マジック・アイテム
その日、俺はすこぶる機嫌が良かった。
空は昨日までの雨が嘘の様に晴れ渡り、水溜りに反射した日の光がやたらと眩しかった。
武器屋から出た俺は意味もなく腰に手を当て、一人何度も頷く。
自然と顔の筋肉が緩むのが分かった。
右手で何度も腰に吊るした新品のロングソードに触れてみる。
材質が馬鹿みたいに重たい青銅ではなく、鋼であるため軽く、鞘からも素早く抜く事が出来る。
早速試し切りでもしてみたいが、街中で抜き身の剣など振りまわした日には、警備隊に捕まって1ヶ月の強制労働の刑だ。
冒険者が多い”アルの街”には剣や魔法を使って、公共の場所で騒ぎを起こしてはいけないという規則がある。
違反した者は1ヶ月の強制労働、度重なる違反者には永久追放が言い渡される。
どうしても決着をつけたい者は街の外か、または正式な手続きを取ったうえで街の外れにある修練場で戦うしかない。
怪我するのも馬鹿馬鹿しいし、手続きも面倒臭いので最近誰かが決闘したという話は、トンと聞かない。
この時間だったら誰か来てるはずなので、俺は自分の宿でもある”大いなる翼亭”に帰る事にした。
俺の名前はカイル、人間の戦士(まだ見習いだが・・・・・・)だ。
以前は街の中央にある寺院で僧侶をしていたが、修行ばかりの陰気な毎日に嫌気がさしていた時期に、怪我の治療に来たエルマと知り合い、意気投合・・・・・・現在に至る・・・・・・
一応僧侶だったので簡単な治癒魔法くらいなら唱えることは出来る・・・・・・もっとも成功率はそんなに高くはないが・・・・・・
店内に入るとまだ昼前だというのに結構賑わっていた。
奥の方に目をやると、いつものテーブルにエルマとキールの姿があった。
トロールの方がまだ可愛げがある元冒険者の親父に似ていない事で有名で、アルの街の七不思議と囁かれている美人の看板娘アンジェラに、ランチとエール酒を頼むと、俺はエルマの前に腰掛けた。
「どうしたの? ニヤニヤして・・・・・・気持ち悪い・・・・・・」
エルマはプラチナブロンドの長い髪を束ねながら呟いた。
ピンと尖った耳が特徴のエルフ族の魔法使いで、性格はともかく顔は人間の女性にはない品のある美しさがある。
種族の違いかもしれないが、エルフ族は男も女も美形が多い。
「ふっふっふっ・・・・・・」
俺は笑いながら腰から新品のロングソードを外してテーブルの上に置いた。
「ほう・・・・・・ついに手に入れたか・・・・・・」
髭についたエール酒の泡を拭いながらキールが言った。
キールはドワーフ族の戦士で、武者修業のためにこの街にやってきた。
立派な髭は成人になった証みたいなもので、ドワーフ族の男も女も生やしているらしい・・・・・・
背は低く、俺の肩くらいしかない。
体型はエール酒の樽みたいだが、腕力は強く、そのため優秀な戦士が多い。
「まあ一日も早く、その剣を持つに相応しい戦士になれるよう努力することじゃ」
「・・・・・・悪かったな・・・・・・」
俺は運ばれてきたエール酒を一口飲んだ。
「・・・・・・ひょとしてサラから貰った金貨全部使っちゃったの?」
「そうだよ、ブロンズソードの下取り価格が思ったよりも低かったからね・・・・・・」
サラという女性に依頼され、雪山に住んでいるグーンという名のゴールドドラゴンに手紙の入った箱を届けた報酬を山分けして、それで購入したわけだ。
「今回一番得したのは私かもね~」
エルマは胸元から水色に輝く宝石のついたペンダントを取り出した。
ゴールド・ドラゴンのグーンが流した涙が固まったものだが、この宝石には不思議な効果がある。
それは回数の制限なく魔法が使えるようになるということだ。
通常魔法を使用する場合、使用者の精神力を消耗するため、唱える魔法の種類にもよるが、回数が限られていた。
しかしこの宝石を身に着けているだけで、自分の精神力を使うことなく無限に魔法が使えるのである。
道具屋に持ち込めば相当な高値で引き取ってくれるだろう。
「・・・・・・絶対売らないわよ・・・・・・」
