冒険者養成学校
「ねえねえカイル、明日・・・・・・いえ、いつだって暇だと思うけど」
”大いなる翼亭”のいつものテーブルに陣取り、いつものようにランチとエール酒を楽しんでいた俺の目の前に座って、エルマは満面の笑顔で聞いてくる。
俺は鶏肉を刺したフォークを止めて、しばらく考えた。
「いきなり失礼な台詞だが、それはお互い様だと思うけど」
「カイル暇だよねぇ?」
「いや、そんなに可愛らしく”ねぇ”とか言われても」
「何か仕事の依頼でも?」
「特に用事らしい用事はないけど」
「じゃあ決まりね♪ 明日お昼前には迎えに来れると思うわ」
そう言いながらエルマは俺のジョッキを取り上げエール酒をぐいっと飲んだ。
「思うわって、明日何があるって言うんだよ?」
「あら? カイル知らないの?これよ、これ」
魔法使いの正装でもあり普段着でもある黒いマントの下から、何やらクシャクシャに折りたたまれたチラシを取り出す。
「え~と何々・・・・・・冒険者養成学校1日無料体験、どなたでも参加可能、なお参加者には特典として傷薬プレゼント」
「そうなのよ! 暇つぶしは出来るし傷薬もタダで貰えるなんて素敵よね」
「素敵よねって力説されてもなぁ」
「不満なの? 一体何が不満だと言うの?」
エルマが俺を睨みつける。
すでにジョッキは空になっていた・・・・・・
「いや不満っていうか、俺達ってすでに冒険者だし」
「そんなことは言われなくても分かってるわよ。でもここよ!」
エルマはチラシの文字にびしっと指を突きつけた。
「”どなたでも参加可能”そう書いてあるじゃない?だから私達でもOK!」
「・・・・・・まあ理屈から言えばそうかも・・・・・・」
「だから行きましょ?」
「そうだなぁ、じゃあキールとチャイにも声をかけよう」
「あ、駄目駄目。2人共いないし」
「いない?」
「そうよ、キールは工事現場の護衛だし」
「護衛? 例の街道の石畳の修復工事のか?」
王都から周辺の主な街へと伸びている街道は石畳で整備され、馬車等が移動し易くなっている。
しかしここ数年街道のあちらこちらで、古くなってひび割れた個所の修復工事が大々的に行なわれている。
モンスターも本来は用心深い生き物なので、滅多に街道に現れたりはしないが万が一ということもある。
と、いうわけで工事作業員が安心して仕事に集中出来るように、護衛として冒険者を雇うのである。
「しばらく帰って来れないって言ってたわよ」
「ふ~ん、チャイは?」
「姿見ないからギルドの仕事か、コレのところじゃないかしら?」
エルマは含み笑いをしながら小指を立てた。
「それじゃあ無理だな」
「そういうわけだから明日は付き合ってもらうからね」
「はいはい」
俺はエルマに悟られない様に小さなため息をついた。
次の日早めのランチを済ませた俺達は冒険者養成学校の前にいた。
以前は王国警備隊の出張所として利用されていた建物だったが、新しく出張所が建てられたため、しばらくは空き家となっていたはずだ。
受講者達だろうか、数人の若者がテキストを読みながらドアの向こうへ消えていく。
俺達も後に続きドアを開けた。
「いらっしゃいませぇ! 新規の方ですかぁ?」
受付に座った女の子が、今にもこぼれ落ちそうな笑顔で聞いてきた。
「これ見て来たんだけど」
「はい、無料体験ご希望の方ですね。ではこちらの書類にお名前を記入して下さい。はい、いいですよ。少々お待ち下さい」
そう言うと女の子は奥の部屋に引っ込んだ。
「総合トレーナーのピエールです。よろしく」
俺達の目の前に現れた若い男が自己紹介する。
金髪を真ん中分けして鼻の下にはクルリと巻かれた髭・・・・・・
総合トレーナーという言葉以上に、見た目が怪しかった。
「本日はどのような無料体験コースをご希望されますか?」
「どのようなって初めてなんで何があるのか・・・・・・」
「失礼ですがあなた方は冒険者で?」
「ええ、現役バリバリの冒険者だけど何か問題でも?」
「いえ大丈夫ですよ。我が校には初心者には基本から、プロには更に専門的な受講内容が準備されていますから」
「とりあえずどんな感じなのか興味があるので、中を案内してもらってから体験コースを決めたいんだけど」
「ああ、それもそうですね。ではこちらへどうぞ」
ピエールは歩き出した。
俺達はある教室の前に立っていた。
”ファッション課”入口には確かにそう書かれていた。
一瞬自分の目を疑ったが、何度見直しても間違いなかった。
「素朴な質問があるんだが」
「何でしょう?」
「冒険者にはあまりっていうか、まず必要ないような課だと思うんだが」
「何をおっしゃいます。これからの冒険者には必要な技能の1つじゃありませんか!」
「いや、ありませんか!って言われても」
「中を見てもらえば納得してもらえると思います。ちょうど授業中ですのでくれぐれもお静かに」
