98 帰る覚悟、帰らない覚悟
歓迎会の翌日。今日は午前中は使用人全員お休みなので、異世界カフェに来ています。
昨日のうちに王宮組に連絡してみましたら、けっこうみんな休憩とか半休とかもらえるみたいで、みんなで集合できました。こういう融通を利かせてもらえるのも異世界人だからなんですよね。
「それで、『帰国しない』という話を詳しく聞かせてくれないか」
ユージーンさんがセリーヌに話を促します。そうです、それを聞くために本日集まったんです。
「移民してしまったら、そうそう帰ることは出来なくなるよ?」
パオロさんが心配そうにそういいます。
「うん、わかってる。これでもずいぶん悩んだのよ。」
セリーヌはそう言ってから、“帰らない訳”を話し出しました。
セリーヌの言う一番大きな理由、それは『5年も離れてしまっていた』という事。
仕事にしても、友人にしても、5年間のうちに色々考えさせられた、とのことです。
「最初の頃はね・・・そうね、2年目の頭くらいまでは、同僚とも手紙のやり取りをしていてね、職場のこととかを教えてくれたりもしたし、友達も頻繁に手紙や写真を送ってくれたり、離れていても繋がっているというか・・・人間関係を維持出来ていたのよ」
それが、徐々に徐々に手紙の数が減ってきて・・・今では連絡をとっている友人は3人だけ、同僚からの手紙はもうすでに途絶えたそうです。
「そりゃそうよね。職場だって、転勤や部署移動だってあるし、よく分からない遠い地に急に行ってしまった同僚に話すことなんて、そんなにあるわけ無いし。頻繁に会える距離にいたり、電話が出来ればまた違ったんでしょうけど、所詮『同僚』ってそんなものなのよね。でもねぇ、学生時代から仲良くしていた友人たちからの手紙も、もう年に1回、クリスマスカードが届くだけなのよ」
苦笑しながらそういうセリーヌ。でもよく分かります。私も年賀状だけのやりとりをしている旧友が居ますからね。
「今でも連絡をくれる友達も、私が異世界に来ているあいだに、結婚して新しい生活を送っていたりするし、子供がいて忙しいのもわかるし、何を手紙に書いてくるかっていったら子供の成長記録だったりするし・・・なんか、自分の生活基盤が異世界になってしまったんだって、しみじみと思ったのよね」
「でもセリーヌ、移民してしまったら家族にだって会えなくなっちゃうよ?」
「それよ!実は私、もう身内は全員居ないの」
セリーヌは、ご両親を幼い頃亡くし、祖父母に育てられたらしいです。そしてその祖父母も異世界に来る前には既にお亡くなりになっていたらしく・・・
「つまり、私って天涯孤独なわけ。だから、これから帰還して仕事も友人も一から築くのなら、いっそ移民申請をして、異世界で暮らそうかと思って。」
そんなに明るく天涯孤独とか言われてもリアクションな困りますが・・・でもセリーヌの言ってることは私達召喚者全員が普段から感じていることでした。
帰還したあと、仕事に復帰できるのか。元の仕事が難しかったとして、別の仕事を探すための求職活動はどうなるのか。
一応、帰還後のアフターケアはきちんとしてもらえると言われていますが、『良い条件』で働くことに慣れてしまった私達が、果たして用意されている職場でうまくやっていけるのか。
「タクトの帰還も、あと半年くらいよね。タクトは帰るんでしょ?」
「俺は公務員で、異世界には出張扱いで来ているから。でも5年の間、同期たちは順調に出世していってるし、そういう意味では帰還が憂鬱ではあるけどね。パオロも公務員だろ?」
「うん、まぁ。僕の場合は公務員というか、召喚者選抜試験があって、それに受かって。だから一応、身柄は国の預かりになってるんだけど、帰還後はやっぱり不安だよね」
「私もです。執事候補として試験を受けて、異世界に派遣されてきました」
