32 王家のこと
謁見の間から帰る時、また問題が発生しました!
「だからっイヤです!」
「・・・往生際が悪いですね、いい加減にしなさい」
「イヤなものはイヤなのー!」
またクリスさんが、お姫様抱っこしようと近寄ってきて、私が拒否するという・・・
確かに往生際が悪いとは思いますよ、思いますけど!私には羞恥心があるんです!!
クリスさんとの攻防に必死になっていた私は、失念していました。敵はもう一人居たんですっ
ヒョイ
「ひゃあっ!」
「部屋に戻るぞ」
「シオンお前・・・まあ、いいか」
「よくないー!離してー」
クリスさんに気を取られていたら、旦那様につかまりましたっ
「離したら・・・おちるぞ?」
「うっ」
うううっ、恥ずかしい
私を抱えて歩く『王子様』を、すれ違う人たちは頭を下げるのすら忘れて、驚愕の目で見てきます。
ちょっとそこの女官さん達、凝視しないで!
コソコソ話もやめてったらっ!
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移動でムダに体力も気力も使い果たした私・・・だれか、ポーション持ってないですか?それか回復呪文をお願いします・・・いえ、何でもありません、冗談です。独り言です。
先程と同じ客間に戻り、今度はベッドに座らされました。
旦那様とクリスさんは着替えてくると言って、出て行きました。
クッションを背中に入れて体制を整えているうちに、ベッドサイドにテーブルと椅子が用意されて、大きなワゴンが運び込まれて・・・夕食ですか。もうそんな時間だったんですね。
ベッドの上で食事するなんて、病人っぽいですね・・・え?病人?そうですか、わたし病人だったんだ。
着替えてきた旦那様とクリスさんがテーブルに着くと、キーラさんが給仕をしてくれます。
ポタージュスープが美味しいです。パンも焼きたてでフワフワです。メインも楽しみです。
ああ、それにしても腕と首が動いてよかったなぁ。でないと『あーん』ってな感じで食べさせてもらうことになりかねなかったですよ。これ以上の精神的ダメージは遠慮したいです。
「それで、なにから話しましょうか」
食後のデザートを終えて、お茶を頂いていると、おもむろにクリスさんが言いました。
話しやすいところからで良いですけど?
「リィナ、以前、語学勉強で絵本を読んだのを覚えてますか?」
「はい。途中までしか読んでいませんけど」
王女様が騎士と結婚する話でしたよね?
「あの本のタイトル、覚えてますか?」
「いえ全然、全く。」
「・・・そうですか。キーラ、図書室へ行って、歴史書とリィナに読めそうな絵本を持ってきてください」
しばらくして、キーラさんが本を二冊持って来ました。一冊は旦那様に渡し、もう一冊は私に。
んーと、どれどれタイトルは・・・
『おうひさまのおはなし』
・・・王妃様のお話!?これ、そんな本だったんですか!?
「リィナが持ってるのは子供用に作られた絵本、私が持ってるのは歴史書だ。途中で補足してやるから、とりあえずそれを読んでみろ」
旦那様にそういわれて、絵本を読むことになりました・・・
以前、読んだところは
①美しいお姫様がいた
②たくさんの求婚を断って、恋人と結婚した
というところまででした。続きはというと・・・
お姫様に振られてしまった隣国の王太子様。別の国のお姫様と結婚しましたが、この国のお姫様の事が忘れられません。
なんとか、お姫様に振り向いてもらいたい王太子様は、お城に暗殺者を放ちます。
お姫様の伴侶になった騎士を殺そうとしたのです。
しかし、お姫様の伴侶は元近衛騎士。暗殺者は返り討ちに合いました。
それからも、度々暗殺者を放ってくる隣国に怒った王様は、正式に抗議することにしました。
驚いたのは隣国の王様です。まさか王太子がそんなことをしているとは、思ってもいなかったのです。
両国とも使者を立ててのやり取りが続き、結局、王様同士で会談を行うことになりました。
場所は、両国の境にある砦。何世代か前の王様達が、友好の証として建てた場所でした。
会談当日、砦が襲われました・・・王太子の放った暗殺者達によって。
「砦に居た者は、全員皆殺しだったそうだ。もちろん2人の国王も含めて」
「会談の記録を残すために、映像を両国の城へ送っていたそうです。それで、何が起こったのかが正しく伝わっています」
旦那様とクリスさんが補足してくれます。
