表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異聞白鬼譚【一】ー孤独を忌む鬼ー(なろう版)  作者: 杏たま
五章 戦の終焉と消えぬ迷い
35/45

四 都の朝

 舜海は朝の散歩がてら、京の町並みを見物していた。

 

 予想と違い、京は思いのほか荒廃していた。度重なる戦と飢饉、災害によって、町人たちの家並みは荒れ果てている。

 それに伴い、人の心も荒んだもの。都の夜は鬼が闊歩するといわれているほど物騒であったらしい。


 ーー鬼……か。


 朝露に着物の裾を濡らしながら、舜海は千珠のことを思う。

 普段こそ可憐な容姿をしているが、戦場での千珠は血に濡れれば濡れるほど凄味を湛え、その美しさから目が離せなくなるのである。


 普段は冷静な千珠が、谷を滅ぼした僧兵らを殺した時のこと。理性の箍が外れ、完全な鬼になりかけていた千珠を目の当たりにして、舜海は足のすくむような感覚を覚えたものだった。


 考えごとをしているうち、いつしか兵たちが屯している館に戻っていた。もうすっかり日は昇り、人々は動き出している。


「舜海、どこに行っていた?もう朝飯であったのだぞ」

と、宗方に声を掛けられる。

「ああ、ちょっと散歩にな。殿はどこに?」

「今日は都を馬で巡ると言っておられたな。そなたも供をするのであろう?」

「いや、聞いてへんな。千珠がついていくんちゃうか?」

「千珠殿は目立つのがいやだと、朝から姿が見えないのだよ」

「そうなんや」

 舜海はのろのろとした足取りで廊下を歩いている留衣を見つけ、そちらに駆け寄った。

「留衣、お前が殿の供をするのか?」

 留衣はどことなく浮かない顔をして、頷いた。

「そうだ。お前は行かぬのか?」

「俺は朝早くから散歩してたから、ええわ。兄妹水入らずで行って来いや。……ん?どした、浮かぬ顔をして」

「……どうもない」

「なんや、大人しいな。気色悪い」

「五月蝿い!暑苦しい、どっか行け!」

 留衣は完全に不機嫌を顕にした上で悪態をつくと、どすどすと勇ましい足音を立てて行ってしまった。

「なんやねん、あいつ……」

「しかたなかろう。愛する兄上と恋する千珠さまの、あんな姿を見てしまってはな」


 忍の二番頭、留衣の腹心の柊が音もなく現れ、低く響く声が舜海の耳に忍び込んで来る。


「うお!!あのな、忍やからって、いつでも気配消すなや!あと、耳元で喋んな、気色悪い」

「それが忍の仕事や」

と、柊はにやりと笑う。

「あんな姿って?」

と、舜海は耳をほじりながら訊く。

「夜明け前の見廻りに行ったら、殿と千珠さまが交わっておられたのだ」

 柊はあいも変わらず舜海の耳元で、ひそひそとそう言った。

 舜海はやや複雑な表情を浮かべ、「ああ、噂は本当だったんやな」と腕を組む。

「複雑やろうな。最愛の兄上に初恋の千珠さまを奪われたわけやし」 

 柊は眉毛をハの字にすると、腕組みをして首を振った。

「初恋やってんや。俺のこと好きなんかと思ってたのに。……けど、柊は知ってたんやろ?前から」

「俺はな。留衣さまは知らんかってん。お頭に見廻りなんかさせられへんからな」


 そんな話を聞きながら舜海はつい、千珠の抱かれる姿を想像してしまった。そして数秒後、面白くなさそうな表情を浮かべる。そして、「あかんあかん」と首を振った。

「どないしたん?」

と、柊は怪訝な顔でそう言った。

「千珠もああ見えて一応男やしな」

「何言うてんねん。お前も千珠さまのこと狙うてんのか?」

「阿呆。そんなんちゃうわ」

 柊はにやりと笑うと、頷きながらまたもや舜海の耳元で囁いた。


「そうか、千珠さまを殿に取られて悔しいんやな。はよ反撃した方がええんちゃいますのん?」

「おい、耳元でごちゃごちゃ言うな。気色悪い!それにそんなんちゃうって言うてるやろ!」

 舜海が手を振り回すと、柊はそれをひらりとかわした。

「まあ、俺は留衣殿の機嫌を直すのに専念するよって」

「しっかりやれや。あと、覗きも大概にせえよ」

「分かってるて。ほんならな」


 柊は飄々と歩き去っていく。

 舜海はため息をついて、なんとなくすっきりとしない気持ちに、少し苛立ちを感じた。

「何で俺が苛々せなあかんねん」

 つい口に出してしまっている。


「何が?」

 舜海は驚きのあまり声が出なかった。

 当の千珠が、戦の時とは装いを改め、すっきりとした白藤色の直垂姿で立っているのだ。

「何?苛々してんのか?お前」

 千珠はそんな噂になっていることを知らないのか、いつものように淡々とした表情で舜海を見上げている。

「ん、いや別に……。お前、今日は殿のお供はせえへんのか?」

「うん。町中うろうろするんだぞ?目立ってしょうがないだろ、俺が行ったら」

「それもそうだな」

 舜海は無意識に、千珠を上から下までじろじろ舐めるように見回していた。千珠は露骨に嫌な顔をする。


「何だよ、言ってるそばからじろじろ見やがって。殺されたいのか?」

「けっ、殺せるもんなら殺してみい。今日はえらいすっきりしとるなあと思ってな。京がなかなか似合うやんか」

「そりゃ、貴族の血も流れてるんでね」

と、千珠は肩をすくめる。

「遠乗りしないか?ここは退屈だ」

 千珠は日の高くなった空色の天を眩しげに仰いで、舜海を見上げた。


「お前からお誘いとは珍しいやないか。俺も退屈してたし、行くか!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