26 性格の不一致?
メイドの朝は・・・早い。
さすがに、早起きに慣れてきた今日この頃。
歓迎会の日から、早くも3ヶ月が過ぎようとしています。
私も着実にメイドとしてのスキルがUPしてますよ!
お掃除も一人で任せてもらえる場所が出来ました。
今日は、そのうちの一箇所、階段のお掃除です。
私はいま、階段の手すりを磨いています。
このお屋敷の手すりは木製で、側面になかなか見事な彫刻が施されているんです。
日本家屋にある欄間みたいな感じです。
そして彫刻ということは、溝にホコリがたまります
それを丁寧に掃ったあと、ワックスつきの布で磨いていく・・・という作業です。
なかなか細かい作業で、他のメイドの皆さんは嫌がっている仕事ですが、
わたしは、けっこう好きです。
こういう細かい作業、好きなんですよねー
ここ最近、手すり当番なので、磨き続けてピカピカになりました。
最初は『私がメイド!?』と思いましたが、私って、こういう仕事、結構向いているのかもしれませんね。
ただひとつ・・・最近、悩みがあります。
「リィナ、旦那様が朝食後に執務室に来るようにとの事です」
「はい、フレッドさん。かしこまりました」
あ、ちなみに"フレッドさん"とは、執事長のことです。
最近は執事長にお茶に呼ばれることが多くなりまして、すっかり『茶飲み友達』なのですが、仕事中に公私混同はできません。
きっちりお辞儀をして、了承の意を伝えました。
それにしても、また旦那様の呼び出しですか。
ちなみに、『朝食後に』というのは、私の朝食後ではなく、旦那様の朝食後のことです。
旦那様は昨夜のうちに、執事長に伝言されたのでしょうか?
それとも、もう起きてるんですかね?
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手すりは今日もピカピカにしました。大満足です。
そろそろ『朝食後』の時間ですので、旦那様の執務室へ向かいます
なぜ旦那様に頻繁に呼び出されているかというと、
3週間程前から、メイド仕事とは別に、クリスさんのお仕事のお手伝いもしているのです。
何の仕事かというと、主に書類仕事をしています。
まあ、事務なら身についてますので・・・ということで、お仕事を引き受けたのですが、とにかく細かい。
何が細かいのかというと、別に仕事内容が細かいわけではなく、事務労力が、です。
まず、パソコンが無いんですよ。
コピー機も無い。
電卓片手に表計算したり、書類を複数部作るときはカーボン紙を使用したり、トレーシングペーパーで複写。
表計算ソフトと文章作成ソフト、プリンターとコピー機が欲しいっ
切実に欲しいっ
ちなみに、旦那様に言ってみたところ・・・
「王宮にはあるが?」
「ぜひ貸してください」
「・・・(無視または無言)」
というやり取りを何度したことか。
結論から言うと、このお屋敷に持ってくることは出来ないので、王宮で仕事をする場合なら、貸してくれるとのこと。
「ねぇクリスさん。私が王宮で仕事をすることは、あるんでしょうか」
「・・・ないですねぇ」
クリスさんがいつにも増して素敵な笑顔で答えてくれました。
ケッ
つまり、貸す気ないんじゃん、旦那様。
だったら最初から貸せないって言えばいいじゃない?
期待持たせるようなこと、言わないでよ。
まあ、そんなこんなで、日々細かなストレスがたまってるんです。
なので、つい旦那様の呼び出しがあると、不機嫌になってしまうんです。
まあね、10才も年下の男子を相手に、私も大人気ないなーとは思いますよ。
あーあ、今日は一体どんなお呼び出しですかねー
コンコンコン
「旦那様、リィナです」
「入れ」
「失礼します」
執務室の中に入ると、キーラさんが居ました。珍しいですね。
クリスさんはいませんでした。いつも旦那様と一緒にいるのにね。
はっ!!まさか、わたし何か失敗でもしました?旦那様に叱られるとかですか?
「リィナ、今日は旦那様と一緒に王宮に行ってください」
は? 王宮ですか?
なんで、私が?
「クリスさんが旦那様と共には王宮に出向けませんので、代わりに旦那様のお手伝いをしに行ってください。」
「・・・え?」
「半時後に出発する。キーラ、リィナの仕度を頼む」
「はい。さあ、リィナ。」
え? ええ? えええ?
