25 お仕置き?
「「昨夜は大変申し訳ありませんでした」」
部屋に入って、旦那様とクリスさんの姿を確認し、すぐさまナンシーさんと頭を下げました
ここが日本なら土下座して見せますともっ
というくらいの覚悟だったんですけど・・・
「以後、気をつけるように」
え?
旦那様、それだけですか?
「あとは、クリスに任せるから」
そう言って、クリスさんと一緒に退室させられました。
お咎めなしですか
なんだ。ちょっと拍子抜けしましたわー
3人でクリスさんの執務室へ向かいます。
途中でマイクさんに会いました・・・マイクさんはもうお仕事してるんですね。
クリスさんはマイクさんに何か書類を渡しています。
どこかに届けるみたいです。どこに届けるのかは、早口でよく聞き取れません。
クリスさんの執務室に入り、立派な執務机の前に二人で並んで立ちます
なんか、校長先生に呼び出された生徒みたいです。
あれ?ナンシーさん?
顔色悪い?
大丈夫ですか?
「さて、昨夜の事ですが」
おもむろに話し始めたクリスさんの笑顔が・・・怖いっ
ナンシーさんが震えていた理由は、ひょっとしてコレですか?
「あなたたちに、薬を盛ろうとした騎士たちは降格の上、辺境へ飛ばすことにしました。」
は?
くすり?
「これから調査しますが、店側も彼らに加担していた可能性がありますので、まずは二人からどのような状況だったのかを、確認したいと思いまして」
なんか・・・大変なことになっているのでしょうか?
というか、薬を盛られていたんですか?
私は飲んでないですが・・・飲んでませんよ、ねぇ?
「最初は普通に4人で飲んでいました」
「酔ってきた頃に、一緒に飲もうと誘われまして・・・」
「断らなかったんですか?」
おぅ!冷たい視線っ
ええっと・・・
「断りました。もう飲めませんって」
「リィナ、断るときはもう少しはっきりと拒絶なさい。ナンシーは?」
「・・・気づいたときには、グラスを持たされていて」
「飲んでしまったと」
「・・・・・はい。」
クリスさんはこれ見よがしに『ハァー』とため息をつきます。
「二人とも、酔ってお持ち帰りされるような年齢でもないでしょう。なにやってんですか」
大変大きなため息とともに、そんなことを言われました
まあ、その通りです
むしろ、お持ち帰りされるような年齢ではないので脇が甘かったというか・・・
ううううう・・・すみません
「特に、リィナ」
「はいぃ!」
「召喚者であるリィナに何かあった場合、召喚主であるシオン様の責任問題になるんです」
「はい」
「これからは屋敷の人間以外にも付き合いが増えるでしょうし、外出することも多くなるでしょうから、くれぐれも気をつけてください。」
「はい、分かりました。すみませんでした」
「ここは日本と違うんですから、何度も言いますがくれぐれも用心してください。次に同じようなことがあった場合は、外出禁止にしますからね」
「はい。気をつけます」
外出禁止は嫌ですっ
「それからナンシー。ただの睡眠薬だとは思いますが、一応、病院に行って検査してもらいなさい」
「はい。すみません」
「それと二人には、私の手を煩わせたお仕置きとして・・・」
クリスさんは、ニッコリ笑って私とナンシーさんにお仕事をくれました。
ナンシーさんの顔色が悪かったのは、これを予感していたからだと、あとで知りました・・・
本日の教訓『クリスさんの手を煩わせると、お仕置きを受けることになる』
以後、気をつけます・・・
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さて、ナンシーさんが病院へ行っている間、私は昨日ナンシーさんに教わった『旦那様とクリスさんの部屋の掃除』を一人ですることになりました・・・クリスさんに見張られながら。
通常2人でする仕事を一人でするということが、私へのお仕置きだそうです。
それより、部屋の主に見張られながらってのが、プレッシャーです。
絨毯を掃除していたら、クリスさんがシーツ交換を手伝ってくれました。
「まあ、自分の使用したシーツをメイドが交換している姿を、じっと見てるというのも、どうかと思いますし」
と苦笑しながら言ってます。
ああ、旅館で仲居さんが布団を敷いてくれるのを、部屋の隅で見ている時のような感じですかね?
え? 旅館と仲居さんと布団が何かわからないって?・・・そうですか。
あー、もういいです。独り言だと思ってください。そうです独り言です。
クリスさんの部屋と旦那様の部屋を順調に、但し見張られながら・・・掃除を終わらせた私は、ようやく食事にありつけました。
今朝は起きるのが遅かったので、実はまだ何も食べていなかったんですよね。
すでに午後2時ごろなんですが、私にとってはブランチです。
使用人用の食堂はもう閉まっていますので、久しぶりに3人でお食事です。
「リィナ、そんなに空腹だったのか?」
「・・・(もぐもぐもぐ)」
租借しながらコクンと頷くと、旦那様がパンのお代わりを頼んでくれました。
今日のお昼は、お魚のムニエルです。
鮭っぽい味ですが・・・
そろそろ日本食が恋しい私にとっては、鮭があるんだったら鮭おにぎりにしたい気分です。
そういえば、このお屋敷で炊いたお米を食べたこと、無いですね。
炊き立ての白米も食べたいなー
いえ、こちらの食事に不満は無いです。このムニエルもとても口に合いますよ。もぐもぐ。
「旦那様、お食事中失礼いたします」
キーラさんが入ってきました。何かあったんでしょうか?
