76 説教と腹いせと
2話連続投稿の、1話目です。
Q、要するにマリア嬢は、何がしたかったのか?
A、旦那様の嫁になりたかった。
これは最初から聞いてましたね。
Q、なぜ嫁になりたかったか?
A、貴族女性の筆頭になれるし、父親である侯爵が「シオン様の血筋を残すな派」だから旦那様の嫁なら子供が出来なくても責められないから。それにそもそも子供が産めない上に旦那様の手が付いちゃってるので他の嫁入り先を見つけるのも難しいから。
これもナンシーさんやグレイシアさん経由で聞いてましたね。
Q、じゃあなんで、このお屋敷の事を調べたり、旦那様好みになろうと努力しなかったのか?
A、旦那様の事が「特別な意味で好き」な訳じゃないから。
今回、勝負に負けて出てきた本音が、コレですか。
しかしねぇ、マリア嬢のお父様のリーデル候爵が、旦那様の事やこのお屋敷の事を教えなかったり、剣を習わせなかったのってマリア嬢を旦那様の嫁にしたくなかったからだったりするんじゃないの?ってことはさ、もしこのまま旦那様の嫁になってもリーデル侯爵の役にはたたないってことじゃない?
と聞いてみたら、マリア嬢びっくり!してました。ああそう、思いつかなかったんだ。
私は政略結婚な部分はありつつも、幼馴染の旦那様の事が好きだからお嫁に来たいっていうのもあるんだろうと思ってたんだよね。そっか無いんだ。そりゃ旦那様もそんな嫁はいらないよねぇ。
そして、そんな事に巻き込まれた私は完全に被害者ですよね。剣道まで習わされて、ああ、ムカムカする。
そんなわけで、マリア嬢と遅れて来た旦那様も加えて、説教タイムです。
「どうしたリィナ、顔が怖いぞ?」
「誰のせいだと思ってるんですか?」
「・・・私のせい、だろうか」
微妙に顔を引きつらせてそう言う旦那様。
「大体なんですか、最初からお互いに意思の疎通を図れば良かっただけですよね?」
「それは・・・色々あって」
「色々?ではその色々をお聞かせいただきましょうか今すぐに!」
「「・・・」」
「挙句に人を巻き込んで『やっぱり愛情のない結婚はよくないよね』的なこの決着のつけ方。ふざけてんですか?」
「リィナさん、シオン様を責めないでください。わたくしが悪かったのです」
「ええ、そうでしょうね。ヤルことやってんだから、話をする時間くらいありますよね?どうせ『私が望んだわけじゃない』とかって悲劇のヒロインぶりたかったんでしょ?」
「そんな・・・」
「泣いたって許しませんよ、こっちはおかげで“王宮で狙われるかもしれない”なんて理由でウィルさんの仕事まで手伝ったんだから!」
「よろこんでやってましたよね――」
「クリスさんは黙ってて!しかも剣道まで習わされて筋肉痛なんですよ!」
「わ、わたくし良い塗り薬を知ってますわっ」
「そういう問題じゃないの!」
「筋肉痛はリィナの運動不足だと――」
「ではお聞きしますけどね旦那様、私の日々の生活のどこで運動する時間が取れるんですか?」
早番=午前中は掃除、午後も掃除、その後、時間外勤務で旦那様の手伝いなど。
遅番=午前中は時間外勤務で旦那様の手伝いなど、午後は掃除、夜は道具の修繕や補充
夜勤=午前中から午後早い時間までは時間外勤務で旦那様の手伝いなど、夕方からは夜に備えてお昼寝、夜に夜勤用のお部屋にてお仕事。
あれ?こうしてみると私って日本に居たときよりも仕事してるんじゃない?だって日本では7時間勤務だったもの!そりゃあ忙しいときは残業もあったけどさ――なんかひどい待遇で働いている気がヒシヒシと。
「・・・勤務体系を、見直そう」
神妙な顔で旦那様が言います。クリスさんも頷いている。
「よろしくお願いします」
ぜひ早急に!
