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82 とある王国の事情3

いつもよりちょっとだけ長めです。

リィナとナンシーが小さくなってから数日後・・・

リィナの口数が、日増しに減っていった。


「お嬢様、お茶が入りました」

リィナにつけた女官がソファーにお茶の準備をし、リィナに声をかける。

ラグの上で大きなクッションにもたれて本を読んでいたリィナは、顔を上げると無言のままソファーまで行き、女官に無言のまま軽く頭を下げて、お茶を飲み始めた。


・・・子供って、こんなだったか?何かが違う。

いや、子供がどうとかいうより、リィナの様子がなんか違う。具合でも悪いのかと尋ねてみても、首を振るだけだし・・・



「リィナ、少し出てくるけど、一緒に行くか?」


私の顔を見て、コクンと頷くリィナ。

色々腑に落ちないが、とりあえずクリスの執務室に向かうとそこは──混沌としていた



「・・・何があったんだ?」

「ナンシーが暴れたんですよ。ウィルのせいで」


絨毯には“何か”で濡れ、椅子は倒れ、ソファー前のテーブルは“何か”でカラフルになっている・・・のを女官3人がかりで掃除中。


「執務机が無事だったのがせめてもの救いですね」

クリスがなんだか投げやりになっている。

「それで、ナンシーは?」

「奥でウィルが説教中です。リィナはおとなしいですね。ナンシーとは大違いですね」

そう言ってリィナの頭をなでるクリス・・・リィナは、なんだか嫌そうな顔をしている。


「あ、リィナ!」

奥の部屋から戻ってきたナンシーがリィナに駆け寄る


「ナンシー、何してるの?」


疲れたようにつぶやくリィナ。


「・・・ちょっとお絵かき?」

「お絵かき?」

「そう。絵の具使いたくなったんだけど、ちょっとこぼしちゃったの」

「どこがちょっと?絨毯ビショビショだよ、クリスさん困ってるじゃない」

「えー、だってー」

「だってじゃ無いの、まったく・・・」


・・・あれ?いつものリィナとナンシーの会話に聞こえる。会話の内容はともかく。


リィナの様子がおかしいと思っていたのは、気のせいだったのか?・・・気のせいだったのかもな。


部屋が片付いた頃、ダリアがやってきてリィナとナンシーを連れて行った。これから外交の勉強らしい。子供とはいえ茶国(マロン)の王族を相手にするわけだから、それなりに教育は必要だろう。


「まったく、いつから執務室(ここ)は子供の遊び場になったんだか」


掃除が終わり、子供たちが去ったとたんに静かになった部屋で、心底嫌そうにクリスがつぶやいた。





気のせいだったのかと思っていたリィナの様子が、どうやら気のせいではなかったと判ったのは、さらに数日後。ナンシーの発言でだった。

相変わらずナンシーの暴走(騎士団内はもちろん、王宮の出歩ける場所という場所すべてで細かな問題を起こす)が続き、さすがにウィルとクリスがキレ始めていた。・・・ちなみに、私にはそれほど被害がないのも、2人の機嫌の悪さを煽っていたと思う。明らかにナンシーは相手を見ていたずらしているのだ。


今日のナンシーは、武器庫に忍び入り手ごろな剣を2~3本、ウィルの名前を騙って勝手に持ち出しリィナの部屋の側まで持ってきたところで、武器庫番からの連絡を受けたウィルに廊下で捕獲された。

「お前いい加減にしろよ!」

ウィルが本気で怒鳴ると、ナンシーは一瞬ひるんだが「リィナの為よ!」と言い切った。


「リィナの為?どういうことだナンシー」

ナンシー曰く、運動でもすれば、少しは気がまぎれると思って、だそうだ。気が紛れるって?

「お前、ずっとリィナちゃんの気を紛らわそうと思って、暴れてたのか?」

呆れたようにウィルが問う。

「そうよ、リィナは責任感の強い子だから、私がイタズラしてたら止めに来るでしょ?気づいてたウィル?リィナ、私を叱る時だけはいつもの口調に戻るのよ。それ以外の時は無気力で、無表情で・・・あれじゃ病気になっちゃうわよ!旦那様、あれだけ一緒にいてどうしてリィナの様子に気づいてないんですか!」

あれだけ一緒に居てと言われても・・・

「そんなに一緒にいる訳じゃない」

「じゃあ女官から報告があるでしょう?」

「報告?最近は毎日おとなしくしているそうだが」

「おとなしくって……どうしてそこがおかしいと思わないんですか!もういいです!医療棟に連れて行きますっ!」

「ナンシー、先に我々にもわかるように説明しなさい」


クリスの静止も聞かず、ナンシーはリィナの部屋に入って行く。


「医療棟?そんなに悪かったのか?」

具合が悪いようにはみえなかったが……やっぱり具合が悪かったのだろうか?おとなしかったのはその所為?


