第六話:とうとう初夜です
◇後野まもり・寝室◇
「どうして、サルディンを殴ったの?」
私は寝室に入ると、ミケを枕にしていたネルケに尋ねた。
ネルケは人型に変身する。
『悪い事をしたから』
「無理矢理キスした事?」
『それ以上の事』
そう答えるとネルケは猫に戻り、再びミケを枕にした。
『それ以上の事』とは、強姦だろうか? クリノを? それとも、他の誰かを?
◇男◇
男は、一ヶ月前の事を思い出していた。愛する人を初めて抱いた日の事を。
彼女の魅力に我慢出来ず強引に抱いてしまったが、彼女も自分を愛しているのだから、過程はどうあれ、愛する男に抱かれた事に満足している筈だ。
あんな事件さえ起きなければ、今頃彼女と仲睦まじく過ごせていたのに。
男はそう考えて、彼女と自分を引き離したあの事件を呪った。
◇後野まもり・庭◇
私がイフィリアになって、一ヶ月が経った。
二つの事件は、相変わらず解決しそうにない。
「聞いていますか、陛下! 相談なんて嘘に決まっていますよ!」
池で泳ぐミケを眺めている私に先程から五月蠅く話しかけていたカリナが、正面に立った。
「陛下を狙っているんです、きっと。5歳も年下の癖に図々しい!」
彼女が言うのは、シズレインの事である。
相談したい事があると手紙を貰ったので、本日の昼食に招待したのだ。
「カリナさん、ちょっと異常ですよ。シズレイン様がどんな方かも分からないのに」
ケルナが私を守るように、間に割って入った。
「陛下の為に警戒しているんじゃないですか!」
その時、カリナが悲鳴を上げた。
「ミケ様」
ケルナが原因を見付けて口にする。
どうやら、何時の間にか池から上がっていたミケが、カリナに攻撃したらしい。私からは、ケルナに隠れて見えなかったが。
「私はミケを虐めてないのに、何で引っ掻くのよ!」
「カリナさんが陛下に向かって怒鳴るから、陛下を虐めていると思ったんじゃないですか?」
納得したのか、カリナは黙り込んだ。
◇後野まもり・昼食◇
「それで、相談と言うのは?」
シズレインと私室で昼食を摂った私は、食後のお茶を飲みながら尋ねた。
「実は、先日、夕食をご一緒した際に、黒猫が兄を殴ったのを見たのですが…兄は猫に殴られてなどいないと言いますし・誰もそんな猫は見なかったと」
そう語るシズレインの顔色は悪い。
「わ、私は、兄を軽蔑する余り、頭がおかしくなったのではないかと…」
「私も見たわ。それは、ネルケ神の眷族です」
シズレインは、俯いていた顔を上げた。
「ネルケ神の眷族?」
「ネルケ神は神なのですから、眷族は肉体があるとは限らないでしょう?」
私の足元で、猫の姿のネルケが不思議そうに首を傾げている。シズレインからは、テーブルの陰になっていて見えない。
「そうですね。…そっか。頭がおかしくなったんじゃないんだ」
シズレインは、安堵したように表情を緩めた。
「あ、でも、ネルケ神の眷族に殴られたと言う事は…兄に天罰でも下るのでは?」
軽蔑はしていても心配なのか、シズレインは不安そうに呟いた。
「それは分かりませんが、何か心当たりでも?」
「…それは…」
シズレインは躊躇うように、口を閉じては開く事を繰り返した。
「サルディンに告げ口したりはしませんよ」
「あ、いえ。それを心配していた訳では…あの…誰も聞いていませんよね?」
「ええ。猫以外は」
カリナが大反対していたが、私は、三人に私室の外に出て貰っていた。
クリノとケルナは兎も角、カリナを信用していないからだ。シズレインの相談内容によっては、言い触らす位やりそうだと思っている。
「実は…兄は、とある女性の弱みを握って…無理矢理、身体の関係に…」
ティーカップを持つ私の手に力が籠る。
「…そんな事を…。では、結婚したい相手と言うのは…」
「恐らく、彼女の事だと…」
私はしたくも無い結婚をする腹いせのように、二人の男をホモカップルにしようとしているので、サルディンに腹を立てる資格は無いだろうが…妨害してやる! 絶対に!
