ひまわり
「たぁ~まやぁ~!」
「なぁに? それ」
「知らないの? 玉屋さんの名前だよ?」
「えぇー……よく、分からないわ」
ひとり、旅をしていたの。私は、この世界に「笑顔」を届けたくて。誰も泣かなくてもいい世界。そんな世界になったらいいのに……って。
だけど、誰も私の言葉なんか、聞き入れてはくれなかった。世界から「争い」は……「戦争」は、消えないって。民族が違うから、肌の色も違って、言葉も違って。宗教も違うから、信じる「カミサマ」が違って。
だから、紛争は止められないって。
でもね?
そんな私の、「平和主義」の言葉に……。
耳を優しく傾けてくれるひとたちに、出会えたんだ。
やっと……。
待ち望んでいた世界に、一歩だけ、近づけた気がしたの。
「ねぇ、ルミナ。ルミナの浴衣はあさがお、なんだね? かわいい!」
「レティの浴衣は、ひまわり? レティにぴったりじゃない」
「……はぁ」
「なぁに? エス。ひとりため息ついちゃって。はっは~ん? 私たちが可愛すぎちゃって、目のやり場に困っちゃうのね?」
「どうしてそうなる」
金髪にピンクのメッシュを入れた、ウルフスタイルがハネたような頭の青年、エスは、青い瞳をかげらせながらも、私たちの隣に仁王立ちして、夜空に広がる花火をみていた。
「あれ~? 違うの? じゃあ、ルミナに見とれてたの?」
「……余計に、そんなはずがあるか。俺たちは、幼馴染だぞ」
「ふーん……」
「そうよ、レティ。私たちは、単なる幼馴染なんだから!」
「ふーん……」
レティは、黒髪のボブスタイルで、茶色の瞳だった。このふたりは、同じ村の出身で……ふたりとも、家族を亡くしている。
争いによって……。
「ねぇ? ルミナ。ルミナは……」
「あ、私! かき氷買ってくる! レティは何味がいい?」
私ね、ルミナとエスはただの「幼馴染」なのかな……って。首を傾げていた。エスがどうなのかは分からないけど、レティは少なくとも好きなんじゃないのかなぁ……って。でもね、素直じゃないの。もっと、人間「素直」に生きた方がいいって、私は思うんだけど。
もちろん、ときには自分の気持ちなんて隠して、まわりを見ることもすごく大切なこと。それは分かっているんだよ。自分の主張ばかりしていたら、ひとと、必ずぶつかりあっちゃうもの。それこそ、「争い」の種。自らそんなものを作ったら、ダメ。
ただ……ルミネは、自分を隠しすぎだと思っちゃうんだ。
エスも……ね。
「私はね、うーん……いちごミルク!」
「オッケー。レティはいちごミルク。エスは?」
「俺? そんな、かき氷なんて……」
エスは、興味がなさそうに冷めた目でため息をついた。今、エスは何を考えているんだろう。花火も、次を打ちあげる準備中で上がっていないから、今はお祭りの提灯の明かりと、露店の電気明かりしかなくって、結構暗い。だから、表情がより儚げに見えるのかもしれない。
「エス! 食べよう! 一緒に、かき氷食べたい!」
私は、エスの手を引っ張った。すると、鍛えあげられたエスの腕が汗ばんでいることに気づいた。
「エス……暑い? それとも……」
「……レモン」
「エスはレモンね? 私、買ってくるわ!」
ルミナの視線を感じたと思った瞬間、ルミナは私とエスから逃げるように去っていっちゃった。やっぱり、ルミナはエスのことが……好き、なのかな。
私、ここに居たらいけないのかな。
「ねぇ、エス? 本当は熱があるんじゃないの? 大丈夫?」
「……あぁ、問題ない」
「本当に? ルミナには内緒にしておくよ? 本当はどうなの? 具合悪いなら、帰ろう?」
「いいから……ただ」
「……ただ?」
ヒュ~……ドン、ドン!
