92 とある王国の事情13
シオン視点です。
「リィナも飲むか?」
そう聞いたのは、ここ最近の出来事の後ろめたさがあったからと、酒が入っていたほうが、本音で話しやすいかなと思ったから。
リィナとの会話が足りていないのは、誰かに言われなくても自覚している。結果、危険な目にあわせてしまったり、厄介な事に巻き込んでしまっている事も。
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「あのさ、頼みがあるんだけど」
マサキがそう言ってきたのは、舞踏会直前の控え室でだった。
話があると言って控え室に来たマサキは私を廊下に連れ出し、誰にも聞こえないように注意しながら『入れ代わり』の提案をしてきた。
入れ代わり
姿写し
変身
様々な呼び名があるその能力は、祖先が異世界へ来る要因になったとも言える能力。「化ける」という一点において、何より忌避された能力らしい。
マサキはこの舞踏会中に、自分の『鍵』を使って入れ代わりたいと言ってきた。
本来、国王以外の王族の『鍵』は秘匿されることが多い。だが、マサキの『鍵』が発現した時に偶然居合わせてしまったため、私はマサキの『鍵』を知っていた。
『ずるい僕も!僕もシオンみたいにする!』
当時、あまり身体が丈夫ではなかったマサキが、剣の訓練をしている私を見てそう羨ましがったのが初まりだった。剣を使いたいと主張し、それが却下されると泣きながら『どうしてシオンなら良くて、僕がダメなの!』と叫んだ。そして『鍵』が発動した。無意識の内に私になりたいと思っての結果だったらしい。
よく、自分とそっくりな人間が3人居るというが、そんなものどころじゃない。
身長体重性別などの外見から声まで・・・全てを写す事ができる能力というのを、初めて見たその時。
自分と何もかもが同じの、そっくりな人間が目の前に出現するという事に遭遇した私が感じた事、それは――恐怖。
自分と入れ代わられてしまうのではないか。
自分の居場所を奪われるのではないか。
――そして、それを誰にも気づかれなかったら?
そんな潜在的な恐怖を感じた。
その後、茶国の国王夫妻に呼ばれ、口外しないことを約束した。もし口外した場合は相応の対応を取ると記載された文書も取り交わした。
相応の対応――茶国は誰にでも変身できる人間を抱えている国なのだ、もし、茶国が本気でこの国を滅ぼそうと思ったら、まず狙われるのは陛下を入れ代えてしまう可能性・・・恐ろしい、と思った。
ただ、そんな恐ろしい能力を持っているのに本人は至ってケロッとしている。私が恐怖を感じた事も、そんな警戒心を持ってしまった事も全て承知の上で『友人』で居ようとしてくれるのだ。
一度持ってしまった恐怖を払拭するのは、なかなか難しい。
なのに、コイツは・・・
コイツは、今日の舞踏会で入れ代わりを提案して来たのだ。
「あのな、マサキ」
ズキズキと痛む頭を抱えながら、これは説教が必要だろうと考える。
「ダメ?僕さーどうしても踊りたい娘がいるんだよね」
「何故俺の姿で踊る必要がある・・・お前まさか俺の姿でナンパでもするつもりなのか!?・・・いや、その前に今日の舞踏会はお前達の歓迎の為に開かれるんだぞ!」
「そうなんだけどさ。兄上が参加すれば、僕は居なくても大丈夫だよ。だからさ、シオンが抜け出す時に入れ代わって、僕はシオンになったまま会場に残るからシオンはそのまま部屋に戻るってことで、どう?」
“リィナちゃんの様子、見に行くんでしょ?”
とニヤニヤしながらそう言うマサキ。ああなんか腹が立つな。
ただ、ハヤテさんに釘を刺された件もあるし、邪魔が入らずゆっくり話が出来るのは、確かに関係者が全て舞踏会に参加している今だろう。
「・・・警備の者と、クリスには話を通しておく必要がある」
「もちろん。じゃあ、あとでね」
そう言って上機嫌で去っていくマサキ。溜息を吐きつつクリスに報告すると・・・
「・・・まぁ、いいでしょう。そのかわり、舞踏会が終了するまで主居棟から出ないように。それとマサキさんの側には私がつきましょう」
「いいのか?」
「ええ」
なんか最近、クリスの物分りが良くて、逆に怖い・・・と思ったのは、もちろん秘密だ。
そして舞踏会が始まり、王族としてのノルマのダンスを済ませ茶国王族用に用意してある休憩室に入ると、既にマサキが居た――――私の姿で。しかも上着の前を全開にし、椅子にふんぞり返った状態で。
「よ!」
「『よ!』じゃないだろう!何考えてんだ!」
誰かに見られたらどうするつもりだ、俺の評判が下がるだろう!
