第八話:事件の真相が判明しました
◇イフィリアの恋人・発覚◇
振り降ろそうとしたナイフが、驚愕に止まる。
布団の中には、イフィリアでは無く枕とカツラがあったのだ。
「そのナイフ、どうするつもり?」
後方からの問いに、男は、まるで幽霊でも出たかのように怯えて振り向いた。
クローゼットの前にイフィリアが居た。
いや、居るのはイフィリアだけでは無い。その中から縄を手にしたセレガノとスラノが、男を捕らえる為に近寄って来た。
男は予想外の事態に恐慌し、ナイフを滅茶苦茶に振り回して突破しようとする。
しかし、二人はそれを避け、スラノが右の手首を掴み・セレガノが左脚を払って転ばせると、あっと言う間に縛り上げた。
「罠だったなんて、酷い!」
イフィリアを睨んで怒鳴った男を、スラノが殴った。
「寝首を掻こうとしておいて、被害者ぶるな!」
「全くだわ。カリナ…いいえ、クリノ。貴方がイフィリアをレイプしたのね!?」
◇後野まもり・前日朝◇
セレガノから気になる事があると言われた私は、彼を連れて寝室に戻った。
「それで、気になる事と言うのは?」
「はい。…陛下の侍女のカリナと護衛のクリノの事なのですが…あの二人、性別を偽っていると思うのです」
セレガノは迷う素振りを見せてから、そう切り出した。
「性別を偽っている? そりゃ確かに、クリノは女顔だし・背が低いし・声も高いけど…それだけじゃ、そうとは言い切れないんじゃないかしら?」
私もそう思った事はあったが、確たる証拠が無い為その考えは頭の隅に追いやっていた。
「そうですね。ですが、クリノは女性的過ぎると思うのです。輪郭は丸みを帯びていますし、腰の位置も…それに、カリナは、クリノより手も足も大きいように見えます」
確かに、クリノの手足が小さいと思った事はある。
「もし、性別を偽っているとしたら、その目的は何なのか…ただ単に身体と心の性別が合っていないと言うだけなら良いのですが――詐称は良くないですが――、良からぬ事を企んでいたら…」
良からぬ事…カリナは、イフィリアに気がある。
「大丈夫よ。同性愛者かと思っていたし・異様に顔を近付けて来たりするから、気を付けているわ。ケルナもいるし」
「ですが、カムフラージュの可能性があります」
「カムフラージュ?」
「はい。…サルディン様にはお気を付けください」
セレガノは、何故かサルディンの名前を出して来た。
「サルディンがどうしたの?」
「サルディン様は、記憶を失われる以前の陛下の言動を軽蔑されておりました」
ああ、クリノにもそんな事を言っていたね。
「その為、現在の陛下を…偽者という事にしたいようなのです」
私は唖然とした。
「え? 偽者? まさか! だって、この目は偽装出来ないでしょう?」
ルクセント王家特有の金目銀目のオッドアイは、王家の血を引かない限り出ない筈。この世界には、カラーコンタクトなんて…いや、カラーでなくても存在しない。
「それに、そんなに都合良く同じ顔・同じ体格の人がいるかしら?」
「はい。双子の妹君のアイディリア様が」
セレガノの返答に、私は驚愕した。
「え?! 双子の妹が居るの!?」
「はい。幼い頃にエルマリア様に養子に出され、二月前に亡くなられましたが」
叔母の亡くなった娘が、イフィリアの双子の妹だったなんて…何故、叔母は何も言わなかったのだろう?
「つまり、サルディンは、アイディリアがイフィリアを殺害して成り済ましていると考えているのね?」
そう言えば、ネルケは私をアイディリアと呼ぶ。イフィリアの名を口にしたのは、『女王じゃない』と言った時だけだ。
「そのようです。私とスラノにも、こっそり確認するように命じて来ましたので」
「こっそり確認って何を?」
そう尋ねると、セレガノは自身の胸骨の辺りを指差した。
「猫の引っ掻き傷です。本物なら、幼い頃に引っ掻かれた傷が残っている筈だと」
幼い頃の傷が残ったなんて、化膿でもしたのだろうか?
