第五話:容疑者が増えました
◇後野まもり・寝る前◇
寝室に入ると、ミケと例の化け猫が団子になっていた。
私がベッドに入ると、化け猫が起きて近寄り人型に変身した。
『アイディリア』
「イフィリアだと言っていますよね?」
『だって、匂いが同じ』
自称ネルケは、不思議そうにそう答えた。
「でも、アイディリアは初代女王でしょう? 別人なの」
『そうだけど』
つまり、生まれ変わりだと言いたいのだろうか?
『それより、アイディリア。即位式、何時する?』
「イフィリアだってば。即位式は、した筈よ」
即位していないなら、女王では無い筈だ。
『してない』
「え?」
『即位式、してない。見てない。イフィリアは女王じゃない』
ネルケはそう言うと、猫に戻ってミケの隣に戻った。
私は暫く呆然としていたが、きっとネルケが知らないだけだと思って熟睡した。
◇後野まもり・昼◇
翌日。叔母と昼食を共にした私は、即位式の事を確認した。
「ところで、叔母様、即位式は勿論したんですよね?」
「ええ。…どうして、そんな事を気にしたの?」
叔母は不思議そうにしている。
「見知らぬ男に、即位式をしていないと言われたので」
「…それは、神殿ではしなかったという意味でしょうね。即位式は神殿で行うのだけど、記憶を失う前の貴女は猫が嫌いだったから、この城で行ったのよ」
なるほど。
「でも、どうして猫が嫌いだったんですか?」
「幼い頃に、猫の尻尾を引っ張って引っ掻かれたからですよ」
それって、下手をすれば猫に障害が出る筈じゃ…。
「それは、引っ掻かれて当然ですね」
叔母は、何やら考え込んでいる様子だ。
「もしかして、神殿で即位式を行わなかったから、ネルケ神の御加護が無かったのかも…」
そう呟くと顔を上げる。
「即位式を神殿でやり直しましょう。例の事件の犯人も・暗殺者も捕まっていないし」
叔母は私を心配して、それを大臣達に話した。
彼等もそれが原因だったのではないかと思っていたようで賛成し、スケジュール調整を始めた。
◇後野まもり・ネルケ◇
私は寝る為に、猫の姿でベッドに寝そべっているネルケを退ける。
「即位式、城でしたんですって」
ネルケは目を開けると人の姿になった。
『ごっこ遊び?』
「違う。…ところで、貴方が本当にネルケ神なら、どうして、俗人でしかない私の前に姿を現したの?」
『子孫だから』
ネルケ神の子孫とは、事実なのか。いや、待て。ネルケがネルケ神と同一とは限らない。
「どうして、霊感が無い私に見えるの?」
『子孫だから、見る力ある』
なるほど。私には無いけど、イフィリアにはあるのか。ネルケの子孫だものね。
「でも、叔父様には見えていないようだったけれど」
『見る力弱い』
そりゃ、見えませんね。
「どうして、今頃即位式の事聞きに来たの? 前国王が亡くなってから大分経っているでしょう?」
『そんなに経ってない』
時間感覚が違うんですね。
「何時まで居るの?」
『この部屋に飽きるまで』
そう答えると猫に戻り、再びベッドの真ん中に寝ようとする。
「そこに寝られたら、私が寝られないからね」
そう言って退けると、ネルケは大人しくベッドの端に横になった。
◇後野まもり・午後◇
休憩時間に書斎で本を読んでいると、窓の外からクリノの声が聞こえた。
彼は今休憩中で、私の護衛はケルナが務めている。
窓から見下ろすと、木陰にクリノと黒髪の青年が見えた。
「陛下は変わられました。貴方が心配するような事は、もう無い筈です」
クリノの言葉に、男は反発する。
「確かに、暫く大人しかったようだが、最近また我儘を言い始めたそうじゃないか」
「…将軍達の件ですね。ですが、あれは、貴方のお父様も…」
「確かに、父上はどうかしている。甘やかして、元のイフィリアに戻そうと言うのか?」
どうやら、男は、叔父様の二人の息子のどちらかであるらしい。
まさか、暗殺者は彼の手の者か?
