3 驚いている?
異世界講座ではなくなってしまいました。
なんか腑に落ちない感じがしつつも、私は『雇用契約書』にサインした。
おなかすいた...........
私のサインした雇用契約書をどこかに提出するらしく、茶髪は出かけていった。
私にはわからない言葉で、何か会話をしてから、部屋を出て行った。
金髪は、なにやら契約書以外の書類を私に書かせようとしている。
おなかすいた...........
「まず、こちらの用紙をお願いいたします」
そういって渡されたのは、タイトルは無かったけど、身上書のような書類。
住所や本籍地、仕事や職場のこと、あとは家族の事などを書くようだ。
.........ふむふむ。特に隠すことも無いので、ペンを走らせる。
「ところで、莉奈さん」
「はい?」
「ひとつ、お聞きしたいのですが」
「なんてすか?・・・えーっと、あなたの事は、何て呼べば良いですか? 」
"それと、おなかがすきました"と主張してみる。
「・・・わたしの事は『クリス』と呼んでください」
にっこり笑って"『さん』付けでお願いします。"と、言われた。いや、呼び捨てにはしませんて。
"いま軽食の準備をさせていますから"と返答がくる。
「さっきの彼は? なんと呼べばいいですか?」
「シオン様ですか?.........そうですね。屋敷では皆、旦那様と呼んでいますね。」
だんなさま・・・これまでの人生で、使ったことの無い言葉だわ。
「一緒に外出する場合などは、シオン様と呼んでいますね」
ああ、なるほど。外出先には旦那様がたくさんいるって事だね。
スーパーで『おとうさん!』って呼ぶと、該当する男性がみんな振り向くのと同じ原理だね。
「わかりました、クリスさん。それで、聞きたい事とは何ですか?」
「ええ。先ほど、シオン様に聞いておくように言づかったのですが・・・」
そう言うとクリスさんは、メガネを押し上げてから少し怪訝そうな顔をして、続ける
「なぜ、いきなり異世界にきて、それほど落ち着いていらっしゃるのか・・・と」
「・・・充分驚いていますよ」
「とてもそう見えません。多くの者は、すぐには会話にならず、ひどいときには泣き叫び、暴れだす者も居ます」
チリリンと鈴の音がして、クリスさんがドアに向かう。ドアの前で何か受け取ってから戻ってくる。差し出されたそれは、サンドイッチ..........よかった、普通のもので。
馴れた手つきで紅茶を入れてくれる。すみませんねぇ、家令様にお茶を入れてもらうメイド(仮)なんて、いませんよねぇ。..........あ、遠慮なくいただきます。サンドイッチ、全部食べても?.........いいんですか。よかった。
「・・・私のような反応は、少数派ですか」
「ええ、まれに"異世界に来たかった"というような、ラノベ好きの若者も居るようです」
クリスさん、ラノベ知ってるんだ。最近は、大人も多いですよ。
..........さっきも思いましたが、紅茶入れるの、上手ですね。
「私が落ち着いて見えるのなら・・・心当たりがあるとすれば」
「はい」
「主に祖父の仕業なのですが、小さいころから身内に誘拐されることが多かったので」
「はい?」
「"とつぜん拉致"や"目が覚めたら見知らぬところ"という状況に、多少は慣れているのかと」
「.........どんな家庭で育ったんですか?」
「普通の家庭ですが、祖父が少々普通ではないのです・・・あとは、現実逃避です」
あの年末のクソ忙しい仕事の最中に、食事に行った私が突然居なくなったら........
........いったいどうなっているのか、考えたくない。
3年後、戻れたとしても、顔出しできないでしょう........恐ろしい.........
..........もぐもぐ......サンドイッチは美味しい。
異世界料理が口に合って、本当によかった。
もぐもぐ......ゴックン
ぱくっ......もぐもぐ......
とりあえず、恐ろしいことを考えたくなくて、ひたすらお腹を満たすことにした。
「なるほど、現実逃避ですか」
もぐもぐ.........なにやら あたたかい目で見られています。
"おいしいですか"と聞かれました。
口に物が入っているので、コクンと頷くと、紅茶を追加してくれました。
クリスさん、いい人かも?
餌付けできました。
食べているところが、可愛いかったようです。