第七話:裏切り者に罰を与えましょう
◇イフィリアの恋人◇
恋人であるイフィリアが、今夜とうとう後宮に行ってしまった。
男は、激しい嫉妬に身悶える。
次期国王を産ませるのは自分だと思っていたのに、記憶を失った彼女は、何故、自分以外の男を選んだのか?
後宮を襲撃する事も考えたが、衛兵もいるので思い止まった。
今頃彼女は、あの二人のどちらかを受け入れているのだろう。
自分以外の男を受け入れた裏切り者には、罰を与えなければならない。
男は、邪魔されずに確実に罰を与えられる方法を考え始めた。
◇後野まもり・朝◇
朝になり、目を覚ました私は、昨夜の事を思い出した。
初夜は失敗に終わった。
年上のセレガノが男役・スラノが女役で行われた。
数え切れないほどキスをして貰い、スリーパーのボタンを外して首・胸部・腹部も愛撫させ、兜合わせまでして貰って、お陰で私も漸く受け入れる気になったのだが。
「ごめん。冷めた」
ある事に気付いた私は、相手に選んだセレガノを制止した。
人型のネルケがベッド脇に齧り付いていたのだ。
「何しているんですか?」
私以外には見えない事を忘れてはいないが、私はネルケに尋ねた。
『交尾嫌いみたいだったから、授精してやろうと思って』
「気持ちはありがたいですが、私に気付かれない位置に居て!」
「あの…陛下?」
誰もいないのに会話の様な独り言を言っているように見える私に、セレガノが心配そうに話しかけて来た。
「ああ。気にしないで。信じられないと思うけれど、私、ネルケ神が見えるの」
頭がおかしいと思われるかもしれないが、私は正直に言った。
「ネルケ神が? …子孫だからですか?」
セレガノは半信半疑の様子だ。
一方、スラノは努力が無駄に終わったからか、泣きそうな表情を浮かべていた。
「そう。ネルケ神は、一度で受精するようお力をお貸しくださるそうよ。良かったわね。一度か二度だけで済むわ。でも、今日は、お陰で完全に冷めちゃったから、また、後日」
「…はい」
回想を終えた私は、着替えて食事に向かった。
後宮に泊まった翌朝は、後宮で朝食を摂る事になっている。当然、大臣達は同席しない。
廊下を歩いていると、セレガノが立っているのが見えた。
「おはよう、セレガノ。私に用があるのかしら?」
「おはようございます、陛下。実は…気になる事がありまして」
「気になる事?」
私は、昨晩の事だろうかと思ったのだが…。
◇カリナ・午前◇
クリノが今朝も顔色が悪い事に気付いたカリナは、流石に心配して言った。
「暫く実家で療養したら?」
「…そうする」
クリノはフラフラと荷物を纏め始めた。
「一人で帰れる?」
「…大丈夫」
「そう」
それを見ていたケルナが声をかける。
「送って行った方が良いですよ、カリナさん。途中で悪化するかもしれないんですから」
「…確かに、その可能性もあるわね」
クリノを実家に送り届けると、両親は驚いて直ぐに医者を呼んだ。
暫くして診察結果を聞いたカリナは驚愕し、焦燥感を感じた。
仕事を辞めなければならない・陛下の側に居られないと。
◇カリナ・午後◇
城に戻ると、ケルナが何かを捜していた。
「あ、カリナさん。ミケ様を見ませんでしたか?」
ミケが何処かへ行ったらしい。
「見てないわ」
「そうですか。…困りました」
「頑張ってね。貴女の責任だし」
猫嫌いのカリナは、ミケが二度と戻らなければ良いのにと思いながらその場を去った。
◇後野まもり・王都の地図◇
初夜が失敗に終わったので、ヨワルト夫人の授業を受ける。失敗しなかったら、今日は何もしなくて良かったのだが。
全く、性生活を見守られるとか・記録されるとか・報告されるとか、嫌過ぎる。私じゃなく、そういうの平気な人が、寧ろ、見られたりするのが好きな人が、イフィリアになれば良かったのに!
「王都は、このようになっております」
ヨワルト夫人が地図を机に広げた。
「これが神殿ね」
私は、王城の右に描かれた神殿を指差す。
「で、こっちは?」
王城の左にも神殿らしきものが描かれていた。
「そちらは、聖堂です。我が国では、国王のご遺体は葬儀まで公開安置されるのですよ」
「へぇ…」
私は地図の他の部分に目をやる。
「貧民街はあるの?」
「そうですね。この辺りです」
ヨワルト夫人は、城からも大通りからも王都の出入り口からも離れた場所を指す。
「この辺りは治安が悪いのかしら?」
「いいえ。それほど悪くありません。他国の貧民街はかなり治安が悪いそうですが。ユミリア王国の使節団の方も、王都の貧民街の治安の良さと清潔さに驚いていました」
それは、使節団が来るから取り繕ったとかでは無く?
◇後野まもり・ウダライン◇
「話とは何だね?」
私は、叔父に話があると執務室へ呼び出した。
「ええ。隠し通路の件で。…本当に無いんですか? 今なら、犯人扱いしませんよ?」
そう言うと、叔父は観念したように目を閉じた。
「確かに、隠し通路はある。しかし、私は犯人でも共犯でも無い」
「犯人が隠し通路を使った可能性は?」
「積もっていた埃には、足跡は無かった」
信じて良いのだろうか?
「隠し通路の出入り口を知っているのは?」
「私とエルマリアだけだ」
サルディンは知らないのか…。
「どうして、隠していたんですか?」
「それは…」
叔父は隠していた事実を話し始めた。
◇後野まもり・夜◇
入浴を終えた私は、この日初めて私室へ――あの事件の後、私室の浴室は閉鎖されている――戻った。
「お帰りなさい、陛下」
カリナが、何故か上機嫌で迎える。
「クリノは?」
「体調が良くならないので、実家に戻りました」
「弟の具合が悪いのに、随分嬉しそうね」
「え?! …ええ。だって、今夜はミケが居ませんから!」
カリナは慌てた様子で釈明した。
「ミケが居ないって、どういう事?」
「さあ? 何処かへ行っちゃったみたいです。ケルナが捜しているんですけど、まだ戻らないって事は、見つからないみたいですね」
幾ら猫が嫌いでも、愛するイフィリアが男と夜を過ごした翌日に、こんなに機嫌が良くなるものだろうか? それとも、初夜が失敗した事をカリナも知っているのだろうか?
「そう。ところで、貴女、私への想いは吹っ切れたのかしら?」
そう尋ねると、カリナの顔は強張った。
「え…ええ。そうですね。あの二人なら、良いかと思って。あの二人、陛下がホモカップルにすると言い出す前から、付き合っていると噂でしたし!」
作った笑顔でカリナは説明する。
「あら、そうだったの?」
そんな噂が本当にあるなら、どうして、そう言って反対しなかったのだろう?
「そうらしいですよ。あ、お茶入れますね」
「飲んで来たから良いわ。ミケは心配だけど…もう眠いから寝るわね」
「はい。お休みなさい、陛下」
私は寝室に入り、寝間着に着替えた。
◇イフィリアの恋人◇
イフィリアが寝室に入ってから一時間後、イフィリアの恋人が寝室のドアを開けて入り込んだ。
今夜は邪魔者が居ない。ケルナも猫も。
本当はもう一時間経ってからにしようと思っていたが、ケルナが戻って来るかもしれないので実行する事にしたのだ。
イフィリアは壁を向いて寝ていた。
男はベッドの側まで来ると、右手のナイフを振り被り・左手で掛け布団を勢い良く捲った。