78 ひきこもりのメイドと弱気な旦那様
リィナ視点→シオン視点→リィナ視点と変わります。
旦那様(とマリア嬢)にお説教をした翌日から、私、ハウスメイドのリィナは、掃除にいそしんでいます。
確か、メイドさんとかの使用人って、家人に姿を見せることなく仕事を終わらせるのが望ましいとかって、日本にいた頃聞いたことあるしね、古いイギリスの映画?とか探偵さんが出てくるドラマ?だったかな。
そんなわけで、コソコソと仕事をしている私。だって旦那様もクリスさんもなんだかいま本当に嫌になってしまったんですもの。私、嫌になった人って顔を会わせたくないんですよね。だって会わなければ嫌な思いをしなくていいじゃない?会って相手を非難するような事言ってしまうのも嫌だしね。会わないのが一番。
でも考えてみたら、他の皆さんはいつも旦那様やクリスさんに会わずに仕事をしているんですよね。私が旦那様やクリスさんに遭遇しすぎなんですよ・・・ということで、
「リィナ、何してるの?」
「(しぃっー、ナンシー静かにっ)」
「何見て……旦那様とクリスさん?」
そうです。すぐそこの廊下にいるので、壁の影からコソッと覗いて、立ち去るのを待っています。顔を会わせたくないんで。
「・・・まだ引きずってるのね、まあ気持ちはわかるけど」
ナンシーは溜息をつきつつ協力的です、助かります。
廊下を歩きながら話していた旦那様とクリスさんが部屋に入ります。パタンと音がしたので、今のうちに廊下を通ります!いつもより少し足早に・・・というか小走りで廊下を通っていたその時!
ガチャ
なんと!さっき閉まったドアがまた開いて、旦那様が出てきました。
「・・・」
「っ!・・・お疲れ様です。失礼します!」
ご挨拶だけして通り過ぎる私。なんか話しかけたそうにしつつ何も話しかけてこない旦那様。いくら嫌だからって私は社会人ですから、話しかけられればもちろん答えますよ。無視したり態度悪くしたりはしないです、嫌な客にでも、というか嫌な客ほど丁寧に応対してましたしね。それが仕事ってもんです。だけど、話しかけてこないんだから、別にいいよね。
ということで、足早に立ち去る私。
物言いたげに見られているのは背中で感じていますが・・・何ですか?と聞いてあげるほど、今の私は優しくないです。
*****************
久しぶりにリィナを見た。ほぼ1週間ぶりだ。そして、明らかに避けられている。・・・そして避けられていることにショックを受けている自分を自覚した。
「あの旦那様」
「なんだ、ナンシー」
「リィナの事、なんとかした方がいいと思いますよ、あれはコミュニケーション障害どころか、突発的な対人恐怖症だと思います。今のところ対象は旦那様とクリスさんだけみたいですけど。」
「・・・わかってる」
「わかってないですよ。嫌なことが続いてもずっと我慢してたから、爆発しちゃってるんですよ?」
「わかってる・・・ただ、避けられてるから話が出来なくて」
「・・・どんだけ弱気なんですか。とにかく、時間を置いたからといって改善するとは思えませんから、仕事を頼むふりでもして話しかけてみてください」
「今の状況で仕事を頼んだら、余計に嫌がるんじゃないか・・・?」
「大丈夫ですよ。普通の仕事ならキチッと仕上げると思います。その辺の意識はこの国の人間よりしっかりしてますよ」
確かに、そうかもしれない。だけど、普通の仕事って、何だ?
「剣道習わせたり、若返らせたり、ダンス覚えさせられたり、囮にされたり、侍女させられたり以外、ですよ」
最後の“侍女”は、リィナがダリアとの繋ぎを頼んで来たからのような気もするが?
「とにかく嫌われたままが嫌なら、まずは話しかけて、それから少し機嫌をとってみたらどうですか?」
「そうする」
それから1週間、結局リィナには会えなかった。
「キーラ、リィナは屋敷内に居るよな?」
「はい、もちろんおります」
話しかけるどころか、姿を見せない。なんだこれ。確かにリィナはメイドだ。だから主人である私の目に入らないように仕事をしているのかも知れない、けど!
「呼んでまいりましょうか?」
「いや、いい。それより、いま何の仕事をしているかを教えてくれないか?」
呼び出してもっと機嫌が悪くなると悲しいし、かといってニアミスすらしないこの状況を何とかしたい。となると、こちらから出向くのが一番いいだろう。
私は、キーラにリィナの居場所を聞き、屋上へ向かう内階段に向かった。そして・・・
リィナが、居た。
階段に座って、壁にもたれて。
寝ている。
・・・どうしたらいいんだ、これ?
