87 とある王国の事情8
サブタイトルは『男子会』です。
女性たち(と保護者)が庭でお茶会を開いている時、あぶれたシオン、ユーリ、マサキの3人はシオンの部屋のバルコニーに居た。この部屋のバルコニーからはお茶会会場が見えるのだ。
「僕もあっちのお茶会に行きたいなー」
「マサキ様、あちらは女性の懇親会ですので、こちらで我慢してくださいね」
給仕役のクリスがそう言うが、マサキは納得いかないようだ。
「ねぇ、ユーリ君も向こうに行きたいと思わない?」
「思いませんね。煩わしそうな女性が数名居るので」
ニッコリ笑いながら間髪居れずにそういうユーリ。『あー、アカリかぁ』とつぶやくマサキ。
しかし、行きたいとは思わないと言いながらも、ユーリは双眼鏡でお茶会の様子を見ているのだが・・・
「シオンは?・・・シオン?どうしたの」
「・・・」
シオンは考え事をしていた。
『3つ年上・・・リィナは年上好きなのか?それにしても道で出会ったって、道で出会うってどういうことだ?』
・・・ちなみにシオンは道を歩くことは滅多に無いし(基本、馬車移動なので)、道を歩いていても声を掛けられたことも無い(基本的に側に誰かいるので)。
「シ・オ・ン君?聞いてる?向こうのお茶会に行きたく無い?」
「・・・無い。」
「マサキ様、お茶もお菓子もあちらと同じものを用意してますから、ここで我慢して下さいね」
「マサキさん、双眼鏡貸しましょうか?」
「・・・いらない」
なんであの女性が沢山いる華やかな場に行きたいと思わないのかナァみんな枯れてんじゃないの、とブツブツ呟くマサキ。
そしてシオンはまだ考え事をしていた。
『道で、リィナが声を掛けたのか?それとも男に声を掛けられたのか?リィナは道で声を掛けてきたような男が迎えに来るのを待ってるのか?そいつちゃんとした素性の男なのか?本当に迎えに来る気があるか分からないじゃないか、ああなんかムカムカするな』
シオンの想像の中では、リィナはすっかり悪い男にだまされている図式が出来上がっている。
「どうやらサクラちゃんがリィナちゃんの面倒を見たがっているみたいだね」
「あー、妹が欲しいってずっと言ってたからなぁ。そこでダリアちゃんの面倒を見ない時点でサクラの“アカリ嫌い”が良く分かるよね」
「そうなのですか?」
「そうだよ。だってサクラがダリアちゃんを妹みたいに可愛がったら、アカリとユーリ君との結婚を応援しているみたいじゃないか。サクラはアカリが嫌いだから、アカリの邪魔をする気満々だよねー」
「「それは・・・」」
王族としてどうなんだ!?という意味合いを含んだユーリとクリスの呟きを聞き、マサキは明らかに肩を落とした。
「王女も5人目にもなると、政略結婚の道具にもならないんだよ。全員が他国の王家や有力者に嫁いだら、シュウやシュウの次代の嫁候補が血縁者になってしまうだろう?・・・ちなみに僕も兄上2人が結婚して子供も居る状態だからね、もう国を出て好きにしても良いってさ。」
「継承権の放棄、ですか」
「そう。王族が多いのも考え物なんだよね。・・・今そんな内情話しちゃって大丈夫なのかって思ったでしょ?」
「ええ、まあ」
「僕としては、どうせならこの国に来れたらいいんだけど。どう?」
「どうと言われても・・・陛下次第です」
「まあ、そりゃそうだよね。・・・ところでさ、シオンはさっきから何を?」
「シオン様は・・・放っておきましょう。」
「クリス、マサキさんのケーキが足りないよー」
「・・・ユーリが食べ過ぎなんです。マサキ様、すぐご用意しますね」
「ケーキより軽食系がいいなー」
「わかりました。シオン様、少々席を外します」
クリスが退席するのを見計らって、マサキがユーリに問う。
「クリスさんにさぁ、どういう立場で接すればいいの?昨日は僕達を迎える側、今日はまるでシオンの家臣だけど。」
「一応、公的な場では王族、私的な場ではシオンの家令で居たいらしいよ」
「えーと、つまり今日は公的な場では無い?僕が居るのに?」
「・・・そう、ですね」
「何故視線を反らすの、ユーリ君?君、僕の扱い低くない?」
「ぅ・・・シオン!シオン助けて!」
「マサキ、ユーリをからかうな、どう考えても今日は私的な場だろう。クリスは王族だが陛下の養子としての王子位は降りている。成年王族の仕事として騎士団長と、私の家令をしている。クリスの態度が気に入らないならあとで本人に言うといい。どうせお前の事だからよそよそしい態度が気に入らないんだろ?」
ユーリからのSOSにはきちんと答えるシオン。“なんだ、ちゃんと聞いてるんじゃないか”とマサキはボヤく。
「よそよそしいのが気に入らないのはシオンも、でしょ?ところで、さっきから何を考え込んでたの?」
「・・・道で」
「は?」
「道で声を掛けられたことはあるか?」
「は?何?ナンパでもされたの?」