ピエールに言われるままそっとドアを開けて、俺とエルマは中を覗いた。
そして次の瞬間その場にへたり込んだ。
教室の中では色とりどりの、原色そのままの鎧だの盾だのを着込んだ連中がいた。
「おや、どうされましたか?」
「それはこっちの台詞だと思うんだけど・・・・・・」
こめかみの辺りを押さえながらエルマがうめいた。
「何だ?あの赤だの青だの派手な鎧は?」
「何だと言われましても・・・・・・鎧以外の何に見えますか?」
「いや、そうじゃなくて・・・・・・」
「納得されてないようですが?」
「普通は納得しないんじゃないかしら」
「説明しなければならないんですね?ああ、面倒くさい」
ピエールは頭を振った。
「面倒くさいんかい!」
俺とエルマは同時に叫んだ。
「今の冒険者に欠けているもの、それはズバリ・・・・・・ヒーロー性、カリスマ性とも言いますが」
「ヒーロー? カリスマ?」
「あの鎧等の色を見てもらえれば分かりますが基本は5色です。赤・青・黄・緑・ピンク・・・・・・応用としては3色だけでもOKですが」
「う~む、よく分からんがそれで?」
「何言ってるんですか!ヒーローはこの5色を使うと昔から相場が決まってるじゃないですか! 中でもリーダーは赤色というのもお決まりだし」
「そんなに力説されても、ますますわけ分からないし・・・・・・」
「あとピンクはもちろん女性に限りますが・・・・・・男4人女1人が一般ウケする望ましいパーティー構成ですがね」
「一般ウケって?」
「それでは次の教室に行きましょう」
「おい! 説明になってないぞ!?」
俺の叫びは完全に無視された。
「ここは料理を専門に教える教室です」
ドアに手をかけながらピエールはにこやかに言った。
「まあ確かに料理は必要かもしれないな。俺達は冒険する時はいつも干し肉ばかりだからな」
「そうでしょう? 遺跡や地下迷宮の探索の場合、通常何日もそこで過ごさなければいけませんから、干し肉だけでは栄養学的にみても体が持ちません。そこで料理の技能が必要となるわけです」
「今回は説明されなくても納得出来そうね」
エルマの言葉に頷きながら俺は部屋に入った。
教室全体が大きな厨房に改造されており、あちらこちらの鍋から湯気が立ち昇り、室内には何とも言えないいい香りが充満していた。
生徒達は何やら熱心にメモを取りながら、講師の話に頷いている。
「原則として食材は現地調達です。幸いなことに遺跡や地下迷宮では食材には事欠きません・・・・・・ただし気をつけなければいけない事は、毒を持つモンスターが以外に多いという事です。今日は上手な毒抜きの方法について」
「ちょっと待てぇぇ!」
俺は講師に向かって叫んでいた。
「何が悲しくてモンスターなんか食べなきゃいけない?」
「おや? 初めて見る顔だが・・・・・・今の質問だが冒険者も彼らモンスターにしてみればただの餌だろう? 事実多くの冒険者が襲われた挙句、食べられてしまったという事例も報告されている。やられたらやり返す! 食べられたら食べ返す!」
「それはちょっと違うんじゃないか?」
思わず俺は抗議した。
「まあ中には食べられそうなモンスターがいないわけじゃないけど」
エルマがぼそっと呟いた。
「ちゃんと冒険の役に立つようなこと教えていないのか? ここは」
廊下を歩きながら俺は毒づいた。
「失礼な! どの教室もその道では有名な講師を集めています!」
「冒険者といえば剣技とか魔法とか、それが一番大事なんじゃないか?普通」
「はっはっはっ・・・・・・今時普通じゃ人は呼べませんよ」
「いや普通で全然構わないと思うぞ」
「剣なら修練場、魔法なら魔法学院、寺院があるじゃないですか? 盗賊にはギルドですし・・・・・・それに対抗するには他が真似出来ないような事を教えませんと」
「他が真似出来ないんじゃなくて、しないだけだと思うのは私だけかしら?」
「エルマだけじゃないぞ、俺もそう思う」
「失礼な人達ですね・・・・・・まあこれから案内する教室では、今年度から採用が決定されている新しい職種を教えています」
「新しい職種?」
「ええ、現在冒険者には大まかに分けて、戦士・魔法使い・僧侶・盗賊の4つがあります。特殊な侍・忍者等は一応戦士として扱われていますがね」
ピエールが言った事はとりあえず間違いない。
何年か前に東方にあるといわれている、小さな島国から伝来したのが侍・忍者という職種だ。
技術の習得がおそろしく難しいので、そんなに数はいないらしいが・・・・・・
少なくとも俺達は出会ったことがない。
「現在の国王が今一番力を入れている新しい職種、それが魔物使いなのです!」
「魔物使い?」
「そうです。あらゆるモンスターを思い通りに操ることが出来る職業です」
「おおっ! それは凄いと思うぞ」
