46 利用する側、される側
「 」内は異世界語です。
『 』内は日本語です。
野次馬な元志願兵たちとの揉め事が収まり、さっきまでの緊迫感が緩んで、みんなで"のほほん"としていた・・・その時
王子様を見に来た野次馬ギャラリーから、小柄な少年がひとり転げ出てきました。
後ろの人に押されたのかなぁ?などと思い顔を向けると・・・
その少年は手に短剣を持ち、転がった勢いのまま旦那様の方へ飛び出してきます!
「危ない!」
タクトさんの叫ぶ声と
「シオン!」
クリスさんの声と、そして
バシ
ガキン
ドス!
バキ!
ドサ・・・
「・・・ふぅ。やっぱり槍だと勝手が違う・・・って、あれ?」
男子3人、固まってます。
「・・・リィナ?」
「リ、リィナ?」
困惑気味の旦那様とタクトさん。
「・・・手首を打って握力をそいでから、武器自体を打って飛ばし、石突でみぞおちを打った後、そのまま上げて顎を撥ねたんですか・・・」
冷静に分析しながらも、"あーやれやれ、やりすぎだろう"とでも言いたそうなクリスさん。
「執務室に戻る。・・・タクト」
「はい!」
「襲撃犯を近衛に。その後、私の執務室まで来い」
「はい!」
タクトさんは腕立て中の見習い君達も使い、旦那様の指示に従ってます。
「クリス」
「はいシオン様」
「ここを治めてから、執務室まで来い」
「了解しました。」
何事も無かったとはいえ、王子様が襲撃されたのでギャラリーはすごい騒ぎです。
この騒ぎを何とかしろってことなんでしょう・・・クリスさんの"笑顔"なら、口止めですら容易いでしょう。
ええっと、私はどうすれば・・・と思ったその時
旦那様に腕を・・・というか、肘を"グイッ"っと掴まれましたっ!
「いっ痛!旦那様、痛いです」
「お前には聞くことが沢山ありそうだな。リィナ?」
ニコッと笑った旦那様にそういわれ、そして引きずって行かれました・・・
み、眉間の皺は無いですが、ニコッと笑うと、なんだか笑顔に黒いものが・・・。
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「とりあえず、先に礼を言っておく。助かった」
旦那様は執務室に入ると開口一番そう言いました。
さっきまでご飯を食べていた場所が窓から見えます。あ、クリスさんが居る・・・
外を見てたら、応接セットに座るよう言われました。
「で?」
「はい?」
「銀行員が、なぜ槍を使えるんだ?」
「槍を持ったのは初めてでしたけど」
「・・・初めて?」
「はい。槍は初めてでした。ただ学生の頃に・・・」
そこまで言ったところで、ドアがノックされました。
「失礼します」
入ってきたのはタクトさんでした。
「先程の犯人ですが、あの・・・意識が戻ったら取り調べるとのことでした」
「・・・まあ、あれだけしっかり急所に打ち込めばな」
「でも槍自体は軽かったし、私は非力だし・・・」
「軽い脳震盪だと言ってました」
「えっと、すみませんでした。つい」
痴漢を撃退するつもりで意気込んでしまいまして・・・
「つい?ついで急所に入れたんだ・・・」
私、タクトさんに呆れられたみたいですね。
「まあ、いい。同じことをクリスがしたら、勢い余って殺してるだろうし」
「殺すって・・・クリスさんって、そんなに強いんですか?」
「強い。そもそも強くなかったら騎士団長は出来ない」
「団長?」
「リィナ、クリスさんは第1騎士団の団長なんだよ」
「・・・そうなんですか」
そういえば軍服姿を見たことありましたね。そうそう、拉致される前に見たんでした。あーなんか拉致された嫌な思い出付きですね。
「まあ、実際の業務は副団長が行っている。会議とか式典で表に出る時に駆り出されるくらいなんだが・・・それよりもリィナ、学生時代、の続きは?」
「ああ、はい。私の通っていた学校では、女子は『薙刀』の授業があったんです」
「なぎなた?」
