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八 諍い

 その日は、昼前から降り始めた激しい雨に行く手を阻まれ、仕方なく再び廃城に戻ることとなった。軍勢は、そこで雨をしのぎ、しばしの休息を得る。



 その晩の軍議で、舜海は千珠が僧兵による呪いを受けたことを話した。

 そんな状態でも、千珠は既に一人で一つの軍勢を潰しているため、"せっかくの鬼がいるのに、これでは意味がない"と顔に書いてある重臣たちも、文句を言い難い様子であった。

 しかし、唯輝だけは違った。


「せっかくの鬼の力が得られぬとは、殿が命を張って契約した意味がありませぬな」

 まさに鬼の首をとったかのように、勝ち誇った笑みを浮かべてそう言った。

 光政は少し険しい視線を、唯輝に向けた。

「……それでも、叔父上がここにいる意味よりは、千珠のいる価値のほうが重い」


 冷ややかな光政の言葉に、その場が凍りついた。普段にこやかな宗方の表情も、強張る。


「……それは、一体どういう意味かな」

 唯輝は怒りに身体を震わせながら、敢えて笑みを浮かべて光政を()めつけた。光政はすっと目線を上げて、まっすぐに唯輝を見る。

「後方に控えているだけのあなたが、この場で意見する権利もない。それに、千珠のことをとやかく言う権利もない」

「……若様が、鬼に(たぶら)かされるとは……」

 唯輝は笑みを引っ込めて立ち上がると、光政の襟首を掴み上げた。光政は抵抗せず、じっと叔父を見上げた。


「美しい見てくれに、騙されているのではあるまいか!?あいつは、卑しき妖なのだ!人間ではないのだぞ!」

「帝を護るこの戦に、人も妖も関係ないだろう!あいつはよっぽど貴様よりも帝を護っているではないか!」

「……!」

 唯輝は、立ち上がって自分を見下ろす甥を、悔しげに見上げた。乱暴に手を放す。

「何故そんなに千珠にこだわるのだ」

 光政はじっと強い目で唯輝を見据え、低い声でそう訊ねた。唯輝は苛ついたように、荒々しいため息を吐く。

「嫡男というだけで……生意気な若造が……!」

「まだそれにこだわるのか。しつこい男だ」

 光政がそう吐き捨てると、唯輝は怒りに目をらんらんとさせながら、鎧を鳴らして軍議の席を出て行ってしまった。

 宗方はゆっくり立ち上がると、光政の肩を叩く。

「言い過ぎだ。少し落ち着け。唯輝殿は私がなだめておくから、お前も後で謝罪するのだぞ、いいな」

「……分かってる!」

 光政も重臣たちに背を向けて、窓から外を見下ろした。

 皆が黙り込んだ冷えた板の間に、ざぁざぁという雨の音だけが、気まずく響いている。


 舜海を始め、皆が光政の態度に戸惑っていた。

 光政はいつも冷静で、若い割に視野の広い、落ち着いた長だった。家督を継ぐにあたり、いざこざのあった唯輝に対してもそつなく礼を尽くしていた。

 しかし、ここへ来て二人の亀裂は決定的になってしまったのだ。


「唯輝殿は、千珠さまという力を得て更に権力を増すお前のことが許せないのだ。千珠さまご自身をどうこう言っているのではない。分かっているな」

 静かに諭す宗方を、光政は横顔で見遣る。その目に揺れていた苛立ちの色が、少しずつ落ち着いてゆく。

「……ああ、分かってる。早く行ってくれ」

 穏やかさを取り戻した光政に宗方は微笑を見せ、急ぎ足で唯輝を追っていった。


「まぁまぁ……今夜はこれで終わりにしようや、な!」

「そ、そうだな。明日は今日の遅れを取り返すべく、たくさん歩かねばならぬし、早く休まなければ」

 舜海と留衣がその場を取り持って、軍議は終わった。ぞろぞろと重臣たちが広間を出ていく。

 舜海と留衣だけがその場に残り、じっと口を閉ざしている光政の大きな背中を見つめていた。

「……すまん」

 ぽつりと、光政はそう言った。

「ええって。若いくせに殿はいつも立派すぎる。あんな奴、あれくらい言ってやって丁度いいんや」

と、舜海はこともなげに言う。

「そうだ。あいつ、いつも口先だけで何もせず。兄上の行動に文句ばかりいいやがる」

と、留衣も同調する。

「……お前たち、ありがとうな」

 振り返った光政の顔は、苦笑していた。いつもの穏やかな目をしている。

「とはいえ、少し言い過ぎた。明日から面倒だな」

「今は戦のことだけ考えましょうや、宗方殿がうまいこと言ってくれはるわ」

「……だといいがな」

 光政は腕を組んで、降り止む気配のない、雨夜空を見上げる。


 雨風を防げる場所で休めることは幸いだった。明日はおそらく激しい戦が待っている。雨に濡れながらの休息では、兵たちの士気にかかわる。

 光政は軽く息をついて、訊ねた。

「千珠の様子は?」

「まぁ、落ち着いてきてるな。回復力も俺らとは桁違いやから」

「そうか。僧兵どもめ……」

「明日から、大丈夫やろうか。千珠のやつ、あんなにも苦しそうに……」

と、舜海。

 皆がため息をつく。光政は苦笑すると、

「お前らも休め。俺が千珠についている」

「分かった、殿も休めよ」

「ああ」


 一人になると、深いため息が光政の口から漏れた。

 国の内でも外でも、何かしら不穏因子はあるものだが、ずっとぎりぎりの均衡を保ってきていた唯輝との諍いは、光政を心底疲れさせた。


 血のつながりも濃い相手だからこそ、煩わしい。


 その心はこの土砂降りのように、重い。

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