「そうでしょう?ああ見えました。あの教室がそうです。先日捕らえられたモンスターを使って講義を行っています」
「大丈夫なの?もし逃げたりしたら・・・・・・」
「心配には及びません。教室のまわりには強力な結界が張られていますから。卒業試験には床に描かれた魔方陣から悪魔を呼び出し、服従させることを予定しています」
「それはやめておいた方がいいぞ、マジで」
軽い目眩を覚えながら俺は言った。
教室といっても元々は、警備隊の訓練に使われていた体育館を改造したものらしかった。
「ここの結界は大したものだわ。これなら普通のモンスターに破られたりはしないね」
エルマが感心したように言った。
部屋の中央辺りに防具に身を包んだ、生徒らしき集団の姿があった。
俺達は近づき彼らの後ろから覗き込む。
床に大きな魔方陣が描かれており、中央にピエール以上に怪しい黒いローブに身を包んだ老人が立っている。
「おおっ! あなた方は運がいい! ちょうど卒業試験が行なわれるところです!」
「こらこら!呼ぶなって」
俺は叫んだが時すでに遅し。
召喚の呪文は完成に近づき、魔方陣の中心からは黒い煙と共に禍禍しい手が現れる。
「あ~あ、本当に呼んじゃった」
中心に開いた穴から姿を現わしたのは間違いなく悪魔族のモンスターだった。
山羊の顔を持ち手が3本づつ生えている・・・・・・しかも大きさは俺でも奴の腰くらいしかないほどの巨体だ。
「さあ、この魔物を見事服従させることが出来たら、試験には合格です」
老人は両手を高く掲げて叫んだ。
いきなりこんな場所に呼び出されて気分を害したのか、悪魔は問答無用で呪文を唱えた。
部屋のいたるところで爆発が起こり、生徒達は悲鳴をあげながら逃げ惑う。
「皆さん何故逃げるんですか? さあ、早く服従させて下さい!」
「無理だろ? 普通は」
俺が老人にツッコミを入れている間も爆発は続く。
「先生! このままでは教室が破壊されてしまいます。とりあえずあの悪魔には帰ってもらってください」
さすがにピエールも焦っている。
「いや、それは無理でしょうな」
「何故?」
盾で破片を避けながら俺は聞いた。
「私の専門は召喚だけでして・・・・・・送り返す方法は知らないから・・・・・・」
照れくさそうに言った老人はエルマに殴り倒された。
「ああ、一体どうしたら・・・・・・そうだ!あなた方は確か現役バリバリの冒険者でしたね?」
「断る!」
「そんなこと言わないで・・・・・・何とか出来た暁には金貨を10枚お支払しましょう!」
「ふざけんなよ、悪魔相手にそんな安い値段で戦えるか!せめて30!」
「そう来ましたか・・・・・・分かりました。金貨25枚に魔物使いの修了証もつけましょう!」
「しょうがないわね、それで手を打ってあげるわ」
エルマが魔法の詠唱を始めた。
俺は腰からグーンに貰った魔法の剣を抜いた。
一気に悪魔との距離を縮め、切りかかる。
この剣には氷の魔法が封じ込まれているため、切りつけた瞬間に相手を凍らせてしまう事が出来たりするスグレモノなのだ。
しかしさすがは魔界の住人、悪魔は巧みに俺の攻撃をかわしながら呪文をぶつけてくる。
俺はその度に銀の盾で弾き返す。
グーンに貰った防具、銀の鎧・銀の盾は簡単な魔法なら弾き返す事が出来るらしい。
「う~ん、さすがにマジックアイテム・・・・・・前の皮製の防具だったら危ないところだぜ」
普段と勝手が違うのか、悪魔は相当頭に来たらしく、大声で吠えながら襲いかかってくる。
腕の一振りで俺は弾き飛ばされた。
「カイル! 避けてね!」
エルマが叫んだ。
次の瞬間悪魔の後頭部にエルマの魔法が炸裂した。
今まで見た中でも最大級の火球だったらしい・・・・・・
もろに直撃したせいで悪魔は頭を計6本の腕で押さえながらうずくまった。
目に微かに涙が浮かんでいる。
余程痛かったみたいだ。
「殺されたくなかったら、大人しく自分の住処に帰ることだ」
氷の剣の切先を悪魔の鼻先に突きつけ、俺は出来るだけ優しく言い聞かせた。
俺の言葉を理解したのか、悪魔はよろよろと歩きながら魔方陣の中心に開いた穴の中にゆっくりと消えていった。
逃げ回っていた生徒達から拍手が起こる。
「悪魔を説教して追い返すとは・・・・・・あなた方はただの冒険者ではありませんね? よく見れば身に着けているのも魔法の品々・・・・・・」
ピエールは興奮しながら言った。
「ヒーロー、そうあなた方はこのアルの街のヒーローなのです!」
「い、いやそれは違うぞ」
「ぜひこれを受け取って下さい!」
いつの間に用意したのか背後から、例の赤とピンクの防具一式を取り出しながらピエールが言う。
「今日からレッド、ピンクと呼ばせてもらっていいですね?」
「いいわけないだろ!」
同時に叫んだ俺達にピエールは殴り倒された。