「ええっと、長い柄の先に刀が付いてる物で・・・あ、でもスポーツということで刃はありませんでしたけど」
「・・・タクト、日本はスポーツで急所を狙うのか?」
「狙いません。狙ったら失格です。」
タクトさんがキッパリ言いきります。
「だから”つい”ですってば。今後は気をつけます」
「・・・責めてるわけじゃない、むしろああいう場合はしっかり急所を狙え。それよりも、他に話していない事はないか?」
話していないこと?といわれても・・・とりあえず首を傾げてみます
「他には何をやってた?」
「習い事ですか?いろいろやってましたけど。けど私、瞬発力はあるのですが持久力や忍耐力が無いので、そんなにしっかりやったことはありません。」
子供の頃に、おじいちゃんの命令で『道』の付く習い事を色々やらされた・・・という話をしました。
剣道、合気道、弓道、茶道、華道、香道・・・
どれもあっという間に辞めてしまったので、身についた物はありませんが。
「『きゅうどう』?」
「弓を引いて、28m先にある的に、矢を当てる武道・・・スポーツです」
「・・・弓も使えるのか」
「いえ、使えるといっても所詮スポーツで・・・」
そこまで行ったところで旦那様が立ち上がったので、私も立ち上がります。メイドですしね私、旦那様が立ってるのに、座ってるわけにはいかないでしょう。
「よしリィナ、タクト、付いて来い」
「え?ちょ、ちょっと」
また腕を引っ張られて連れて行かれます・・・付いて来いと言っておきながら、連行ですよね、これ。
もぅーどこ行くのよー。
「おっと・・・シオン様?どちらに行かれるんですか?」
旦那様がドアを開けたら、ちょうどノックしようとしていたクリスさんが居ました。
「弓技室だ」
「弓技室・・・リィナを連れて?」
「ああ、リィナが弓も使えるらしい。お前知ってたか?」
なんだか、楽しそうな旦那様と・・・
「・・・もちろん、知っていましたけど?」
ものすごく、冷ややかなクリスさん・・・
「え?お前知ってたのか?」
「ええ。身上書に書いてありましたよね。まさか見てなかったんですか?それより、弓が使えるからって使わせないでください。彼女は、ウチのメイドなんですから」
「いや、でも」
「“でも”じゃない。お前が召喚したのはメイドなんだ。女騎士じゃないだろう」
「それはそうだけど」
「いい加減にしろ!お前の我侭にリィナを巻き込むな!」
ク、クリスさんっ?
びっくりしたー。急に怒鳴るんだものっ。
思わずビクッとしてクリスさんを凝視ししてしまいました。
それを見たクリスさんは、旦那様から私の腕を解放してくれながら
「リィナ、おいで。タクトも来なさい」
そう言って私とタクトさんを廊下へ出します
「お前は襲撃犯の取調べでもしてろ!」
旦那様にそう言い捨てると、クリスさんはドアをバタンと閉めました。
こんなに荒くドアを閉めるクリスさんなんて初めて見ましたよ。
「二人とも、巻き込んですまない。とりあえず、私の執務室へ行こう」
クリスさんはため息を付きながら、そういいました。
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『クリスさんはタクトさんを前から知ってるんですか?』
『ええ。召喚されたばかりのころ、何度か会ってますよ。』
『日本人が居るって知ってたのに、黙ってたんですね?』
『他の召喚者の事なんて、何も聞かれませんでしたからね。』
むむむっ。確かに聞かなかったかも。
『結局、さっきのは・・・?』
ここはクリスさんの執務室です。
私はソファーにタクトさんと並んで座ってます。向かい側にはもちろんクリスさん。テーブルにはクリスさんの入れた紅茶が・・・クリスさんの紅茶飲むの久しぶりです♪
『ほぼ間違いなく、リィナに武道の心得があると知ったから、自分の護衛にしようとでも考えたんだろう』
『『護衛!?』』
思わずタクトさんとハモりましたよ!何ですかそれは!
