58 悲しみの先に
「イヤァァァァァァァァァァァ!!!!!!」
部屋中に響く王女様の絶叫――
「エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ!!!」
前かがみになり、両手で頭を抱えながら叫び続ける王女様。
あ・・・
隣で叫び続ける王女様をに手を伸ばしますが・・・差し伸べた私の手が、震えています。
叫び続ける王女様を止めなきゃと思う気持ちと、こんな状態の王女様を、どうすれば止められるかなんて分かる訳ないという、冷静な自分がいて・・・
その時、視線に人影が写りました。
クリスさん、だ。
クリスさんは王女様に近付き、そして・・・叫び続ける王女様の首に、手刀を。
・・・き、気絶させるって。
まあ、叫び続けるのって、心にも身体にも良くないでしょうけど。
「リィナ、大丈夫か?」
いつの間にか、旦那様がすぐ隣にいました。ゆっくり振り返ったら、とても心配そうな顔をされています。
旦那様が、私が王女様の方に差し出したままの手を取って、ゆっくりと引き寄せてくれました。
そのまま、手を握ってくれています。
暖かい、です。
クリスさんは、侍女たちに何やら指示をして、気絶した王女様を運んでいきます。
「大丈夫、か?」
「・・・はい。」
クリスさんが手刀で王女様を気絶させたのが衝撃的で、さっきよりは、すこし落ち着きましたけど。
「客間へ移動しよう」
旦那様はそう言うと、私の手を引いていってくれました。
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いつもとは違う客間です。ずいぶん派手な・・・いえ、豪華な部屋です。
部屋に入ると、ソファーに座らされました。
なんだか、ボーっとしてしまいます。
どのくらいボーっとしていたのでしょうか、ドアをノックする音と人の気配で振り返りました。
部屋に入ってきたのはクリスさんと、
「セリーヌ・・・」
「リィナ!」
セリーヌは私のところに走ってきて、抱きつきました。
エリーゼの事を聞いたのでしょう、泣いて肩を震わせながら私にしがみ付いてきます。
セリーヌさんの後ろには、アベルさん、パオロさん、タクトさん、ユージーンさん・・・つまり、王宮組のみんなです。
それと、見たことの無いおじさまが1人。
「彼は、ドイツの外交官だ。」
「はじめまして」
そして、外交官が語りだしたのは、エリーゼの最後の様子、でした。
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交通事故・・・
飲酒運転の車に跳ねられて、事故の1週間後に、死亡。
「ご両親のお話では、一時は意識も戻り持ち直したかのように見えたそうなのですが、その後容態が急変して、手を尽くしましたがそのまま目を覚ますことなく」
「王女様のストールを手に取り、『お返事を書かないと』と言っていたそうです。」
一通りの話を終えて、外交官が帰ると、セリーヌさんは深い溜息をつきました。
「皮肉なものね、帰ったとたんこちらの世界には無い自動車に轢かれるなんて。まるで」
「やめるんだセリーヌ。エリーゼがとても帰りたがっていた事を、君が一番知っているはずだ」
「アベル、だけど!」
王女様の望み通りに契約を更新していたら、死ななかったかもしれない。
少なくとも、こちらの世界で『車に轢かれる』ことは、無いのだから。
「神に、召されたのでしょう。」
ユージーンさんがそう呟きます。
言葉の通り、神様に選ばれ招かれたのだということ?
事故で死ぬ可能性は、どの世界に居ても、同じだけあるのだという意味にも聞こえます。
「俺は日本人だから、西洋の宗教観とかよくわからないけど、帰還を望んだ彼女の意思を『やっぱり帰還しなければ良かったんだ』なんて言いたくはないよ」
タクトさんがそう言います。
「そうだね。エリーゼが安らかに眠ることを祈るべきだ。俺たちに出来るのは、そのくらいしか無いんだ。」
その日はそのままお開きになりました。
「リィナ、戻るぞ」
いつのまにか、部屋には私と旦那様だけが残っていました。私は旦那様に促されるまま、王女様のもとへ戻りました。
「どうして!どうしてダメなの!!」
「何度も言っているだろう!禁止されているからだ」
王女様の部屋に戻ると、王女様とクリスさんが、言い争っています。
「どうした、クリス」
旦那様が声をかけると、王女様は旦那様に駆け寄って縋り付きました。
「シオン!エリーゼを、エリーゼを召喚して!」
「ダリア?」
旦那様は心配そうに王女様の顔を覗き込みます。悲しみが大きすぎて錯乱してしまったのかと・・・そう考えていらっしゃるのでしょうが・・・違ったのです。
「エリーゼを、死ぬ前のエリーゼを召喚して!シオンなら出来るんでしょう!?」
王女様のその言葉を聞いたとたん、旦那様の顔から表情が消えました。
「事故に遭う前のエリーゼを召喚すれば、死なずに済むはずよ!」
「・・・ダリア」
「準備にどのくらいかかるの?人手も要るのかしら?」
「ダリア」
「管理局にも協力してもらったほうがいいのよね?」
「ダリア!!」
旦那様が、大きな声で王女様を止めます。
「ダリア、時間を遡って召喚することも、特定の召喚者を再召喚することも禁じられている。お前も知っているはずだ」
「知っているわ。禁じられているって事はつまり、技術的には可能って事でしょう?」
「・・・ダリア」
深い溜息をついて、旦那様は縋り付いている王女様を離します。
「技術的に可能な事と、やっていい事は別だ。」
「どうして!」
「どうして、だと?」
「違法だからですよ、ダリア。法律で禁止されています」
「法律が何!?人の命がかかってるのよ!」
「ダリア!」
パンッ!
