34 厨房にて1
「あなた、日本人?」
淡い金色のふわふわの髪の、ショートカットの男性です。
おそるおそる・・・といった感じで話しかけてきました
「はい。日本人ですが」
と言ったとたん、私の手を両手で掴み
『tres bien!』
と大声を上げます。
トレビアン?
「ああ、なんていう幸運だろう!日本人女性に出会えるなんて!」
「・・・」
はい?
「お願いです!助けて下さい!」
目をうるうるさせて、私に助けを求めてきます・・・なぜ?というか、あなた誰?
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「すみません、取り乱してしまいまして・・・」
恥ずかしそうにそう言うこの男性。
フランス人召喚者のアベルさんだそうだ。
自分以外の召喚者に初めて会いましたよ!
しかもフランス人、そして王宮の料理人として呼ばれたんですって。
フランスで料理人をしていたんですか?
え?違うの?・・・まあ、わたしも日本でメイドではありませんけど。
ちなみに私たちの会話は英語でしています。共通語があってよかった。
英語で話す私たちを、ナンシーさんとアベルさんの同僚の料理人たちが、遠巻きに見ています。
「アベルさんは、日本人を探していたんですか?」
私以外の日本人って、ひょっとして居ないのかしら?
「いえ、日本人を探していたのではなく、日本人女性を探していたのです」
「なんで?」
「SUSHIを教えてもらいたくて」
すし?寿司ですか?
「寿司を教えるって、寿司の何を?」
寿司の歴史とか?
「歴史ではなく、もちろん作り方です!作り方を教えて下さいっ」
両手をグーにして、身を乗り出してお願いされました。
詳しく話を聞くと・・・
そこそこ偉い役職の貴族が、日本に視察に行った。
接待で寿司を食べた。
これは美味しい!是非王家の方にも食べてもらいたい!ということになった。
王族の内輪の晩餐会で出すことになった。
そしたら王宮の料理人は大パニック!とりあえず寿司の作り方を探しに連日図書館に入り浸り・・・だそうだ。
ちなみに、明日の夕食に出すことになってるんだって。ぎりぎりだったんだねぇ。
というか、寿司職人を召喚したらいいのでは?
「召喚には申請から各種手続きまで時間がかかるので、無理なんです・・・」
ああ、なるほど。
私の召喚にも時間がかかったのかしら?今度クリスさんに聞いてみよっと。
「真っ先に、王宮に居る日本人の召喚者・・・男性なんですが、彼に寿司について聞いてみたんです。そうしたら『米と酢?』と言われまして。」
「ああ、間違いでは無いけど、寿司に使う酢はそのままではないから」
「そうなんです!スッパイだけだった・・・」
ご愁傷様です
「リィナさん、あなたが私達の最後の希望です!どうか助けて下さい!」
なんか最後の希望って、勇者様っぽい扱いですね・・・ププ
「いいですよ。」
「本当ですか!・・・ちなみに、作り方を知っているって事ですよね?」
「ええ。寿司酢を作ればいいんでしょ?材料がそろえばすぐ出来ますよ」
「ああ!神よ!私を見捨ててはいなかったんですね!」
フランス人も神に祈るんだね・・・そりゃそうか。
「い、今からお時間ありますか!?早速お願いしたいのですがっ」
「いいですよ・・・そのかわり、条件があります」
クリスさんを真似て、黒く笑ってみました・・・ニヤリ
まさか条件があるとは思わなかったらしいアベルさん・・・顔が引きつってますね。
ちょっと、ナンシーさん!私の(ちょっとだけ黒い)笑顔で本気でビビらないでってば!
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厨房に移動しました。
さすが王宮の厨房!広いし明るいしキレイですね!
そうそう、王宮は自家発電機があるんですって。太陽光発電で賄える部分はそちらを使ってるらしいですけど。
「リィナさん、材料は何が必要ですか?」
「お酢とお砂糖とお塩です」
「は?」
「酢・砂糖・塩、です。」
「・・・それだけですか?」
「ええ。まあアレンジしたいなら、昆布とか。顆粒だしとか入れてもいいですけど?」
「・・・」
なんか、みんな黙ってしまいましたね・・・いったい寿司酢に何が入ってると思ってたんですか!?
まあ、日本で知り合ったイタリア人は照り焼きソースは蜂蜜から出来ていると信じていたし・・・外国人にとっての日本食って、そんなものなのかな。
材料を出してもらったので、早速作りましょう。
鍋に酢・砂糖・塩を入れて加熱します。溶けたら出来上がり。
「はい。出来ました」
「「「・・・・・・」」」
黙ったままかいっ!
と思ったら、なんか初老の男性が項垂れてしまいました。
「たったこれだけだなんて」
ええっと、ずいぶん苦労されたんですかね?お疲れ様でした。
「ところで、ご飯は炊いてありますか?」
「ああ、はい。ここに」
お鍋の中には炊きたてのご飯が!ご飯がある!
