47 王宮侍女の悩み事
ピクニックから3ヶ月ほど経ちました。
あのあと「シオン様襲撃事件in王宮」は瞬く間に王都内に広まりました。
そして、つい先日、首謀者が捕まりました。
反王家派の貴族だったそうです。それって、私の拉致とも関係あったんでしょうか?
「ええ。だからこれで本当に、安全になりましたよ」
反王家派を退治(?)出来たからか、ここ何日かクリスさんは機嫌が良いです。私にも優しいです。言うなれば”白クリス”かな。ぷぷっ。
「リィナ、いま何か・・・鼻で笑いませんでしたか?」
「いいえ何も!」
相変わらず鋭いですね、家令様。
さて、それはともかく問題は旦那様です。
「リィナ、今日は王宮に行くから準備しろ」
最近、旦那様がやたらと私を王宮に連れて行きたがります。
「え、嫌です。」
「・・・」
「今日は午後からキッチンメイドです。」
「・・・わかった。」
なんで王宮に連れて行かれるかというと、理由は簡単。なんとか私を護衛に出来ないかと、色々な理由をつけて騎士団の訓練に連れて行こうとします・・・まだあきらめていないようなのです。
そしてその度にチョー怖いクリスさんに怒られる旦那様・・・なぜ懲りないんでしょう?バカですか?
見かねたクリスさんが、旦那様に王宮に連れて行かれそうな時は、夕食作りがあると言って断って良いと言われました。しかも本当は仕事が無くてもそう言って断るように言われました・・・。
というのも、あのお弁当以来、日本食が気に入った旦那様は、日本食と護衛を天秤に掛けると・・・日本食を選ぶんです。
執務室から旦那様とクリスさんが出てきました。王宮へお出かけの時間のようです。
お辞儀をして通りすぎるのを待っていたら、すれ違いざまにリクエストされました。
「カレーライスが食べたい」
「はい、かしこまりました。行ってらっしゃいませ、旦那様」
・・・つまり、私はこのあとカレーを作るってことですね。
なんか、仕事を増やされた気分・・・まあ、訓練よりはマシですが。
厨房に行ったら、マリーさんは昼食の準備をしていました。
「マリーさん、旦那様が夕食にカレーが食べたいとのことです」
「あら、そうなの。じゃあ今日は使用人もカレーにしましょうか」
マリーさんがため息をついてそう言います・・・厨房中がカレーの匂いに包まれますからね。
もちろん、旦那様用と使用人用の食事は別の鍋で作りますが、厨房の掃除や器具の洗浄のことを考えると、カレーの時は一緒が楽ですよね。
「リィナ、仕事が終わってからでいいから、味付け手伝ってね」
「はい、マリーさん。ではまた後で来ます」
さあ、お仕事お仕事。 次は窓拭き窓拭きっ
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本日のメイド仕事を全て終え、厨房でマリーさんのカレー作りを手伝いました。
そうそう、手巻き寿司が気に入った旦那様は、お屋敷でお米を常備してくれるようになりました。
サラダとかに使う長いお米だったらこのお屋敷にもあったんですけど、寿司やカレーライスは日本米がいいです!という私の主張が通ったのです!なんて素敵!
まあ、それは置いといて・・・
カレー作りを終えた私は、少し早めの夕飯を厨房の隅で頂いています。もぐもぐ。
今日のカレーはビーフカレーです。異世界でも牛は牛でした。もぐもぐ。
「リィナ、これから出かけるの?」
「はい、異世界カフェに行ってきます」
「そう。気をつけて行ってらっしゃいね」
「はい。ありがとうございます」
何度か危険な目に遭っているからか、お屋敷の皆さんは私が外出するというと、とても心配してくれます。
まあ、一番過保護なのは旦那様とクリスさんなので・・・伝染るのかな、過保護って?
過保護なくせに護衛にしたがるって・・・危険な目に遭わせたいのか?遭わせたくないのか?意味分かりません。
部屋に戻って着替えをしていたら、アリッサも戻って来ました。
「お疲れさまー、アリッサ」
「お疲れリィナ・・・って、あれ?出かけるの?」
「うん。異世界カフェに行ってくる。ところでアリッサ、ナンシーさんは?今朝会ったきり、見かけてないんだけど・・・」
「ああ、今日は午後休暇って行ってたよ。王宮に行くって行ってたから、お兄さんのところじゃない?」
・・・なるほど。ウィルさんの呼び出しですか。
ナンシーさんとウィルさんの事も、軽く聞きました。
あの二人、本当は従兄妹らしいんですが、なんかお家の事情で、戸籍から何から全部兄妹になってるそうです。
兄妹ねぇ。ウィルさんのあの過保護さはどうみても・・・・・・馬に蹴られそうなので、詮索はしませんが。
まあナンシーさんはウィルさんの過干渉を本気で嫌がっているようなので、ホントのところはどうなんでしょうね。
がんばれ、ウィルさん!
