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三 白珞族

「……なるほどね」


 千珠は呟き、光政を見上げた。好奇心の浮かんだ大きな瞳には、人を束ねて率いている者らしい強引さが窺える。

「このような戦を、これ以上長引かせるわけにはいかぬのだ。我らが帝をお守りし、この戦乱を平定したい。そなたらの力を借りて権力を勝ち取った武将がいると、かつて噂に聞いたことがあるぞ」

「だから俺を助けたのか」

「……そういうことになるな。綺麗事は言わぬ」

「ふん……」


 白珞(はくらく)族は人の世に集落を構えて暮らす珍しい種類の妖鬼であり、極めて人に近い姿をした鬼である。"白をまとう"というその名の示す通り、白珞鬼は白銀色の髪と白い肌が特徴だ。

 強力な妖力を持ち、妖鬼の類の中でも最高位にありながら、神代より人間に力を貸して生きてきた彼らの存在を軍神と崇め奉る時代もあったという。



「……お前、それにはどのような代償が必要か、知らぬのか」

「知ってるさ」

「知ってるなら……何故だ。そこまでして戦に勝ちたいのか」

「勝ちたいさ。そのための代償ならば覚悟の上だ。……このままでは我らは負ける。帝を奪われ難波江(なばえ)一族が力を持てば、この国は終わるのだからな」

 何の迷いも窺わせぬきっぱりとした口調でそう言い切る若き殿様の覚悟に、千珠はやや怯んでしまう。

 自分にそこまでの価値があるのかも分からぬのに、この男は命を懸けてまで、出会ったばかりの千珠に国の命運を託すと言うのだから。

 


「……」

 千珠は何も言えぬまま、光政から目を逸らす。すると、光政はゆったりとした笑みを浮かべ、こんな事を訊ねた。 

「白珞族は仕える相手と生き血を飲み交わすことで、強力な盟約を結ぶらしいな。誇り高き戦闘種族が、何故人間などに力を貸すのだ?」

「……無益な殺生をするよりも、この力を欲する相手に貸し与えてやろうというだけのことだ。戦の途中で裏切りがないよう、血を交わして盟約を誓い、勝利をもたらした後に契約した者の生命を奪う。……勝利のために、お前はその命を俺に差し出すというのか?」 

 真意を試すように、千珠は努めて高慢な口調でそう尋ねた。

光政はふっと笑い、そしてゆっくりと瞬きをしながら頷いた。

「あぁ、その通りだ」



 光政は千珠を刺激せぬようそろりそろりと近付いて、片膝をついて顔を見つめた。

 じっとその言葉を吟味するかのように光政を見つめ返してくる瞳は、明るい琥珀色をしている。

 千珠がふいと顔を背けると、大きな手でその顎を掴み、やんわり自分の方へ向かせた。

 光政は真摯な眼差しを千珠に注ぎながら、重ねて訴える。

「これ以上、無駄な死人を出したくはないのだ。……頼む。我々に力を貸してくれ」

 ぱしっ、と顎を捕まえていた手を払い除け、千珠はじりりと身体を横にずらして光政から距離を取ると、掠れた声で呟いた。

「俺などただの子鬼だ。お前が生命を賭してまで俺を欲する意味があるとは思えない」

「あるさ。何よりお前は、貴重な白珞鬼の生き残り」


  

 その言葉に、どくん、と心臓が震える。



 ……やはり、そうなのか。皆の気配が消えたのは、気のせいではなかった……。



「……そなたの里は、僧兵らによって滅ぼされたそうだな。気づいていたのだろう?」

 千珠は何も言わず、唇を引き結んで奥歯を噛み締めた。そうでもしなければ、何かとてつもなく気弱な台詞を吐いてしまいそうになったからだ。

 晩夏には似合わぬ冷たい風が、千珠の銀髪を乱して吹き抜けていく。

「風の匂いで何でも分かる」

 千珠はそれだけ言うと、膝を抱えた。

「お主、まだ齢は十四、五といったところか。何があった」

「……戦の混乱に乗じて、我が里に英嶺山(えいれいざん)の僧兵が攻め入ってきたのだ」



 英嶺山とは、どこの宗派にも属さない僧兵集団の根城で、金を積めばどんな悪行でも行うという危険な存在であった。独自の呪詛や術式を用い、目的を果たすまで蛇のようにしつこく追い掛けてくるのである。