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あれよあれよという間に、着替えさせられました。
何でしょう。この服。
メイド服っぽいけど、メイド服ではない。
「侍女用の服です」
「侍女・・・ですか?」
「ええ。さすがに王宮にメイド服で行く訳にはいきませんからね。」
そう言って、メイド長は私に服を着せ、髪を整えていきます。
メイド長曰く、メイド服は作業服なので、王宮には着ていけないのだとか。
かといって、このお屋敷には『女主人』が居ないため、侍女は居ないのだとか。
なので、どうしても女手が必要な場合は、メイドに侍女の服を着せて、連れて行くのだとか。
「よく分かりませんが、私は王宮で何をするんでしょう?」
求められているものが、わかりません。
「詳しいことは、馬車の中で旦那様にお聞きなさい」
ものすごい早業で、髪をまとめられたと思ったら、ウィッグをつけられました
こげ茶のロングヘアーに変身しましたよっ。
そうだ!この機会に、メイド長に聞いてみましょう。
「やっぱり、この国では、髪の毛は長いほうが良いのでしょうか?」
学生時代はロングだったんですけど・・・もう飽きたんですよね。頭重いし。
「リィナは異世界人なので、気にする必要はないでしょう。ただ、今日は異世界人だということを黙っていた方がいいでしょうね」
「?どういうことですか?」
「・・・王宮には色々な人が居ますから。とにかく、目立たないように心がけて、旦那様の後ろに居なさい。そうすれば一言も話さなくていいですから」
なんか、よく分かりませんが、黙ってろということですね。了解ですっ。
そうして、きっかり半時後、私は馬車に乗せられたのでした。
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「あの、旦那様。私は何をしに行くのでしょうか」
「会議中、私の後ろに立って、お茶を入れていれば良い」
はい???
「お茶くみ・・・ですか?」
それ、私が行く必要あるんですかね
いえ別に、お茶くみが嫌だとかではないですよ?
最近はクリスさんの指導を受けていますので、お茶入れに自信が付いてきましたしっ。
「・・・くだらないことだが、今日の会議は、見栄の張り合いみたいなものなんだ」
旦那様がため息まじりにそんなことをつぶやきます。
んんーと、つまり
「会議の参加者の方々は、皆さんお茶くみ要員を連れて来ているんですか?」
「そうだ。」
なるほど。普段なら、クリスさんを連れて行くのに、今日はクリスさんを連れて行けないと。
なので、私を連れて・・・なぜですか、なぜ私が!?
・・・そこは答えてくれないんですか。そうですか。
なんかホント、旦那様って、そういうところ黙っちゃうんですよね。
ちゃんと理由を教えてくれないのも、ストレスなんですけどー
ふうー、いけないいけない。お仕事お仕事。
ちなみに、お供するにあたって、ニコニコしているのと無表情と、どちらがいいですか?
・・・無表情ですね。了解ですっ。
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馬車が王宮に着きました。
お屋敷からまっすぐ一本道なので、速いですね。
馬車には公爵家の家紋が入っているそうで、門番の方と何のやり取りもなく、敷地内へ入っていきます。
敷地に入ってからが、また広いですねー
旦那様の話では、馬車を止める場所は身分によって決められているらしいです。
旦那様は入り口近くに止めていいらしくて、あまり歩かなくていいんですって。
いつもはメイド服+踵の平べったい靴を着用の私。
今日は侍女服+7センチヒールを履いています。
異世界に来てから初めてのヒールで、しかも新品の履きなれていない靴です。
あまり歩くと靴擦れをおこしそうなので、歩かなくていいのは助かります。
馬車を降りて、なるべく無表情を心がけて旦那様の後をついて行きます。
・・・が、
私、王宮に来るの、初めてなんですっ
すごーい、お城だー!
「リィナ、あまりキョロキョロするな」
「無理ですっ、素敵なんですものっ」
はぅー、ヨーロッパに来てるみたいー
気分は美術館とか宮殿とかの見学ツアーのノリですよ
所々にある彫刻や絵画など、きっと高価なものなんでしょうねぇ
結局、キョロキョロしたまま、お部屋に着いてしまいました。
もっと見学したかったなー
ところで、ここは、何の部屋ですか?
「私の執務室だ」
旦那様、王宮にも執務室があるんですか?
へぇー
コンコンコン
急に、ドアをノックされました。お客様ですか?
私は部屋の隅に寄ります。何故かというと、応対するなと事前に言われているからです。
「入れ」
旦那様が声を掛けると、ドアが開き、女性が入室してきました。
「失礼いたします。お湯をお持ちしました」
「ああ、置いていってくれ」
旦那様がそう言うと、女性はワゴンを部屋に入れ、深々とお辞儀をしたあと、去っていきました。
「今のが、王宮の女官だ」
「・・・あの、侍女と女官は違うんですか?」
「王宮では、侍女は王妃と姫に仕えるもので、女官は王宮に仕えている」
んんー、侍女は個人秘書みたいな感じなのかな?