俺の顔を睨みつけながらエルマが言った。
「何も言ってないだろう?」
「あんたの事だから道具屋に売り飛ばそうとか考えてたんでしょう?」
いかん・・・・・・読まれているか・・・・・・
「もしペンダントに手を伸ばしたら、特大のファイヤーボールぶつけるわよ」
「ぶつけるわよって、そんな真顔で言われても・・・・・・それに街中で魔法使ったら・・・・・・」
「ほっほっほっ・・・・・・」
エルマは口に手を当てながら高らかに笑った。
「これさえあれば、警備隊が何人来ようが敵じゃあないわ! 朝から晩まで、それこそ一日中魔法唱え放題よ! 例え、王室付の魔法使いが現れても怖くはないわ!」
「おいおい・・・・・・」
おもいっきり物騒なことを平気で言う・・・・・・
「・・・・・・でもエルマが許可を貰ってて、使える魔法って、火球・沈黙・麻痺の3つじゃないか・・・・・・それだけで王室付の魔法使いの相手が出来ると思うかい?」
何故か、このアルの街では冒険者をする場合、然るべき機関へ届けを出し、許可を取らないといけない。
俺やキールは、戦士としての適正検査を修練場で受け、許可証を発行してもらい届けている。
もちろんエルマも魔法学院が定期的に行っている試験を受け、魔法使いとして正式に登録されている。
以前はこんな事なかったのだが、現在の国王がどういうワケだか”資格”とか”許可証”が大好きらしく、ここ数年で王都周辺の街に今のような資格制度が急速に普及した。
まあ、ここにはいないが仲間のチャイのような盗賊は別だが・・・・・・
おかげで最近ではアルの街も冒険者養成学校なんかも出来る始末だ。
「う、うるさいわね! 今は一段階上の資格を取る為に、冒険の合間をぬって猛勉強してるんだから! カイルも人の事とやかく言う前に、もう1ランク上の治癒魔法使えるようにしなさいよ・・・・・・それでなくてもウチのパーティーには僧侶の資格持ってるのは、あんただけなんだから。誰かが大怪我する度に傷薬使ってたら勿体無いでしょう?あ~あ、カイルがせめて蘇生の魔法まで覚えていてくれてたら・・・・・・」
「無茶苦茶言うなよ、街の寺院でも蘇生魔法使えるヤツなんて2人しかいないんだぞ! 僧侶が使える最高の魔法じゃないか!」
「冗談よ・・・・・・すぐムキになるんだから・・・・・・まだまだ子供ね~」
エルマは大声でケラケラと笑った。
「・・・・・・酔ってるのか?」
俺は小声でキールに聞いた。
「うむ、お前が来る前にエール酒を5杯は飲んでおるからな・・・・・・」
「・・・・・・ったく、相変わらず酒癖が悪いな・・・・・・」
「聞こえたわよ・・・・・・誰が酒癖が悪いって?私はまだ酔ってなんかないわよ!」
エルマが脇に置いてあった杖を手に取り、口の中でモゴモゴと呪文の詠唱を始めた。
「うわ~!」
俺とキールは、大慌てでエルマを羽交い締めにして口を塞ぐ。
しばらくの間ジタバタしていたが、急にエルマは大人しくなった。
恐る恐る顔を覗きこんでみる・・・・・・
静かな寝息が聞こえてきた。
「・・・・・・いつものパターンじゃな・・・・・・」
キールの言葉に俺はため息で答えた・・・・・・やれやれ・・・・・・
とりあえず2階の俺の部屋に酔いが覚めるまでエルマを寝かせることにした。
すっかり冷えてしまったランチを食べ始めたところに、チャイが現れた。
「よお、2人だけか・・・・・・エルマは?」
俺達は無言で指を上に向けた。
「いつものパターンか・・・・・・」
チャイはキールの横に座った。
「アンジェラ、俺にもエール酒頼むわ!」
「どうした? 呼んでもいないのにお前の方から現れるなんて珍しいじゃないか・・・・・・しかもこんな昼中に・・・・・・」
俺は柔らかく煮込まれた肉を口に運びながら聞いた。
「人を夜行性みたいに言うな! まあちょっと用事があってな・・・・・・」
「何じゃ? ギルドで仕事頼まれたのか?盗みなら断るぞ」
「あのな~」
キールの肩に手をまわしながらチャイがため息混じりに呟いた。
