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異聞白鬼譚【一】ー孤独を忌む鬼ー(なろう版)  作者: 杏たま
五章 戦の終焉と消えぬ迷い
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二 父との再会

 光政を筆頭とする西軍は、堂々たる姿で京の都に入った。


 朱雀大路には英雄軍を歓迎する人々が溢れて鮮やかな紙ふぶきが舞い、晴天のもと、兵たちは誇らしげに顔を上げて列を成している。


 千珠は光政の後ろを舜海と駒を並べて道を行く。人目に触れたくないと頑なに嫌がったものの、舜海に半ば無理矢理馬に乗せられ、引き攣った表情で今ここにいるのである。千珠の後方には留衣、宗方、唯輝が並び、人々の歓声を意気揚々と受け止めている。


 銀髪に真っ白い肌、露草色の狩衣姿の千珠はひと際人々の目を引いた。


 都にも噂は届いているのだ、白珞族の生き残りが戦を早々に終わらせたという物語が。それゆえ、千珠は注目の的であった。


「千珠、顔が強張ってるで」

と、舜海は笑いを堪えながらそう言った。

「みんな何でじろじろ俺のことを見てるんだ」

 千珠は相当に不機嫌である。

「お前が目立たへん訳ないやろ」

と、舜海。

 先頭をゆく光政は華やかな鎧に身を固め、威風堂々たる佇まいである。

「今夜は御所にて盛大に宴を開いてくれるそうだからな、皆の疲れも労えるだろう」

と、横顔で光政は二人に声をかける。

「またかよ。俺は大騒ぎは嫌いだ」

と、千珠。

「お前はほんまに愛想ないな」

と、舜海。

 二人の気軽なやりとりに、光政は笑った。




 ✿



 宴が始まり、大広間は賑やかに華やぎ始めた。空は群青色に染まり、一番星が煌き始めている。

 千珠はそんな喧騒の中からそっと姿を消すと、ひらひらと宙を舞う白い小鳥の式神に導かれるままに、広い庭を進んだ。


 程なく大きな池が現れ、木立に守られるように小さな建物が見えた。池の上に建つ六角形の不思議な建物である。池の縁からその建物まで、一筋の橋が渡されている。式神はその橋のたもとで消え、千珠は一歩ずつ、ゆっくりとその橋を踏み進めてゆく。


 格子戸の隙間からは、ろうそくの光が揺らめいているのが見えた。観音開きの木扉を開けると、そこは六畳ほどの小さな部屋である。

 その奥に、夢で見たとおりの男が座っている。


 千珠が部屋に入ると、男も立ち上がった。千珠は一歩一歩、まっすぐに父の顔を見ながら歩み寄ってゆく。


「よく来た。待っていたぞ、千珠」

 そう言うなり、父親の目には涙が光った。

 千珠は、自分より頭二つ分上にある父親の顔を見上げて、じっとその優しい瞳を覗き込む。


「父上……。本当に父上なのですね」

「ああ、そうだよ。本当に、大きくなって……」

 父の手が千珠の頬にそうっと、伸びてくる。今度は幻ではなく、実際の身体にその手が触れた。


 暖かい手だ。

 色が白く華奢な指だった。人間に戻った時の千珠の手、それとよく似ている。

 鉤爪を取り去れば、まるきり同じ手だっただろう。

 自然と、涙が溢れてきた。


「父上……」

 父親は千珠を強く強く抱きしめた。今までの時間の空白を取り戻すかのように、身を寄せ合い、お互いの鼓動を確かめ合うように。

「千珠、そばにいてやれなくて、すまなかった……。すまなかった!」

 父親は泣きながら千珠を掻き抱きながら、ただひたすらに謝罪の言葉を口にしていた。痛々しい後悔の念が込められた、悲痛な声であった。千珠はかぶりを振って、父親にしがみつき涙を流す。生まれて初めて、声を出して泣いた。


 十四年振りの親子の再会を、鈴虫の声が暖かく包み込む。

   



 ✿ ✿



「十四年、か。言葉にしてみればそれだけのことだが、長かったことだ」

 部屋には簡単な食事が用意してあり、二人きりの夕餉となった。

「母上に似てきたな。目元がそっくりだよ。口元と鼻筋は私によく似てる」

 そう言って、父・源千瑛(みなもとのせんえい)は目を細めた。年の頃は三十路前半で、はっきりとした二重瞼の優しい目をしている。すっと通った鼻梁とやや厚めの唇は、千珠のそれとよく似ていた。


 濃紫色の高貴な紋が入った狩衣と立烏帽子を身に纏い、朝廷の人間らしく、なんとも上品な立ち居振る舞いと物腰である。荒っぽい武士らばかりを見ていたものだから、父の持つ落ち着いた空気に、尊敬の念を抱かずにはいられない。


「生まれて間もないお前を抱いたのが、ついこの間のように思われるよ。珠櫛がお前を連れて里に帰ると決めてから、もう会うこともないと思っていた。……色々と苦労もあったろうに、何もしてやれなくてすまなかったな」

「いえ、これで良かったのだと思います。だから強くなれたんだ」

 千珠が言葉を発するだけで、可愛くて仕方がないと言わんばかりに目尻を下げて、千瑛は笑う。


「お前の名声は聞いているよ。逞しくなったな。母上も、さぞ喜んでいることだろう。とても強くて美しい人だったからね」

「そんな母上よりも強かったなら、俺は父上には勝てませんね」

 千珠がそう言うと、千瑛は楽しげに笑い、二人は声を立てて笑顔を交わす。


「白珞族に呪詛をかけた連中は、密教屈指の術者だったようだな。使いに調べさせた。惨いことだ……」

「一度帰って、皆を供養したいと思います。母上も、待ってると思うし」

「そうだな、それがいいだろう。私も行ってみたいものだが、今の私には立場もあるゆえ、叶わぬことだ。お前に任せよう」

「はい。母上にも感謝しています、黄泉の世界の入り口で、俺を導いてくれた。父上も、母上も、俺の背中を押してくれた」

「今夜は語り明かそう、千珠。聞かせてくれないか、お前たちの里の話や、青葉の国のこと、仲間たちの話を」


 親子で向かい合う穏やかで幸せな時間が、静かに流れてゆく。


 千珠は、心のどこかで、この団欒は今この時間だけのものだろうと微かに感じていた。


 おそらく、千瑛の心にも同じ思いがあったのだろう。


 二人は夜が明けるまで、とくとくと語り合ったのだった。

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