65 宴もたけなわ?
前半はリィナ視点です。
後半はナンシー視点に変わります。
1曲丸々踊り終わった頃、シオン様に上手くのせられたことに気が付き、再緊張中の私。
「どうした?また顔が引きつってきたぞ?」
「・・・シオン様に嵌められた事に気づきました」
「人聞きの悪いことを言うな。それに、だいぶ慣れてきただろう?」
まあ、確かに少しは慣れてきましたけど。というか、3曲目になったので、王族の他のみなさん達も踊り始めたので、目立たなくなってきたし。
「リィナ、少し余裕が出てきたら、周りを見てみるといい」
「周り、ですか?」
「正面に向かって右側の壁際に、ナンシーとウィルが居る」
「えっ、ナンシー?」
旦那様はそう言うと、私を伴ってくるっと回りました。あ!ほんとだ!ナンシーだ!
「先ほど入場してきた扉脇には、クリスとキーラが居るぞ」
旦那様はまた踊りながら立ち居地をかえて、私に見えるようにしてくれました。あ、クリスさんが手を振ってるー。
ん?あっちでも手を振ってる人が・・・
「あ!シオン様、アリッサも居ます!」
「婚約者と来てるんだろう」
舞踏会なんていう超アウェイな場所でビクビクしてた部分もあるので、知り合いがちらほら居るだけで、なんだかちょっと安心できました。ホッとしたら、なんだか音楽に乗って踊ってるのも楽しく感じてきましたね。
「シオン様、ダンス上手ですね」
「まあ、幼い頃から踊ってるしな。リィナも初めてにしては上手いぞ」
「昨日、クリスさんに扱かれましたから。もう、本当に怖かったんですよ!目が笑ってないの!」
私がそういうと、シオンさまは可笑しそうに笑いました。
「私もクリスにはずいぶん扱かれたな」
「ダンスをですか?」
「いや、主に剣術だ。あいつは本当に、容赦ないからな」
なんだか遠い目で懐かしそうにそう言うシオン様。
「リィナ。・・・王妃が無理な事を言って、すまない」
「どうしたんですか?改めて」
「ちゃんと、謝罪してなかった気がしたから」
そういえば、そうだったっけ?
「かなりの無茶振りでしたけどね。でも、もういいです。それにダンスもなんだか楽しくなってきたので、いい経験だと思うことにします」
「そうか」
「はい」
そんな話をしながら、楽しく踊っているうちに、曲が終わりました。
あー、終わったー。おっと、最後は礼をするんだったっけ。
シオン様とお互いに礼をして、頭を上げきる前に、腕をひっぱられ引き寄せられました。
いきなりだったので、下を向いたまま少しよろけるように引き寄せられると、側頭部にぼんやりした感覚。んん?
顔を上げると、満面の笑みのシオン様。はて?
なんだろう?と小首をかしげたところで・・・いきなり世界が反転した!
「うきゃ!」
びっくりして少し暴れると「おとなしくしてなさい」というクリスさんの声・・・
現状把握・・・クリスさんに、荷物のように抱え上げられてます。鳩尾にクリスさんの肩が食い込んで・・・痛い痛い痛い!!!
「く、くりすさ・・・ぐ・・・うぇ」
「リィナ、話してると舌を噛みますよ」
舌を噛むより、息が出来ませんっ!死ぬ!死ぬから!ギブギブ!
クリスさんの背中をバシバシ叩きますが、降ろしてくれる気配も無く・・・そのまま、ホールの外に連れ出されました。
結局「2曲踊ったら連れ出してくれる約束」を守ってくれたクリスさんでしたが、出来ればもっと普通に連れ出して欲しかったと思うのは、贅沢でしょうか・・・
客室に戻って肩から降ろされた時には、お腹が痛くてうずくまってしまいました。うぇ。気持ち悪い。
「少々無茶をしましたね、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではありません」
「・・・大丈夫そうですね。じきにキーラが来ますので、着替えて今日はもう休みなさい。明日の朝、陛下に元の姿に戻してもらってから、屋敷に戻りましょうね」
クリスさんが頭をなでてくれながら優しくそう言います。もとに戻れるんですね、よかった。
クリスさんは「では私はシオンを絞めてきますので」と言って部屋から出て行きました。もしもし?絞めるって?何かあったんですか?
そしてほとんど入れ違いにキーラさんがやってきて、手伝って貰いながらドレスを脱ぎ、その日は言いつけどおりに休むことにしました。舞踏会はまだ続いてるそうですけどね。
あれ?そういえば・・・今日のクリスさん、いつもほどカッコイイとは思わなかったなー。はて?