『心得があるって言える程、習ってませんよ!』
『いや、それ以前に王族の護衛って、そんな大役を召喚者に・・・』
『そうですよ!しかも素人に何てことさせる気ですか!』
『だから阻止したでしょう。二人とも少し落ち着きなさい』
優雅に紅茶を飲んでるクリスさん。
そうでした、阻止してもらったんでした・・・
『クリス様、どうしてシオン様は護衛が居ないんですか?』
『え?旦那様って護衛が居ないんですか?』
『ええ、居ませんよ。理由は本人が拒否してるから、です。』
『拒否ですか?シオン様自身が?』
『旦那様なんで拒否なんか・・・まさかそれが先程言っていた”我侭”ですか?』
タクトさんが険しい表情でクリスさんに問います。
『ええ。本来王族に護衛が付かないなんてこと、ありえないんですがね。ただでさえシオンは昔から狙われやすい子で・・・ただ拒否するだけの理由があったのも確かなんですが』
そう言ってため息を付くクリスさん。
『何か、あったんですか?』
護衛を拒否するような理由?・・・私には思いつきません。
タクトさんを見ると・・・彼も首を振っています。
『シオンは小さい頃、護衛に命を狙われたことがあるんですよ』
『『え!』』
『その護衛はシオンだけではなく、シオンの父君も狙ったんです。自分の周りの人間まで危険な目にあった、だから護衛を付けるのは嫌だと言う。王も王妃もそれに関してはシオンの我侭を聞いてやってるんです。でもね・・・』
クリスさんはまた、ため息を一つついてから続けます
『護衛が付かないことで、更なる危険を招いていては意味がないし。要するにシオンはそもそもが人間不信なんです。私が側に居れる時はいいですが“護衛が付いている”という見た目が抑止力になるわけで、護衛が必要ないくらい強くなればいいだろうとか、そういう問題じゃないってことに気づけと・・・ああ、すみません、これは愚痴ですね。』
クリスさんが愚痴るなんて、めずらしー。
よっぽど困ってるのか、それともお疲れなのかな?
などと思っていたら・・・
バン!!!
勢いよく、というか壊れるんじゃないかって位に乱暴に、ドアが開きました
何事!?
クリスさんもタクトさんも、思わず腰を上げて身構えてしまってますよ!
フリルのたくさん付いた淡い黄色のドレスを着て、背中まである金髪は毛先がクルッとしてて、かわいいお嬢様です。
「・・・シオンは!?シオンはどこっ!?」
床まで届くロングドレスなのに、躓くことも無く軽やかにこちらに・・・というか、クリスさんに突進して来ました。
近くで見ると、肌も日焼けしたこと無いんじゃないかってくらい白くてきめ細かくて艶々・・・なんてうらやましい。
・・・って、そうじゃなくて、どちらのお嬢様?
「ダリア、シオンならここには・・・」
「クリス!シオンが襲撃されたって本当なの!どこにいるの!」
「確かに襲撃されたが、みぜ」
「やっぱり襲撃されたのね!ああ、先に医療棟に行くんだった!」
“未然に防げた”って言いたかったであろうクリスさんの言葉にさらに言葉を被せてきたと思ったら、すかさず踵を返すお嬢様・・・って、あれ?戻ってきた?
