2 ようこそ、異世界へ
「......なに、ここ、だれ」
何が起こったの
ここはどこなの
あなただれなの
を、まとめて言ってしまったみたいです。目の前の人に。
まずは落ち着こう、私。
ここはどこかの室内
床の上に座っている
目の前には......
20代前半の、若造が立っています......無言で。
髪は茶色、でもなんかキラキラしてるから、茶色い金髪?そんなのあるのか知らないけど。
目は榛色。
ようするに、茶髪・茶目のおにーちゃん
「...めしか」
「................はい?」
「思っていたより、若いな。」
「は?」
なんだこいつ、失礼なっ。三十路女に年の話をするな!!
と思った矢先、後ろからも声がした
「そうですねぇ、40代から50代の女性を想定していたのですが・・・」
のんびりした男の声が聞こえて、後ろを振り返る。
「使えますかねぇ・・・」
......なんだ?こいつも失礼だなっ
のんびり声をかけてきたのは、金髪碧眼のメガネ君。たぶん30代かな。
思わずにらみつけていると、茶髪のにーちゃんが声をかけてきた。
「とりあえず、立ったらどうだ?」
床の上は冷えるだろう?
そういわれれば。寒いほどでは無いけど、冷えるかも。
立ち上がろうとして、私は両手に『おにぎりとお茶』があることに気づいた。
あ------『めしか』って、『飯か』......食事中......ですね。
立ち上がると、ついて来いと言われ、部屋を出るように促される......
ねえ、ここどこ?
この失礼な人たち、だれ?
おにぎり持ったままでいいの?
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まず、連れて行かれたのは、屋上。
さっきの部屋は、地下だったらしい。
おにぎりとお茶は『預かっておきます』と言われ、部屋においてきた。
いい天気.............あつい
私はおもむろにコートを脱ぐ。ここは、冬じゃない。
目の前に広がるのは、見たことのない町並み
異国風の建物
路地を走る馬車
そして、お城
太陽に照らされて、町が金色に輝いて見えた
ひとつため息をつき、つぶやく
「.......きれい」
「ようこそ、異世界へ」
どちらかが、そう言った
振り返ると、なんだか2人とも、少しだけうれしそうに微笑んでいた。
あれ?なんか聞きなれないこと言われました。ここ、どこだって?
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「まずは、落ち着いてください。」
そういって、紅茶を出してくれる金髪さん。
「......充分落ち着いてるように見えるがな」
そういって、紅茶をすする茶髪君。
「先ほどから、一言ずつしかお話になっていませんから、相当混乱されていると思いますよ」
......混乱どころじゃない位、混乱してますけど・・・
ここは、応接室なのだろうか......応接室なんだろうな。
普通の家の応接室にしては、やたら広い部屋に
やたらと立派なソファーセット
大きな窓には、分厚い高級そうなカーテンがゆったりとかかっていて
壁には暖炉
暖炉の前には高級そうなラグが敷かれていて
ラグの上にはロッキングチェアー
......感想 "どこの金持ちだよ"
「まず、自己紹介をいたしましょう。私は、当家の家令をしております、クリスと申します。こちらは、当家の主である、シオン様です。」
なるほど、金髪メガネが『クリス』、茶髪が『シオン』
で、あなたは?と目線で訴えられたので、とりあえず、名乗る。
「・・・木村 莉奈です。」
わたしが名乗ると、なぜかクリスさんは少し微笑み、真顔に戻してから話を続ける。
「木村様ですね。まず、最初にご説明しておきますが、あなたは異世界に召喚されました。元の世界には戻れません」
「は?」
「これは、こちらの世界とあちらの世界間での協定......と言いましょうか、国家間の取り決めですので、ご了承ください」
「......ごめんなさい、意味わかんないんだけど」
帰れないって、ご了承って
わたし仕事中だったし...
これは、拉致というのでは?
「......まずは、『帰れない』これだけしっかり覚えてください。」
「................」
帰れない かえれない カエレナイ......
「あなたをこちらに呼び出した『召喚主』は、こちらにいるシオン様です。」
「................」
このクソガキッ
「何も、勝手に呼び出した訳ではないので、逆恨みはしないように。」
「................」
いや、逆恨みするでしょうよ、普通
黙って話を聞いてはいたが、表情を隠す気はなかったので......というか、そんな余裕なかったので、たぶん私は百面相をしていたと思う。ちなみに、茶髪はずっと黙ったまま、私を見ている。
「詳しい説明は後ほどいたしますが、まずは契約書にサインを...」
「......契約書?」
「ええ、雇用契約書です。」
「......はい?」
「あなたには、当家でメイドとして働いてもらいます」
「......なぜ」
「『役に立つメイド』を召喚したら、あなたが来たからです」
「よくわかりませんが、わたしは『役に立つメイド』では無いと思います」
だから帰してください-----
茶髪と金髪は顔を見合わせる
「大体、メイドの仕事なんて、したことありません」
茶髪は眉をしかめる、金髪はすこし困ったように微笑む
「どうしても帰れないというなら、何か他の仕事は....」
「当家はメイドを雇いたいんだ。それ以外の選択肢はない。」
「あきらめて、サインしてくださいね。」
そういって、雇用契約書とペンを渡される
渡されたからって、契約書にサインとか、そんなに簡単にできるか!!
銀行員なめるな!!
と思って、とりあえず、スミからスミまで契約書を読む
雇用期間は3年
仕事内容は女性家事使用人業務全般
月給20万円
住居・食事は別途支給
制服支給
禁煙
時間外・休日・特別手当あり
週休1日と2回分の半日休暇(つまり、実質2日分)
有給年30日
異世界手当て月10万円......
「なんですか、異世界手当って」
「5万円はあなたがあちらの世界で支給されていた給与の差額分、もう5万円は当家からの......お小遣いです。」
「はあ」
.......おこづかい
「まあ、同じ世界から来た仲間達と、遊びに行ったりもしたいでしょうしね」
「他にも、居るんですか!?」
仲間達って、複数人も?
「当家には居ませんが、この国だけでも100人近くは居るでしょうね。」
......そんなに
「そうですか......私の給与の差額って、何で知っているんですか?」
「だから、国家間の協定で行われていることなんですよ、召喚は。」
「........」
ニホン ッテ、ソンナ クニ デシタッケ?
「ああ、ちなみに契約書にはあなたの世界の単価で金額を載せておりますが、実際は同等額をこちらの通貨で支払います」
「.........」
「真面目に働けば、3年後には帰れますよ」
「え!?ほんとに!! だってさっき帰れないって......」
「はい、雇用契約は3年です。3年後、シオン様が帰還に同意なされれば、帰ることも可能です」
「............」
どうする、私。異世界って言われてもよくわからないけど、
仕事としては条件悪くないよね。衣食住確保が先?
いや、でも、他の家がどうなってるかわからないし、
契約後にもっと条件のいいところがあったとかヤだし
ああ、でもさっき見た限り、この家は周りの家より大きかった。つまり、上流階級かも?
この茶髪も、なんだか坊ちゃんっぽいし......
どうせなら良い家のほうが......
ぐるぐる考えて、二人をチラチラみて......結局『すぐには決められないよう』-----と半泣きになったところで、それまで黙っていた茶髪が、サインしない私に痺れを切らしたのか、口を開いた。
「おい、サインするまで、食事はさせないぞ」
おにぎり1口しか食べていない私は-------
空腹には勝てなかった。