39 旦那様の反省2
つづきです。
11.15誤字脱字訂正に伴う追記。内容に変更はありません。
ナンシーと一緒に、料理長と、フランス人の召喚者のアベルがやってきた。
たしか、アベルの召喚主は管理局所属の役人だったはず。
「リィナさんを叱らないでください。私たちを助けてくれたんです」
今日、ほんの何時間か前に初めて会ったというのに、アベルはリィナを特別に気にしているようにみえる・・・気のせいかも、しれないが。
「・・・分かった。考慮する」
考慮という言葉を使ったので、リィナが不服そうだ。
だが、また危険な目に遭わせてしまうよりは、自分で自分の行動に注意してくれたほうが、何倍もいい。
「それにしても、部屋から出れないというのは、ちょっとかわいそうじゃないですか?危険だというなら、ちゃんと護衛をつけて外出できるようにすれば良いのではないですか?今日だって見張りが居ることも知らなかったようだし、知っていればリィナさんも部屋から出たりはしなかったですよね?」
なんだか、このアベルという男、苦手だ。
正論を言っているから、反論も出来ない。
「それに、リィナさんの話では、召喚されてから今まで、他の召喚者に会ったこともなかったそうじゃないですか」
「それは、公爵家の仕事の性質上の事で・・・」
なんだか気まずい。
昨日の事件まで、リィナの行動を制限したことは無いが、かといって他所との交流を積極的にすすめていたわけでもない。
それに、使用人の事についてはクリスに任せっぱなしだった負い目もあるし。
「・・・この二人は、筋金入りに過保護だからなぁ」
ウィルが呆れた表情で、そんなことを言い出す。
が、お前に言われたくない
お前にだけは言われたくない。
「シスコン兄」
ナンシーとこそこそ話していたリィナが、ポソッとつぶやく・・・
「シオン様、リィナが心配なら、安全が確認できるまで、いっその事監禁しましょうか?騎士団のほうで監視をつけますよ」
「いや、監禁はちょっと・・・」
監禁はまずいだろう、監禁は。
自覚があるからか、ウィルはシスコンと言われることをすごく嫌う・・・でもどこから見ても誰から見てもシスコンだろう。
「監禁!?あ、あなた方は、何言ってるんですか!!」
監禁という言葉に過剰反応したアベルが、立ち上がって抗議してくる。
「監禁だなんて、冗談だとしても質が悪すぎます!ただでさえ召喚者は自分の意思とは関係なく、この世界に連れて来られてるんですよ!!リィナさん、不当な扱いを受けているのではありませんか?」
「え?不当?」
アベルの言葉に、戸惑うような声を上げるリィナ。
「そうです。いま聞いただけでも、命の危険から束縛まで!一度きちんと管理局へ伝えたほうが良いです!」
「え、えっと」
「私も一緒に行きますから。大丈夫、召喚主の変更は出来ませんが、保護責任者は訴えれば変更してもらえるんです」
保護責任者変更・・・
そう、召喚者からの正式な訴えがあれば、管理局の調査結果により保護責任者が変更される。
ただし、訴えられた側は以降、召喚禁止を言い渡される。
ウィルが青ざめている。自分の軽口が元で、ここまで話が大きくなるとは思わなかったのだろう。
そう、召喚した側の目線で見ると、召喚者を迎え入れる為には居住環境整備を含め、準備に多くの時間と予算を費やし好待遇で迎え入れてはいるが、
召喚された側にしてみれば、拉致と変わりない。
リィナも言っていた・・・召喚前の勤務先には、もう戻れないと。
帰還後に、召喚前と全く同じ就業の環境に戻れる召喚者は、一部の研究職ぐらいだろう。
家を維持管理してくれる身内が居ない場合は、もとの居住場所にすら戻れない。
帰還後のサポートは、どの国も手厚いとは聞いているが、それでも・・・
こちらは意図せずとも、召喚者の人生を変えてしまうのだ。
クリスが、私の様子を伺っている。青ざめてはいないが、表情は硬い。
視線で、”大丈夫だ”と伝えてみる。
そう、リィナは自分の待遇を不当だとは決して思っていない。
それどころか、アベルのセリフに、戸惑っている。
そう確信できるのは、やはり召喚者と召喚主は考え方や感覚がよく似ているのだろう。
リィナが口を開く・・・
「アベルさん、ありがとうございます」
「いいえ、当然の事ですよ。すぐにでも行きましょう」
「いえ、待って下さい。私、訴える事はしません」
