19 メイドさんのお仕事3
「何が『わかる気がする』んですか?リィナ」
ヒィッ
「まったく、君達も余計なことをリィナに吹き込んでないでしょうね」
青ざめて、コクコクと首を縦に振る2人と、怖くて振り返れない私・・・
肩に手をおいたまま、わたしの後ろで話をするのは、間違いなくクリスさんでしょう
話し方は穏やかなのに、なぜかいつもより声が低い・・・怖っ
怒っていらっしゃる?
どこから聞いていたんでしょうか
「で、なんの話をしていたんですか」
「こ、紅茶の話を・・・」
「紅茶?」
コクコク頷いていると、ナンシーさんが助け舟を出してくれた
「リ、リィナが、クリスさんに紅茶を入れてもらったことがあるというので」
コクコク
「で? 『無理無理』と『恐ろしいこと』というのは?」
ああ、そこから聞いていたんですね
たしかに、そこから聞いたら貶しているだけみたいですもんね
というわけで、ティーバックが美味しかったという話から、全部することになりました
"紅茶入れてほしいとは頼めないね"的な話から、あんな話題になったのだという言い訳を・・・
ちなみに、肩から手を離してくれましたが、隣に座られたので、逃げ道はありません
しかも、体を私の方に向けて座っているので、横からの威圧感がハンパ無いです
「なんだ、そんなことですか」
ひと通り話し終わると、クリスさんは苦笑して言った
そんなことなんです
怖かったです
ナンシーさんの『無理無理』を自分で裏付けましたよね、この人
「紅茶ぐらい、また入れてあげますよ?」
ニコニコ笑って、頭をなでてくるクリスさん
だから、その笑顔が怖いんですってば
「そうですね・・・せっかくだから、リィナの紅茶の指導は、私がしましょうか」
「えっ」
自分でも何でかわからないけど
何故だろう・・・断りたい。でも美味しい紅茶を入れられるようにはなりたいし
「ついでに、ナンシーとミシェルの練習も一緒にしましょう」
「「えっ」」
二人が驚愕しています
でも、決して嫌がっている風でもなく・・・
「い、いいんですか、クリスさん」
「ほ、本当に?」
あれ? なんかこの二人、喜んでますよ?
さっき一緒に怖がってたじゃん
なんか仲間はずれ感、満載ですよ
「いいですよ。近いうちに予定を入れましょう」
「「ありがとうございます」」
なんでしょう、2人のまるで"恋する乙女"みたいな反応は・・・
演技? それとも何かの作戦なの?
「ところで、クリスさん。どうしてここに? なにか御用ですか?」
ナンシーさんがそんなことを聞きました
・・・ご飯食べにきたんじゃないの?
「ああ、そうでした。リィナに用事があるんでした」
「はい、なんですか」
そうですか、わたしに用事でしたか
ご飯じゃないんだ
それはご足労おかけしました......
「今日の仕事が終わったら、私の執務室まで来てください。渡したいものがありますので」
「はい。わかりました」
それだけ言って、クリスさんは立ち上がります
帰り際にまた私の頭をポンポンとなでてくる
「じゃあ、またあとで。仕事頑張ってくださいね」
そう言って、クリスさんは退場しました・・・
ふう
緊張したなあ、もうっ
ん?
くるりと周りを見渡せば、みんなが私に注目しています
なんですか? そのビックリした目は?????
「リィナ」
「はいナンシーさん」
「あなた、クリスさんに・・・いえ、なんでもないわ」
そう言って、ナンシーさんが目を逸らしました
「ちょっっ、なんですかっ、気になるじゃないですかっ」
「ああ、うん・・・まあ、気をつけて」
何を!?
「よっぽど、気に入られたのねぇ」
遠い目で言わないで下さいっ、ミシェルさんっ
「えっ? ていうか、私、気に入られてますか?」
「「「「「え ?」」」」」
んん? なんか、周りの人たちまで突っ込まれましたよっ
「気を遣ってもらっているとは思いますが、気に入られている扱いではないと思いますが・・・」
だって、勉強中は本当に鬼のようでした
細かい言い間違いを チク チク チク チク チク チク チク チク・・・・
しかも結構馬鹿にされていた気もします
というか、馬鹿にされてたのっ
という事を、一生懸命説明しました
「馬鹿にされていたのではなくて、かわいがられてたのではない?」
それは無いです、ミシェルさん
「ミシェルの言うとおりよ。打ち解けている時点で、気に入られているってば」
違うと思うなーたぶん
「うーん、同い年だから、気安いとかじゃないですかね」
「「「「「「「「は ?」」」」」」」」
えっ? 今度は何?
「・・・リィナ」
「はい、ミシェルさん」
「あなた、いくつ?」
「もうじき30才ですが」
なにか?
「「「「「「「「「「・・・・・・・・」」」」」」」」」」
シーン
と静まり返ってますが、もうじき30才がなにか?
「・・・クリスさんと、同い年なの?」
「ええ、そう言われましたよ?」
あれ? みんなクリスさんの年齢、知らないのかな?