「兎に角、どうにかして、お前をオレの元に戻したい」
男はクリノを抱き締めた。
「止めてください、サルディン様。私は、貴方の事は友人としか思えません」
あら、振られちゃった。
「他に好きな男が居るのか?」
「そう言う問題では…」
クリノの唇が、サルディンの唇によって塞がれる。
「放してください! 陛下の元に戻らなくては」
暫くしてサルディンの顔が離れると、クリノはその腕から逃れようともがいた。
「行かせない」
サルディンは、もう一度無理矢理キスをする。
「ねぇ、ケルナ! 休憩時間は終わったのに、クリノが戻らないわね!」
私はわざと大きな声でケルナに話しかけると、書斎の窓を開けた。
「そうですね。転寝でもしているのでしょうか?」
二人の声が聞こえなかったらしいケルナは、不思議そうにそう答えた。
「あら? クリノ、そんな所に居たの?」
私は下を見て、今気付いたかのように声をかける。
サルディンは逃げたのか・隠れたのか、クリノ一人だ。
「済みません。直ぐに戻ります」
「急ぎ過ぎて転ばないようにね」
私はそう声をかけると、窓を閉めた。
◇後野まもり・従兄弟◇
本日の夕飯は、叔父一家と摂る事になっていた。
叔父の息子は、長男がサルディン・次男がシズレインと言う名だった。二人とも独身らしい。
「叔父様。私を結婚させるのなら、私より年上のサルディンも結婚させるべきではありませんか?」
私が八つ当たりでそう言うと、サルディンは顔を強張らせた。
「そう思うのだが、『心に決めた人がいる・彼女の心が決まるまで待って欲しい』と言うので」
「そんな相手は、いないんじゃありません?」
私が意地悪くそう言うと、想像通りサルディンは怒鳴った。
「ちゃんといる!」
「サルディン。食事中に怒鳴るものではありませんよ」
ラハルト夫人がサルディンを窘める。
「…申し訳ありません」
「それで、どちらのお嬢さんなの?」
母親の質問に、サルディンは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべた。
「それは…その…身分は違いますが、聡明で魅力的な人です」
そう説明するサルディンを、シズレインが軽蔑の眼差しで見ていた。相手がクリノだと知っているのかもしれない。
「そうか。しかし、身分が低い者との結婚は認めん」
「そんな…貴賎結婚を禁じている訳でもないのに、何故です?!」
「実は、私には兄がもう一人いるのだが」
「え?!」
先日親族が集まった際にそんな事を説明されなかった私は驚いた。しかし、何故か、サルディンとシズレインまで驚いている。
「お前達が生まれる前の事だ。兄はとても美しい農民の娘を見初めて結婚した。しかし、彼女は、マナー等覚えなければならない事の余りの多さにノイローゼになってしまったのだ。自殺未遂まで起こしたので、兄は平民となって彼女の故郷で暮らす事を選んだのだよ」
私と同じで記憶力悪いんだろうな。
そう言えば、この国の識字率はどれぐらいなんだろう?
「彼女は、その女性のように弱くも無知でもありません」
サルディンがそう主張する。
今思ったけど、本当に女性の恋人が居る可能性もあるか。
「では、会って見極めよう」
叔父がそう言ったので、サルディンはうろたえた。
「え? それは、あの、ですから…まだ、色好い返事を貰っていないので」
「…以前そう聞いてから何ヶ月にもなるが、望みが無いのではないか?」
「そんな事はありません! 彼女も私を好いております。ただ、身分の差を気にしているだけで…」
誤魔化しきれるとは思えないけれど、何時まで頑張るのかな?
「そんなに身分の差を気にしているのなら、結婚は無理じゃないかしら?」
「大丈夫です。説得します」
テーブルの上に黒猫が飛び乗った。ネルケである。
シズレインが驚いたように目で追っていると言う事は、見えているのだろう。
ネルケはサルディンの顔に、猫パンチをお見舞いした。
見えていないサルディンにはダメージは無いようだったが、ネルケは気にせず去って行った。