02
記憶があるのは、女の高い悲鳴から。
どうした、まり。
そう考えたところで、はと気づいた。
そうだ、まりが帰ってきちまう。早くこの女を帰さないと。
「え、嫌だ、ちょっと、けんじぃ」
女が人を攻撃する専用としか思えない爪でオレの腕をにぎる。
まりなら絶対にこんな爪をしない。キーボードがうてないからな。
「けんじったらぁ、ね、どうにかしてよ」
本当ふざけんなよ、こいつ。
寝る前に俺の名前を絶対に呼ぶなと言っただろうがよ。
いらいらしながら体をおこす。
そして足元にいる髪の長い塊にようやく気づいた。
塊はすっぱい匂いを発しながら、おえおえとえずいている。
「ま、まり?」
オレがまりと呼んだ塊は、うっそりと顔をあげた。
「帰って」
口元からだらだらと黄色い液体を流しながら、まりはしゃべった。
「え?」
ああ。まぬけ面だったと思う。そのときのオレは。
「私、今からシャワーあびるから。その間に帰って」
「え、あ、ああ。わかった、帰らすよ」
てっきりオレは隣の女を帰らすのだと思い安易にうなずいた。
そうだよな、まりの家だしな。
まりはゆっくりと首をふった。
「違うの。あなたも帰って」
「え」
まりの一切他の返答を許さないような迫力の、それでいて感情がまったく入っていないような声に、オレはようやくこの状況を読み込めた。
「ち、ちがうんだ、かんちがいだ」
なにがかんちがいなのか、この時のオレは本当に世界一のあほうだった。
以前ともだちの彼女が浮気したときの第一声と同じセリフをはくなんて。
オレはそれを隣で裸で寝ながら聞いて、オレならもっとまともに言い訳するぞと笑っただろうが。
とおもったら、まりの反応は予想外だった。
「そうなんだ、かんちがいなんだ。わかった」
「え、わかったの?」
「うん。でもとりあえず今日は帰って。明日朝早いから」
「お、おう」
まりは立ち上がり、風呂場に入っていった。
「ね、ねぇ。けんじぃ、どうゆうことなの?」
「い、いいから。服きろ、帰るぞ」
かんちがいだと思ってくれているなら、そのままにしたほうがいい。
とっととこの女を帰らして、オレも帰って、明日仕事が終わったらもう一度まりに会いにくればいいんだ。そんで何かバッグでも買ってやって、あ、そうだ、このあいだ欲しがっていたフランスベッドにしよう。ちょっと物理的にでかい買い物だけど、大丈夫だろう。この部屋に入らなけりゃオレの部屋に入れればいいんだ。そんでまりが家に泊まりにくればいい。もしそれが嫌なら、まりがオレと一緒に住めばいいんだ。そうだそうしよう。
有る程度段取りが決まると、男は落ち着くものだ。
オレはこんなこといつものことなんだというように、女をせかした。
「ほら早くしろ、送ってやるから」
「はーい」




