35 厨房にて2
出来上がった酢飯を、みんなで試食します。
「すっぱい」
「・・・でもすこし甘味もあるけど」
「もうこれで良いのでは?」
「・・・いや、これではお口に合うかどうか」
いろんな意見がありますね。そういえば外国人には日本の酢飯はスッパイんでしたっけ。この国の人にもスッパイ可能性大ですね。
「アベルさん、この国の味覚に合わせて、お酢の量やお砂糖の量を加減してみてください。これは日本人用の酢飯ですから」
「リィナ、どうもありがとう。君のおかげで何とかなりそうだよ」
「ところで、どんなお寿司にするんですか?握り寿司?巻き寿司?ちらし寿司?」
「・・・えっと」
アベルさんは料理長(やっぱり初老の男性は、料理長でした)に、聞いています・・・
「・・・決めていない、そうです」
はい?
「普通は、どうやって食べるものなんですか?」
ええっと・・・普通?
「日本では主に、魚介類と一緒に食べます。生の。」
「・・・生魚ですか」
「ええ、そうです」
たしか、この国では生魚を食べる習慣はないんでしたっけ?
「日本で食べたという貴族の方は、どんなものを召し上がったんですか?」
「き、聞いてきますっ!」
おう!料理長ダッシュで出て行きました。うーん、まだまだ前途多難なようですね。
カリフォルニアロールにしたって、サーモンとか入ってそうだしねー
生ものを使わないとなると、かっぱ巻きとか干瓢巻き・・・海苔はあるのかしら。
稲荷ずしもありだけど油揚げが必要だし・・・豆腐を揚げて作れるか?それよりこの国に豆腐はあるのか?
そういえば、マンゴーの寿司とか、生ハムの寿司とか食べた事ありますね。
あとはツナとかカニカマとかコンビーフ、オニオンスライスのマリネもなかなか・・・
私が寿司ネタに思いを馳せている間に、残りの料理人さんたちは色々な寿司酢を作成中。うん、皆さんさすがプロですね。仕事が速いわー
ちょっ!ナンシーさん!何してるんですか!
え?おむすび作りたかった?・・・手をちゃんと濡らしてからじゃなきゃ、べとべとになりますってば。
三角にしたい?いや、三角以前にとりあえずその手をなんとかしましょうね。
ナンシーさんのお世話(?)をしていたら、料理長が帰ってきました。
「どうやら『手巻き』という寿司のようです」
ああ、な~るほど!
「手巻き寿司なら、いろいろ試せますね。海苔はあるんですか?」
「ええ、海苔は異世界から輸入してあります。」
そういって出されたのは・・・とても上質な海苔です。さすが王宮ですね。
「いろいろ巻いてみて、試してみるといいですよ?卵焼きやツナ、野菜、ボイルしたエビやカニ、お肉を炒めた物もお勧めです」
私がそう言ったとたん、料理人さんたちは「酢飯作成班」と「調理班」に分かれて作業し始めます。
海苔は枚数に限りがあるので、まずは酢飯と合うかを試してみるみたいです。
しかし、接待で手巻き寿司って、いったいどんな接待でしょうか。一般家庭のホームパーティーにでも行ったんですかね?
それより・・・
「ひとつ聞いてもいいですか?」
「はい?」
「海苔が輸入できたのに、寿司酢は輸入できなかったんですか?」
ピシッ---------------------------
空気が凍りましたね。もしかして
「・・・完成品が普通にスーパーで販売されていますよ?むしろ最近では、自分で作らない家庭の方が多いかもしれません」
ああー、みんな遠い目をしている・・・
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出来上がった物から試食してみます。
「やっぱりツナマヨは王道ですね!」
ちなみにツナ缶も輸入品です。魚の加工技術は地球のほうが優れているんですって。
「リィナ、お肉も美味しいよ」
「アベルさん、なに巻いてるんですか?」
「フレンチフライズです」
フレンチフライは英語ですね。日本ではフライドポテトといいます。
フランス語ではフレンチフライとは言わないのでしょうが、私の為に英語で言ってくれたんでしょう・・・なんていい人!
はい?一口食べてみるかって?ポテトと酢飯を?・・・いえ、結構です!
「これで、何とかなりそうですか?」
忙しそうにしてる料理長に聞いてみました。
「はい、ありがとうございました」
とても丁寧にお礼を言われました。お役に立てて、よかったです。
お米も手に入ったしね。海苔も少しもらっていいですか?・・・やったー!