起こすか?まあ起こすのは起こすとして、起こした後は?
居眠りを叱る?それともスルーする?
雇用主としては起こすべきで、そして叱るべきだろう。通常ならサボリと見なし減給なのだが・・・。
叱ったら、また避けられるんじゃないか?とか。叱らないと逆に雇用主として失格と判断されるんじゃないか?とか。眠っているリィナを眺めながら、ぐるぐる考えていたら・・・リィナが身じろぎした。瞼もピクピクしている。まずい、起きる前に起こさなきゃ!
「リィナ、リィナ」
肩をゆすると「んんっ」と言いながらリィナが起きた。
「・・・旦那様?」
「ああ」
寝ぼけているのか、ボーっとしているようだ。
「ん?・・・え!?私!?」
リィナが、珍しく慌てている。
「すっ、すみません私っ、こんなところで、ねてっ!?」
「いや、それはいいが・・・疲れているのか?クリスにシフトを見直させたはずだが、無理してないか?」
「え、は、はい。大丈夫です。ちゃんと見直してもらいましたから」
「そうか。もっとはやく気づくべきだった。すまなかったな」
「・・・いえ、本当に大丈夫です。それより居眠りなんてしてしまい、すみませんでした」
そう言って頭を下げるリィナ。
「寝不足なのか?」
「いえ特にそういうことは無いと思っていたのですが・・・寝不足だったんですかね。今はすっきりしてますので」
「寝不足の原因は、やっぱり私達の・・・」
「違います!たぶん、たぶんですが・・・抱き枕を洗濯中で」
「抱き枕?」
「はい。こちらに来て初めて買った、うさぎの大きなぬいぐるみです。やわらかくて抱き心地がよかったので、抱き枕にしていたんです。今までは自分で洗ってたんですけど、ミシェルが良い洗剤があるからっていうので、いまお願いしていて」
「うさぎ・・・」
最近どこかで“うさぎ”に関する話を聞いた気が・・・
「はい。犬とか猫よりうさぎとか鳥が好きなんです。・・・旦那様?」
「うさぎ・・・」
「旦那様?」
リィナが不思議そうに首をかしげている・・・・・・そうか、思い出した。
「リィナ────」
それから3日後、全然乗り気のないリィナを馬車に乗せて王都を出た。王都から馬車で2時間ほどの場所に王族の直轄地がある。離宮扱いをされているやや小ぶりの屋敷と、研究者達の施設、広大な農地と放牧地と森と湖。動植物の保護や繁殖のための場所として使用されている。
「さあついたぞ・・・どうした?」
「・・・いいえなんでもないです」
腰をおさえながらよろよろしているリィナ。そうか長時間馬車に乗るのは初めてだったか、きっと腰と尻が痛いんだろう。
「ここ、何ですか?」
「・・・見せたい物があるんだ」
リィナを連れて施設に入るとすぐに責任者がやってきた
「急にすまなかったな、所長」
「いえいえ、いつでもいらして下さい。どうぞ、こちらです」
そして入った部屋には・・・
************************
旦那様に連れられて馬車で連行された先にあっただだっ広い敷地にある建物の一角。なんだろう、ここ何かの施設かな。なんだろう。
「どうぞ、こちらです」
人の良さそうな日焼けしたオジサンに案内された部屋には・・・
白や茶色が、もふもふぴょんぴょんと!
「かわいいっ」
「半年前に生まれた子たちですよ」
ケージの中には全部で5羽・・・いえ、異世界での単位は匹でした、5匹のうさぎたちが居ます。
「大人しい子ばかり連れてきています、抱っこしますか?」
「はい!ぜひ!」
そうして抱かせてもらったのは、白と薄茶色が混ざった子。
落としたらたいへんなので、ラグの上に座り、胸に抱えてなでなで・・・いゃーん、もふもふー。
うさぎさんも目を細めて大人しくしてくれてます。気持ち良いのかな?