「私じゃない。その・・・メイド、が、道で知りあった男と付き合って、結婚の約束をしたらしく」
「付き合ってるならいいんじゃないの?」
「道で知り合ったなんて、それじゃ相手の素性も分からないじゃないか」
「あのさぁシオン、貴族が舞踏会で相手を探す訳じゃないんだから、素性なんて知り合ってから確認すればいいんだよ。僕らは事前に『どこどこ家のなになに嬢』って素性を教えられてから知り合うけど、使用人たちはそれこそ“学校で”とか“職場で”とか“良く行く店で”とかが多いんじゃない?その“道で”っていうのも通学路とか通勤路とかなんじゃないの?」
「そういうもの、か?」
「シオンが道で声を掛けられた女性と付き合うって言い出したら全力で止めるけどさ、使用人の話なんでしょ?人の恋愛に口を出すと、たとえ良かれと思って口を出したんだとしても、あとで恨まれるよ?」
「・・・まるで恨まれたことあるみたいな言い方だな」
「僕じゃないよ。ほら、覚えてない?茶国の大使付きだった男がさ、」
「ああ!なんかあったよね、えっと、花屋の娘を気に入ったんだっけ?」
ユーリが思い出したその話は、茶国から大使付きで来ていた外務官の話だった。外交で赴いたこの国で、以前から交流のある貴族の誕生日が間近であると知った大使は、外務官に花束を買いに行かせた。その花屋の店員にどうやら一目惚れしたようなのだ。
「外務官を勤めるその男は茶国でもかなり有力な貴族家の出身で、それが他国の、しかも平民から妻を娶るとか言い出したものだから――」
「結構な騒ぎになったらしいね」
「そう。その男を王家の2番目の兄上が説得したんだけどさ、いやぁ大変だったよ、諦めろと言っても諦めるわけ無いし、かといって認めるわけにも、ねぇ」
「スパイ容疑が掛けられたよね、その娘」
「そう!その男の家が『息子はだまされてるんだ!』って勝手に騒ぎ立ててさ、そんな訳ないじゃん。ここの国が抗議してくれたおかげで、やっとあの男の説得が出来たんだよ。大体、仕事で来てる国の平民に街で声を掛けるとか、ありえないよね」
「その娘はどうなったんだ?」
「“勝手に一目惚れされただけ”な訳だから、さぞいい迷惑だっただろうね。謝りに言った兄上でさえ『二度と顔を見せないでください!!』って叫ばれたらしいよ」
・・・二度と顔を見せるなとか、リィナに言われたら、召喚主としてマズイ気が。
シオンが“そうか恋愛ごとに口を出すのは止めた方がいいのか”と考え始めた時、ユーリとマサキはまた別の話をしていた。
「この国ってさぁ、異世界の友好国に大使を派遣してるでしょ?異世界人と結婚とかって話は出ないの?」
「大使に選ばれるのは基本的に既婚者だけなんです。帯同する子弟は12才以下でないと認めていませんし、妻子は留学扱いにしています。成人後、正式に異世界で移民登録をするか、こちらに帰るかを選択させます。」
「なるほどねぇ。」
「今のところ、移民登録をしたものはごく少数ですよ」
「帰国した人は何の仕事に就くわけ?」
「それは人それぞれですね。ただ、外交官にだけはなれません。この国と異世界と両方に拠点を持つものが密偵にでもなると、まずいですからね」
「なるほどねぇ。じゃあ帰国したらもう異世界には行けないんだ?」
「そうですね、基本的には異世界への留学は生涯一度きり、と現在の法律で定めていますので・・・ですが、友人の冠婚葬祭への出席などは例外として認めていますよ」
シオンは、ユーリとマサキの話を聞いていて、得体の知れない感覚にとらわれた。
リィナが寝言で発した『がいこう』という呟き。その呟きが正しく外交官の事だったとして。
5年後に迎えに来る、と言っていたその5年後が昨年だったはず、そうするとリィナが25才、3才年上のその男は28才。
日本の外交官の平均結婚年齢など知らないが、海外に赴くにあたり結婚して妻帯できなかったのか?たとえば年齢や職務経験的に結婚はまだ早いと判断したとしても──5年間も何の音沙汰なしなんて、ありえないだろう。
「あれ?どうしたのシオン、顔色悪いよ」
「・・・なんでもない」
得体の知れない感覚──しいて言うなら寒気と動悸、そして嫌な汗が背中を伝う・・・
この世界で日本に外交官を送っている国は、何カ国か、ある。
もし、もしも
リィナが道で知り合ったという3才年上の外交官が
こちらの世界の人間だったとしたら?
────きっと、5年後に迎えに行くなんて約束は・・・嘘だ。
もし
この世界のどこかに
その男が、居るのだとしたら?
「シオン、どうしたの?」
「シオン?」
「・・・すまない、大丈夫だ」
────会わせるわけにはいかない。・・・きっと、リィナが傷つくことになる。
シオンが一つの結論に至ったその時、
「「きゃあああー!!」」
女性達のお茶会会場から、2人分の悲鳴が聞こえた。
設定のおさらいと説明の回でした。
最後、悲鳴で終わってますが、次回シリアス展開にはなりません。




