90 とある王国の事情11
「もともと戦争の原因を作ったのは、この国なんだよ」
そう言ってハヤテ殿下が話し始めたのは、そもそもの色々な原因。
王女様とのご縁がなくなった隣国『青国』の王太子殿下(つまり、シオン様のおじいさん)は、茶国の王女様(ハヤテ殿下の伯母上様)とご結婚されたそうです。
つまりシオン様とハヤテ殿下って親戚だったんですかぁ。そういえば雰囲気が似てますよね、うんうん。
「王太子である限り、色々な国から婚姻の申し出があるからね。その中の1つがこの国だったというだけなんだよ。」
「えっと、お話だと王女様を忘れられなくてって・・・」
「無いだろうね。青国としては『この国なら良い縁かもしれない』と思って候補として申し出を受けたんだろうね。王女が嫌がってるなら『じゃあその話は無かった事で』ってくらいだろう。将来王妃になった女に『本当は結婚したくなかった』などと投げやりな外交でもされたらそのほうが問題だからね」
ともあれ、同じように婚姻の申し出があった茶国からお姫様をもらって、仲睦まじく幸せに暮らしていたらしいです。
?・・・あれ?めでたしめでたし、ですよね?
「この国の王女様の話は、どんな風に聞いている?」
「えっと、恋人の・・・近衛騎士?と結婚したって・・・」
「・・・恋人ねぇ。」
なんか含みのある言い方ですね・・・恋人ではなかったんでしょうか。
あ、なんか嫌な想像が・・・
「王女が恋人を作れると思う?」
「作れないんですか?」
「まぁ普通はね。作るなら婚約者だろうね」
なるほどね、そうかもね。ダリア王女様だってお見合いのお話があるそうですしね。ってことは、婚約者ではなく恋人ってどういう状況だったんですかね。
「その近衛騎士は王女のわがままに付き合っていたんだろう、と言われているよ。もともと幼なじみだったらしいから、真相は分からないけどね。まあそんなわけで、彼は結婚後もいつも王女の半歩後ろを歩いていたらしいから、伴侶という意識ではなく仕事だったんだろうね」
家臣である騎士に降嫁するわけではなくて、王族の王女様と結婚した騎士さんは、確かに大変だったんだろうと想像がつきます。近衛騎士が王女様と結婚しろって言われて断れないよね、だから仕事としての結婚で、いつも半歩後ろに下がって・・・というのがハヤテ殿下の見解です。本当のところは本人しか分かりませんよね。
そして、事件が起こった。
「虹国の夜会だったらしい」
その時の話を、ハヤテ殿下はお祖父さまからお聞きになったそうです。
その時、王女様と近衛騎士は結婚して20年以上が過ぎていて、一人息子も妻を娶り、孫も生まれていたそうで、近衛騎士は息子の家に同居し、王女様は王宮に留まり・・・つまりこの時点では、すでに夫婦仲も冷めていたのだと思われる。
一方、青国王太子夫妻は3人の子供に恵まれ、夫婦仲はラブラブ。
つまり、王女様は・・・嫉妬したのだ。
「そもそも国外には出さない姫だったらしい。まぁ『出せないような姫だった』が本音だろうけどね。国王も兄達も参加できなかったため、仕方なく虹国へ行かせたはいいが、そこで他国の王族を辱めるなんて王族失格もいいところだ」
王女様は、青国の王太子妃様を侮辱する言葉をぶつけたのだそうです。
最初は服装のこと。装飾品のこと。髪型のこと。
そして、振る舞いのこと。しまいには容姿のことまで・・・とても王族の姫とは思えない低俗な言葉だったらしい。服装や装飾品はその国によって形式や流行が違ってきます。自分の国とは違うのが当然なのに、ひどい嫌味な言葉で罵ったそうです。
そして、ハヤテ殿下が『国外に出せない姫』と言った理由は、王太子妃様の出身を知らなかった、らしい。ダメじゃん、せめて出席者の素性くらい勉強してから行けよって感じですね。
「あまりに酷いから詳しい内容は省くけど、捨て台詞で『こんな方が王太子妃を名乗っているなんて』と言って鼻で笑ったらしいよ。茶国としても自国の姫を貶められたから正式に抗議文を出している。もちろん青国もね。」
なんか、少し聞いただけで残念な王女様です。普通なら正式に抗議して、国として謝罪(慰謝料的な何か貸しを作っておいて外交で優位に立つとか、二度と王女を近寄らせないと誓わせるとか)を求めて終わるはずだったらしいのですが・・・
王太子妃様は、自分に向けられた『悪意』に、お心を痛めてしまったそうです。
貴婦人方との遠まわしな嫌味合戦には耐性があっても、直接的な悪口には耐性が無かったんですかね。いや、そもそも王女様方って悪口とか嫌味は言われないのかな?王族同士の付き合いなんて表面的なものだろうし、貴族達は王族に直接言ったら不敬罪だから言わないよね。
「自分の評価で青国が貶められたと思ってしまったんだろうね。外交を怖がるようになってしまった。それでも王族としての義務や王太子妃としての矜持でしばらくは頑張っていたらしいけど、数年たってとうとう無理がたたって臥せってしまった。」
そして、王太子様は臥せってしまった王妃様を王宮の塔に移したらしいです。必要以上に人と接しないように茶国から連れて来た侍女や騎士達以外は入らないようにして。
「実際は王太子も子供達も生活の場を塔に移して、毎日仕事をしに王宮に出向いていたらしいよ。」
・・・それが以前聞いたお話の『塔に閉じ込めた』部分の真相ですか、つまり閉じ込められたのではなく、引きこもった系?