なんだか、すごい話ですね。でも、それだけでは終わらないのでしょう。だって、まだ物語は半分程度残ってます。
父親である隣国の王様を殺し、王位についた王太子は、この国に戦争を仕掛けてきました。
隣国は、なんとか王太子・・・国王を止めようとしましたが、狂ってしまった国王は、もう誰の意見も聞きません。
自分の妻や子を塔に監禁し自分以外の出入りを禁じ、自分を諌める臣下は処刑し、国はどんどんおかしくなりました。
最初に、お姫様に『隣国の王太子』との縁談を持っていった第二王子は、責任を感じて、前線で戦争を指揮していました。
そして・・・
「国王の側近を寝返らせることができた第二王子は、国王を前線に連れてくることに成功した。」
「相打ち、だったそうです」
長く苦しかった戦争が終わりました。
国として機能していなかった隣国は、塔に閉じ込められていた王妃と子供たちを救出し、戦後処理をすることになりました。
狂っていたとはいえ、一国の王のしたことには違いありません。しかし、賠償金を払うことも出来ないほど国が荒れてしまっていました。王妃は自分の実家である国に援助を求め、国土を大きく手放しました。
それでも足りない分は、幼い姫を豊かな国に輿入れさせて、その国に援助を求めました
それでも足りなかったので、戦勝国であるこの国に、王子を・・・人質に。
「彼の国は現在、この国を含む援助をした3国で管理しています。王室には今や何の権限もありません」
「彼の王はもう、何のために戦争をしていたのかさえ、分からなくなっていたそうだ」
・・・そうですか。そんな戦争の犠牲者の事を思うと、なんだかやるせないですね。
「戦後処理にもずいぶん時間がかかった。国として機能していなかったのだから当然だが。国境では終戦後も生き残った兵士達の小競り合いがずっと続いていたらしい」
「終戦の条約を締結しても、国境で潜んでいる兵士達にまで伝令がまわるのには時間が掛かりますからね。結局、わが国として本当に『終戦』を迎えたのは今から22年前です。その少し前に隣国の第3王子が、人質として王宮に迎え入れられました。」
「私の、父だ」
なるほど。
物語は、人質の王子様と王妃様(この時点ではお姫様)が出会い、惹かれあい、結婚して、子供も生まれて、幸せになりましたで終われ・・・ばいいのに、人質の王子様が死んで、王様と再婚するところまでしっかり書いてあります。ちなみに人質が死んでしまったため隣国との関係も微妙なままだと書かれています。この絵本、容赦ないなー。本当に子供向けなんだよね?
「ちなみに、戦争のきっかけになった王女は、シオン様の祖母で、私の曾祖母です」
はい?
「つまり私の祖父と王妃が兄妹で」
クリスさんのおじいさんと、旦那様のお母さん?
「つまり私はシオンから見ると従兄弟甥になりますかね・・・大丈夫ですか、リィナ」
「はぁ・・・つまり、親戚ってことでいいですか?」
「・・・まあ、いいでしょう。」
「王妃とその兄は、すごく歳の離れた兄妹だったんだ。」
なるほど。それで一世代程も年齢がズレているんですか。
「なので、もともと王妃様は王族なので、息子であるシオン様は王位継承権があるんです。そして、王妃様と王様が再婚されましたので、シオン様はこの国の第一王子なんですよ」
「・・・あれ?さっき王様が言ってた『王太子』様というのは?」
「・・・義父上と、亡王妃との間の息子だ。」
つまり、王様と王妃様は再婚同士な訳ですね。ふむふむ。
「第一、第二というの称号は、この国では年功序列で付くものでして。シオン様の方が、王太子より年長なんですよ」
ふむふむ。その義弟さんは直系の王子でも第二王子なんですね。
「シオン様を王太子に勧める声も多いんです。王妃様が国民に慕われてますからね」
なるほど。王妃様は人気者って言ってましたね。
「ただ、お父上が他国の王子ですからね。シオン様が王位に就けば、王位簒奪と騒ぎだてる者もいるんです。かといって誰もが納得する形で退位しなければ、『不遇な第一王子をお助けしよう』などという馬鹿な連中が王家に反旗を翻すきっかけを作りかねない。」
なるほど・・・王様の義理の息子って難しい立ち位置ですね。
「ですからシオン様は、王子ではなく公爵を名乗っているんです。本当の意味での王子退位は難しいですが、公爵…つまり臣下としての実績を作ってしまおうという訳なんです」
「王位継承権の放棄とか出来ないんですか?」
それが出来たら、お世継ぎ問題も解決するのでは?
