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58 悲しみの先に

「イヤァァァァァァァァァァァ!!!!!!」


部屋中に響く王女様の絶叫――


「エリーゼ、エリーゼ、エリーゼ!!!」


前かがみになり、両手で頭を抱えながら叫び続ける王女様。


あ・・・

隣で叫び続ける王女様をに手を伸ばしますが・・・差し伸べた私の手が、震えています。

叫び続ける王女様を止めなきゃと思う気持ちと、こんな状態の王女様を、どうすれば止められるかなんて分かる訳ないという、冷静な自分がいて・・・


その時、視線に人影が写りました。


クリスさん、だ。


クリスさんは王女様に近付き、そして・・・叫び続ける王女様の首に、手刀を。


・・・き、気絶させるって。

まあ、叫び続けるのって、心にも身体にも良くないでしょうけど。


「リィナ、大丈夫か?」

いつの間にか、旦那様がすぐ隣にいました。ゆっくり振り返ったら、とても心配そうな顔をされています。

旦那様が、私が王女様の方に差し出したままの手を取って、ゆっくりと引き寄せてくれました。

そのまま、手を握ってくれています。


暖かい、です。


クリスさんは、侍女たちに何やら指示をして、気絶した王女様を運んでいきます。


「大丈夫、か?」

「・・・はい。」

クリスさんが手刀で王女様を気絶させたのが衝撃的で、さっきよりは、すこし落ち着きましたけど。


「客間へ移動しよう」


旦那様はそう言うと、私の手を引いていってくれました。





********************************




いつもとは違う客間です。ずいぶん派手な・・・いえ、豪華な部屋です。

部屋に入ると、ソファーに座らされました。


なんだか、ボーっとしてしまいます。

どのくらいボーっとしていたのでしょうか、ドアをノックする音と人の気配で振り返りました。


部屋に入ってきたのはクリスさんと、

「セリーヌ・・・」

「リィナ!」

セリーヌは私のところに走ってきて、抱きつきました。

エリーゼの事を聞いたのでしょう、泣いて肩を震わせながら私にしがみ付いてきます。

セリーヌさんの後ろには、アベルさん、パオロさん、タクトさん、ユージーンさん・・・つまり、王宮組のみんなです。


それと、見たことの無いおじさまが1人。


「彼は、ドイツの外交官だ。」

「はじめまして」



そして、外交官が語りだしたのは、エリーゼの最後の様子、でした。





**************************************




交通事故・・・


飲酒運転の車に跳ねられて、事故の1週間後に、死亡。


「ご両親のお話では、一時は意識も戻り持ち直したかのように見えたそうなのですが、その後容態が急変して、手を尽くしましたがそのまま目を覚ますことなく」


「王女様のストールを手に取り、『お返事を書かないと』と言っていたそうです。」



一通りの話を終えて、外交官が帰ると、セリーヌさんは深い溜息をつきました。

「皮肉なものね、帰ったとたんこちらの世界には無い自動車に轢かれるなんて。まるで」

「やめるんだセリーヌ。エリーゼがとても帰りたがっていた事を、君が一番知っているはずだ」

「アベル、だけど!」


王女様の望み通りに契約を更新していたら、死ななかったかもしれない。

少なくとも、こちらの世界で『車に轢かれる』ことは、無いのだから。


「神に、召されたのでしょう。」

ユージーンさんがそう呟きます。

言葉の通り、神様に選ばれ招かれたのだということ?

事故で死ぬ可能性は、どの世界に居ても、同じだけあるのだという意味にも聞こえます。


「俺は日本人だから、西洋の宗教観とかよくわからないけど、帰還を望んだ彼女の意思を『やっぱり帰還しなければ良かったんだ』なんて言いたくはないよ」

タクトさんがそう言います。


「そうだね。エリーゼが安らかに眠ることを祈るべきだ。俺たちに出来るのは、そのくらいしか無いんだ。」


その日はそのままお開きになりました。



「リィナ、戻るぞ」

いつのまにか、部屋には私と旦那様だけが残っていました。私は旦那様に促されるまま、王女様のもとへ戻りました。



「どうして!どうしてダメなの!!」

「何度も言っているだろう!禁止されているからだ」


王女様の部屋に戻ると、王女様とクリスさんが、言い争っています。


「どうした、クリス」

旦那様が声をかけると、王女様は旦那様に駆け寄って縋り付きました。

「シオン!エリーゼを、エリーゼを召喚して!」

「ダリア?」

旦那様は心配そうに王女様の顔を覗き込みます。悲しみが大きすぎて錯乱してしまったのかと・・・そう考えていらっしゃるのでしょうが・・・違ったのです。


「エリーゼを、死ぬ前のエリーゼを召喚して!シオンなら出来るんでしょう!?」


王女様のその言葉を聞いたとたん、旦那様の顔から表情が消えました。


「事故に遭う前のエリーゼを召喚すれば、死なずに済むはずよ!」

「・・・ダリア」

「準備にどのくらいかかるの?人手も要るのかしら?」

「ダリア」

「管理局にも協力してもらったほうがいいのよね?」

「ダリア!!」

旦那様が、大きな声で王女様を止めます。


「ダリア、時間を遡って召喚することも、特定の召喚者を再召喚することも禁じられている。お前も知っているはずだ」

「知っているわ。禁じられているって事はつまり、技術的には可能って事でしょう?」

「・・・ダリア」

深い溜息をついて、旦那様は縋り付いている王女様を離します。


「技術的に可能な事と、やっていい事は別だ。」

「どうして!」

「どうして、だと?」

「違法だからですよ、ダリア。法律で禁止されています」

「法律が何!?人の命がかかってるのよ!」

「ダリア!」


パンッ!