クリスさんが、王女様の頬を叩きました。
叩かれた勢いで、王女様は後ろに倒れます。
「いい加減にしろ!お前はシオンを犯罪者にする気か!」
「・・・はんざいしゃ」
「そうだ。王族の違法行為は、良くて身分剥奪のうえ終身刑、最悪の場合は死刑だ」
死刑
旦那様が、死ぬ?
「エ、エリーゼを助けると・・・シオン、が、死ぬ・・・の?」
「そうだ」
「ふっ、う・・ふぇぇっ」
頬を叩かれたことで、目に涙を一杯に浮かべていた王女様が、堰を切ったように泣き出しました。
子供らしく、声を上げてわんわんと。
そうですよね、まだ8歳の女の子です。
「痛かったか?すまなかったな」
クリスさんが、王女様のそばにしゃがみこんで、頭をなでてあげます。
それを見ていた旦那様も、王女様のそばに跪きます。
「ダリア、私にはエリーゼ嬢を助けることは出来ない」
「ふっ、くっ、ううっ」
「だけど、時間をかければ、法律を変えることは出来るかもしれない」
「ダリア、シオンは召喚法の見直しを議会に提案しているんですよ」
「いつになるかは分からないが、いつか過去に留学出来る日が来るかもしれない。それまで、待てるか?」
「りゅ、りゅうがく?」
「そうですね、エリーゼ嬢の再召喚よりは、ダリアを過去に送るほうが、はやく実現するかもしれませんね」
「そのためにはダリア、お前が過去に行かなくてはならない理由が必要だ。エリーゼ嬢に会うためという口実ではなく、議会を納得させるための、だ。」
「りゆう・・・」
「そうだ。お前が過去に行くことこそが有益だと思わせなければ、せっかく法律が変わっても他の候補者が現れるだろう。」
「出来ますか?」
旦那様とクリスさんが王女様に問いかけます。
「・・・勉強、しなきゃ」
「そうですね。いままでのように侍女と一緒にできる程度の勉強ではなく、本格的に学ぶ必要がありますね」
「言葉も、覚えないと・・・」
「ああ。ドイツ語はもちろん、召喚協定を結んでいるすべての国の言語を嗜んでいたほうが良い。」
「・・・きっと、また、会えるよね?」
「確約は出来ない。だが、王族の政治参加は15歳から認められている。お前も協力してくれるだろう?」
旦那様のその言葉に、王女様は最初ポカンとし、その後、涙を拭いてからしっかりと頷きました。
「よし。これから大変だぞ?」
「わたくし、頑張りますもの!」
そんなやりとりをしている旦那様と王女様を眺めていた私を、クリスさんが部屋の外に連れ出しました。
「ダリアはもう大丈夫でしょう」
「はい」
目標が出来ると、前を向いて行けますよね。
「本当に、もう一度会えるんですか?」
「わかりません。少なくとも、今は無理ですから」
クリスさんと並んで歩きながら、ポツリ、ポツリと話をします。
連れてこられたのは、いつも使わせてもらっている客室でした。
ソファーに座らされて、待つことしばし・・・旦那様が入ってきました。私は立ち上がってこちらに来るのを待ちます。
「旦那様、姫様は・・・」
「安定剤を飲ませて、休ませた」
「そうですか」
旦那様は、私の隣まで来ると「座れ」と言われ・・・なぜか、並んで座ります。
「あの・・・?」
「リィナ、もういいぞ」
何、が?
「もう大丈夫だ」
そう言って、旦那様が背中をさすってくれます
なんだろう?
ポタポタと服に水滴が落ちる音がして・・・自分が泣いていることに、ようやく気づきました。
「大丈夫だ。よくがんばったな」
言外に、もう泣いていいんだぞ、と言われているのでしょう。
王女様の悲鳴、セリーヌの涙、その後の王女様の慟哭の前で、止まってしまっていた涙が、あとからあとから沸いてきます。
クリスさんが、紅茶を入れてくれました。
旦那様は、私の背中と頭をなでで、大丈夫だ、と繰り返し言ってくれました。
私はずっとうつむいたまま、静かに泣き続けました。
二人は、私の涙が止まるまで、ずっと寄り添っていてくれたのでした。
・・・実はそのまま泣き疲れて眠ってしまったのは、私の人生最大の不覚。
それから、王女様はすっかり我侭を言わなくなったそうです。
毎日勉強をして、公務にも積極的に参加されるようになったそうです。
意地悪なお兄様方は、急に大人になってしまった王女様に寂しさを感じつつも、暖かく見守っています。
後日、パオロさんの呼びかけで、召喚者の有志を募ってエリーゼにお花を贈ることになりました。
葬儀には間に合わないでしょうし、生花を送ることは難しいので、ドイツの外交官さんへお花料を託しました。
後日、墓石に飾られた花の写真と、エリーゼのご両親からの丁寧なお手紙をいただきました。
「帰還したら、みんなでお墓参りに行きましょうか」
「そうね」
そんなことを話しながら、みんなで集まってエリーゼの写真や思い出話を手紙にし、ご両親とやり取りする事で異世界人達は少しずつ悲しみを乗り越えていきました。
ねえ、エリーゼ。いつか王女様が貴女に謝りに行くからね。楽しみにしててね。