自分の娘を嫁に出そうとする貴族も減るのでは?
私がとばっちりに合うこともないのでは!
「無理だな。この国は王族の数が少なすぎる」
「現在、王族の男子は国王を含めて4人しか居ないんです」
4人?王様、王太子様、旦那様と・・・なるほど、クリスさんですか。
「じゃあクリスさんも王位継承権が?」
「ええ、そうです。シオンが生まれるまでは、私が仮の王太子だったんですよ。」
じゃあ、キーラさんの言うとおり、クリスさんも王子様だったってことですか。ふーん。
さすがにもう驚きませんけどね。
「私は王太子と王女とシオンが男子の子孫を残さず死んだ時の、スペアみたいなものですね」
ふーん・・・あれ?
「それじゃあ、なんでクリスさんは『公爵家の家令』をしているんですか?」
「そうですね。しいて言うなら・・・シオンの反抗期につきあった感じですね」
「なっ!!おまえっ」
「・・・反抗期?」
なんじゃそりゃ
「色々な事情は確かにありますが、結局は国王と王妃に王太子の教育を頼まれて、逃げたんでしょう?つまり子供が家出したようなものですよ。下手に権力があるから大掛かりになってしまったんです。まったく。」
「う・・・」
旦那様は小さく唸ったまま、黙ってしまいました。
もしもしクリスさん?旦那様泣きそうですけど?
「しかも、王妃様の意見に背いたという事で、王宮での発言力がすっかり低下してしまって。家出がそれに輪をかけてるんですから」
それにしても家出・・・『公爵家を立ち上げて』の家出ですか、なるほど。
「シオンが公爵になると、シオンより低位の私は、公爵より低位の貴族になる他ないんです。それならいっそシオンの家令になれば煩わしいことは全部シオンに任せてしまえるし、結婚する必要もないからお世継ぎ問題に巻き込まれることもなくなりますし・・・」
「も、もういいですクリスさん。これ以上は旦那様がっ」
「・・・」
あああああ、旦那様もう泣きそうですっ
「まあ王宮から逃げたくなる気持ちもわかるので、フォローする意味合いも込めての家令なんですよ。爵位が無いほうが、動きやすい事もありますしね。」
そう言って、にっこり黒い笑みを浮かべたクリスさん。
・・・・・・旦那様、大丈夫ですか?
え?部屋に戻る?
そうですね、おやすみなさい。
旦那様が退出されたあと、クリスさんが紅茶を入れなおしてくれました。
「クリスさんは、いじめっ子ですね。」
「ふふふ、あの子を鍛えるのも、家令の仕事なんですよ。まだまだ甘くて、困った主人ですから」
確かに、今日の旦那様はいつもの旦那様とは違いましたね。なんか、歳相応な感じでした。
「人前で虚勢を張ることにはずいぶん慣れてきましたけどね。今回の騒動のように動揺すると、すぐに仮面がはがれてしまう。先程の、家令である私の暴言など、ただ叱責すればいいんです。」
それはそうだね。『すこし黙れ』でも『口を閉じろ』でもなんでも、ただ一言叱責すれば良いだけでしょう。
けどね・・・
「うーん、虚勢とかは経験によって身につく部分もありますから、20才の若者に厳しすぎやしませんか?」
「いいんですよ。弟をいじめるのは、兄の特権ですから」
そう言って楽しそうに笑うクリスさん。
ああ、なるほど。
そういう力関係ですか。
だからたまに、呼び捨てになってるんですねぇ。
クリスさんだけ"旦那様"って呼ばないのも、本当の意味で雇用関係な訳ではないからですかね。
・・・お兄ちゃんねぇ。
旦那様、ご愁傷様です。
ああ、今日は本当に疲れました。
小さくあくびをしたら、クリスさんに見られました。・・・笑われました。
「明日の朝には体が動くようになってると思いますが、今回の事件の首謀者が捕まるまで、もう何日か王宮に滞在しててもらいますよ。特別休暇扱いにしておきますね」
おお!つまり、お休みがいただけるんですね!
「ゆっくり休んで、また元気に働いてくださいね」
はーい。
そんなわけで、明日から何日か休暇ですー。
ここまでで、一区切りといったところです。章分けするかは考え中。
閑話を2話くらい挿んでから、次に行く予定です。
※少し設定(終戦年)を変更しました。
応援していただけると嬉しいです。




