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八 束の間の安らぎ

 舜海らと過ごすことに疲れた千珠は、さっさと離れに戻り、置いてあった書物をぱらぱらとめくりながら横になっていた。

 燭台の灯を頼りに斜め読みしたその内容は、勧善懲悪を描く古典文学だ。


 疲れて、眠くてたまらないのに、目が冴えて頭が痛む。

 たくさんの人間と会い、戦のために初対面の人間と盟約を結んだ。


 これで良かったのかな……。


 これからここで、あいつらと生きていかねばならない。たった一人、この人間の世界で……。


 物語の内容など、頭には入って来なかった。ただ、字を追っていると眠気が少しずつ訪れて、色々なことを考えずに済んだ。


 ふと、襖が開いて花音が顔をのぞかせた。千珠は重たくなりかけていた瞼を引っ張り上げ、視線をそちらに向ける。

「なんか用か」

「読経の声が五月蝿くて、お部屋で眠れないの」

 青葉の寺では今宵、夜通しで勝利を祈願する法会が開かれているのだ。

 舜海と留衣もそちらに参加しているのである。

「……熱心なことだな。ここで寝るか?」

「うん!」

 花音は嬉しそうに笑うと、ぱたぱたと駆けてきて千珠の布団に潜り込む。

「千珠さまは鬼だけど……」

「やっと信じたか」

「読経の声は平気なの?」

「あんなもの。悪霊には効いても鬼には効かぬ」

「ふうん。何読んでるの?」

「昔話、かな」

「わぁ、読んで読んで」

「なんで俺が……」


 と言いつつ、すでに本に向かってうつ伏せになっている花音を見て、しぶしぶ読んで聞かせてやる。

 しかし花音は、すぐに眠たそうに目をこすり始めた。

「もう眠いんだな」

「うん……」

 花音は必死で目を開こうとしているようだったが、瞼は半分以上閉じていた。千珠は本を閉じて、燭台の火を吹き消した。

「寝よう。疲れたな……」

「……うん」


 花音は俯せたまま、軽く千珠の方に寄りかかって眠ってしまった。

 薄暗い中、そんな花音の寝顔を見ていると、少しばかり穏やかな気持ちになる。

 千珠は久々に、深い眠りへと誘われていった。



 ❀ 



 翌朝、舜海と花音の姉役である由宇が、離へと向かっていた。

 由宇はややたれ気味の目尻と厚みのある唇、そしてふくよかな胸元をしており、いかにもおっとりとした女である。

 結局法会のために徹夜をした二人は、重い足を引きずりながら離れへと向かう。


「花音は随分あの子鬼をお気に召したようやな」

「ええ。私達も初めは怖かったのですけど、花音が懐いてからは皆段々理解を示すようになってきていて……」

「ふうん。将来夫婦になったりするんちゃうか」

「まぁ、お気の早い」

と、由宇は笑って離れの障子をそっと開いた。

「あら、まぁ」

 由宇は小さく驚いた声を上げた。舜海も横から部屋を覗き込む。

「そう気の早い話でもないかもな」と、笑う。


 二人は仲良くひっつきあって、子猫のように眠っていた。

「いつもなら、気配を感じて起きるみたいなんですけどね」

「寝顔はただのがきやな。素手で人を切り裂く鬼と言われているが」

「ふたりとも、可愛らしい寝顔だこと」

 由宇は優しい母親のように、二人を覗き込んでくすりと微笑んだ。

「もう少し寝かせとくか?」

「ええ……でも、花音はお寺の掃除と舞のお稽古をしないと」

「しゃあないな。……こら、がきども、起きろ、朝や」

 舜海は容赦なく、眠っている千珠の頬を軽く叩いた。千珠は目をかすかに開くと、ぼんやりと舜海を由宇を見上げた。

「花音も、行きますよ。お稽古です」

 由宇は花音を無理やり引っ張って起こす。優しげな容姿の割に、舜海以上に強引な起こし方である。

「うーん……」

 花音は寝ぼけた顔で、由宇に引きずられて出ていった。


 千珠はまだ起き上がれないのか、拳を目の上に置いて呻いている。

「俺……眠っていたのか」

「ああ。よう寝とったわ。お前、あの子には懐いとるみたいやな」

「ふん」

 千珠はそっぽを向いただけで、何も言わなかった。

「さすがの鬼も、ちっちゃくて可愛らしい女童(めのわらわ)には弱いんか?」

と、舜海はにやにやしながら千珠の脇腹を肘で小突く。


 千珠はじろりと舜海を睨み、冷ややかな声で言う。

「坊主のくせに不躾なことを言うんだな」

「どうせ俺は戦で殺生を繰り返す生臭坊主や」

「お前……強いのか?」

「当然やろ。俺は殿の右腕やで」

「光政も、強いのか?」

「ああ、殿はむっちゃ強いで。特に強弓には敵うものなし!」

「弓か」

「戦の最中、急に敵が倒れることがあるんや。何かと思えば、天の助け。光政さまの強弓よ」

「ふうん……。で、お前の獲物は何だ?法力か?」

「それもある。でも一番は剣やな」

「あっそ」

「なんやお前は、つまらなそうに。お前は?その爪でひっかくだけなんか?」

 舜海は千珠の手首をぐいとつかんだ。細い指に鋭い鉤爪が生えているが、それは人を斬り殺すにはあまりにも華奢に見えた。

「これでなにが殺せんねん」

「暴れていい場所があるなら、見せてやってもいいぞ」

「ほう、いいねえ」

 舜海はにやりと笑った。

 


 ❀ ❀



 先に馬に跨り山門の前で大欠伸をしていた舜海は、千珠がすっきりとした白い狩衣姿に着替えて歩いてくるのを見つけた。

 舜海の横には、忍装束の留衣も一緒である。

「私もお前の力を見せて貰いに行く。法会よりも面白そうだ」

「また馬か……お前ら、走れないのか?」

と、千珠は文句を言う。

「馬鹿者。人間とお前の天翔ける脚を一緒にするな。それにまだ怪我も完全ではないのだろう?兄上の言いつけだ、馬で行くぞ」

と、留衣。

「全く……」

 千珠は仕方なく馬に跨り、三人連れ立って青葉の寺から、三津國城へと向かった。


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