて、一気に息を吹き込むが音は一切聞こえなかった。

 どうやら動物使いが持つ、通常の人間族には絶対聞くことの出来ない音域を出す笛らしい。

 待つことしばし。

 たったったっと石畳の上を軽快に走る音が聞こえてきて、バンッと食堂のドアが派手な音を立てて開いた。

「呼ばれましたか?」

 何のつもりか、ド派手なピンクのマントを羽織った、超変態渦巻き髭男のピエールは、静かに一礼しながら言う。

「・・・・・・ちょと待て」

「何か?」

 うめく俺に、涼しい顔のピエールは髭を触りながら聞いてくる。

「・・・・・・お前とエルマに、同じ質問があるんだが・・・・・・その笛は何だ?」

「ピエール笛です」

「・・・・・・ピエール・・・・・・笛?」

「はい、分かりやすく説明いたしますと、『犬笛』はご存知だと思いますが、アレの改良版だと考えてもらえれば幸いです。ただこれは、あくまでも私専用の笛ですので、残念ながら他の人間に対しては使用出来ません・・・・・・緊急呼び出しの際に使えますので、カイルさんにもお渡ししておきましょう」

「いるかぁぁぁっ! そんなモン!」

 マントの下から予備の笛を取り出したピエールを、力一杯殴り倒す。

「ところで何の用ですか?」

 ぬっと何事もなかったように立ち上がると、ピエールはエルマのライムグリーンの瞳を覗き込みながら聞いた。

「・・・・・・こういうのは、あんたの管轄だと思うんだけど」

 エルマはポーズを決めたままのガルバディを、指差しながら静かな口調で言う。

「何ですか、これは? あいにく正義と平和と愛と秩序の申し子と言われる、このピエール・ダンカン! このような変態丸出し男など私の管轄であるはずもなく、まさかこんなくだらない理由で、私をわざわざ呼び出したのですか? 心外ですね・・・・・・」

「・・・・・・あんた・・・・・・自分が何言ってるか分かってるの?」

「当然です! 何しろ私は真実の人ですから・・・・・・見たところ全国筋肉同盟の関係者っぽいですが?」

 ピエールのその言葉に、ポーズを決めたまま硬直していたガルバディは、ぴくっと反応すると顔だけ動かし、『っぽい』とは何だ! 『っぽい』とは! 俺は連戦連勝の無敗男! 次期マッスルマスターの座に君臨するガルバディだ!」

「・・・・・・次期・・・・・・マッスルマスター? これはこれは・・・・・・」

 ガルバディの言葉に、思わず苦笑するピエール。

「何が可笑しいっ!?」

「どこの馬の骨か知りませんが、その程度の筋肉で挑戦者を気取るとは・・・・・・身のほどを知らない男だ・・・・・・この私!」

 ピエールはそう叫ぶと、ばさっとピンクのマントを脱ぎ捨てる。

「現マッスルマスターの称号を持つピエール・ダンカンに、勝てるつもりですか?」

 どちらかといえば、ひょろひょろっとした線の細い印象を受けるピエールであるが、マントの下から現れたのは驚くほど均整の取れた鋼のような肉体であった。

「はあぁぁぁぁっ!?」

 ピーエルを除くその場にいた全員が、声をハモらせて叫んだ。

「くっ! しかし俺は負けるわけにはいかんのだっ! いざ、勝負!」

 対峙しながら、ワケの分からんポーズを決める。

─ そして

「・・・・・・ま・・・・・・負けた・・・・・・完敗だ・・・・・・やっぱりマッスルマスターの称号は伊達じゃねぇ・・・・・・俺なんかじゃ相手にもならねぇ・・・・・・」

 何が負けなのか分からないが、先にがっくりと膝をついたのは、顔中に汗を滴らせたガルバディだった。

「いえ、そう自分を卑下するものではありませんよ・・・・・・右腕の曲げ方が、あと僅かでも内に入っていたら、私も危なかったかも知れません・・・・・・またの挑戦を待ってますよ・・・・・・ナイスファイト!」

 勝手に盛り上がっている2人を見ていた俺は、掌に力が集結していくのに気づいた。

 念のため横にいるエルマに視線をやると、頷きながら親指を床に向ける姿が映る。

「神の拳!」

─ どがきっ

 俺の唱えた魔法で発生した不可視の、空気の塊に叩きのめされ、床に深々と頭から埋まるピエールとガルバディであった。



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