どうやら日本、イタリア、イギリスは国の制度で召喚されているらしいですね。フランスは違うみたい。だってアベルさん、いきなり料理人にされたって言ってたし。
「でもさセリーヌ。いままでは召喚者として優遇されていたけど、移民登録をしたら優遇はなくなるよ?」
「そんなの、帰還したらそもそも優遇なんてないんだから、一緒でしょ?」
「仕事は?侍女を続けられるの?」
「ええ。もちろん一番に確認したわ。王妃様にも陛下にも許可を戴いているから、このまま王宮で勤めるわ。衣食住に不安があったら移民なんて考えないわよ。」
このあと、みんなで移民Q&Aをセリーヌにして、そしてお開きになりました。
仕事の事、家族の事、友人の事。色々考えた上でのセリーヌの移民。
少し、考えさせられる内容ではありました。
さて、お開きになったあと、私はタクトさんとランチに行くことにしました。
パンの美味しいレストランでシチューを食べてます。うまー。
「タクトさんは、帰るんですよね?」
「帰るよ。・・・まぁ、実は残らないかという打診はされてるんだけどね」
「え、そ・・・残・・・」
「帰るよ。とりあえず帰るのは確定。言ったろ、出張扱いだって。」
「そっか、そうでしたね」
「でも、もしも・・・」
「もしも?」
「もしも、もう一度来る事ができるなら、と考えることはある」
「・・・ああ、なるほど」
召還法で、召喚者は一度帰ったら二度と来る事はできません。
「今までの人生の中のたった5年。5年居ただけなんだよ。だけど、日本に帰りたいと思うのと同じ位は、この国に残りたいとも思ってしまうんだよ」
そう言って笑ったタクトさんは、なんだか寂しそうに見えました。
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はぁ・・・
「どうしたんですリィナ、溜息なんかついて」
「・・・なんでもないです」
「そうですか。・・・休憩にしましょう、お茶を淹れます」
おぉ、クリスさんのお茶っ。
「ぷっ・・・リィナはわかりやすいですね」
お茶に反応したら、笑われてしまいました。
クリスさんが淹れてくれたのは、濃い目のミルクティ。蜂蜜が添えてあります。
「疲れているときは、甘いものが欲しくなるでしょう?」
「お気遣いありがとうございます・・・ねぇ、クリスさん」
「なんですか?」
「タクトさんが移民を打診されてるって言ってました」
「ああ、そうですね。彼は上からも下からも好かれているので、そういう話は出るでしょうね」
「・・・クリスさんや旦那様が打診したんじゃないんですか?」
「『打診することを打診』されましたよ。シオンは書類にサインしてるでしょうね」
そっか、そういうのを決めるのはトップじゃないのか。トップは許可を出すだけですね。
「彼が何か言ってましたか?」
「帰るって言ってました。でも、たった5年居ただけでも、残りたい気持ちもあるみたいです」
「そうですか。リィナは?」
「え?」
「移民を希望するなら、私が許可を出しますよ。あなたはもうこの屋敷に必要な人材ですからね。むしろ是非残って貰いたいくらいです。」
「・・・え、と」
「残っていただけるなら、この屋敷内に関しては召喚者の優遇措置を出来るだけ残せるように配慮しますよ。」
「あ、の・・・」
「まだ1年ありますから、ゆっくり考えて、決めて下さいね」
「・・・」
帰ります、と声に出して言う事が出来ませんでした。
日本で働いていて『是非』と望まれることが、一体どれほどあるでしょうか。
『是非わが社で働いてもらいたい』なんて言われて働くことの出来る人はほんの一握りの優秀な人です。事務職だった私には、たとえ転職してもそんな言葉をかけてもらえることは無いといってもいいでしょう。
――あなたはもうこの屋敷に必要な人材ですからね。
クリスさんに言われた言葉がとても誇らしいのと共に、それでも帰りたい私には後ろめたく感じてしまっのでした。




