66 兄弟の裏事情
シオン視点です。
緊張が解れて、楽しそうに踊るリィナ。
踊りながら、これまであまり話したことのない(いつもは仕事の話ばかりなので)雑談をした。他愛の無いことを話しながら、腕の中でニコニコと楽しげにしている姿をみて、可愛らしいと思ってしまった。
思わず・・・本当に思わず、引き寄せて。
キレイに結っている髪に、口付けた。
不思議そうに首を傾げるリィナに笑いかけると・・・会場中の空気が変わった――――――そして気づいた。
あ、
しまった。
舞踏会のマナーは各国によって色々あるが、この国では3曲以上連続で同じ相手と踊ることは『失礼』であると認識される。誰に対して失礼かというと『この相手と踊りたい人が他にも居るかもしれないのに、独占しては失礼』という意味でだ。
但し、例外もある。本人達が望めばもちろんずっと一緒にいても何も問題は、ない。
踊った後お互い礼をするのが、パートナーを変わる合図。
なのに、お互い礼をした後に、抱きよせて髪にキスなんて・・・このまま(パートナーを代わらずに)一緒に居たいという意思表示以外の何物でもなく、俗に言う『マーキング』行為、だった。
そんなこと今まで人前でしたことは無い。昔付き合っていた恋人にはしたことがあるが、こんな、大勢の貴族たちと王族の前でなんて・・・羞恥心が限界だった。
このままだと、リィナが俺のお気に入りだと宣言したことになる。
日本の言葉でなんかあったな、後の祭り?後悔先に立たず?・・・とにかく、自分の仕出かした行いの不味さに愕然とした。
なんだかすごく長く感じたが、実際はほんの数秒後だったのだろう・・・クリスが、俺の腕の中からリィナを持って(担いで?)行った。
そんな行動に出たクリスに思わず唖然としてしまったが・・・この空気の中、ホールに留まる勇気もない。
「っ、クリス!」
これを期とばかりに、俺はクリスを追ってホールを出た。
その行動が、連れて行かれたリィナを奪い返しに追って行ったように見えたということを後日耳にして、頭を抱えることになったが。
クリス(とリィナ)を追って廊下に出た俺の前に、キーラが立ちふさがった。
「ここから先は通しません」
「キーラ?」
「ご自分が何をしているか、分かっているんですか!」
キーラが、本気で怒っている。
「この上、リィナの客室になど行かせません!ご自分の部屋で反省してなさい!」
ヒステリーかと思うぐらいの剣幕でそう言い、尚も立ちふさがるキーラ。
・・・こういう状態の女性には、逆らわない方がいい。絶対に。
俺は、おとなしく部屋に戻ることにした。
そして・・・
ドン!
「うわっっ」
ガッ!
「っ、ちょっ、クリスっ」
ドガッ!
「っく、・・・おいっ」
バキッ!
「ぐっ・・・話、を」
ゴズッ
「やめっ」
バキッ
「いっ」
ゲシッ!ゲシッ!ゲシッ!
「ぐ、ぅう・・・うぇ」
ノックも無く部屋に入ってきたクリスが俺に近付いてきて、襟首を掴んで絨毯の上に引き倒された。
その後、容赦なく蹴り上げられ、さすがに身の危険を感じてしまった。少々格好悪いが、腹部を守る為に(というか、なぜか腹を目掛けて蹴ってくるのだ)絨毯の上で蹲ると、二の腕あたりをゲシゲシと蹴られ・・・気が済んだのか、ようやく収まった。いや、俺が既に吐きそうだったから、収めてくれたというだけだろうが。
恐る恐るクリスを見上げると、いつもの作り笑いもせずに仁王立ちで俺を見下ろしている。
・・・子供の頃に芽生えた恐怖心というのは、中々消えるものではないのだな、とそんな事を思ってしまった。
「さて、話をしようか?」
不機嫌という言葉では言い表せないくらい不機嫌なクリスがそう言った。
“話”というセリフが“説教”と聞こえたのは、俺の気のせいではないだろう。
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絨毯の上に正座させられて、目の前の椅子に座って足を組んでいるクリスに、延々と説教をされる。
この『正座』は、クリスが日本に留学してからのお気に入りの姿勢で、日本家屋では伝統的な座り方らしいが・・・相手が椅子に座っている前で正座をしているのが何故か屈辱的に感じるのだが、どうしてだろう。
ひたすら反省の意を伝えて謝り続けて・・・もう日付が変わってしまった。
ハァ・・・と、大きな溜息をついたクリス。
「お前はリィナをどうしたいんだ?」
「・・・どうって」
そんなこと問われても、どうしたいかなんて、考えたこともない。
「本気でリィナを『囲う』つもりなら、」
「は?」
かこう・・・囲う!?なんだそれ!?