マサキの付き人は泣きそうな顔でこっちを見ている。目が『止められませんでした、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』と謝っている・・・ようにも見える。
「早く、シオンも服!」
そう言って上着を放ってくる。
どうしてコイツはこんなに自由人なんだ・・・?
着替えが終わる頃、クリスが入ってきてマサキを上から下まで眺める。クリスも『あの場』に居たため、マサキの『鍵』を知っている。あの時、剣の練習相手がクリスだったからだ。
「本当に、便利な『鍵』ですね」
「そう?・・・じゃあシオン、行ってくるねー」
「シオンは貴方ですよ、失言には気をつけてください。では、リィナの食事は頼みますね」
「ああ。わかった」
二人が出て行き、残された私はマサキの付き人に声を掛ける
「さて、行くか」
「はい」
マサキの付き人はこのあとマサキが戻るまで、マサキの部屋で待機するらしい・・・彼も苦労してそうだな。
リィナ用の食事はクリスが女官に用意させていて、主居棟の入り口で受け取った。
マサキの付き人と別れ、ワゴンを押してまず自分の部屋に戻り、服を着替えた。
そしてリィナの部屋に向かう。フロアを警備させていた騎士は、私がワゴンを押している事に大層驚いたようだが、何事もなかったように振舞っていた。クリスの部下と聞いているが、動揺を引きずらないとは中々優秀な人材のようだ。
そして、リィナの部屋に入り、ワインを開け、勧め・・・現在に至る。
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上機嫌でワインと食事を楽しむリィナ。
舞踏会では会場脇で軽い食事とドリンクを提供するスペースを設けている。
その食事を別に取り分けておくように指示したのだろう、オードブルが数種類盛られている。それと、舞踏会では出されないパンとスープ。これは急に作らせた感が満載の、なんとも質素なパンとスープだった。
こんな食事ですまない、と言おうと思ったのだが・・・喜んで食べているので、いいか。
ワインを飲むペースを指摘すれば、ちょっと不服そうにしながらも、大人しく水を飲むし。
自分が食べて美味しかったものを、勧めてきたり。
今日、何をしていた、とか話たり。
正直、あまり上手ではないが努力のあとが認められる刺繍を見せられたり。
穏やかな時間。
暖かい、まるで陽だまりの中にいるかのようなこの感じは、父上がまだ居た頃のような・・・。
しばらくすると、リィナの様子が・・・ほんのり頬を赤らめ、上機嫌なまま饒舌に話し続けるリィナを見て思う。まずい、飲ませすぎたか?
話が色々変わり、急に話が飛んだりしながらも、昨日のハヤテ殿下の話になった。
「結局、シオン様は何に狙われているんですか?」
そんな話から始まり、ついでのようにリィナの家族の話を聞きだした。
「はい。お兄ちゃん怖いです。」
なんだか困ったような顔でそう呟く。よくよく話を聞くと、ただの妹思いの良いお兄さんではないか。
『一人暮らしを始めた時、反対しなかったからやっとシスコン卒業したかと思ったら、週一で家に様子を見に来るとか、ストーカーか!って。まぁ、私に彼氏が居る時はさすがに来ないので、その辺は弁えてくれてるんですけど。でもそのかわり、彼氏の素性を調べ上げてたことがあって、さすがに引いたけどっ。』
おそらくリィナの兄は、心配でしょうがないのだろう。
結婚まで考えていた男に置いていかれた妹が、自棄になったりしないように見守っているだけなんだろうが・・・そうか、お兄さんは怖いのか。
リィナの召喚後、ご両親宛には召喚主として召喚の経緯と共に『大切にお預かりします』という誠意を伝える手紙と、定期的に召喚者の様子の報告文を送っている。これは召喚主に課せられていることでもある。が、ひょっとしたらリィナにとって一番影響があるのは、その兄なのかも知れない。
もう一度、手紙を書くか。大事な妹を異世界に召喚してしまったことを詫びる文を添えて。
ああ、私はこんな家族の話すらリィナとしたことが無かったのかと気づく。
私に対して“召喚主失格”と言ったのは誰だったか。確かにその通りなのかも知れない。
リィナは年上の女性で。
しかも自分の感情を抑えて『仕事』することに長けている。
雇用主と新人の使用人という関係だから、リィナはよほどの事が無い限り、与えられた仕事はきちんとする。
結果、無理をしてしまっているというのが、アンセム先生の所見だった。
無理をしているのなら、そう言ってくれればいいのにと思う。
だが、雇用主に『無理です』とは言い辛いことも理解できる。