あれ?でも暗殺者が来たとか、国境で話し合いをしたら全員全滅とかなんとか、あれは何ですかね。
ふと、ここまでシオン様が一言も口を出してこないことに気づき、チラっと見てみると・・・
あ。
あー・・・反省中、ですか?なるほどなるほど、そりゃ気まずいですよね、散々“隠し事禁止!”って指導しましたしねー、聞いた話とここまで違うとねぇ。まぁ、先を続けましょう。
「暗殺者の襲撃は本当にあったらしいけど、それが青国の者という証拠は無かったらしい」
「じゃあどうして」
「捕らえた暗殺者の服装に使われている布が青国製だった、というだけだそうだよ。でもそんなもの、その気になればどの国でも手に入る。青国は繊維工業が盛んな国だからね」
「国境で皆殺し、というのは?」
「それも本当にあったことだけど、映像に写っていた暗殺者が『青国の騎士』の戦い方に似ていたというだけで・・・とにかく、不明な事が多いんだよ」
ハヤテ殿下の話を聞くと、益々よく分からなくなりました。青国さんは悪くないのでは?と思ってしまう。
「ただね、彼は妻が臥せってしまった事を自分が不甲斐ない所為だと思ってしまっていたんだ。その上父親である国王が『何者かに』殺された。・・・心労が重なってしまったんだろうね、徐々に心が壊れていってしまった」
それで結果として戦争を――その前に誰か止められなかったんでしょうかね。
「当時、青国の高位貴族達は穏健派と強硬派に分かれていたんだそうだ。国王は無駄な争いを嫌い、穏健派を優遇していたらしい。その国王が殺害されたことにより強硬派が王太子の周りに集まってしまったんだろうね。そして次第に周りに影響されていってしまった。」
穏やかだった王太子様が、少しずつ変わっていってしまうのを、王太子妃様はどんな気持ちで見ていたんでしょうかね。
そして王と第一王子が死亡し、戦争が終わったらしい。
うーん、まぁ、戦争に至るまでの経緯は分かりました。分かりましたが、戦争のきっかけは赤国、でも実際に戦争を始めたのは青国。きっとそれぞれの国で言いぶんもあるんだろうし、事情もあったんだと思うんですけど・・・思うけど、戦争はダメ!絶対!
――それで本題なんですが、今の話がシオン様とどんな関係が?
「シオンの父親の事は知ってる?」
「えっと、青国の・・・王子様ですよね」
「そう。母親はこの国の現在の王妃。彼女はあの王女の娘だよ」
ふむふむ、つまり敵の子供同士で結婚したと?
「シオンの父方の祖母は茶国の姫、私の叔母だ」
ふむ。
「私の祖父は入り婿でね、黄国という国から来たんだ」
ふむ?
「そしてシオンの曾祖母は緑国という国から輿入れしていてね」
ふむむ?え?それがどういう?
「シオンには赤・青・茶・黄・緑の5ヶ国の王家の血筋が流れている。そして黄国と緑国は現在この国にとって警戒国なんだよ。だから・・・利用されるかもしれない」
「何を」
「この国の『やり方』を、いま話しただろう?国民には都合のいい話を御伽噺のようにして広め、王宮にある歴史書にすら真実を記載しない。戦争のきっかけを作った王女は死んでからも『光り輝く姫』の呼称で奉られ、賠償金が用意出来るまでという期間限定で人質としてこの国に来たシオンの父は無理やりその王女の娘と結婚させられた。」
・・・・・・え?
は!?
無理やり?ええええと、シオン様?否定しないの!?あああああ、ゆーっくり目を背けられました・・・ええええええ。
ああなんか分かりましたヨ“利用されるかも”って『この国に』ってことですよね。なんかあった時に人身御供にされそう感がハンパ無いよね、私でさえかなり巻き込まれてますもんね。私、召喚者だよ!召喚法厳守だよ!
「だからね、茶国に来ないかともうずっと誘ってるんだよ。青国でもいいけど、色々気まずいだろうしね」
「はー、なるほどー」
「特にいま黄国と緑国は王女しか居なくてね、あちらの継承問題にも巻き込まれるかもしれないし」
「ほー」
「・・・リィナちゃん、ちゃんと聞いてる?」
「・・・」
すみません、色んなこと聞いてオナカイッパイデス。
「シオンに何かあったら、君も巻き込まれるんだよ?」
「そうですよねぇ・・・」
「シオンも、リィナちゃんに何かあったら――」
「今は、ちゃんと危機対策も考えてる。」
「“今は”って・・・リィナちゃん、危険な状態になってからじゃ遅いんだよ!?」
「はぁ、そうですよねぇ」
そう言われてもなぁと思い、気のない返事をしたらハヤテ殿下は私とシオン様を交互に見てから溜息をつきました。
「まったく、これだから“召喚主と召喚者”は・・・二人でもっと危機感を持って話し合いなさい。わたしたちが国に帰るまでにね。」
やれやれ、と言いながらお茶を飲むハヤテ殿下。あ、何かいま、シオン様と同類扱いされた気がするっ。
危機感か。危機感ねぇ・・・。
若返ってしまったため、年齢と経験による危機管理能力が下がってしまったリィナなのでした。子供(及び若者)に「危ないからヤメなさい」といっても「はいはい、わかったわかった気をつけるー」と口先だけになるのと同じ状況ですー。




