85 とある王国の事情6
最初だけ3人称です。
***リィナとシオンが去ったあとのお茶会会場***
「申し訳ありません、ユーリ殿下」
「そんな堅苦しくしなくてもいいよ、マサキ王子。」
丁寧にお辞儀をしたマサキにユーリがそう返すと、マサキは苦笑した。
「ありがとう。少し見ない間に立派になったねぇ、ユーリくん」
「僕達そんなに歳、離れてないよねマサキさん」
ユーリにとってシオンが『兄』なら、マサキは『兄の友人』ポジションにいる人である。
兄ほど厳しいことは言わず、でも兄と同じくらいは自分を可愛がってくれるマサキに懐くのはある意味必然であった──たとえ、身分は他国の王子だったとしても。
「しかしまいったナァ。シュウの奴」
「ケーキをこぼしただけだよ。厳しく叱らないであげてね」
マサキのボヤキにユーリがそうフォローする。
「まぁ、お優しいお言葉ありがとうございますユーリ様。なにぶん子供のしたことですのでお許しいただけますと、兄も安心いたしますわ」
アカリがまるで媚を売るようにユーリにそう言うと、
「アカリ伯母上、うざい」
ずっと無表情のまま黙っていたサクラが顔を顰めてそう言った。
「サクラ!なんてこと、場をわきまえなさい!」
「シュウは、バカなことをした。厳しく叱らなければならないし、そういう時するべき行動をきちんと教えておくべき」
アカリの叱責を無視して、相変わらず無表情のままそう告げるサクラ。
「サクラちゃん?シュウ君の行動は、僕達にはなんとなく理解できるんだよ、だから大丈夫なんだ」
「そうそう、子供の頃にはよくあることなんだよ」
ユーリとマサキがサクラにそう言うと、サクラはチラリと二人を見て、
「・・・これだから男どもは」と言って溜息をつく。そして、それはナンシーもダリアも同意見のようだ。
「あんなことをしたら嫌われると、どうして分からないんでしょうね」
「男は想像力が足りないのよ」
と、二人ともサクラに同意している。
「マサキ叔父上、叔父上達はどうせシュウの行動は『かわいいと思った女の子をイジメちゃう』行動だと思っているのでしょう?」
「・・・そ、そうだけど」
「それがダメなんだ!」
「そうですね。絶対にダメです!」
サクラとナンシーが力強くそう言い切る。
「いいですか叔父上、いじめられた側の気持ちを考えたことはありますか?相手が自分をかわいいと思っているなどと知らずに、いきなり理不尽な行動をとられるのですよ!」
「そうです。恋愛感情ならまだしも、シュウ殿下の御歳では『好きだから』ではなく『気をひきたい』だけと思って間違いありませんしね」
「気をひきたいが為に、理不尽なイジワルをされた相手に好意を持つわけがないでしょう。むしろ嫌な相手として記憶に残ります!」
「そして頭の悪い男どもは集団で気に入った女の子に構いだすからタチが悪い」
「そうですね、持ち物を取ったり、待ち伏せしたり」
「髪や飾りに許可無く触ったり」
「複数の男の子にイジワルをされた女の子はどうなると思います?まず男の子全員を苦手になります!」
「『男の子にはいじめられる』と思い、まず避けはじめますね」
「そしてせっかく可愛いのに、目立つといじめられるからお洒落もしなくなります・・・もったいない」
「それを大人が“ほほえましい”などと言ってきちんと諌めないことが問題なのです!可愛い子をいじめちゃう行為というのは、男性が苦手な女子を増やし、ひいては少子化にも繋がりかねない!」
「わかった!わかったから!3人とも落ち着いて!」
「よくわかった!シュウにはよく言っておくように、兄上に伝えておくから!」
──女が団結した方がよっぽど怖いだろう、と思ったマサキとユーリだったが、思っても口に出してはいけないことは百も承知とている。
「これからリィナちゃんに謝りにいってくるよ」
「あー、じゃあ・・・クリス、マサキさんとシュウ君を案内して」
「シュウにも謝らせるべき・・・私も一緒に行く」
***************
リィナは、夢を見ていた────不思議な事に、夢の中なのに“夢を見ている”と自覚していた。
その夢の中で、リィナは子供だった。
あたたかい日差しの中、家族4人で縁側で日向ぼっこしている。リィナの・・・莉奈の実家は南側の庭に面して大きなガラスの窓になっており、日差しはあるけど外気が少し低い日などは、よく家族で日向ぼっこしていたっけ。
お母さんがリンゴを剥いてくれて。お父さんがお茶を淹れてくれた。
ポカポカな日差しの中、お兄ちゃんに寄りかかって、うとうとしてしまうことが多かったっけ。
それで?
お兄ちゃんは莉奈の髪を弄るのが好きみたいで
髪を?
起きると三つ編みになってたり
三つ編み?
三つ編みじゃないときはずっと頭を撫でてくれていたり、とか。今日もポカポカしてて、あったかい・・・
「・・・そうか」
急に耳元で聞こえた声にビックリして、意識がハッキリした。
「・・・え?」
そして今の状況を、確認する。
ナゼ ワタシハ ダンナサマノ ウデノナカニ イルンデショウカ???
