出会いと再会と~芝本楓の場合~ 1
芝本楓の目から見た再会
春休み。
もうすぐ高校二年の幕が上がるという頃、いつも通っている合気道の道場で、小さい頃から世話になっている師範代から声をかけられた。
「芝本、ちょっといいか?」
「はい、構いませんけど?」
何の用だろうと、小首を傾げて見上げる。師
範代は大きな人なので、そこそこ身長のある楓でも、しっかり上を見なければ顔が見えなかった。
話に聞いたところによると190㎝以上はあるらしい。
合気道以外にも、様々な格闘技に精通した人で、話をするのは楽しく、よく話を聞かせてもらっていた。
だが、そう言う時も大体他の仲間が一緒で、2人で話すというのは珍しい事だった。師範代の方から、個人的に声をかけてくるという事も。
道場にはまだ少し人が残っていて、それらの人たちを見ながら、師範代は居心地悪そうに楓の前に立っていた。
ガシガシと頭をかき、あー、と唸った後、
「ここで話すのもなんだから、ちょっと外にでねぇか?俺が奢るからよ」
そんな提案をしてきた師範代に、楓はにこりと笑顔を見せる。
「いいですよ。あまり、聞かれたくない話ですか?」
「あー、まあな。そんなとこだ」
「じゃあ、着替えたら外にいますので、声をかけて下さい」
「おう、すまんな」
そう段取りを決めて、お互い分かれて更衣室へ向かう。
急いで着替えて外に出ると、すでに師範代はそこにいて、彼が良く行くという喫茶店に案内された。
そこは落ち着いた喫茶店で、店内に入るとジャズのメロディが迎えてくれた。
師範代のイメージからあまりにかけ離れていて、ちょっとだけ驚く。
よほど意外そうな顔をしていたのだろう。
師範代は居心地悪そうに大きな体を縮めて、「俺の相方がこういうの好きなんだよ」と言い訳のように小さな声で言った。
2人揃ってオリジナルブレンドを頼み、初老のマスターが持ってきてくれたそれをまずは一口。
思っていた以上に美味しくてびっくりした。
今度、また来てみようか、そんな事を考えながらコーヒーの味を楽しんでいると、
「あー、その、芝本。お前、俺の娘の事、覚えてるか?」
歯切れ悪く、そんな風に問いかけられた。
師範代の娘?
首を傾げて考えること数十秒。
小学校低学年の頃、良く師範代が道場に連れて来ていた女の子の面影が脳裏に浮かんできた。
師範代の娘とは思えないほど、小さくて大人しくて可愛らしい子だったと思う。
人見知りで引っ込み思案だったが、なぜか楓には良く懐いていて、あの頃はいつも一緒にいた。
とはいえ、家同士はそれなりに離れていたので、道場内での事に限られたが。
確か、名前は……
「ああ、覚えています。ソラ、でしたよね、名前。元気にしてますか?」
ソラと会わなくなってもう大分たつ。
確か、楓が小学4年生になった頃、ぷつりと来なくなったのだ。
当時はソラに会いたくて、師範代に連れて来てくれるようお願いしたこともあったが、それが叶えられることもなく、嫌われてしまったのかと随分落ち込んだものだった。
「おう、良く覚えてたな。ずいぶん前の事なのに」
「ええ。当時は良く一緒に稽古をしましたからね。そのソラが、どうかしましたか?」
確か年は1つ下だったはずだ。
小さかったソラも、もう高校1年生になるのか、そう思うと何となく感慨深い。ソラはどんな女の子に成長したのだろうか。機会があれば、会ってみたいような気もする。
小さい頃は物凄い美少女だったから、きっと綺麗な女の子になっている事だろう。
「芝本は、高校は百合丘だったよな?」
「ええ。そうですが」
師範代の質問にそう答えると、なぜか彼のごつい顔がぱっと明るくなった。
(私が百合丘に通っていると、何か都合のいい事があるのだろうか?)