「・・・囲うつもりはないのか?じゃあ帰還するまで、遊ぶつもりだったか?」
「な!?」
「そういうことなら、帰すときに記憶を消す必要があるな」
「ま、待て!なんだそれ!遊ぶって!?」
「・・・なんだそれ、じゃない。キーラから見た、お前の行動の見解だ」
さっきの、珍しく本気で怒っているキーラを思い出す。あれはヒステリーでは無くて、同じ女性として俺がリィナにしている扱いに、怒っていたのか・・・だからといって、
「なんで、そうなるんだ!?どうしてそんな風に勘違い、」
「勘違い?勘違いねぇ。お前、自分の今までの行動を棚に上げてるようだな」
今までの行動、今までの、行動・・・
「付き合った女は3ヶ月ともたず、」
「いや、だってあれは、」
女達から『別れよう』って。
「つけられた伽役は、ほぼ使い捨てで、」
「それは向こうだって命令で、」
命令で来てるわけだし、こっちが拘束しては、可哀想だと思って。
「他国の姫君たちやこの国の令嬢たちとの見合い話すら全く真剣さがなく・・・」
「・・・」
それは・・・反論できないが。
「キーラにとっては、お前は遊び人って認識だな。若い頃の女遊びを見逃すくらいの度量はキーラにもあるだろう。但し、異世界から来てこの国での後ろ盾の無いリィナが・・・召喚者のリィナが、召喚主に遊ばれるのには相当抵抗があるそうだ。・・・わざわざ俺に言ってくるくらいだからな」
唖然、としてしまった。
他人から見た、自分の行動と評価。
そして、客観的に見た、リィナの立場。
召喚主の俺が、召喚者に何をしようとした?
召喚者は召喚主に対して、本当の意味での害意はもたない。いや、持てない。なぜなら召喚主と波長の合う人物しか、異世界には来れないからだ。たとえ俺が何をしてもリィナは許してくれるのかもしれない。それは『俺に召喚された』から。だからこそ、召喚者が不利益を被らないように管理局が監視しているのだ。
おそらく今回の件は当然管理局に伝わる。そして明日にはリィナが俺の召喚者なのだと貴族達の耳に入るだろう。公では無いにしろ大勢が注目している場で、俺がリィナに『マーキング』をしたのだ。これはもう、自分の女にするために召喚したのだと言ってるようなものだ。・・・普通に考えれば、メイドを召喚するなど、ありえないのだから。
そして、そんな自分本位な理由で女性を召喚するなど、許されることではない。
反王家派に、またとない餌をくれてやったようなものだ。それに・・・正直、国中の女性達からの非難は避けられないだろう。怖っ!
「自分が不利にならないような言い訳をよく考えておけ。『若返って年齢が近くなって可愛かったから思わず、』なんて理由を発表したくなければな」
「・・・クリス?」
「なんだ」
「その『若返って年齢が近くなって可愛かったから思わず』って言うのが、一番穏便に済む気がするんだが・・・」
「馬鹿か。お前自分の評判を落とす気か。お前、俺にあれだけ蹴られた理由も理解してなかったのか」
「・・・そうは言っても、」
俺の評価は下がるだろうが、リィナの体面は守れるのでは?
「いま考えるのはリィナの体面を保つことじゃない、お前の体面を保つ為に、どうリィナを利用出来るかだ。」
「は?」
「安心しろ。どんなに体面が悪くなっても所詮リィナはメイドだし、屋敷から出さなきゃいい」
「え?」
「それにお前の召喚者である限り、一時的にひどい扱いを受けたとしても、害意は持たないだろうから、好きに利用出来る」
「ええ!?」
「まあリィナには、臨時ボーナスと有給を増やす位で、納得して貰おうじゃないか」
えっと、クリス?
「だからお前は夜が明けるまでに言い訳を考えておけ、俺は朝になったらリィナを元に戻して貰って屋敷に戻るから、陛下に根回ししてでもその言い訳を昨日の見解として広めておけ、いいな?」
すごく、ものすっっごく黒い笑顔で、クリスがそう言った。
俺の言えた義理ではないが、なんだかリィナがすごく不憫に、思えた。
クリスさん、なにか吹っ切れちゃってます。悪い人だ、とても悪い人だ(笑)
そして兄が弟を蹴るのはクリスさんから続く伝統のようです。
連休中にムーンの話も1話くらい更新したいです。そっちのクリスさんはまだグルグルしてるかも。