「とにかく、わたし別に気に入られているとかでは無いと思いますよ」
とりあえず、この話は終わりかしら? と思ったら
「リィナ、あなた、私より年上に見えないわ」
ミシェルさん、年下だったんですか!? すごいしっかりしてますねー
「ごめんなさい、リィナ。私、あなたのこと22才位に思ってたわ」
と、ナンシーさんがブツブツ言ってます
ああ、クリスさんの年齢ではなく、私の年齢に驚いたんですか、皆さん・・・
ひとつ、分かりました
私この世界では、若く見られるようです
「ところで、リィナの国では、黒髪・黒目の人が多いの?」
「そうです。むしろ私は茶色いほうですね」
そうなんです。私は『黒い』というには色素が薄くて・・・
髪も目も、焦げ茶色です
肌も白いほうです
紫外線にも弱いです
ただし、『茶色い黒髪』『茶色っぽい黒目』といった具合ですけどね、あくまでも元は黒
「リィナの国では、髪は伸ばさないの?」
「髪、ですか?」
私の髪は鎖骨辺りまでの、ストレートのセミロング・・・
短くはないと思うのですが
そういえば、皆さん、髪が長いですね
ナンシーさんは背中半分まで
ミシェルさんも同じくらいかな?
キーラさんは・・・まとめていたので、長さはわかりません
「私の髪って、短いんですか?」
「うん、そうね。この国では成人女性は、髪を伸ばすことが多いわね」
「なにか決まりがあるんでしょうか」
「決まりはないよー。そうね、なんでだろう・・・王妃様の髪が長いからかな」
「それに、髪が長い女性を好む男性が多いと思う」
周りを見渡してみれば、
たしかに、女性はみんな長いですね
背中半分から腰までの人が一番多いかな?
お尻まである人も居るけど
「・・・私も伸ばそうかな」
「うん、そうしなよー」
「伸ばしたら、クリスさんのセクハラも、止まると思うよ」
セ、セクハラ・・・
「きっと、リィナは年齢より若く見えるし、髪も短いから、頭なでられちゃうんじゃない?」
なるほど、子供扱いされていたんですね
え? というか、頭なでられるのは、セクハラですか?
この前、市場で『頭なでる意味』を聞いたときには、そんなこと一言も・・・ああ、セクハラしてる本人が、言うわけ無いですよね。そうですよね。
「さ、朝ごはんも食べたし午前中の仕事に行きましょうか、リィナ」
「はい、ナンシーさん」
「私も洗濯―」
3人で立ちあがり、食器を返しに行きます
「またお昼にねー」
「うん、ミシェルも洗濯がんばって」
「2人は今日の午前中は何するの?」
何するんでしょう?
ナンシーさんに視線を送ると
「リネン交換と掃除」
「・・・旦那様、起きてるの?」
「たぶん、寝てる」
「ご愁傷様、じゃあね」
「うん」
ミシェルさんが去っていきました・・・洗濯室方面に
さっきの二人の会話が、よく分からなかったのですが?
「ナンシーさん、ご愁傷様ってなんですか」
「・・・行けば分かるわよ」
「旦那様の部屋にいくんですか?」
「・・・まず、クリスさんの部屋」
えっと
さっきセクハラっぽいこと? されてたとわかったので、クリスさんの部屋に行くのって、少し抵抗あるんですが・・・いえ、お仕事ですよね。お仕事お仕事
クリスさんの部屋に向かう途中で、ナンシーさんが仕事の説明をしてくれます
「旦那様とクリスさんの部屋は、毎日リネン類の交換と掃除をするのよ」
ハウスメイドの当番制なんだそうです
執事長とメイド長の部屋の掃除も、元々ハウスメイドの仕事だったらしいんですが、
今は執事長の部屋は執事見習いが、メイド長は自分で掃除をしているのですって
「朝食の間に済ませるから、けっこう忙しいのよ」
ということは、クリスさんは、いま朝食中なんですね
「さっきのミシェルさんの『ご愁傷様』というのは・・・」
「ああ、それはね。旦那様が寝てたら、シーツと枕カバーの交換は出来ないでしょう?」
「それは、そうですね」
「そうすると、寝室には入れないから、寝室以外の掃除をするのよ。まず、旦那様を起こさないように、そーっと部屋に入って」
そーっと、ですか
「ゴミを集めて、洗面所や浴室の掃除とタオル類の交換をして」
はあ
「応接用のテーブルの上やソファーを片付けて、ほこりを取って、またそーっと部屋を出る」
そーっと、ね
「というのを、すばやくやらないといけなくて」
そーっと を すばやく?
「旦那様を起こしちゃったら、少なくとも1日中、機嫌が悪いから」
彼は寝起きが悪いんですか
「メイド長に起こしたことが見つかって」
・・・
「怒られるのよ」
怒られるのは、ヤダね
若く見られるのは良いことです
上司からの『頭なでなで』は十分セクハラですが、リィナは嫌がってはいないので無罪ですね