「リィナ、遅くなるようなら誰かに送ってもらいなね?気をつけてね?」
また心配されてしまいました・・・ははは
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異世界カフェでは毎年、忘年会兼新年会を行うらしく、今日はその打ち合わせです。
私、召喚1年目ですからね、お手伝いを申し出てみました。
なんで忘年会と新年会を別々にしないのかと言うと・・・まあ、要するに大晦日から新年まで夜通しでパーティーをするからなんですね。
幹事さんは、フランス人のセリーヌさん、イタリア人のパオロさん、ドイツ人のカールさん、アメリカ人のサマンサさんです。
そしてお手伝いで日本人の私と、ドイツ人のエリーゼさんです。
王宮組の皆さんとは、ここで初めて会って以降、仲良くしてもらってます。
お手伝いを申し出たのも、知り合いが多いときに経験しておくと良いかなーと思ったからですっ。
それに今回のパーティーは、実はエリーゼさんの送別会も兼ねているんです。
今年で召喚5年目だったエリーゼさんは、年明け早々、帰還することが決まっています。
19歳で召喚されて、現在24歳のエリーゼさん。
未成年を召喚したのか!と思ったら、ドイツでは成年が18歳だそうです。
しかし、とても見た目24歳には見えません・・・と思っていたら、実は例の『若返り』をしているのだそうです。びっくりです。
そしてパーティーの話し合いが・・・思わぬ方向に!
「だからね、せっかく日本人のリィナも居ることだし!」
「そうだね。いいと思うよ、それでいこう!」
「え!ちょっと待って下さい!日本人関係ないから!私コスプレなんてしたことないですし!」
「大丈夫だよ!リィナなら何を着たって似合うよ、きっと!」
フランスとイタリアでは日本のアニメが流行っているという噂は聞いていましたが、まさかこんなところにコスプレイヤーが居るとは思わないじゃないですか!
「コスプレというのは日本語か?私はよく知らないのだが・・・」
アメリカ人のサマンサさんは男性から言葉を教わったのか、カッコイイ話し方をします。
あれ?私も男性に言葉を教わったのになぁ・・・王子様語は男性女性関係無く丁寧な話し方だからかしら。
「サマンサ、コスプレっていうのは"仮装"の事よ。アメリカでもハロウィンパーティーがあるでしょう?」
「ああ!つまり好きな格好をしていいのだな?異世界の年末はちょうど地球のハロウィンの時期じゃないか。なるほど、いい案だ!」
おおうっ、賛成多数・・・残る希望はカールさんとエリーゼさんのドイツ組のみ。
「カールさんはコスプレなんて、嫌ですよね?」
「リィナ、僕はスーパーサ●ヤ人になろうと思う!」
はぅ!・・・何か考え込んでいるような表情は、思い悩んでいたのではなく、決意を固めた表情だったのですか!
「エリーゼさん、エリーゼさんは・・・」
「え?ああ、うん・・・いいんじゃない」
なんとなく上の空だったエリーゼさんまで賛成してしまいました・・・ガクッ。
「じゃあ、さっそく参加者にどんなコスプレが良いか意見を聞かなきゃね」
「自分で衣装を用意出来ない人には、既製品を輸入できるようにマスターに頼んでみようよ」
「リィナ、日本でコスプレの衣装が買える店とか知らない?」
知るか!と言えない小心者な私・・・ううっ
「秋葉原付近になら、そういうお店ありそうですね・・・」
「じゃあ、俺が日本の外交官に聞いてみるよ!」
楽しそうにパオロさんがそう言います。召喚庁にお勤めなんでしたっけ・・・好きにしてください。
ところで、さっきからエリーゼさんの様子がおかしいんです。
なんか、顔色も悪いし、ため息ばかりだし・・・
コスプレ話で盛り上がる幹事組を放っておいて、エリーゼさんに話しかけます。
「エリーゼさん、どうかしましたか?」
「・・・リィナ」
「悩み事ですか?私でお役に立てること、なにかありますか?」
「・・・」
うつむいて、黙ってしまいました
「話しづらいことですか?無理に聞いたりしないから、安心して?」
「・・・うん」
「紅茶飲みますか?私、入れてきますね」
なにやらずいぶん思いつめているみたいですねぇ。
若者が悩んでいるので、年長者の私としては、相談に乗ってあげたいところですが・・・何で悩んでいるのかも分からないしなぁ
とりあえず、クリスさん直伝の紅茶を入れて、エリーゼさんに振舞います。
「はい、どうぞ」
「ありがとうリィナ・・・・・・おいしい。」
「そうですか、よかった。最近はシオン様にも褒めていただけるようになったんですよ」
そうそう、私ずっと屋敷でも屋敷外でも"旦那様"って呼んでたんですが、屋敷外では"シオン様"と呼ぶようにと注意されました。そういえばずっと前にそんなこと聞いていたのに・・・すっかり忘れていたのですが、さすがに見かねたのかクリスさんに呼び出され、直々に注意されてしまいました。
ちなみに、クリスさんの事も"クリス様"がいいですか?と聞いたら・・・それは却下されました。
「・・・シオン様に。そう・・・あの、リィナ」
「はい?」
「あの、お願いがあるのだけど・・・」
「なんでしょう」
「王女様の事で・・・シオン様かクリス様にお願いしたいことがあるのだけど」
思いつめた表情のエリーゼさん・・・
「あのね、少し長くなるんだけど、聞いてくれる?」
エリーゼさんはそう言って、王女様との5年間を私に話してくれました。