はっ!! もしや使用人の私がこの食堂で食事をしているのが実は良くないことだったりしますか!?
・・・ちがいますか。そうですか。
「キーラさん、どうしました」
クリスさんがたずねると、キーラさんは明らかにオロオロと戸惑った様子で話し始めます
「あの・・・ナンシーが病院から帰って来たのですが・・・あの、その・・・」
「何か異常があったのか?」
「い、いえ。検査結果は何も問題なかったようなのですが・・・その、姿が・・・」
すがた?
思わず3人で顔を見合わせてしまいました・・・姿がどうしたの?
「とりあえず、連れてきてくれ」
旦那様がそう指示します。姿に問題があると言うんじゃ、とりあえず見てみるしかないですよね。
そうして、程なくしてキーラさんと一緒に入ってきたナンシーさんですが・・・
ナンシーさんですか?
ええっと、ナンシーさんの妹とかではなくて?
本人?
私はポカーンと、口を開けてしまいました・・・
え?なんで?
「ククククククク・・・なるほど。」
クリスさんは楽しそうに笑っています。
「笑い事ではありません」
ナンシーさん(たぶん?)が静かに怒っています。
「推定年齢は?」
旦那様はまた眉間に皺が寄ってます・・・その皺、そろそろ癖になるんじゃないですか?
「・・・17才です」
「ププププププ」
「クリス、笑いすぎだ」
「す、すみませんシオン様・・・くくくくっ」
相変わらず笑い出すと止まらないクリスさんと、比較的いつもどおりな旦那様。
「な、なんしーさん?」
「そうよ、リィナ」
「何故・・・」
なんで、若返ってるんですか?
ええっ!無いでしょうっ
若作りとかいう問題では無いですよっ
はぁぁぁぁぁ?
いくら医療が発達していたって、こんな若返り方って、おかしいでしょう?
少なくともさっきまで『大人の女性』だった人が、見た目が『少女』に変わるとかって・・・
「リィナ、落ち着け」
「・・・」
無理です。落ち着けません旦那様。と、目で訴えてみます
「何ならリィナも若返りますか?」
「・・・」
若返りの仕組みもわからないのに、頷けませんよクリスさん。と、目で訴えてみます
「とりあえず、先に食事をすませよう。ナンシーも座れ」
旦那様の一言で食事が再開されましたが・・・なんか、緊張します。
なぜなら目の前に、美少女が座っているからっ
もちろん、30才のナンシーさんも、とてもきれいなお姉さんでしたよ?
でしたけど・・・若さってすごいなぁ。
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食事が終わり、場所を移動して、お茶を飲みながらの質問です。
ここは旦那様方の食堂の控え室みたいな所です。
「それで、ナンシーさんは、どうやって若返ったのですか?」
「若返ったといっても、見た目だけだし、しかも一時的な物なのよ」
一時的?それって?
「しばらく経つと、元に戻るの。そうね、個人差はあるけど3ヶ月から半年位かしら」
なんですかそれ。プチ整形の異世界バージョンですか?
「まあ、その間ナンシーは、飲みにいけないでしょうね」
まだ笑いが収まらないのか、クリスさんがニヤニヤしながらそう言います。
結局、何で若返ることになったのかというと、クリスさんがナンシーさんのお兄さんに、昨日の件を報告したからだそうです。
心配性のお兄さんは、大変お怒りのようで、病院でナンシーさんを捕まえて、そのまま『若返り』に連行したのだとか。
若返らせた理由は、飲酒禁止の為だそうです。
実年齢が30才でも、見た目17才では、お酒を売ってくれないんですって。
ちなみに、若返る仕組みを旦那様が説明してくれましたが、ナンタラ細胞だの、ホニャララ遺伝子だの、ゴニョゴニョ染色体だの・・・難しくて無理。
スミマセン、結論だけ教えてください。
「・・・医療技術だ。」
「はい。わかりました。」
もう、これ以上は聞くまい。どうせ聞いても分からないし。
「ちなみに、今回のナンシーの若返りは医療技術だが、鍵を使って体の時間そのものを巻き戻すこともできる。まあ特殊な例だから、あまり一般的ではないが」
「”キー”ですか?」
なんですか?それ?
「・・・話してなかったか」
「・・・話してませんでしたね」
「リィナ、鍵のこと知らなかったのねー」
だから、なんですか?それ?