その時、ドアがノックされて、クリスさんが入ってきた。
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「・・・何してるんだシオン」
「・・・昼寝、だが」
「・・・リィナを抱いて?」
「向こう端から転がってきたから受け止めたんだ。・・・何も疚しくない」
転がって・・・あ、本当だ。あっちの端で寝てたはずなのに、反対側に居る・・・ってことは、寝ながらコロコロっとこちら側まで来たわけで・・・私って、寝相悪かったんだ・・・ショック。
「転がってきた時点で起こすか突き放すかしなさい」
「・・・寝ぼけてるみたいだったし、あったかいって言われたら、突き放すのはちょっと」
クリスさんとシオン様の話は続いておりますが、シオン様の腕は私の背中にしっかり回っていて、10才の女児となった私の身動ぎでは離してもらえません。
・・・あの、本当にもう離してもらえませんか?起きましたから
「とにかく、少しリィナに用事があります。リィナ、起きているのなら着替えて──」
「クリスさん、リィナちゃんが寝てるようならまた出直すから──」
クリスさんの後ろから、マサキさんの声がします。え?なんで?と思ったときには時すでに遅く・・・
「・・・シオン君、キミって本当に幼い女の子が好きだったんだ?」
「何をふざけたことを言ってる?そんなわけないだろう」
シオン様が眉間に皺を寄せてマサキ王子の言葉を訂正しますが・・・
説得力、無いですよ。10才の女の子と一緒にベットに寝てる時点で。
「そんなことよりクリス、他国の王族を人の寝室に入れるな」
私を抱き起こしながらクリスさんに文句を言うシオン様。
「マサキ王子、私は隣室にご案内しましたよね」
「うん、聞いたけど。でもシオンの部屋なら何度か来たことあるし。」
クリスさんの真っ黒な笑顔つきのお小言を、天然なふりしてスルーするマサキ王子。うわー、この人ユーリ様タイプの人だ。
その間にシオン様は控えていた女官から私の服を預かって、着せようとしています。なんですかその服、寝間着の上から着るガウンみたいな物?え?上から被るの?腕を上げろって?バンザーイ・・・腕が引っかかったです・・・え、首が出ないんだけど、腕の位置が違くないですか、これ?
「叔父上、リィナ殿は?」
「どうして僕がこんなところに・・・」
幼い二人の声が聞こえてきました。
ちょうど私がシオン様に被せられた服を着るのにモゾモゾとしていて、それをシオン様が自分の着せ方が悪かったのだということに気がつき一度脱がせようとしていた時でした・・・
ちなみにこの時の私はモゾモゾしていてちゃんと見ていなかったのですが。
「・・・なんだ、お邪魔なようだから出直そうシュウ、叔父上」
なんだか冷静な王女様の声と、
「・・・ぅぅぅうわぁぁぁぁぁん」
なにかを叫んでいる王子様の声とバタバタと入っていく足音と。
「・・・謝るどころじゃなくなっちゃったね」
溜息混じりに呟くマサキ王子の声と。
「何が?」
と呟くシオン様の声と。
「ハァ──────」
長い長いクリスさんの溜息と。
第3者から見たら、完全にベッドの上で服を脱がそうとして見えたのだ・・・ということに、私とシオン様が気づいたのは、その少しあとのことでした。
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「うん。勝手に部屋までついて来て寝室を覗いたことを、これほど後悔するとは思わなかったよ」
「だから、誤解だ」
「うん、誤解なのも理解した。ごめんねリィナちゃん。」
『ベッドの上で幼女の服を脱がせていたシオン様』の誤解はすぐに解けました。
現在、晩餐の時間です。そして走り去ったシュウ殿下は、やっぱり居ません。
「リィナ殿、シュウには良く言い聞かせておいた。今後このような事がないようしっかり教育してもらうから、安心してくれ」
サクラ様が真顔(というかサクラ様は基本、無表情らしい)で、そう言ってくれました。はい、どうもありがとうございます。ちなみに、このお城で出た残飯類は“バイオなんとか処理”をして、肥料になるそうです。落ちたケーキもきっと美味しい野菜の糧になることでしょう。食べ物を無駄にしてはいけませんよね。しっかり教育してくださいね。
「シオン、服を着せるときは腕を通してから首を通すか、首を通してから腕を通すか、どちらかにしなさい」
「シオン君って、意外と不器用だったんだねー」
子供の世話がちゃんと出来なかったシオン様は、クリスさんとマサキ様にイジられてます。
そしてなにより不可解なのは──なぜ私はシオン様に着替えを手伝ってもらってたんだろう?着替えを持ってきた女官さんに手伝ってもらえばよかったのでは?というか自分で着替えればよかったのでは?
あれかな、お兄ちゃんの夢みたからかな・・・そうだ、そういうことにしよう。
・・・お兄ちゃん、私はどうやら、本当にホームシックだったようです。
シオン君、子供の世話が苦手だったようです。