リィナは、笑顔のままアベルにそう伝えた。
「リィナさん?」
「確かに、昨日は大変な目に合いましたけど。それはきちんと謝罪してもらいましたし、反省もしたようですし」
昨日の事は本当に、本気で反省した。
リィナが飲まされた薬は、自白剤。ただし、自白効果のある催淫作用の強い薬・・・つまり、媚薬だった。
摂取してから効果が現れるまで使用者は強烈な眠りに襲われる。
目が覚めるまでに解毒薬の摂取が出来ればセーフ、目が覚めてしまったらアウト。
本当に、あの時は一刻の猶予もなかった。医者に見せる時間さえ惜しかったので、自室に運び解毒したのだが・・・自室に運んだ事の言い訳をするのに大変な目にあった。まあそれは自業自得だけど・・・自室に媚薬を飲まされた女性を運び込んだのだから。
執事長の言っていた『くれぐれも意識の無い女性に・・・』という言葉の意味が、今更ながら理解できる。
さすがに国王陛下にも『召喚者を囮にしたら媚薬を飲まされました』とは報告できなかった。
だが、あの謁見の間での様子を見ると・・・知っていたのかも、しれない。
報告書に詳細を記載して、直接持ってこいと連絡があった。きっとこの報告書も"反省しろ"という意味合いが含まれているんだろう。
「・・・ちょっとリスク管理が甘いですけどね。その分お屋敷の同僚たちは皆さんしっかりしてるし、何より皆さん良い人だし。
旦那様もクリスさんも、いつも使用人たちの環境を気にしてくれていますし、すごく居心地の良い職場なんです」
リィナはアベルとしっかりと目を合わせて、笑顔でそう言う。
・・・居心地がいいと、そう思ってくれていたのなら、良かった。
「そりゃ最初は、メイドなんて出来るのかな?と思いましたが、今では召喚先が公爵家で良かったと思ってますよ」
リィナは今、公爵家に来て良かったと言ったか?・・・そう思ってくれているのか。
「ただ、やっぱり説明不足な所があるんですよね。今日の見張りの件とかも含めて」
「そうですよ!説明不足ですよ!」
「ええ。アベルさんが言ってくれたように、私だって自由に外出したいな」
なんだか少し悲しそうな表情でリィナがそう言う。
「護衛をつける。リィナ、外出して良いぞ。ウィル、手配を頼む」
「旦那様、本当ですか!」
「ああ」
王宮内なら護衛は要らないだろうと思っていたのだが、"自由に"移動したいというなら、護衛くらいいくらでも用意する。
「ありがとうございます。わたし行ってみたい所があるんですー」
にこにこと笑いながら、そう言うリィナを見て、喜んでくれた事に安心した・・・しかしなぜか"もやもや"は消えないままだった。
護衛の手配をウィルに詳しく指示したあと、執務室に戻った。
「リィナに、まんまと誘導されましたね」
クリスが少し呆れたようにそう言う・・・
「ああ、そんな気がしていた」
そう、あの最後の"もやもや"は、まんまと外出することを了承させられた"もやもや"だったのかも知れない。
でも、リィナの言っていたこと全てが、誘導の為の嘘というわけではないし。
「居心地が良いとか、公爵家に来て良かったとか思ってくれてるなら、多少の融通を利かせてもいいだろう?」
「バカか?お前?」
は?
クリスが更に呆れた表情で見下してくる。
「リィナは『召喚先が公爵家で良かった』と言ったんだ。『公爵家に来て良かった』とは思ってないだろう」
えっと・・・それはつまり
「リィナは召喚されて良かったとは全く思っていないだろう。召喚者の信頼を獲得するまでには、まだまだ召喚主は努力が必要だな。」
「・・・」
「頭の中で、勝手に都合よく変換するんじゃない」
「・・・」
「全く、お前はいつになったら、その甘い考え方が抜けるんだろうな?」
・・・吐き捨てるように呟かれたその言葉に、思わずため息をつきそうになり・・・クリスに睨まれて、飲み込んだ。
そして、屋敷に戻るタイミングを逃し、寝不足な今朝。
リィナから、昨日の話はただの事実報告で、外出許可を出されるための嬉しがらせだった、という裏話をクリスが聞いてきたらしい。
寝不足の頭に、さらに反省を促される・・・もう勘弁してほしい。
やっぱり、年上の女性の扱い方は、よく分からない
またひとつ、ため息をついてから、届いたばかりの経過報告書に目を通した。
シオン君の苦難(?)は続く・・・
次回は異世界カフェに戻ります。