いつの間にか旦那様も隣に座って、私の抱っこしてるうさちゃんを眺めていました。
「旦那様、ここは何の施設なんですか?」
「この一画は、動物の繁殖場、だな。」
「うさぎを繁殖しているんですか?」
「・・・まあそうだな」
なんか旦那様の様子が変ですね。
「・・・まさか、食用?」
「・・・」
マジですか──でもフランスでもジビエとかあるし。え?違う?狩猟用?ああ、なるほど、狩りをするんですか。
旦那様の話によると戦争が終わってから、貴族の子弟を集めて何年かに1度、狩猟会があるそうです。貴族位の男性は戦争時には兵を率いて戦わなくてはならないので、全員、騎士団で剣術・戦術を学ぶことになるらしいです。そのまま騎士団に残る人も居れば、文官として勤める人もいれば、領地へ戻る人もいるらしいです。そんな人たちを集めて狩猟会をするとのこと・・・まあ、狩猟も出来ない人は戦争は出来ないでしょうからね、でも、そうか、うさぎかぁ。なでなで、よしよし、私は怖くないよー。
「今年は狩猟会はないから」
「そうですか」
なんだか焦ってる旦那様。大丈夫ですよ、異世界人である私がこの子達を守るために動物愛護に乗り出すとかしませんから。だってこの国のうさぎ全部とか連れて帰れないもの。そんなことしたら日本国が大変な事になります、草花を食い散らし地面に穴を掘り食べ物がなければ木の皮まで食べるうさぎさん達・・・農地も森も丸裸になりそうです。しかもうさぎは繁殖力が強いしね。そして私は大量のうさぎを異世界から連れ込んだ犯罪者とされてしまうでしょう・・・無理、連れては帰れません。今もふもふしているだけで幸せです。うさぎカフェだと思えば。ん?目を瞑ってますね、うさちゃんおねんねですかね?
そしていつの間にか旦那様も白いうさちゃんを抱っこしていました。あら、その子真っ白で可愛いですね、お耳がぴくぴくしてますよ。旦那様もいつもの眉間の皺が消えて、心なしかニコニコしてます。
「うさぎを抱いたのは初めてだ」
「そうなんですか?もふもふでぬくぬくでしょ?」
「・・・そうだな。うさぎを可愛く感じたのは初めてだ」
「え?」
「私の領地は農園業が主産業だから、うさぎは害獣だと教わっていた。こんなにかわいい生き物だったんだな」
旦那様は王族として“正しい”ことだけを教わってきたんでしょう。マリア嬢の事もそういう事の一つだったのかもしれませんね。うさぎは害獣、派遣された伽役は断るな、とか。あーあ、なんだかなぁ。優しい顔してうさぎを可愛がっている旦那様を見てると、怒っているのも嫌っているのも馬鹿らしくなってきました。旦那様は、相手がどう思うかを想像してみてから行動するということが出来ないだけなんですよねきっと。これまでクリスさんの顔色だけを伺っておけば、大抵乗り越えられたからでしょうね。優秀なお兄ちゃんは教育を間違えたんでしょう。やれやれ。
旦那様、そんなにそのうさちゃんが気に入りましたか、そうですか。まるで子供をあやす新米パパみたいですよ?ぷぷっ。
「・・・所長、お願いがあるんだが」
旦那様は、所長さんにうさぎを1匹もらいました。そして・・・
「返してきなさい」
屋敷に帰った私と旦那様を出迎えたクリスさんは、旦那様が持っているケージの中に入ってるうさぎを見て、開口一番に言いました。
「でもクリス」
「飼いません、今すぐ返してきなさい!」
ほーら、怒られた。怒られると思ったんだよねー。
「大体、誰が世話をするんですか」
「・・・私が、」
「出来るわけないでしょう!動物の世話などした事ないでしょう!」
「それは・・・馬の世話なら、」
「普段は王宮の馬番に預けっぱなしで、たまにブラッシングするだけだろうが。それを世話だと思ってるのか?」
「・・・」
クリスさんに上から見下ろされて、たじたじの旦那様。
「こ、こんなに可愛いのに」
「それとこれとは別問題だ」
「リィナも、うさぎが好きみたいだし」
はぁ!?私の所為にした!?
「シオン、リィナを言い訳にするな!所長から聞いているぞ、シオンが言い出したと。」
しばらく睨み合い・・・というか旦那様の懇願?が続いた結果。
「・・・わかった。返してくる」
「いいえ、誰か別のものに返しにいかせます。シオン様は仕事をして下さい。大体このクソ忙しい時にどうしても一日ほしいというから都合をつけたら、うさぎを飼いたいだと!?子供か!」
翌日、うさちゃんはキーラさんに連れられて施設に返って行きました。ばいばーい、癒しをありがとう!
──そして旦那様は今日もクリスさんとお仕事中です。
8月に新作に挑戦する予定です。夏休みに旅行に行けなくなった鬱憤(?)が詰まった小説です。まだ全部は書けてないんですけどね。
よろしくおねがいします(*≧∀≦)ノ