男性には執事、女性には侍女、みたいな?
そうすると女官は公務員的な感じ?
私、今日は侍女服を着せられているのですが・・・旦那様は男性ですけど。
「今日の私は、どんな立場なんでしょう」
「・・・お茶くみだ」
ああ、はい。分かりました。もういいです。
何で侍女の格好してるのかを聞きたかったんだけどなー
伝わらなかったなー
なんとなくストレス・・・
さて、お湯を置いていってくれたので、お茶の準備をします。
旦那様の執務室には、カップや茶葉など、お茶セット一式がありますので、女官さんが持って来てくれたワゴンにそれらを積んで、準備していきます。
「旦那様、カップはどうしますか?」
「カップは4客用意しておいてくれ。茶葉は任せる」
「はい。」
任せられました。どのお茶にしましょうか。
この茶葉のラインナップは、クリスさんが揃えたんですよね、きっと。
うーん、迷うなぁ
とりあえず、この前淹れて褒められたお茶にしようかな。
「そうだ、リィナ」
「はい?」
旦那様が近寄ってきて、茶葉の棚の奥から何かを取り出しました
「これ、日本のだろ?」
・・・お抹茶、ですね。
「日本の外交官にもらったんだ。・・・これ飲めるのか?」
「んんー、賞味期限はまだ切れていないようですが・・・」
冷蔵庫に入っていたわけじゃないですしね・・・
開封してないから、いけるかな、どうかな?
「このお茶を入れるには、道具が必要なんですが、ございますか?」
「・・・茶器の棚にあると思う」
ゴソゴソ・・・はい、ありましたね。茶せん、茶碗、茶杓、お棗。
・・・旦那様、興味津々の顔で見てますね。
「冷蔵されてなかったので、お茶が劣化している可能性もありますが、開封前の物なので、飲めないことは無いと思います。」
「今、淹れられるか?」
会議まで、まだ時間があるそうなので、実演することになりました。
とりあえず、クッキーがあったので、食べててもらいます。
初めて抹茶を飲むのでしょうから、胃が荒れると困りますからね。
では、開封します・・・鮮やかな緑色です。劣化は大丈夫そうですね。ホッ。
とりあえず、1杯分を茶漉しでふるいます。ダマがあると、点てずらいんです。
お茶碗を温めます。
お茶碗の水分を切ってから、お抹茶を淹れて、お湯を注ぎ、茶せんで点てます。
シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ------------
旦那様、興味津々みたいですね。
「泡立ててるのか?」
「はい。いろんな流派があって、泡をたくさん作る流派もあるんですけど」
私は、泡が少なめの流派だったので・・・こんなもん、ですかね。
最後に茶せんで"のの字"を書いて・・・
「はい、どうぞ」
旦那様の机の上にお出ししました
「・・・」
ああ、そうですよね。持ち手が無いお茶碗って、ひょっとして初めてですかね?
「ええっと、右手でお茶碗を取って、左手でお茶碗の底を支えてください。今、絵柄が旦那様の正面にありますので、手前に回して、正面を避けてから飲みます」
別に異世界だし好きなように飲んでもらって良いんですが、なんとなく、それらしく飲んでもらいたかったんですよね。
ジェスチャー付きで説明すると、旦那様は、私の言ったとおりに飲んでくれました。
「どうですか?苦くないですか?」
「苦味もあるが、甘味もあるな、面白い。」
「そうですか」
異世界でも通じるんですね。日本人としては、うれしいです
「でも、少し粉っぽい」
「・・・すみません。それは私の腕も悪いんです」
ううっ、旦那様は正直な感想を言っただけなんですけど。
理由を教えてくれないのもストレスですが、言われてもストレスなんだなー
ああー、なんだろう。一つ一つは大した事じゃないのに、何かが上手くかみ合わないこの感じ・・・
性格の不一致って、こういうことを言うのかしら。
そして旦那様は、よほど気に入ったのか、『お抹茶セット一式』もワゴンに積んでいけとおっしゃいました。
会議中に、シャカシャカ音がするのは、どうかと思うんですけど・・・いいんですか、本当に?・・・そうですか。
一体どんな会議なんですかねー
リィナ、コスプレ中。
そしてクリスさんは何処に?