「いくら俺が盗賊だからってそれは酷いんじゃないか?」
確かにギルドは盗賊組合のことだが、盗賊といっても盗みばかりが仕事ではなく、現在では情報収集が主な仕事になりつつある。
もっとも裏では法外な金額で暗殺等も請け負っているらしいが・・・・・・
普通では入手するのが難しい情報なんかは、それなりの料金を支払えばギルドで手に入れることが可能だ。
俺達も始めの頃はちょくちょく利用していた。
チャイがいるから特別割引料金で済むし・・・・・・
「それで用事ってのは何だよ?」
「この前グーンの住んでいる雪山に行っただろう? あの途中に新しく遺跡が見つかって・・・・・・その遺跡の調査依頼があってな」
「中で見つけたアイテムは?」
「もちろん最初に見つけた者に権利が発生する・・・・・・それは従来通りだ」
まだ誰も中に入ったことがない・・・・・・運が良ければマジックアイテムを手に入れることが出来るかもしれない・・・・・・
俺達の中でマジックアイテムを持っているのは、現在涙の宝石を持つ、エルマ1人だけだ。
戦士系のアイテム・・・・・・例えば剣とか鎧とか盾とか・・・・・・そういったモノを身に着ければ、箔も付くし、今後の冒険が少しは楽になるかも・・・・・・
「面白そうじゃないか・・・・・・その依頼受けよう」
俺とキールはほぼ同時に頷いていた。
「話が違うじゃねぇか!」
俺は必死に盾で攻撃を避けながらチャイに叫んでいた。
「知るか!文句はこいつらに言え!」
攻撃を巧みにかわしながらチャイも叫ぶ。
「ごちゃごちゃ言ってないでどうにかしなさいよ! これじゃ呪文唱えられないでしょう!」
エルマはひたすら逃げ回っている。
「次から次と・・・・・・キリがないぞ」
戦斧を振り下ろしながらキールのぼやきが聞こえてきたが、こちらはそれどころではなかった。
遺跡までは何のトラブルもなく無事に辿り着いたのだが・・・・・・
気がつくと無数のスケルトンに俺達は囲まれていた。
スケルトンというのは簡単に言うと一時的に生命を宿した骸骨のことだ。
珍しいモンスターでもなく、どちらかといえば普通はそんなに手強い相手でもない。
しかしこれだけ大量のスケルトンだと・・・・・・
更に運が悪い事に連中は生前戦士だったらしく、錆びた剣と盾を装備しており、腕前もなかなかのモノだった。
レベル的にはキールの強さと変わらないだろう・・・・・・
「エルマ! 援護するから早く魔法を頼む!」
俺達は壁を作るようにしてエルマの前のスケルトンを集中的に攻撃する。
「分かった! 少しの間お願い!」
そう言うとエルマは杖を握り締め、意識を集中しながら口早に呪文の詠唱を始める。
カクカクと不気味な動きをしながらスケルトンが俺達に襲いかかる。
盾を擦り抜けた剣が何度か鎧に当たる。
皮製の鎧はその度に傷つき、裂けていった。
こんなことならプレートメイルを買っておけばよかった・・・・・・
「まだか? もう限界だぜ!」
チャイが叫んだ瞬間、エルマの頭上に大きな火球が出現した。
「灰になれ!」
火球は俺達の前方に飛んでいき土煙を上げながら爆発する。
何体かのスケルトンはバラバラになりながら吹き飛んだ。
しかし・・・・・・
「ああぁぁぁっ! 全然効果ないぃぃぃ!」
エルマは泣き出しそうな顔で叫んだ。
倒しても倒しても、次から次へと地面からスケルトンが現れる・・・・・・
しかも連中は一度死んでいるので恐怖とか、疲れとかには全く無縁らしい・・・・・・
気がつくと俺達は遺跡の壁に追い込まれていた。
「こんなところで死にたくないよな・・・・・・」
その時、半ば諦めムードの俺達の頭上から強烈な熱気が辺りを包み込んだ。
目の前のスケルトン達がまるで飴細工のように溶けていった。
見上げた俺達の目に金色に輝く巨体が飛び込んできた。
「グーン?」
音もなく静かに降り立つと、背中の羽をたたみ、グーンは俺達の前に立った。
「やはりお前らだったか・・・・・・」