「大体なんなの『誰も私を必要としてくれない』って、だったら必要とされる人間になろうとか発想がないわけ?仕事しなさいよ仕事!どうせ貴族のお嬢様は働いたこともないんでしょ」
「お父様が『まだ早い』と許してくれないのです。ですが、もう1~2年したら私だって仕事をいたしますわっ」
「何の仕事?」
「それは・・・決めておりませんが」
「じゃあ今後の人生プランは?やりたい仕事は何?言っとくけど、この期に及んで『シオン様のお嫁さんになろうと思ってたから』とか言ったらぶっ叩くわよ。それにお嫁さんになったらそれこそ何の仕事するつもりだったのよ」
「仕事はまだっ、まだ決めてないだけですっ。現在は勉学に励む時期なのです。」
「じゃあ何の勉強をしてるの?」
「今は、お兄様の仕事を見習っていますわ」
「・・・見習うって、何?側で見てるだけ?」
「それは・・・見て学ぶようにといわれていまして・・・でも休憩のときにはお茶を用意したりもしてますわ」
なんだ、このバカな回答。きっとお茶も自分で用意するんじゃなくて、使用人に用意させてるんだろうな・・・。
「それは、仕事どころか、勉強ですらないから」
どっと疲れがでて溜息混じりにそう言うと、クリスさんと旦那様も同じことを思ったのか、嘆息していた・・・だよね。
マリア嬢は私達の空気を見て、ちょっと気まずくなったのか、尚も言い募る・・・やめておけばいいのに。
「わ、わたくしはどんな仕事でも教えて頂ければやろうと思っていますわ」
「あーなるほど。そういう人に限って分からないことがあっても聞かずに勝手なことして、挙句に“それは教わってなかったから”とかいって頼んだ仕事も中途半端な仕上がりになるのよね。」
「・・・」
黙ってしまったマリア嬢。ああ、よく居るよね、こういう新人。自分はやればできるんです、いまの仕事がたまたま実力を発揮できない仕事なんです、自分が上手く出来ないのは上司に恵まれていないからだ、つまり会社が悪い、とか言い出すの。挙句に、この会社では自分の持ち味が生かせないとかなんとか言って辞めて行く。つーかさ、会社が即戦力にならないって分かってても新人を雇うのは何故だと思ってるんですかね?正直、新人は仕事の邪魔にしかならないんですよ。新人雇うって大変なんですよ?会社が新人を教育する為にどれだけの費用をかけてて、先輩が新人を教育するためにどれだけの時間を犠牲にしてるか考えろっての。
マリア嬢のお兄さんも、仕事に手をだされると直すのが大変だとか、教える時間がもったいないとか、手がかかって捗らないからとかで、側で見てるだけにさせてるんじゃないの?・・・まあ、旦那様やクリスさんみたいに“出来る”と分かったとたん馬車馬のように働かせるのもどうかと思うけどね、ケッ。
「じゃあ、100歩譲って『旦那様のお嫁さん』になるんだとして、嫁いだあとは何の仕事をするつもりだったの?」
「・・・え?」
「旦那様の奥様が何の仕事もしないでいられるわけがないでしょ!領地もこの屋敷も騎士団のお仕事も、全部旦那様に任せて遊んで暮らそうとでも考えてたの?」
「・・・」
「ダリア姫様は政治の勉強をしてるわよ、まだお小さいのに。将来自分の政策を有利に進めるためには何をしたらいいのかを一生懸命学んでる。あなたは旦那様の妻になりたいと言っておきながら、一体今まで何をしていたの?」
マリア嬢が涙を浮かべて黙ったところで目の前のローテーブルにアイスティーが差し出されました。あら、ありがとうございますクリスさん。丁度のどが渇いてたんですよ。ゴクゴクゴク。
さて、次は旦那様です。おもむろに旦那様の方に顔を向けると、旦那様の顔が少しひきつりました。
「大体、なんなんですか、私メイドですよね、ハウスメイドですよね、なのになんで剣道習うんですか?しかもなんで食事の仕度までしてるんですか、日本食が食べたかったら最初から料理人でも召喚したらいいじゃないですか、それにいつもいつもお子様ランチのような食事で健康に悪いですよ!ちゃんとマリーさんが栄養も考えたメニューを決めて、前日から仕入れてたり下ごしらえしたりしてるんですよ!それが無駄になってるんですよ!私がどれだけ申し訳ない気持ちで厨房をお借りしているか考えたこともないでしょう!」
「えっと、すまない?」
「なんで疑問系?私の言ったこと聞いてました?」
「え、いや、えっと。これからは食事の変更は事前に報告する。」
あら、ずいぶん素直じゃないの。
「それと、厨房を使いづらいなら、リィナ用にキッチンを用意しても・・・」
「いえ結構です」
そんなもの作ってもらったら、本格的に食事当番にされるっ!絶対に回避!!
「そうか?」
「結構です!っていうか旦那様、なんであんな子供っぽい食事ばっかり好きなんですか?カレー、ハンバーグ、オムライス、エビフライ・・・しかも気に入ったら食べ続けるとか、どれだけお子様舌なんですか?」
「っ・・・」
あれ?旦那様が固まってしまいました。
「リィナ、それは言わないであげてくださいね」
クリスさんから指導が入りました。そうか、子供が好きな食事ばかりだったって、旦那様知らなかったのかも?
