~魔法学院に行こう 後編~
「・・・・・・簡単にいかないものねぇ」
と、嘆息混じりにエルマ。
「簡単に犯人がわかるくらいなら、わざわざ俺達に頼むこともないだろう?」
「そりゃそうかも知れないけど・・・・・・」
中庭の隅にある菜園からもぎ取ったトマトを、齧りながらエルマがうめいた。
『盗むな! 農業科』立て札には力強い字体で、そう書きなぐられている。
なんでもこの菜園では、通常の肥料を使わずに、魔法だけで作物を育てる実験をしているらしい。
「嘘でもいいから、『はい! 僕が犯人です!』っていうのが人の道だと思うけど・・・・・・付き合いの悪いヤツだわ」
エルマは軽く肩をすくめた。
「そんな人の道があるかっ! それじゃ何の解決にもなってないだろうがっ!」
付き合いの悪いヤツ ─ジョッシュは友人共々医務室に運び込まれ、午後から行なわれる白魔法科の学生による、回復魔法の実験台にされるらしい。
「他を当たってみるしかないか・・・・・・」
「そうね・・・・・・それじゃ幻映室を管理している総務課にでも行ってみようかしら・・・・・・」
「・・・・・・前もって言っておくが」
俺は腰につけた皮袋の中に、トマトを詰め込んでいるエルマに言った。
「今度はちゃんと、普通に、あくまでも遠まわしに、聞き込みするんだぞ」
「失礼ね!それくらい分かってるわよ! 今度の相手は学生じゃないんだから!」
エルマはきっぱり、はっきり言い切った。
「あんたが犯人なんでしょぉぉぉっ! 正直に言わないと、この事務室のみならず、あんたの家が謎の大爆発起こすわよっ!」
「ひいぃぃぃぃぃっ! いきなりそんなこと言われてもぉぉぉぉぉっ!」
「全然分かってないだろうがぁぁぁぁっ!」
ひょろひょろとした見るからに気の弱そうな事務員の、胸倉を掴んで前後に激しく揺さぶってたエルマに、手加減なしの回し蹴りを叩き込みながら俺は叫んだ。
「痛いわねぇぇぇぇっ!」
頭を押さえながらエルマは立ち上がると、怯えまくる事務員をビシッと指差す。
「ひょっとしたら私の剣幕に圧されて、真犯人じゃないにしても、『僕がやりました』とか口走るかも知れないじゃないっ!」
「意味ないだろうがっ! 真犯人でもないのに!」
「・・・・・・あの・・・・・・何事ですか?」
まだ若い事務員はおずおずと聞いてくる。
「ああ、ちょっと聞きたいことがあるんだが・・・・・・」
俺は声をひそめながら、
「ここの学院長に頼まれて、ちょっとした調査をしていてるワケだが、幻映室の管理についていくつか質問がある」
「はあ・・・・・・では担当者を呼んできますから少々お待ちを・・・・・・」
そう言うと若い事務員は、奥ばった場所にある机に座ったまま、こちらを怪訝そうな顔で見ている中年男性の隣に歩いていくと彼に何やら耳打ちをする。
─ 刹那
「ストーム!」
中年男性はいきなり俺達に向けて魔法をぶっ放すと、横の窓を突き破って外へ身を翻す。
「・・・・・・くっ・・・・・・あのおっさん! エルマ、追うぞ!」
俺は机の下敷きになったエルマの足首をむんずと掴み、おもむろに走り出した。
逃げ出したというからには、何かしら後ろめたいことがあるのだろうが、どっちにしてもおっさんの逃げ方は尋常ではなかった。
後も見ずに魔法をぶっ放すもんだから、その被害は拡大する一方であった。
『どしえぇぇぇぇぇぇっ!?』、『きゃあぁぁぁぁぁぁっ!』
悲鳴をあげながら空高く舞い上がる、学生や先生らしき人間をチラリと見つつ、俺は素早く女神オフェーリアの名前を唱え─。
「神の雷!」
完成した神聖魔法を具現化する。
─ ばちばちばちっ
広範囲に広がる青白い電撃に打たれ、おっさんがぽてりと地面に倒れる姿が見えた。
近くにいた何人かも巻き添えを食らって、ぽてぽてと倒れているが、この際そんな小さなことには構っていられない。
「お前が犯人だったのか」
「・・・・・・ふっ・・・・・・私には何のことだかさっぱり」
ぷすぷすと全身から薄紫の煙をあげながら、おっさんは目線を逸らしながら呟いた。
「ほお・・・・・・じゃあどうして俺達に攻撃魔法なんぞぶっ放す?」
「・・・・・・私なりのコミニケーションってやつだ・・・・・・」
「そんなコミニケーションはねぇよっ!」
俺は力一杯男を殴り倒し、胸倉を掴んで引き起こした。
ローブの胸元にはネームプレートがあり、そこには『主任 マクドガル』と書かれてあった。