「……エ、ス?」
「……」
エスの身体が、私に密着している。
「……レティ」
そして私の耳元に、掠れるほど小さな声で囁く。
「どこにも、行かないで欲しい」
エスのことは、好きだよ。
だけど、どういう「好き」なのかは……私には、分からない。
ただ、護りたいだけ。
エスの「こころ」を。
「行かないよ。エス……私、ここに居るでしょう?」
「……あぁ」
背中にぴったりとくっついて、離れないエスの頭を、私はよしよしと撫でてあげた。
大丈夫。エスはね、きっと「ひとり」が怖いだけなの。家族を「あのひと」に殺されてしまって……それから、「大切なもの」をつくることが、怖くなってしまったの。
失うのならば、はじめから要らない。
はじめから無ければ、悲しまなくても済む。
そういう、寂しいひとになっちゃったんだ……きっと。
本当に寂しいのは、最初から何も「無い」ひとなのに……ね。
「大丈夫。私、護るから。エスのこと……レティのことも」
「……あぁ」
茶色のくるくる癖毛のロングヘアの私は、今日はお祭りモード。髪の毛をアップにして、前髪も流しているの。レティの髪の毛も、ちょっとボサボサとしていたから、綺麗にといてあげて、結えるほどの長さはなかったけれども、綺麗にうなじが見えて、とっても可愛らしい姿になったんだよ。あさがおの花はピンク色で、浴衣全体は淡い水色を貴重としているの。涼しげで、とっても素敵。
私の浴衣は、ひまわりの絵柄がすごく主張していて、黄色! という感じ。淡いオレンジ色の浴衣で、夕焼け空にひまわりが咲いているみたいなの。たまたま、泊まっていた宿に浴衣が売っていたから、「せっかくお祭り行くなら」って、エスに買ってもらっちゃった。
男性用の浴衣もあったから、エスには紺色の浴衣を勧めたんだけど、「興味ない」って一言で、一蹴されちゃった。
だけど、エスにもお祭り気分を味わって欲しくって、扇子を持ってもらったの。
「エス~! 扇いで~! 扇いで~!」
「……仰ぐ為に、扇子を持っている訳じゃない」
「いいから! ね?」
「……分かった」
ほのかに……だけど。
エスが、微笑んだ……気がした。
「たっだいま! ほら、レティ。いちごミルク」
「ありがと、ルミナ!」
私は、ルミナからピンク色のかき氷を受け取った。とっても冷たくて、美味しそう。練乳もかかっていて、早く食べたくってウズウズしちゃう。
「どういたしまして! エスは、レモンね。はい、どうぞ」
「あぁ……ありがとう」
(あ、ルミナ嬉しそう)
私は、ふたりを見て思わず微笑んだ。
「それで、ルミナは何味を買ったんだ?」
「抹茶金時練乳よ?」
それを聞いて、私とエスは顔を見合わせた。私たちの距離はもう、離れてる。エスは、人前で誰かを頼ったりはしない。特に、ルミナの前では意地を張っているところがあると思うの。
「なんだか……渋いチョイスだね」
「確かに……」
「美味しいのよ?」
「そうなの? じゃあ、みんなで食べあいっこ、しよ?」
ルミナが得意げにそういうものだから、私も気になっちゃって。思わず、いちごミルクのことを忘れて、ルミナのも食べてみたくなっちゃったの。
「そうね! レティ、ナイス提案!」
「……女は好きだな。そういうの」
「そういうエスも、食べたいんでしょ? わかってる、わかってる」
私がエスの頭を撫でると、エスは慌てて私の手を振り払ったの。
「なっ……俺は、別に」
「素直じゃないなぁ」
「はい、あーん」
私はエスの口に、いちごミルクを運んであげた。するとエスは、嫌々……という感じではなく、満更でもない顔で口を案外素直に開けた。だから私、にっこり微笑んで練乳たっぷりのかき氷をいれてあげたの。
「美味しい?」
「……まぁまぁ、だな」
「じゃ、今度はルミナのね!」
「え……あ、うん。はい、エス!」
ルミナも真似して、エスに緑色のかき氷を口に運んであげていた。すると、エスは目をぱっと開いて、意外そうな顔をした。すごく、美味しかったんだろうなぁ……っていうのが、すぐに分かった。
「美味しい?」