◇後野まもり・夜◇
『ネルケと言ったの、忘れたのか?』
寝室に入ると、人型のネルケが尋ねて来た。
「あ、ごめんなさい」
覚えているけれど、信じないかもしれないと余計な心配しました。
『後で訂正する』
何故、昼間しなかった?
「ところで、私が将軍達をホモカップルにするのは、怒らないんですか?」
『子孫を作る為だから、悪くない』
「え? じゃあ、サルディンも悪くないんじゃ…」
『オスだから悪い。メスがその気になるまで、待つのが決まり』
それ、猫の話じゃ…?
「なるほど。で、サルディンには、何か天罰下すの?」
『お前次第』
「え?」
ネルケは猫になると、天蓋に登った。
私次第とは、どういう意味だろう?
もしかして、私が刑罰を与えなかったら天罰を与えると言う意味だろうか?
◇後野まもり・クリノ◇
あれから一ヶ月が経ち、そろそろ暑くなって来た。
ネルケ神に認識して貰う為の二度目の即位式は、半月前に行われた。
事件は何も進展していない。
サルディンの妨害の方もさっぱりだ。
女王である私がサルディンを自分で尾行するなんて、無理なのだ。
他人に尾行して貰おうにも、個人的に動かせそうなのはケルナしかいない。クリノをサルディンに近付けたくはないし・カリナに頼んだら直ぐに尾行に気付かれそうな気がする。
しかし、ケルナも女性である。サルディンの被害者ではないとは言い切れない。
マグリタ将軍とファルタ将軍に頼んで、王国軍の誰かを借りようか?
あ、そうだ。もう将軍じゃないんだった。二人はもう軍を辞め、後宮に居るのだ。
今夜、行く事になっている。あー…憂鬱だ。
「クリノさん。顔色悪いですよ」
ケルナの声に顔を上げると、クリノが青白い顔色をしていた。
「具合が悪いなら休んで良いわよ」
「済みません」
クリノは、吐き気がするのか手で口を覆って部屋に向かった。
「最近、ほぼ毎日ですよね? 暑気当たりでしょうか?」
「そうかもね。でも、長引くようなら、代わりの護衛を手配して貰わないと」
「私が居るから大丈夫です!」
カリナが自信満々に言う。
「カリナさん、剣使えないんですよね?」
「…で、でも、多分、大丈夫!」
ケルナは、カリナを軽蔑の目で見下ろした。
「陛下のお命と嫉妬と、どっちが大事なんですか?」
カリナは俯いて小さな声で答えた。
「そりゃ、陛下のお命の方が…」
そこまで言って、顔を上げる。
「でも、一ヶ月以上何も起きていませんし、もう良いじゃないですか!」
「その油断が犯人の狙いかもしれません」
カリナは不満げに黙り込んだ。
◇後野まもり・後宮◇
「それじゃあ、セレガノとスラノ。頑張って、私を興奮させてね」
後宮を訪れ入浴を済ませた私は、セレガノ・マグリタとスラノ・ファルタにそう言った。
「あの…どうしても?」
嫌なのだろう。セレガノが確認する。
「どうしても。下品かもしれないけど、男同士のを見ないと濡れないの。私をその気にさせてからでないと、ネルケ神の怒りを買いますからね」
昔は普通に大丈夫だったのに、あの事件の所為で…。
私はイフィリナになる前、私自身だった頃に起きた事件を思い出す。
「そういう絵か本があるなら、貴方達がして見せてくれなくても良いんだけれど」
「…あるんでしょうか?」
スラノがセレガノに尋ねた。
「無いんじゃないか?」
二人は諦めてベッドに登る。大人が三人乗っても大丈夫とは、頑丈なベッドですね。
「挿入まではしなくても良いけど、私がその気になるまで頑張って」
「…はい」