だからこそ、たくさん話をしたり日々の様子を見たりして、言い出せる状況を作る努力をし、言っても大丈夫だと思える程度の信頼関係を築く必要があったのだと。
“言ってくれればいいのに”というのは、ただの甘えなのだ。だが、10才も年上のリィナは無意識に年下の私を“甘やかして”しまっているのだろう、ともアンセム先生には言われている。
『しょうがないな、と思って引き受けているんでしょうね。それは悪い事ではありませんよ、円滑な人間関係を気づくのに必要なことです。だからこそ、引き受けてくれる人への感謝を忘れてはいけませんよ。たとえ使用人であっても。』そう言って、アンセム先生は昨晩、睡眠薬を処方してくれた。リィナが居なくなると眠れなくだろうという予想と、リィナに頼めば『しょうがないな』と言ってまた一緒の部屋に戻ってくれるのだろうがそれは止めるようにと遠まわしに言ってきたんだろう。確かに、年上の余裕で甘やかされていると言われてしまえば、頼みづらい。周りに『甘えてます』と言ってるようなものだから頼みたくない。
現在、推定で3才ほど年下になったリィナは、酔っている為かいつものどこか達観してるような、屈折してるような考え方がなくなっており、仕事中は決して見せない柔らかい微笑みを浮かべ甘えたような口調で話し、いつもより無防備に見えた。
たぶん、これが素のリィナなんだろう。これじゃあリィナの兄は心配だろうな・・・すごく、構いたくなる。
そう思ったとたん、心の中で何かがざわめいた。
リィナを見ると・・・うとうとしている。
背中に置いていたクッションをいつの間にか抱えて、前のめりに舟を漕いでいる。
その様子が可愛くてしばらく見守っていたのだが・・・揺れが大きくなってきた。このままじゃ机に頭をぶつけかねないなと思い、リィナの隣に移り、肩を引き寄せ私に寄りかからせる。
コテン、とリィナの頭が肩に乗るとフワッといい香りがした。
構いたい
側にいたい
・・・甘やかされるのではなく、甘やかしたい
いつか、甘やかす対象ではなく頼りがいのある男に、自分はなれるだろうか。
「リィナ、このまま寝たら風邪を引くぞ」
「・・・んん」
「それに、男の前で無防備に寝るな」
「んー」
私に寄りかかっている状況に気づき、目をこすりながら身体を起こすリィナ。だがまたすぐ目蓋がふさがり、もたれかかってくる。もう目を開けているのが辛いのかもしれない。
それにしても無防備だな。
髪を触っても耳を触っても、起きる気配は無い。
頬をつついても――“ペシッ”と手で払われた。これは嫌だったらしい。
ああ、年下のリィナは可愛いな。
優しくしたいし、そして守りたい。
この気持ちが恋愛感情だとはちっとも思えないが、それでも未来は決まっていないから。それならいくつもの選択肢があってもいいだろう?
「もう寝たほうがいい。ほら、寝室まで移動できるか?それとも・・・連れてってほしいのか?」
少しいたずら心を出して、耳元でそう囁いてみる。
すると、一瞬ビクッと肩が動き、そのあと頑張って目を開けようとしたのか、薄く目が開く。
頬や耳が赤いのは、酒の所為か、それとも?
薄く開いた目が私を見るも、また閉じて。それは眠気に勝てなかっただけだと分かっている。
分かっているが、それはまるで・・・身を任せてくれたかの様で――
私は、引き寄せられるように、顔を寄せた。
年下のリィナが大変お気に召したようです。
しかし、酔って眠っている女性への行為は犯罪です!
《入れ代わり後の舞踏会にて》
クリス「で、どなたと踊りたいんですか?」
マサキ「ん、あの子」
そう言って、マサキが指差した先には・・・マリアの姿が。
クリス「やめなさい」
マサキ「え?どうして?」
クリス「あれが誰だか知ってるんですか?」
マサキ「知ってるよー。シオンの元カノでしょ?」
クリス「彼女ではありませんよ」
マサキ「じゃあセフレ?あ、曲終わった。じゃあ誘ってくるねー」
クリス「待てっ!!踊るなら元の姿で踊りなさいっ」
結局マサキ君はその日、何度も入れ代わりシオンのアリバイを作ることになったのでした。
《夜もふけて舞踏会後に》
マサキ「こんなことなら入れ代わらなければよかったよ」
クリス「自業自得です」
シオン「私の部屋で何をしてるんだ」
マサキ「あれ?お帰り早かったね。てっきり朝までリィナちゃんの部屋にいると思ったのにー。くふふふふっ。」
クリス「・・・(シオンに対してジト目)」
シオン「・・・(目をそらす)」
マサキ「ひょっとして何もしなかったの?シオンってヘタレだったんだー」
クククククっと笑うマサキと、やれやれと溜息を吐くクリスに、肯定も否定も出来ず渋い顔をするシオン。
何かシタのかシテいないのか、真実はシオンの心の内。。。