スプーンをもらって、一口食べてみます・・・
「これではダメです。寿司はご飯が命ですから!」
「え!な、なにがいけないんでしょうか?」
「硬さです。寿司酢を混ぜるので、お米は硬く炊く必要があります」
「なるほど!ではさっそく!」
初老の(きっと料理長なんだろうな。)男性は新たに炊く米の準備をはじめました。
「・・・このご飯、少しもらっていいですか?」
「もちろんです!」
ふふっ、ふふふっ、やった!やりましたよ!ご飯ゲットです!
そう、わたしの条件とは『お米ください』だったのです!
お米を分けてもらって、お屋敷に戻ったら炊こうと思っていたのに、まさかの炊いてあるご飯ゲットとは!
おむすび!おむすびにしますっ!
手を水でぬらして・・・しおっ、塩・・・・・・熱っ!・・・ギュッ、ギュッ。できた!
立派な塩むすびの完成です。梅干とか鮭とか欲しかったナァ。
まあ、いいでしょう。いただきま・・・
「ん?ナンシーさん?どうしました?」
「・・・リィナ、私も食べたいっ」
「おむすびですか?」
「おむすびっていうの?うん、それ食べたい」
わくわくした様子でそう言うナンシーさんは、ちょっと可愛いです。
「いいですよ。もう一つ作りますね-----------------はい、できました」
では、改めていただきますっ
「んんーっ」
やばい、泣きそうだっ、ごはん美味しい!
かみ締めるようにお米一粒一粒に感謝して咀嚼していると、ナンシーさんの様子が微妙です。
「・・・?」
ナンシーさん?首傾げてますね・・・
「お口に合いませんか?」
「美味しいよ~。・・・泣くほどでは無いけど」
まあ、それはそうでしょうね
「ご飯は日本人の主食なのです。毎日のように食べていた物が、こちらの世界に来てから一度も食べられませんでした・・・私にはそれがストレスだったのです」
パンが嫌なわけではありません。むしろパンや麺類の日も多かったですが、それはやはり、いつでもお米が食べられる環境だからこその選択だったわけで・・・
「食べられないと分かると、とたんに食べたくなるんですよね」
「あー、それはなんか分かるわー」
その後、ナンシーさんと食べ物談義をしていたら、お米が炊けました。鍋で炊くと20分程度で炊けるんですよね。
炊きたてなので、やけどに注意しながら試食します・・・
「うん、いいですね。では、寿司酢の混ぜ方を・・・」
「混ぜ方があるんですか?」
「はい。これは日本では有名です。ええっと、さすがに桶は無いですよね?じゃあ、平たいバットで代用しましょうか。しゃもじも無いですよね?じゃあスパテラありますか?あと、うちわ・・・も無いですよね。何か扇ぐもの・・・ああ、いっその事そのノートでもいいです」
ご飯を鍋からバットに半分くらい空けて、寿司酢を回しかけてから手早く切り混ぜます。
寿司酢が全体に馴染んだら、扇いで風を送ります。
「なぜ、風を送るんですか?」
「余分な水分を飛ばすためと、熱でお酢が変化しないためです・・・たぶん」
「たぶん?」
「わたしは専門家では無いので、科学的な事はよく分かりませんが、家庭料理でも酢飯はこうやって作るからには、美味しくなるための理由があるんだと思います」
苦笑いしながら、正直にそう言います。
そう、私は寿司職人ではないので、家庭料理の知識の範疇です。でも、家庭でも酢飯を作るときは扇ぐって教わりましたから、理由があるのでしょう。
ちなみに、ウチの祖母はいつの頃からか小型扇風機を使ってましたね・・・それはいいのか?どうなんだろ。
正直に『家庭料理』の知識だと言ったのが良かったのか、なんか料理人さんたちの気配がやわらかくなりました。
ああ、きっと皆さんも緊張されてたんですかね。
さてさて、こんなもんですかね。
「酢飯は、熱いままだとお酢でむせてしまいますので、ちゃんと冷ましてくださいね。すぐに使わない場合は、濡れ布巾を用意して、乾かないようにお米の上にかけておいて下さいね」
で?
酢飯は出来ましたけど・・・ところでネタは何にするんですかね?
とりあえず寿司酢のレシピです
この分量で作ると、結構多いです。
余った寿司酢はドレッシング代わりにしたり、きゅうりとか漬けてみると美味しいです。
【材料】
酢180cc
砂糖100g
塩30g
※単純に半分の量で作っても大丈夫ですよ。
※火にかける時に、昆布を一切れ(切手大くらい?)入れてみても美味しいです。
※市販の鰹節由来の顆粒だしは塩分があるので、もし入れたいのでしたら塩加減を見てからの方がいいと思います。
出来上がった寿司酢は、米3cupのご飯に対して100cc位、米2cupに対して70cc位使います。
お米の質(新米・古米)とか、炊き加減で混ぜる量が変わりますので、
ベチョベチョにならないように様子を見ながら入れてくださいね。