こちらが廊下で戸惑っている間に、ナンシーが部屋からリィナを連れ出し医療棟に引っ張って行く。とりあえずそれを3人で後ろからついて行く。

どうやらリィナはどこに連れて行かれるかわからずに引っ張り出されたらしい。しきりに「ねぇどこ行くの?」とナンシーに尋ねている。


医療棟に到着し、ナンシーが真っ直ぐ向かった先は心身科。日本語で表現をするならメンタルヘルス科だが、医療棟の心身科は心の負担と同時に戦争などで身体に負担を負った者も同時に診療する場所で……つまり心と身体、どちらの症状なんだ?


「センセ!」

部屋に入ったナンシーが声をかけると、人の良さそうな老医師が振り返った。

「はい?……おやおや、これはまたお懐かしいお姿ですね。どうしました?」

ナンシーを見て相好を崩す老医師。ナンシーは彼と知り合いだったのだろうか?

「挨拶はいいから!この子、この子診て!召喚者なの、31才の!」

「こちらのお嬢様ですか?どれどれ・・・ああ、あまりよろしくないようですね。お名前をお聞きしても?」

「え?はい、リィナです。」

老医師はリィナの瞳を覗き込み、名前を尋ねる。

戸惑いながら名乗ったリィナの目の上に老医師がそっと手をかぶせると、リィナはそのまま前に倒れこむ。


その身体を支えた医師は、リィナを抱き上げ奥の診察ベッドへ寝かせた。

そして、ゆっくりとこちらを振り返った老医師は、

「ずいぶん前から眠れていないようですが……さて、責任者はどなたですかな?」

人の良さそうな笑顔のまま、しかし鋭い視線でそう言った。





「──なるほど、つまり31歳の女性を子供にしたことに対する心のケアをどなたも行わなかったと、そういうことですかな?」

にこにこと笑顔で、しかし額に血管が浮き出ている『激怒』という様で責められる。ああ、なんか変な汗が出てきた。


ここは医療棟の中でも最奥にある王族専用の部屋。王族以外は立ち入ることが出来ないため、ウィルとナンシーはリィナの寝ている診察室で護衛と称して待機している。


王族専用の部屋に呼ばれたのは陛下や王妃を含めた王族全員。そして激怒しているのがもう一人・・・

「陛下?わたくし、何も、聞かされて、おりません、が?」

笑顔で、短く言葉を切って陛下に詰め寄る王妃(ははうえ)


「そそそそそうだったね、いいい言い忘れたみたいだなぁぁぁ」

王妃から視線をそらし、ダラダラと汗を流しながら言い訳にもなっていない言い訳をする陛下。


「アンセム医師、それでリィナはどういう状態なのですか?」

クリスのその問いに、老医師アンセムは一言つぶやく。


「今の状態だけを言うなら、情緒不安定が悪化した状態です。召喚者であるならホームシックもあるでしょうが、このままストレスを与え続ければ統合失調症になるのも時間の問題ですよ」


アンセム医師は、そう言って溜息をつく。


「そもそも、陛下の『(キー)』の特殊性を、皆様覚えておいでですか?」


陛下の『(キー)』は、若返りまたはその解除。

肉体だけの変化ではなく、気持ち・・・つまり心も若返ってしまう。

但し、すべての記憶を持ったまま。


つまり・・・


「クリス様は、10代半ばに留学を経験されていますね?ホームシックにかかることはございましたか?」

「ない」

「ではもっとお小さい頃、ご家族と暮らしていた離宮から、王宮に連れてこられた時は?」

「っ!」

「ユーリ様は現在では1月ほど外交に出られることもありますが、ホームシックになったことは?」

「ない・・・が、そうだな。子供のころは1週間も王宮から離れたら不安で仕方がなかった」

「ダリア様、もしお一人で供も連れずに城下へ行かれたら、どんな気持ちになると思いますか?」

「そんなの、不安に決まってるわ!・・・リィナは不安になっていたの?」

「そうですね。皆様時々お忘れになるようですが、個別召喚者というのは大抵『いきなり連れてこられて』いるんです。家族、友人、仕事、その他全てと引き離されて。理不尽さや不安に蓋をしてこの世界で暮らしていけるのは、帰れる確約と帰還後の保障、この国での優良待遇と何より『仕事』を与えられているという責任感によるものが大きい・・・つまり、大人なら文句は言わないだろうという状況を作り出して誤魔化しているにすぎない。召喚主を厳しく監視しているのはそのためです、召喚者は召喚主に害意を持てない、ですが、害意は持てなくてもストレスは感じているんですよ」