「それが本当なら、サルディンはどうやって胸に傷が残っていると知ったの?」
「それは分かりません。ですが、カリナが協力していれば…」
カリナは、イフィリアの着替えや入浴を手伝うのが仕事だと言っていた。
「確かに、私は記憶喪失以来、カリナに肌を見せていないわ。…それに、私、あの日目覚めたばかりの頃、自分は『陛下』ではないと感じていたから、カリナにそう言ったのよね。怪しまない方がどうかしているかも」
「…記憶喪失なのですから、違和感を感じても不思議では無いと思いますが…」
セレガノはそう言うが、本心からそう思ってはいないだろう。
◇後野まもり・昼前◇
「ケルナ」
後宮から出た私は、池でミケを泳がせているケルナに声をかけた。
「陛下」
「カリナは?」
「クリノの体調が良くないので、実家に送って行きました」
私はクリノを心配したが、カリナと共謀しているかもしれないと思い、その考えを押しやった。
「そう。丁度良かったわ。頼みがあるの」
「何なりとお申し付けください」
「ミケが居なくなった事にして、カリナの前で捜す振りをして欲しいの。見つからない事にして、今夜一晩私室に戻って来ないでね」
「…承知致しました」
ケルナは何も聞かずにミケを呼び戻して抱き上げると――勿論、拭いてから――、何処かへ連れて行った。
◇後野まもり・前日午後◇
隠し通路の事で叔父を問い詰めると、叔父は理由を語った。
「実は、お前はイフィリアでは無い。イフィリアの双子の妹アイディリアなのだ」
「…どういう事ですか?」
やはりそうなのかと思いながら、叔父まで関わっていたかと内心驚いた。
「イフィリアは、自害したのだ。それを知ったエルマリアに相談され、意識不明のアイディリアと入れ替えたのだよ。隠し通路を使ってな。…まさか、回復するとは思わなかった」
「…自害では体裁が悪いから、病死にしようと考えたのですね?」
国王の遺体は公開されると教わった事を思い出し、そう確認した。
「そうだ」
「自殺の理由は何だったのですか?」
「遺書には、愛する人に裏切られ汚されたと記されていた。名前は書かれていなかったが、イフィリアはカリナを寵愛していたからな…」
「それならば、何故、捕らえずにおいたのですか?」
「自首の機会を与えてくれと。だから、浴室の血はそのままにしておいたのだが…」
「自首するどころか、恋人気取りでしたね」
カリナの言動を思い返してそう言うと、叔父は溜息を吐いた。
「そろそろ捕らえようと思っていたのだが…」
「カリナが犯人と判っていたのに、暫く私と二人きりにしたのは何故ですか?」
「その事は申し訳無かった。私もエルマリアも、助からないと言われていたお前が奇跡的に回復した事で、予定外の事に混乱していたのだよ」
叔父は申し訳なさそうに頭を下げた。
「そうですか。…暗殺者もカリナで、レイプ目的でしょうか?」
「そうだろう」
「しかし、叔父様は先程、隠し通路には埃が積もっていたと言っていましたが、入れ替えた後ならば、足跡も判別出来なくなっているのではありませんか?」
私は、暗殺者がサルディンである可能性を考えてそう言った。
「隠し通路には、更に隠し通路があるのだよ。息子達には教えていないし・こっそり開け方を見るにしても、そこまで視力は良くない」
教えていないのが本当ならば、隠し通路を使えるのは叔父と叔母だけと言う事になる。
「イフィリアが、カリナに隠し通路を教えた可能性は?」
「無いとは言えないな」
それならば、カリナが誰かに教えた可能性もある訳だ。
「それで、隠し通路は何処に?」
「ウォークインクローゼットだよ」