 まるで山賊のような出立ちと、その姿には似合わぬ強い霊力。力を誇示するために、無害な妖を捕まえては、残虐な手口でその身を引き裂き山に晒すという遣り口。

 その存在は、白珞族だけではなく、人の世に暮らす妖全てが忌み嫌うものであった。



 千珠の住まう隠れ里が僧兵たちに襲われたのは、昨夜のことだった。

 この世で最強と謳われる白珞族を滅ぼせば、英嶺山の名は更に轟く。更なる力を手にできる。

 僧兵共からしてみれば、それはただの遊びにも似た試し狩りのようなものだったろう。

 成すすべも無く、呪詛を受けた仲間たちは、藻掻き苦しみながらその生命を失っていった。

 辛うじて里から飛び出した千珠も、僧兵の一団に見つかり、しつこく追われた。こうして生き永らえたのは、奇跡に近い。


 

 ぽつぽつとそんな話をする千珠の暗い横顔を見つめながら、光政は痛ましげに眉を寄せた。

「そうか……難儀であったな。せめて傷がもう少し癒えるまでは、俺達とともにいたほうが良い。その身体ではどうにもなるまい」

「……我らを得た権力者は必ず繁栄すると言われ、あちこちから権力者がやってくる。そいつらの武運、人格を見極めて、族長が誰に与するか見定めるんだ。……しかし、その族長はもういない」

「なるほどな。して、お前は俺をどう見る?ただ支配欲にまみれた傲慢なお殿様にでも見えるか?」

「……」

「お前自身に見極めて欲しい。何より、頼る場所の無くなったお前を、この戦乱の中を一人にするのも忍びない」

「……ふん、人に混じれというのか」

「頼む。時間がないのだ。俺が気に入らなければ、俺を殺して逃げたらいい」

「ふん。盟約は主従関係に近いものだ。俺はお前の言うことに逆らえなくなるのに、そんな約束できるわけ無いだろ」

「ならば、今ここで誓う。お前に俺の命をやる。だから頼む、力を貸してくれ」

 光政はあぐらをかき、両手を膝の前につくと、深々と千珠に頭を下げた。額を床に擦り付け、何度も何度も。



 この右も左も分からぬこの土地に来て、初対面の男に命を賭けられ、千珠は少なからず混乱していた。

 それに千珠とて、今のこの世の状況を知らぬわけではない。

 しかし、たった一人、人の世に迷い込んだ心細い身で、この世を分かつ大戦に関わろうという気持ちが湧いてこようはずもない。



 鬼は鼻が利く。

 目の前で辛抱強く千珠を説得し頭を下げる殿様が、悪い人間でないことは分かる。

 そして、今の自分には、帰る場所も頼れる相手も、もういない。

 僧兵に奪われかけた命を、この男に救われた。たとえこの力を利用するために助けられたのだとしても、自分は今こうして、生きている。


 

 そうだ、助けてもらったんだ……俺は。



 千珠は居心地悪そうに光政の烏帽子の先を見下ろしていたが、ふとため息をついて髪をかき上げた。

「……いいだろう。考えておく」

「ありがたい……!」

 がばっと顔を上げた光政の目は、喜びに満ちてきらめいている。

 考えておくと言っただけなのに、そんなに明るい目をしていられるとは、脳天気な男だ。

 そう思いつつ、この男の事は何となく信じてもいいような気がしていた。



 それに今は、たとえ人間に混じってでも一人では居たくなかった。


 故郷も仲間も失ったこの事実を、まだ受け止めたくはなかった。


 この虚しい痛みを、まだ感じたくはなかった。


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