そんな事を考えながら、次の言葉を待つ。
「実はな、うちの娘のソラな、百合丘に受かってな。春から通う事になってんだ」
「へえ。じゃあ、4月から私の後輩ですね」
もうじきソラに会える、そう思うと何だか胸がほっこりした。
どんな風に成長したのか、もうすぐこの目で確かめられる。
出来れば師範代にはあまり似ていない方がいいなと思ったのは、師範代にはもちろん内緒だ。
「そう、お前の後輩になるんだよ。で、だな」
そこまで言って、師範代は少し言いづらそうに言葉を切った。
「で、なんですか?」
そう促すと、彼はこちらの顔を窺うようにしながら、
「お前、うちのソラと友達になってやってくれねぇかな?」
そう言った。
「友達、ですか?」
「おう、友達だ」
首を傾げると、師範代は大きく頷いた。
「私は構いませんが、わざわざ私に頼まなくても、ソラにはソラの付き合いもあるでしょう?」
そんな疑問をぶつけると、師範代は苦虫を噛み潰したような何とも言えない顔をした。
「うー、まあ、そりゃそうなんだがな。百合丘は、家から遠くて同じ中学から進学した奴が少ないらしいんだ。それは、まあ、どっちかっつーと好都合なんだが……」
確かに百合丘は、ソラや師範代の住む地域からは少し遠い。むしろ楓の家からの方が近いだろう。
私立で学費もやや高め、自由な校風だが偏差値も結構高く、付属の中学からの進学者が多い為、ソラと同じ中学からの進学者少ないのも頷ける。
実際、楓も中学から百合丘だった。
同じ中学の進学者が少なくて好都合、そんな師範代の言葉に引っ掛かりを覚える。
普通であれば、同じ中学出身が多い方が心強いものだと思うのだが、どうも違うらしい。
中学時代になにか嫌なことでもあったのだろうか?
そんな事を考えながら、師範代の次の言葉を待つ。
師範代は、自分の失言には気が付かなかったようで、何事もなかったように話を進めた。
「ほら、うちのソラ、人見知りだろ?優しくて良い子なんだが大人しいし。新しい環境で友達が出来るか、どうも不安でな。そしたら、芝本と同じ高校だって師範から聞いてよ。こりゃいいやって思ったんだ。ほら、お前ら、ちっさい頃仲良かっただろ?」
確かに小さい頃は仲が良かった。
楓も物凄くソラを可愛がったし、ソラも楓を慕ってくれた。
だが、もう十年近く前の話だ。
自分もあの頃とは違うし、ソラだってそうだろう。
いきなり会いに行って、友達になろうと言われても、自分はともかくソラは困ると思うのだが、親という生き物はそう言う事が分からないのだろうか?
そんな事を考えつつ、師範代を見る。
師範代は、言いたいことを言いきってすっきりしたとばかりにニコニコしていた。
-たぶん、分からないんだろうな。
そう結論付けて、小さく息をつく。
いきなり友達になるかどうかは兎も角、ソラの事が気になるのは確かなので、気をつけてみてやりたいとは思った。
その上で、お互い友達として付き合いたいと思うのであれば、それもいいだろう。
「分かりました。ご期待に添えるかは分かりませんが、私も久しぶりにソラと話してみたいですし」
そう言って、了承の意を示すと、師範代は「そーか、そーか」と嬉しそうに頷いた。
そして、
「んじゃ、入学式の日に俺も学校行くから、その時にどいつがソラか教えるな?いやー、助かったよ、芝本。この恩はいつか必ず返すからな」
がしっと握手をし、切りよくコーヒーも飲み終わっていたので、その日はそのまま別れた。
入学式など特に楽しみでもなんでもなかったが、成長したソラに会えるかと思うと待ち遠しいと感じるのが、何だか不思議だった。
楓とソラは幼馴染でした。
さて、2人はこれからどんな付き合い方をしていくんでしょうか。
ソラのお父さんの1人が登場。他の父母も、徐々に登場させていきたいと思います。
では、次回は7/6㈪の19時予定です。