「とにかく、子供の食べ物ばかりじゃ栄養が偏ります!3食カレーとかもう絶対出しませんからね!それに野菜も――――」
説教は、続く・・・
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【使用人の証言 その1】 メイド長・キーラの都合
「クリスさん、キレてもいいですか?」
「・・・リィナ、キレてる人は許可を求めないと思いますよ?」
少し泣き止んだマリア様の話を聞いたリィナの呟きに、クリスさんがそう返答する。
いつも通りの『人が悪い笑み』を浮かべたクリスさんと、その返答を聞いて悪戯を思いついたかのような楽しそうな表情をするリィナ。
ああ、これは面白がってるわね、二人とも。
旦那様が今まで放置しておいたマリア様の問題。そのツケをリィナに支払わせたのだから、まあ、当然仕返しされるでしょうね。リィナは大人しそうに見えるけど自分の意見をキチンと主張できる子だから。それに意外と悪戯好きだし。それに理不尽なことが嫌いな子だし。
遅れて入室してきた旦那様が、なんとなく不穏な空気を感じ取って視線をさまよわせている。まあ、しっかり怒られてください。
それにしても・・・このお屋敷に奥様をお迎えするのは、いったいいつになるのやら。
使用人が旦那様の奥様に求めるものは、多忙な旦那様を公私共にフォローできて、この屋敷の使用人が背負っている立場と仕事にも理解があって、更に言うとクリスさんを諌めることが出来れば尚いいのだけれど・・・そんなお嬢様がどこかにいるかしら。早くご婚約だけでもしていただければ、ご結婚までに王妃様に教育していただこうと思っているのに。
気づかれぬように溜息をつけば、クリスさんと目が合った。
「キーラ、あとで誰かに氷を持って来させてください」
「はい」
用事を言いつけられるのは『下がっていい』という合図でしょう。まあ私も旦那様がリィナに遣り込められる所を見たいわけではないし、旦那様も私に見られたくはないだろうし。
「どこかに“リィナみたい”なお嬢様がいらっしゃらないかしら」
リィナはこの1年間ですっかり旦那様の説教係になりつつある。大変頼もしい。たまに振り回されてる部分はあるけど、不思議なことに旦那様はリィナの言う事なら耳の痛い説教でもきちんと聴くのだから大したものだ。
部屋を退室し、厨房に向かいながら、今回“マリア様が勝たなくて本当によかった”と口元を緩めていたら、アリッサと会った。
「どうしたんですかキーラさん?そんなにニコニコして」
あらいけない、そんなに笑ってたかしら・・・?
「そう?アリッサ、今からクリスさんに氷を届けてくれますか?」
「氷ですか?はい、分かりました」
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【使用人の証言 その2】 ハウスメイド・アリッサの場合
アリッサは、少し不思議に思いながらも氷を運んでいた。
なんで氷?ひょっとしてマリア様が泣きすぎて目を冷やすために必要だとか?ありえそう。でもこれ食用の氷よね?
それにしてもまあ、なんであれ、リィナに負けたことでマリア様も諦めがついたというのなら、よかったわ。これで旦那様も気兼ねなく恋愛できるようになるといいんだけど・・・一歩間違えると遊び人になりかねないのが微妙なところだけど。
そんなことをつらつらと考えながら氷を運ぶ。客室に到着し、ドアをノックする。――返事は無く、内側からドアが開いた。
「ああアリッサ、入ってください。」
え、入るんですか?氷を持ってきただけなんだけどな――なんだか良い笑顔のクリスさんに中に招き入れられるとそこには・・・
旦那様とマリア様の前に仁王立ちして、クドクドと説教をするリィナの姿があった。ああ、うん、そうね、怒ってるのねリィナ。
とりあえずクリスさんに氷を渡す。何に使うんだろう?