「とにかくだ・・・・・・マクドガル! お前が幻映室でやらかした悪事について、全部話してもらおうか!」
とりあえず尋問するために、俺達は場所を変えることにした。
「・・・・・・誰が犯人なんだか」
俺は学食のテーブルに、頬杖をついたままで呟く。
さすがにエール酒は置いてないので、仕方なく注文したコーヒーを啜る。
「面倒だから、この際学園ごと爆砕しちゃおうか? そうすれば犯人も一緒に吹っ飛ばせるし・・・・・・」
「ほぉぉぉぉ・・・・・・それはなかなか興味深い発言ですね」
音もなく現れた学院長シレーネは、エルマの肩に手を置きながら言った。
みしみしと骨の軋む音に併せて、エルマの表情が苦痛に歪む。
「じょ・・・・・・冗談ですよぉぉぉ・・・・・・私ってば、お茶目さん♪」
「各部署から抗議の文章が、私のところに山のように届くのは何故かしら?」
「・・・・・・が、学院長・・・・・・ほ、本気で痛いんですけど・・・・・・」
しかし、そのエルマの言葉を無視するように、手の甲に血管が浮きまくるほど、さらに力を加えられる。
「出来ればもう少しスマートに、犯人を探せないのかしらね? 困ったお茶目さんだこと・・・・・・」
「で、でも! さっき『これはっ!』って思う、犯人らしきマクドガルっていう人を尋問したんだけど、幻映室の件とはまったく関係なくて・・・・・・でもでも!学院のお金を私的に流用して、私腹を肥やしていたんですぅぅぅ・・・・・・一応逃げ出さないように縛り上げて、資料室に放り込んでおきましたけどぉぉぉ・・・・・・」
「・・・・・・マクドガル? ああ、事務主任の・・・・・・いいのよ、彼の手癖の悪さは、今に始まったことじゃなし・・・・・・」
「いいのか・・・・・・それで?」
うめく俺を目で制しながら、
「とにかく! 私が依頼したのは、あくまでも幻映室の件だけです! 早急に犯人を探しだしてください! いいですね?」
─ ぽきりん
乾いた音がして、エルマが白目を剥いた。
「う~ん、そろそろ本気で犯人を探さないと・・・・・・次は命に関わりそうな気がするわ」
俺の回復魔法で治った肩を擦りながら、エルマは小さく身震いをする。
「そうは言うものの、手掛かりがまるでないから・・・・・・ん?」
俺は小さく呟くと、エルマを茂みの中に押し倒した。
「カ、カイル!? 自然の中でも別に構わないんだけど、出来ればもう少しムードのある場所の方が・・・・・・まだシャワーも浴びてないし」
「違うわっ! アレを見ろ」
頬を赤らめるエルマに俺は叫んだ。
俺が指差す方─ 校舎の裏手、こそこそと辺りを覗いながら、レンガから伸びたコードに怪しげな箱を繋いでいる人物がいた。
「・・・・・・あれは・・・・・・ひょっとして?」
呟くエルマに、俺は小さく頷いたのだった。
「・・・・・・何ですか? その大きなズタ袋は?」
「多分、犯人だと思うが」
豪華な机で書類に、目を通していたシレーネに俺は答えた。
「幻映室の裏から伸びたコードに、ワケ分からん箱を繋いでいたからな・・・・・・」
そう言いながらシレーネの前にズタ袋を放ると、中からゴロリと転がり出てくる小柄なジジイ。
「・・・・・・よおっ!」
─ ぴしっ
ジジイが声をかけた瞬間、シレーネは完全に固まった。
「実はワシが犯人だったんだよ~ん! 長年研究に研究を重ね、ついに幻映機を作ることに成功してなぁ・・・・・・まあ、完全とはいかないが、それでも受信だけは出来るんじゃよ! 凄いじゃろ?そ れでつい実験を兼ねて、街のあちこちに発信用の幻映機を仕掛けたんじゃが・・・・・・開発費用が意外にかかってしまってな・・・・・・お陰でお前の貯金まで使い込んでしまった・・・・・・これはマズイ! と思い『エッチな映像』を流し特別料金を請求しておったが、今回無事埋め合わせも終わったもんで機材を回収に来たらこの連中に捕まってしもうた。はっはっはっ、参った参った・・・・・・」
「と、いうワケで犯人はあんたの旦那だったんだが・・・・・・」
悪びれた風もなく、自分の頭をぽんぽんと叩きながら笑うジジイを、指差しながら俺は呟いた。
「・・・・・・ほぉぉぉぉぉ」
シレーネはわなわなと全身を小刻みに震わせた。
「この馬鹿亭主がぁぁぁぁっ!」
その叫び声自体が、魔法として発動し─。
その後、完全に崩壊してしまった学院が、通常の機能を取り戻すのに2ヶ月の間閉鎖したという。