01
私には彼氏がいた。
そう。いたということは過去形であり、現在形ではいないということ。
どうしてそうなったかといえば、ああ大変だったねと流されてしまうくらいいたって簡単な理由である。
その理由は目の前にいる裸で寝ている男と女。
もちろん私の元パートナーは男のほうで女ではない。
(決してレズに偏見があるわけではない。性癖がストレートなだけ)
ここは、二階建てのおんぼろアパート"Sea Side"の203号室。
名前から考えると近くに海があるようだが、アパートの裏にあるのは川。
海なんて車で三十分走らないとお目にかかることはできない。
ちなみに今とりあげるべきポイントは、この部屋の名義は私の名前ということ。私は正当なこの部屋の持ち主だということである。
そして、私は派遣先の運送倉庫でたった今まで大量の数字とにらめっこしてきたところだ。残業で。
どうやらそれは私の隣の席の正社員がラインだかグリーだか知らないがきゃっきゃきゃっきゃとゲームをしている間に、私の前の席に座っている暇なときにはただ座っていればいいと思っている新人正社員がミスって送った数があまりにも合わないために、ボーナスなにそれおいしいの?と時給で働いている派遣社員―つまり私のことなのだが―のところに取引会社から電話がかかってきたのが原因のようだ。
定時5時にもかかわらず、あっという間に時間は過ぎていき、家に着いてみれば22時だ。
今から私がすべきことは、メイクを落とし、シャワーもはいらずに寝ることである。
というわけで今すぐに出て行っていただきたい。
「ちょっと、起きてくれる」
二人してどれほど盛り上がったのか知らないが、完璧に寝オチしている。
声をかけ男の頭を足で踏んだが全く反応がない。
こいつらの体にへばりついている白いかぴかぴが一体何なのかは考えたくも無い。
しかも最低なことに、こいつらは人の布団で寝ている。うちには一組しかない布団の上でだ。
こんな布団、二度と使いたくない。
仕方ない。フランスベッドを買おう。ダブルのやつ。大きいやつ。
脱ぎ散らかされた男物のジーパンを拾う。
慣れた手つきでジーパンの尻ポケットに入っている財布を取り出し、万札を一枚だけ残して全部ぬいた。
「ひぃふぅみぃよー」
しめて15万3千円でござる。ありがたいでござる。
いつの間にか、いびきまで立て始めた男を見下ろす。
こいつの金払いのいいところは本当に好きだった、本当に好きだった。
もう一度言おう。
―本当に好きだった。
なんだか吐き気がしてきた。
今日の昼に食った、からあげ定食の呪いに違いない。
ただでさえボリュームが多いにもかかわらず、気の良い店主は「おまけだよ」と笑ってミニサラダを二個つけてくれた。
本当に気持ちが悪い。
右手で口元をおさえる。
そうだ。窓を開けよう。
この性行為後の独特なにおいが悪いのだ。
窓はこいつらが寝転がっている布団の向こう側にある。
仕方がない。
こいつらをまたぐしかない。
窓を開けようと足を出すと、さっき財布をぬいたジーンズが足に引っかかった。
なすすべも無く、こいつらの上にかぶさるようにして倒れこむ。
「んん…なぁに、○○~」
女が身じろぎをして男の名前を呼ぶ。
どうやら目が覚めたようである。
女の長いまつげがついたまぶたがゆっくりあがるのがスローモーションのように感じた。
相手の、日本人にしては茶色い目玉が私の顔を直視する。
「きゃあ、誰なのよあんた!」
女が胸を隠すようにシーツを手繰り寄せる。
自然と女の胸元に目が行き、隠れきれない赤い印をいくつか見た。
「うーん、どうした。××」
女が声を上げてようやく起きたのか、男が私の名前を呼ぶと同時に腕を伸ばして隣の女を引き寄せる。
もう限界だった。