「鍵というのはだな、」
そう言って旦那様が話してくれた内容はこの世界についてのお話でした。
旦那様は私にも分かるように、丁寧に且つわかりやすく説明してくださいました。
旦那様曰く・・・
1.この世界は、女神が作ったとされているらしい。
2.その女神様は、人間に"祝福"と呼ばれる加護を授けることがあるらしい。
3.祝福を受けた人間には、特別な力が備わるらしい。
4.その特別な力を『鍵』と呼ぶ。
ということらしいです。
ところで、鍵って、英語なんですね。
「確かに・・・英語だな」
「気にしたことありませんでしたが、確かに英語ですね」
「”鍵”という概念自体が、異世界からきた可能性はあるな」
皆さん、いままで気にならなかったんですねー。そうですか。
「それで、その特別な力というのは、一体どんなものなのですか?」
「色々・・・だな」
「色々ですね」
「色々よね」
3人とも、なんか言葉を濁しています。なぜでしょう?
「試せれば分かりやすいとは思いますが・・・」
「クリスさんも力があるんですか?」
「ありますけど、私の鍵は少々特殊なため、使うのはちょっと・・・」
「クリスの鍵は許可できないな。ナンシーの鍵なら、見た目にも分かりやすいんじゃないか?」
「ナンシーさんもあるんですか?」
「ええ、一応。旦那様にもあるわよ、リィナ」
へぇー、みなさん女神様に愛されてますねー
ちなみに、このお屋敷で鍵持ちなのは、こちらの3名だそうです。
そして、ナンシーさんの鍵の実演です。
ナンシーさんは立ち上がり、座っていた椅子を持ち上げ・・・
「怪力、ですか?」
「ちっ、ちがうわよっ」
「でも・・・」
椅子がどうなっているかと申しますと、
まず、逆さになっており、足が天井、背もたれの部分が床を向いています。
その椅子の、背もたれの部分をナンシーさんが指一本で支えて、自分の頭より高く持ち上げているんです。バランスをとる為に、少し椅子が揺れているのはご愛嬌。
「怪力にしか・・・」
「プププププ」
ああ、クリスさん、まだ笑いの発作は治まりそうにないですね。
「リィナ、ナンシーの鍵は一応、『触れた物の重さを変えることができる』というモノらしいぞ」
へぇー、ということは、その椅子、いまは軽いんですか?
「私も持てますか?」
「ナンシーが触れているとき限定らしい」
「じゃあ、やっぱり怪力ってことで・・・」
「ちがうったらぁーーー」
「くくくくっ怪力・・・はははははは」
冷静な旦那様
半泣きのナンシーさん
お腹抱えて笑っているクリスさん・・・
ちょっとしたカオス状態になりつつありますね・・・
結局、なんか良くわからないけども。
「・・・魔法、見たいな物なのですか、鍵って?」
異世界っぽいですよね。魔法とかあったら。ワクワク。
「魔法というよりは、リィナにわかりやすく言うなら、超能力ですかね」
笑いを収めたクリスさんが、そう教えてくれる。
そうですか。超能力ですか。
「ええ、空を飛んだり、呪文を唱えて何かしたり、攻撃をしたり・・・などという能力を持つ者は居ません。」
「精々、考えていることが分かったり、過去が見えたり、物体の時間を巻き戻したり、力が強くなったり・・・」
「旦那様までっ・・・わたし怪力じゃないですから。重さを変えてるだけなのにぃ」
ああ!美少女が半泣きで拗ねてますっ
ナンシーさん、かわいいー
「ん?どうしました?リィナ。」
隣に座っているクリスさんが聞いてきます
「ナンシーさん、可愛いなーと思って。」
「・・・まあ、17才ですからね。そうだ、いっそリィナも17才になりませんか?」
「・・・」
それは、若すぎでは。高校生に戻るとか、ちょっと・・・
それよりもっ
「なんか、旦那様とナンシーさん、お似合いになってしまいましたね」
年齢的に。
ピタ
あれ?
みんな固まってしまいました。どうしたんでしょう?
「リィナ、良い事言いますね。シオン様、来週の夜会・・・」
「却下」
「まあ、そう言わずに。ナンシーなら問題ないですし」
「むりむりむりむりむりむりむりむりっ」
「ナンシーも、そんなこと言わずに」
「私を殺す気ですかっ!!」
「死にませんて。ねえシオン様」
「だから却下だ!」
あの、なんのお話ですか?
「旦那様は現在、決まったパートナーがいらっしゃらないので、舞踏会や夜会などに参加される場合の相手を探すのが大変なんですよ。なので、お相手が見つからないときはキーラさんを連れて行ったりしているんです」
ほぉ、キーラさんを。
なんだか親子っぽくなりませんか?
いえ、キーラさんは大変若くておキレイですがっ
旦那様20才だものねー
「ナンシーは連れて行きたくない」
ああ、眉間に皺が・・・皺伸ばしたいなー。せっかくイケメンなのにね。もったいない。
「私も行きたくありませんっ」
「平行線ですね。まあ、また話し合いましょう」
この日の昼食は、コレでお開きになりました。
後日、ナンシーさんが上司命令で、夜会に参加させられていました。
きれいなドレスを着て、バッチリお化粧をした『貴婦人』なナンシーさんを乗せた馬車を見送りながら、
私の頭の中では『ドナドナ』がリフレインしていました