「あぁ」
幼馴染。
いいな……って、思った。
私には幼馴染どころか、お友達も居なかったから。
村には、私ひとりしかいなかったから……。
「どうしたの? レティ。レティも、私の食べるでしょ?」
「うん! 食べる、食べる!」
ドン、ドン……。
「……綺麗だな」
夜空に花が咲く度に、まわりが明るくなる。
そして、エスの顔が映し出される。
安堵感。
優しい顔をしている。
エスにとっての安定剤は、きっと……ルミナ。
私は……旅仲間、かな。
「レティ」
「ん? なぁに?」
空の花のおかげで、逆光。
エスの表情がよく見えない。
だけどね、わかるんだ。
今、どんな顔をしているのか……。
「平和な世界に、近づいてきただろうか」
私は、にっこり微笑んだ。
「エスとルミナ、強いもん! みんなの不安、解決していこうね!」
「あぁ」
誰も、気に留めてくれなかった、私の「平和主義」を受け入れてくれたエスとルミナ。
私にとって、かけがえのない旅仲間。
親友。
「だけど、争いはほどほどに! ふたりとも、強すぎるんだから」
「レティは、本当に平和が好きなのね」
「当然!」
「俺も……できることなら、戦いたくはない」
「エス?」
ルミナの言葉をよそに、私はただ「知ってる」って言葉をこころの中で返した。
「戦いなんて、無い方がいい」
「うん」
「そうね……戦いなんて、大っ嫌い」
ドン、ドン……シャラシャラ……シャラ。
「ひまわりが、咲いてるみたい」
「夜空にひまわり……か」
幼馴染コンビが、私の顔を見たの。
「なぁに?」
「「なんでも」」
息もぴったりなふたりを見て、私はなんだか嬉しくなった。
戦いの中で、傷つき、大切なものを失い、泣いて、悲しんで、辛い思いをして。
だけど、このままじゃいけないって、立ち上がったふたり。
「仇討ち」なんて、私からみたらなんて物騒なことなんだろうって思うけれども、ふたりからしたら、きっと、とても大切なことなんだと思う。
私には、ママもパパも居ないから……最初から居なかったから、失う辛さはきっと、一生かかっても分からない。けれども、ふたりが時折見せる寂しそうな顔を見ると、やっぱり、そういう不慮の事故とか、病気などの死別ではなく、意思を以てしての殺し合いなんて、するべきじゃないって、強く思う。
どんな理由があろうとも、殺し合いなんて……争いなんて、ダメなの。ふたりが、どんなに「仇討ち」を求めても、私はそれを……止めたい。ふたりまで、加害者になってしまうもの。
大好きなふたりが、親友が、加害者になるのを黙っては見ていられない。だから私は、一緒に旅を続けているんだと思う。
戦いの連鎖を、止めるために。
ひまわりは、つぼみのうちは太陽を追いかけてまわるの。
私はきっと、まだまだつぼみ。
花が開いたそのときには、私はどこを見ているのかな。
こんばんは、はじめまして。
小田虹里と申します。
戦後七十年、広島原爆の日だからこそ、この話を描かせて頂きました。
本当は、今日はもう間に合わないと思ったのですが、長崎原爆の日は、実は亡くなった母の誕生日でもありますので、日本にはじめて投下されてしまった、原爆の日に、この反戦、「平和主義」をテーマにした短編ではありますが、何かを残したくて、綴りました。
これを読み、「なんて甘い人間なんだ」と、思われる方もいらっしゃるかもしれません。
レティも言っておりますが、色々なひとが居るのです。
ただ、私はどうしても、何があっても「戦争」だけはしてはならないと、こころから思うのです。
今の政府のあり方にも、どうかと疑問を抱く次第であります。
ここまで明白に、「平和主義」を唱えていると、本当に「甘い」「子ども」と思われるときがあります。
ですが、「戦争」をすることが、「戦う」ことが、「大人」になるということならば、私は大人になんて、なりたくはありません。
子どものままでいいから、私は「平和」を訴え続けたい。
そう、思いながらの作品です。
また、別の作品でもお会い出来ると幸いです。
ありがとうございました。