「助かったよ・・・・・・でもどうしてこんなところに?」
「うむ、散歩を兼ねて薬草を探しに飛んでいたら、懐かしい匂いがしたんで来てみたら・・・・・・スケルトンと戦ってるお前らが見えてな・・・・・・追い払うつもりで軽くブレス攻撃をしてみたんだが・・・・・・」
「軽くって・・・・・・そりゃドラゴンから見ればスケルトンなんかザコだろうけど・・・・・・」
「で、こんなところで何してたんだ?」
「実は・・・・・・」
俺はグーンにかいつまんで説明した。
「なるほど・・・・・・この遺跡に・・・・・・しかし中にはお前らが言うような魔法の品なんかないぞ」
「え~っ? どうしてよ?」
エルマが口を尖らせた。
「私が子供の頃だから・・・・・・かれこれ200年くらい前に1度盗掘されたからな・・・・・・」
「200年前・・・・・・グーンの子供時代っていうのもちょっと想像出来ないけど・・・・・・」
「ドラゴンにも子供時代くらいある・・・・・・まあその時たまたま現場を見ていてな、子供だったから好奇心旺盛だったんだろうな・・・・・・奴らがあらかた宝箱だの本だの馬車に積み込んだ時、我慢出来ずに飛び出してしまって・・・・・・」
「・・・・・・何故?」
「私達ドラゴンは光るものを見ると我慢出来なくなるんだな・・・・・・まあ本能といってもいいんだが・・・・・・奴らは私の姿を見るなり一斉に逃げ出した・・・・・・当たり前かもしれないが・・・・・・」
「ひょっとして・・・・・・サラに渡したあの財宝って・・・・・・」
「ああ、ほとんどその時に持ち帰ったものだ」
グーンの言葉に俺達はその場にへなへなと座り込んだ。
「無駄足じゃないか・・・・・・」
「そんなに魔法の品が欲しいのか?」
真顔でグーンが聞いてきた。
「そりゃ欲しいさ! 冒険者なら誰でも同じだと思うが・・・・・・」
「そんなものなのか? まあ折角会ったんだ、ちょっと寄っていかないか? ドワーフ族から酒の差し入れがあるんだが・・・・・・」
グーンの申し出に真っ先に縦に首を振ったのはキールだった。
「こんなものでよかったら持っていけ」
グーンの住む洞窟内で酒盛りを始めた俺達の前に大きな宝箱が置かれた。
「何、これ?」
中を見ると微かに光を放つ鎧と盾、剣等がゴロゴロと入っていた。
「私には必要ないものばかりだが・・・・・・使えそうなモノがあれば好きに使え」
そんなグーンの言葉など俺達の耳には入らなかった。
「凄い・・・・・・これ全部魔法の品じゃない・・・・・・」
「大したモノでもないが・・・・・・しかし注意しないと属性があるからな・・・・・・」
グーンの言うとおりだ。
確かに魔法の武器や防具は強力ではあるが、それぞれが持つ属性を考え組合わせて装備しないと、魔法が干渉し合い本来の力を出せなくなるらしい。
俺達にはよく分からないので、結局グーンに選んでもらう事になった。
キールには銀製の鎖帷子、銀の兜、俺の背丈程もあるグレートアックス・・・・・・
エルマには銀の胸当て、氷系の呪文が封じ込められている銀の杖・・・・・・
チャイには同じく銀の胸当て、切った相手を麻痺させる事が可能なショートソード・・・・・・
そして俺には銀製のプレートメイル、銀の盾、刃が薄く透き通っている氷の剣が貰えた。
「なかなか似合うじゃないか・・・・・・」
俺達を見ながらグーンが笑った。
「・・・・・・本当に貰ってもいいのか?」
「構わんさ、お前達は私の大事な友達だからな・・・・・・」
「友達?」
「ドラゴンに友達呼ばわりされたら迷惑か?」
悲しそうな声でグーンが呟いた。
「そんなことないわよ! 私達はこれからもずっと友達よ」
「そうだよ、グーン・・・・・・それじゃ俺達の変わらない友情に乾杯しよう」
俺達の宴は尽きることなく続き、酔っぱらったエルマがところ構わず魔法をぶっ放したり大騒ぎだった。
しかしこんなに楽しく酒が飲めたのも久しぶりだ。
友情の前には種族の壁なんて意味などないと、あらためて考えさせられた日だった。