「リィナ、バターポルムも美味しいよっ」
バターはこの国の言葉でもバターでした。ポルムとは卵のことです。鶏卵よりも大きくて味が濃いのですが、何の卵かは未だ不明です・・・誰にも質問していないだけですけどね。爬虫類の卵じゃなければいいな・・・。
つまり、ナンシーさんはバターで作ったオムレツを巻いているということです。
日本人としては、寿司屋の卵焼きは甘い出汁巻きなんですけど・・・まあ、いいや。
「よく食べますね、ナンシーさん」
さすがに食べすぎなんじゃと思ったその時、ナンシーさんの顔色が変わりました
え?やっぱり食べすぎ?
ナンシーさんは目を見開き、心なしか顔色も悪く、今にも震えだしそうな様子で、遠くを見ています
遠くを・・・入り口付近?
入り口付近で、まるでダースベイダーのように黒いオーラを纏っているのは・・・
「何を、しているんですか、リィナ?ナンシー?」
その一言で、一瞬で、厨房内の空気が冷えました・・・
ク、クク、クリスさんっ
そうだった、女官さんに2時間の休憩って・・・うぉう!とっくに3時間は経過してますね・・・
「あ、あの」
「ナンシー、言い訳無用です」
「いえ、あのですね」
「リィナ、あなたは何故、王宮に滞在しているのか、理解していますか?」
こ、こここここ、こわい、怖い。
いつもの黒い微笑みすら無く、ひたすら無表情です
本気で怒ってる!
ツカツカと私の前まで来たクリスさんに、肘の辺りをつかまれます。
「戻りますよ」
無表情のままそう言って、腕を引っ張られます・・・痛いっ
そのまま無言で引きずられていきます
抵抗も口答えも出来ない雰囲気の為、厨房の皆さんにもナンシーさんにもご挨拶もできません・・・あとでまた会えるかしら
はっ!お米と海苔は!?
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引きずられるように・・・というか引きずられて部屋に連れ戻されました。
女官さんの姿は見えません。罰せられてないといいのですが。
普段のクリスさんからは考えられないくらい乱暴に、部屋の中に入れられました。
うつむいて、掴まれていた腕をさすっていたら肩をつかまれました。
「お前は、自分が昨日どれだけ危ない目に合ったか、分かってるのか!」
両肩を正面から掴まれて、ものすごく真剣な顔で怒られました
すみませんでした、と言おうとしたのですが・・・
・・・へ?
「あ、あのクリスさん?」
なんで私は、抱きしめられているのでしょうか・・・?
「どれだけ心配したと思ってるんだ!」
ぎゅっと抱きしめられた状態で、更に怒られました
えっと
「ごめんなさい」
これは、本当に心配かけてしまったみたいです。
だって、いつも丁寧な話し方するクリスさんが『お前』『分かってるのか』『思ってるんだ』って、口調が変わってますしね。
でもそろそろ離してくれませんかね?
でも、クリスさん体温高いのか、ぬくぬくしてて心地いいけど・・・
なんか眠気を誘いますよね、他人の温もりって。
ガチャ
「クリス居るか?リィナは見つか・・・・・・」
あ、旦那様。
「・・・」
「・・・」
「・・・・・・あ、出直す・・・か?」
微妙に目線をそらして、旦那様がそう言います。
なんか色々勘違いしそうな体勢ですものね。
部屋の入口すぐのところで抱き合う男女・・・
ラブシーンかと思いますよねぇ
「・・・出直さなくていい」
クリスさんは旦那様にそう言って、私を離して・・・くれないの!?いや、ここは離そうよっ!
ちょっともがいたら、ますますギュッとされました。えええええ!
「えっと、ちなみに何を・・・」
旦那様が遠慮がちに・・・というか、訝しげに?そう聞いてきます
ちょっと、クリスさん離してよ!?なんで離さないの!?
一応、私も離してもらえるように抵抗してみてるんですよ!でもしっかりホールドされてしまってるので、身動ぎしか出来ないんです。なんだこれ、関節技の一種ですか!?
うぬぬぬぬっ、はーなーしーてーー!!
「何を?・・・そんなの、リィナに嫌がらせをしているに決まってるじゃないですか」
いつもの黒い笑顔を旦那様に向けて、『嫌がらせ』だって言い切りましたよ、この男!
そんなことじゃないかとは思ってましたけどね、ええ。
でもイケメンに心配されて抱きしめられたら、勘違いしそうになるじゃないですか!
あ、旦那様が固まってる。
「そ、そうか。とりあえずリィナを離してやれ。ジタバタしてるから。」
「そうですね、このくらいにしておきましょうか」
そんなことをいいながら、やっと開放してくれました。
・・・ぬくぬくしてたのが無くなって、ちょっと残念だなんて・・・私のプライドにかけて絶対に言いませんから!
クリスさん、嫌がらせという名の心配症全開。
次回、お騒がせ兄妹登場予定です。