「アリッサ、いい機会だからアイスティーの淹れ方を教えてあげましょう」
アイスティー?そういえば美味しい淹れ方知らないかも。旦那様は紅茶はホットでお飲みになるから、このお屋敷ではアイスティーを飲むことは無かったし。クリスさん直伝のアイスティーの淹れ方なんて、立派な嫁入り道具(?)になりそう。
クリスさんが手際よく紅茶を蒸らし、氷とグラスを用意している間にも、リィナの説教(?)は止まらない。普段あんなに話す子じゃないのにねぇ。よっぽどストレス溜まってたのねぇ。
淹れ終わったアイスティー。てっきり旦那様かマリア嬢に出すのかと思っていたら、クリスさんはリィナの前に置いた。
リィナはそれを手に取り、ゴックゴクとほぼ一息で飲みきった。あーそうね、これだけしゃべってたらのどが渇くよねー。
しかしクリスさんにアイスティーのお礼を言うのも忘れてるよリィナ。あとで仕返しされないといいけどね。
リィナの説教はまだ続いている。
確かにマリア様には説教が必要だとは思う。父親である侯爵もその息子も、マリア様を怒るどころか諌めることさえしてこなかった結果が今日の騒ぎなのだから。
しかし、マリア様に諦めさせる為とはいえ、この屋敷では戦闘能力が必要だ、とは少し大げさに言いすぎだと思う。この屋敷の使用人で戦える者など警備兵を含めても4分の1居るかどうかだろう。そりゃ、私やミシェルやナンシーは武門の家の出身だから剣は扱えるけれど、戦闘員としては人数に入っていない。実際に襲撃された時は戦わずに逃げて良いと言われている。大体、この屋敷には警備専門で雇われている兵士がちゃんといるのだから、素人がしゃしゃり出ては邪魔だろう。それなのになんでリィナにはそんな嘘をつくのかと、本気で戦わせるつもりなのかと、みんな心配していたのだ。だけど・・・
昨年、実際にお屋敷が襲撃されたときは、旦那様はリィナを連れて部屋に閉じこもり、安全が確認されても朝になるまで出てくることはなかった。
まあ、リィナの目の前でクリスさんが侵入者を殺したそうだから、リィナはショック状態だったのかもしれない。リィナには襲撃された夜の記憶は無かった。そりゃ錯乱してもおかしくないよね、ニホンでは目の前で人が殺される事なんてなかっただろうから。
なのに、本人にはこの屋敷の危険さだけを伝えて、『屋敷の使用人は戦闘員を兼ねる』と誤解させたままだったのは・・・ひょっとして今回の為だった?まさかね・・・でも・・・クリスさんならありえる。やだ怖い。先の先まで想定して嘘をつくなんて、どんな頭の中してるんだろう。クリスさんは本当に敵に回してはいけない人だ、王家に何かあった時はクリスさん側につくようにと婚約者(あの人)にもしっかり言っておこう。
リィナの説教はまだまだ続いている。
「クリスさん、そろそろ止めなくていいんですか」
「私にアレを止めろというんですか?止めたければアリッサが止めて下さい」
「イヤですよ」
リィナ、ああなると怖いもん。
そして、
なんか話が違う方向に行ってない?リィナ?
旦那様の味覚にケチつけたってしょうがないでしょう?
確かに最近、旦那様のお食事をリィナが作ってることが多いらしくて、マリーさんは“楽させてもらっちゃって悪いわ~”なんてニコニコしながら言ってたけどね。そっか、リィナとしては仕事取っちゃったんじゃないかって気を使ってたんだね。
「あの、クリスさん?」
「なんですか?」
「リィナ、もう何が言いたいのか分からなくなっちゃってるように見えますが?」
言いたいことは分かるけど、なんか脈絡が無いような説明が足りないような貶してるような心配してるような・・・こういうのを支離滅裂というんだろうか。
「そうですね、じゃあアリッサ、止めてあげてください」
えぇー、やっぱり私が止めるんですかぁ?
ニコニコ顔のクリスさん。まぁ、私はもうじきこのお屋敷を去るわけだし、このくらいは役に立っておいてもいいかもしれない。それにお説教されて小さくなってる旦那様に恩を売っておけば、婚約者(あの人)が王宮に出仕した時にでもちょっとは目をかけてくれるかもしれないし?
「旦那様お話中失礼いたします・・・あの、リィナ?」
「あれ?アリッサいたんだ?」
「う、うん。あのね、そろそろお仕事戻らないかなーなんて?」
「もうこんな時間・・・。じゃあ私は仕事に行きますが、この程度では許しませんからね、しっかり反省して二度とこのようなことがないようにしてくださいよ!」
捨て台詞を言ってるリィナの腕を引いて部屋を出ます。ほっ。
「リィナ、あとで甘いものでも食べに行かない?」
「いいですね!ナンシーも誘いましょう!」
さっきとはうって変わって明るい表情のリィナ。
その表情は“あれ?ひょっとして、さっきのクドクド言ってたのは、演技だった?”と思うくらいにはスッキリした顔だった。
感情のままに色々言ってると、途中で何が言いたかったのか分からなくなることありませんか?そんな感じです。