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目の前(とは言っても少し離れた場所)で起こった光景を見て、私は思わず呟いた。
「ありえない」
「・・・うっわー、こりゃあ荒れるなー」
隣では兄が口元を押さえてそう呟いている。声色は困惑しているのに、口元も目元も笑っている。
「痛っ!なにすんだよ」
「何笑ってんのよ!笑い事じゃないわよ!」
「だからって蹴るな!」
本当に笑い事じゃない。何考えてるんですか!シオン様!
元々この舞踏会は、久しぶりに王都に戻った王妃様が開いたもので、王族の皆様が参加するとはいえ、少々非公式な打ち解けたものだった。
なので帰国した王妃様が面白がってシオン様の召喚者であるリィナを招待した・・・という所までは、まだ理解できる。面白い事がお好きな方だしね。
リィナを招待するのに、シオン様をパートナーにというのも理解できる。表向きは王太子と王女が色々迷惑かけた謝罪としての招待なのだから、第一王子がパートナーを勤めるのは利にかなっている。
シオン様がエスコートする為にリィナを若返らせたのは・・・理解不能。完全に面白がってやってるよね、両陛下は。
リィナは昨日と今日の付け焼刃なのによく踊れているし、最初こそ緊張でガチガチだったけど、次第に笑顔も出てきたから、「さすがシオン様、なれてらっしゃる」なんて感心してたのだけど・・・
「ありえない」
踊り終わって、キレイな礼をしたリィナを、シオン様が引き寄せて。
側頭部に、口付けた。
そのあと顔を上げたリィナに、今まで見たことの無い・・・とろけるような、笑顔を向けて。
「ありえない」
「俺としては、クリスの行動の方が興味深いね」
「・・・連れ出さなければ、もっと大変な事になってたでしょうよ」
「まあ、リィナちゃんがシオン様の婚約者にされてたかもね」
現在、混沌と化した舞踏会。
シオン様のありえない行動に全員が凍りついたその時、クリスさんがリィナを連れて行った。文字通りに「担いで」行った。
リィナを略奪(いや、あれはむしろ没収か?)されたシオン様は連れ去られるリィナを見て、しばし唖然としていたが、クリスさんの姿がホールから消えると我に返ったようで、「っ!クリス」と言って、ご自分もホールを出て行ってしまった。
シオン様が出て行った扉が、バタンと閉まると・・・笑い声が聞こえてきた。王妃様の。
「ふっ、ふふふふふっ、うふふふふふっ」
声こそお上品に笑ってはいるが・・・お腹を抱えている姿は本気で大笑いしているんだろう。
そして、笑い声がもう一つ。
「あーははははははははっ、ひっ、ふふっっ、はははははははは」
こちらもお腹を抱えて、遠慮なく声を上げて笑っている・・・ユーリ様が。
「ふふふふふっ、まあユーリ。ふふふっ、あなた知ってたわね」
「くくくくくっ、王妃様こそ、何か知ってたんでしょ?」
にんまりとお互い顔を合わせて、それからまた大笑いする2人。
『過去視』の王妃様と、『未来視』のユーリ様。一体、何が見えていたのかは・・・本人達しか知らない。
それにしても・・・
「ウィル、私、陛下のところに行ってくるわ」
「そうだな。俺も行こう」
早いところ、リィナの年齢を元に戻して貰わなきゃいけない。
早合点した貴族が、リィナの素性を調べる前に。
ご令嬢方の嫉妬が、リィナに向かう前に。
そして、
シオン様が、これ以上リィナを気に入る前に。
リィナが、シオン様を好きになる前に。
まったく、厄介な『鍵』ね。
陛下の『鍵』は、姿形だけの若返りではなく、本当に若返ってしまうのだ。
姿も・・・心も。
10歳年下のシオン様に恋をする事はなくても、同年代の、少し年上のシオン様にトキメクことは充分にありえるではないか。
『恋人が迎えに来てくれるはず』というリィナがシオン様を好きになってしまったら、元の年齢に戻ったときに罪悪感で一杯になってしまうだろう。たとえ『私は“待たない”って言ってあるんだけどね』などと笑って言っていても、若返っている状態は、普通の状態ではないのだ。
「陛下!」
「やあ、二人とも。どうしたの?」
「リィナを今すぐ元に戻して下さい!」
「そうだね、明日の朝にするよ。今日は疲れてるだろうからね」
“若返っているほうが、疲労回復も早いしね”と苦笑しながら言う陛下。
「あそこで大笑いしてる二人には、あとで叱っておくから」
そう言って、まだ笑っている二人を見て三人そろって溜息をつく。
ああ、厄介な事にならなきゃいいけど。
とりあえず余計な噂が広まらないよう、私の『ご令嬢ネットワーク』を使ってうまく揉み消さなきゃ。
面倒な事を起こしてくれた王妃様を見て、私は再度、溜息をついた。