「大体、クリスが一緒に居たのにどうしてシオンが怪我をするの!」
「いや、だから」
「もう!クリスなんか嫌い!シオンに何かあったら、許さないんだから!」
そこまで言うと、今度こそ部屋を出て行きました。
クリスさんが口を挟めなくて「あ」と言って手を差し伸べたまま固まってます・・・
『・・・えっと、どちらのお嬢様ですか?』
固まったままのクリスさんに聞いてみます
『あ・・・ああ。リィナは初めてでしたよね。あれは王女のダリアです。』
『王女様でしたか・・・元気がいいですね』
・・・なんというか威勢がいいというか、喧しいというか。
『リィナ、正直に言っていいですよ』
『うーんと・・・溌剌として活動的な王女様ですねっ』
言い方を変えてみましたがどうでしょう。
『溌剌?うるさいだけでしょう?人の話をちゃんと聴くようになって欲しいんですけどね。まあ、王女の教育は私の担当ではありませんから』
『担当があるんですか?』
『ありますよ。王族の教育は王族がするんです。ああ、そうだタクト。王太子の教育はシオンの担当ですから、クレームがあったらシオンにどうぞ。』
『・・・どうぞと言われても』
タクトさん苦笑。苦笑いということは、クレームがあるんだね、きっと。
『それじゃ、クリスさんはどなたに教育されたんですか?』
『シオンの父君ですよ。私は両親を早くに亡くしましたからね。王族として学ぶべきことはみんな、彼に教わったんです』
そう言って微笑むクリスさん。いつもと違って黒くないです。きっと大事な思い出なんでしょうね。
なんか、3人でほっと一息ついて、のんびりお茶を飲んで・・・あれ?
『旦那様が襲撃されたのに、こんなにのんびりしていていいんでしょうか?』
『・・・』
『・・・まあ、犯人の素性がはっきりしないと、対応も出来ませんしね。』
クリスさんが慌てずにそう言います。
『一般開放日だから、刺客が紛れ込んだんでしょうか。』
タクトさんが考え込むように顎に手を当てた姿勢でそういいます。
『城内には、登録されていない武器を持って入ることは出来ません。登録に協力した“誰か”が居るか、場内で手に入れたかのどちらかでしょうね。まあ、すぐに炙りだせるでしょう。』
『そもそもなんで、シオン様は狙われるんですか?』
タクトさん、いい質問です!
『シオンは生まれも育ちも仕事も全部、狙われるか利用される要素しかないんですよね・・・だからと言って、リィナを利用することは私が認めませんから、安心してください』
クリスさんがニコニコと・・・でもまた笑顔に黒いものが混じってますが・・・紅茶を飲んでいた、その時でした。
バン!!!
また!?
また乱暴にドアが開きました。
入ってきたのは・・・
「・・・陛下、ドアが壊れます。静かに開けてください。」
「このくらいじゃ壊れないよ。なーに3人でのんびりお茶してるんだい?じじぃみたいだな」
「じじぃ・・・」
顔が険しくなったクリスさんと苦笑い継続中のタクトさん。
「あれ?リィナさんだっけ?リィナさんはじじいじゃないね、ば・・・いや、何でもない」
いま、ババァと言おうとしましたよね、王様。
ババァ、ばばあ、婆・・・
うううっ、どうせ三十路ですよっ・・・泣いてもいいですか。
「いや、だってさー、このお茶してる雰囲気に若々しさが無いよ!老人みたいな雰囲気だったよ?・・・そうか!よし!みんなにプレゼントをあげよう!」
「「プレゼント?」」
私とタクトさんは首を傾げます。何かくれるのかな♪
クリスさんはやや青ざめてます・・・え、何くれるの?
「要りません!それより何の用ですか!」
「あ、そうそう。ダリアこなかった?」
「来ましたけど、すぐにシオンを探しに行きましたよ」
「そうか。うーん、しょうがないなー。じゃあプレゼントを・・・」
「要りません!出てって下さい!」
「えー」
なんか、しぶしぶ帰っていく王様・・・
王様が出て行ったので、ホッとして大きなため息をつくクリスさん・・・
あの、プレゼントって、何だったんですかね?
鳩尾への衝撃は呼吸困難になるらしいです。
顎先への衝撃は脳震盪を起こすそうです。
リィナが強い・・・というわけではなくて、本人は痴漢撃退の護身術程度の認識です。