クリスさんが、王女様の頬を叩きました。

叩かれた勢いで、王女様は後ろに倒れます。


「いい加減にしろ!お前はシオンを犯罪者にする気か!」

「・・・はんざいしゃ」

「そうだ。王族の違法行為は、良くて身分剥奪のうえ終身刑、最悪の場合は死刑だ」


死刑

旦那様が、死ぬ?


「エ、エリーゼを助けると・・・シオン、が、死ぬ・・・の?」

「そうだ」

「ふっ、う・・ふぇぇっ」

頬を叩かれたことで、目に涙を一杯に浮かべていた王女様が、堰を切ったように泣き出しました。

子供らしく、声を上げてわんわんと。

そうですよね、まだ8歳の女の子です。


「痛かったか?すまなかったな」

クリスさんが、王女様のそばにしゃがみこんで、頭をなでてあげます。

それを見ていた旦那様も、王女様のそばに跪きます。


「ダリア、私にはエリーゼ嬢を助けることは出来ない」

「ふっ、くっ、ううっ」

「だけど、時間をかければ、法律を変えることは出来るかもしれない」

「ダリア、シオンは召喚法の見直しを議会に提案しているんですよ」

「いつになるかは分からないが、いつか過去に留学出来る日が来るかもしれない。それまで、待てるか?」

「りゅ、りゅうがく?」

「そうですね、エリーゼ嬢の再召喚よりは、ダリアを過去に送るほうが、はやく実現するかもしれませんね」

「そのためにはダリア、お前が過去に行かなくてはならない理由が必要だ。エリーゼ嬢に会うためという口実ではなく、議会を納得させるための、だ。」

「りゆう・・・」

「そうだ。お前が過去に行くことこそが有益だと思わせなければ、せっかく法律が変わっても他の候補者が現れるだろう。」

「出来ますか?」


旦那様とクリスさんが王女様に問いかけます。


「・・・勉強、しなきゃ」

「そうですね。いままでのように侍女と一緒にできる程度の勉強ではなく、本格的に学ぶ必要がありますね」

「言葉も、覚えないと・・・」

「ああ。ドイツ語はもちろん、召喚協定を結んでいるすべての国の言語を嗜んでいたほうが良い。」

「・・・きっと、また、会えるよね?」

「確約は出来ない。だが、王族の政治参加は15歳から認められている。お前も協力してくれるだろう?」


旦那様のその言葉に、王女様は最初ポカンとし、その後、涙を拭いてからしっかりと頷きました。


「よし。これから大変だぞ?」

「わたくし、頑張りますもの!」


そんなやりとりをしている旦那様と王女様を眺めていた私を、クリスさんが部屋の外に連れ出しました。

「ダリアはもう大丈夫でしょう」

「はい」

目標が出来ると、前を向いて行けますよね。


「本当に、もう一度会えるんですか?」

「わかりません。少なくとも、今は無理ですから」


クリスさんと並んで歩きながら、ポツリ、ポツリと話をします。

連れてこられたのは、いつも使わせてもらっている客室でした。


ソファーに座らされて、待つことしばし・・・旦那様が入ってきました。私は立ち上がってこちらに来るのを待ちます。


「旦那様、姫様は・・・」

「安定剤を飲ませて、休ませた」

「そうですか」


旦那様は、私の隣まで来ると「座れ」と言われ・・・なぜか、並んで座ります。


「あの・・・?」

「リィナ、もういいぞ」


何、が?


「もう大丈夫だ」

そう言って、旦那様が背中をさすってくれます


なんだろう?


ポタポタと服に水滴が落ちる音がして・・・自分が泣いていることに、ようやく気づきました。


「大丈夫だ。よくがんばったな」


言外に、もう泣いていいんだぞ、と言われているのでしょう。

王女様の悲鳴、セリーヌの涙、その後の王女様の慟哭の前で、止まってしまっていた涙が、あとからあとから沸いてきます。


クリスさんが、紅茶を入れてくれました。

旦那様は、私の背中と頭をなでで、大丈夫だ、と繰り返し言ってくれました。



私はずっとうつむいたまま、静かに泣き続けました。


二人は、私の涙が止まるまで、ずっと寄り添っていてくれたのでした。








・・・実はそのまま泣き疲れて眠ってしまったのは、私の人生最大の不覚。





それから、王女様はすっかり我侭を言わなくなったそうです。

毎日勉強をして、公務にも積極的に参加されるようになったそうです。

意地悪なお兄様方は、急に大人になってしまった王女様に寂しさを感じつつも、暖かく見守っています。






















後日、パオロさんの呼びかけで、召喚者の有志を募ってエリーゼにお花を贈ることになりました。

葬儀には間に合わないでしょうし、生花を送ることは難しいので、ドイツの外交官さんへお花料を託しました。

後日、墓石に飾られた花の写真と、エリーゼのご両親からの丁寧なお手紙をいただきました。

「帰還したら、みんなでお墓参りに行きましょうか」

「そうね」

そんなことを話しながら、みんなで集まってエリーゼの写真や思い出話を手紙にし、ご両親とやり取りする事で異世界人達(わたしたち)は少しずつ悲しみを乗り越えていきました。


ねえ、エリーゼ。いつか王女様が貴女に謝りに行くからね。楽しみにしててね。


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