子供の姿になったことで仕事をさせず、但し大人の記憶があるため文句もいえず、しかし感情が子供に戻っているため不満や家族と離れた不安が抑えられなくなっていたのだろうか。



陛下、王妃、ユーリが戻ったあと、リィナの眠る診察室へ移動し、再度アンセム医師からリィナのこれまでの様子を聞かれることになった。


「泣いたり、愚図ったりはしていませんでしたか?」

「最初はしていた」

「10歳の少女というより、もっと幼い幼女のような行動だったのでは?」

「・・・とにかく泣いて、あとはクリスに抱っこされたり撫でられたり・・・可愛がられるのを嫌がっていた。あと、ウィルを怖がって泣いていた」

「急に不安になり、感情が制御できなくなったのでしょうね。そこで不満を吐き出せてしまえばよかったのかもしれませんけど、31歳の記憶があり難しかったんでしょう。他には?」

「夜、寝室に行ったら起きていて・・・」

「ほう、寝ている女性の寝室へ行かれたんですか?」

「っ・・・様子を見に行ったんだ。そしたら起きていて寝ぼけているみたいだったが、手を伸ばされたから抱っこかな、と思って、うとうとするまで抱っこした」

「それは・・・おそらく寝ぼけていただけでしょう」

「そうなのか?」

「子供返りは確かに統合失調症の一症状ではありますが、彼女はまだ統合失調症とは言いがたいですからね」


そうなのか。じゃあなんで手をのばす・・・?

「確かに、いくら感情まで若返るといっても、抱っこを求めたりはしないでしょう。そこまで幼くないですよね」

「クリス様に抱っこされた時は嫌がってたって話ですし?」

「でもその後、シオン様の膝の上で餌付けされてなかったか?」

クリス、ナンシー、ウィルが口々にそう言うと、アンセム医師は苦笑しながら

「ま、人違いでしょうね」

と言った。人違い?何のことだ?

「あー、そうですか。」

「なるほど、人違いね。暗かったし?」

「へぇ~」


何やらアンセム医師の人違い説に納得した様子の3人。

「なんでみんな納得してるんだ?」

「シオン様、わからないんですか?人違いですよ人違い」

「だから人違いって、私と誰かを間違えたっていうことだろう?どうしてそれが手を伸ば・・・」


ん?

人違いをして、手を伸ばした・・・ということか?

誰かと、人違い。

手を、伸ばして・・・


「気づきました?」

「・・・(誰かと、人違い)」

「シオン様、今後女性の寝室には、むやみに立ち入らない方がいいですよ」

ウィルがニヤニヤ笑いながらそう言うと、ナンシーは難しい顔でアンセム医師に聞いた。

「先生、女官からの報告だと、リィナは毎晩泣いているらしいんです。それで、よく眠れていないようで・・・」

「そうですか。夜に独りになると急に不安がこみ上げてくるのかもしれませんね。そういうことなら、むしろ夜は召喚主であるシオン殿下にずっとついていてもらった方がいいかもしれません。召喚者にとって召喚主は唯一『頼ることの出来る』存在ですからね」

「う・・・(何かの拷問?)」


「シオンいいですか?人違い、ですからね」

「・・・(分かってる)」

「今後、リィナがシオンの事を誰かと勘違いして“誘って”きても、絶対に手を出さないように。いいですね?抱っこもダメですよ?」

「・・・(分かってる)」

「クリス様、さすがに旦那様でも10歳の少女に手は出さないでしょう」

「・・・(そう、リィナ10歳だし)」

「大丈夫、今のリィナちゃん“まっ平ら”だし。イテっ、蹴るなナンシー!」


人違い。

たとえ人違いだったとしても、誘われていたという状況だったことに気づいてしまったら、意識をせずにはいられなくなってしまった。


10歳だし10歳だし10歳だし・・・って違う!じゃあ元に戻ってから再度人違いされたらどうするんだって話になってしまうじゃないか、えっと、メイドだし、メイドだし、メイドだし・・・って、クリスはメイドに手を出してたな、これもダメか。じゃあ・・・


「シオン様には召喚主としての心得と、現在のリィナさんの治療に関する心得をしっかりお教えする必要がありそうですね」


アンセム医師は、また額に血管を浮かばせた笑顔で、私の目を見てそう言った。








***アンセム医師***

伯爵位を持つ王宮医。

(キー)』を2つ持つ者が現れる珍しい家系の出身。

彼の『(キー)』は『状態確認』と『眠り』。持って生まれた『(キー)』の為に、医者になること以外選択できなかった、が、本人は案外この仕事が気に入っている。王様にも強く言うことの出来る数少ない人物。

ナンシーは子供の頃から、診察してもらってます。









アルファポリス様のお祭が始まりました!ギリギリでエントリーしてみました!

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